八十九話 魔剣
「初めまして、私この街の領主をやっておりますローナ=アンドレアと申します。」
(すっごい綺麗な人⋯⋯。)
その美しさに思わず見とれていると、女性はスタスタとマリーに歩み寄り目の前でピタリと立ち止まる。
「⋯⋯⋯⋯?」
マリーが首を傾げていると女性はその顔を見つめ、そして強く抱き締める。
「⋯⋯へっ!?」
「⋯⋯か〜わいっ。」
「⋯⋯えっ?えっ?」
耳元でボソリと呟かれたその言葉に戸惑っていると、女性はマリーからパッと離れアデルの前に立つ。
「えっと⋯⋯。」
「ふふっ⋯⋯。」
戸惑うアデルの肩に顔を寄せると、スンスンとその匂いを嗅ぎ再び耳元で小さく呟く。
「甘い匂いね。果実の香りがするわ。ウチの街のシャンプーを使ったのかしら?」
「え、ええ。宿に備え付けられてたものを⋯⋯。」
謎の悪寒にアデルは背筋をピンと伸ばしながら答えると、その様子を見て女性は妖艶な笑みを浮かべる。
「⋯⋯そ、美味しそうね。」
そう言うと女性はアデルの首筋にチュ、と軽く口づけをする。
「ひぃ⋯⋯!?」
アデルはその瞬間、背筋に走る悪寒に怖気立つ。
女性はアデルから離れると今度はセリアの前に立つ。
「お久しぶりでございます。セリア様。」
「お久しぶりでございます。ローナ様。」
セリアとその女性は顔を見合わせると短くそう挨拶する。
「はぁ⋯⋯相も変わらずお美しゅうございますわ。」
そう言うと、女性は恍惚とした表情を浮かべて手を伸ばしセリアに顔を寄せる。
「そう言って貰えるのは嬉しいですが、もう少し行動を弁えてはいかがでしょうか?」
セリアは無表情のまま自らの杖でギリギリと距離をとってそう答える。
「んもうっ!!つれないですわ!!」
「生憎、私はそういった趣味は持ち合わせていませんので。」
プリプリと頬を膨らませて不服そうにするローナにセリアは淡々とした調子でそう答える。
「あの、そろそろ本題に⋯⋯。」
「あら、リンドウ様。いらしていたのですか?気付きませんでしたわ。」
「最初から居ましたけど⋯⋯。」
「そう。まあ立ち話もなんですし、中へどうぞ?」
ローナは一言でバッサリとそう切り捨て、リンドウには全くもって興味を示さずに中へと進む。
「み、見ての通りローナ様は美しい女性に対して過激なスキンシップを取るお方なので、くれぐれも気をつけて下さい。」
「も、もっと早く言ってくれ⋯⋯。」
「怖い⋯⋯。」
アデルは首筋に手を当てて、マリーはセリアの後ろに隠れて、動揺しつつ頬を薄く染める。
「ほら、行きましょう?」
ローナの先導で四人は屋敷の奥へと進む。
広い屋敷の廊下を抜けて、客間に通されると、四人は柔らかいソファに掛けて正面に座るローナの話に耳を傾ける。
「改めまして、この度の収穫クエスト。お疲れ様でした。」
ローナはかしこまった様子で深々と頭を下げる。
「それはよろしいのですが⋯⋯なぜここまで収穫のクエストに拘るのですか?」
「⋯⋯この家で私と使用人以外の人間を見ましたか?」
「⋯⋯いいえ。」
ローナの問いかけに、セリアは小さくそう答える。
「実は私。本来はこの家の人間では無いんです。」
「⋯⋯え?」
ニッコリと笑ってそう言うローナにアデルは疑問の声を上げる。
「数年前、あなた方と同じように冒険者をやっていた頃、あの人に見初めてもらって私はこの家に嫁いで来ました。」
ローナはそう語り始めると、テーブルの上にある籠の中から、黄金の果実を取り出し、どうする事もなく眺める。
「二年前、病気であの人が亡くなって、この家は私のものになりました。」
「その時は私もあの人の後を追おうとしたんですけど、そんな私を見てあの人はこう言ったんです。」
「この家も、財産も、私の権力も、全て君に譲ろう⋯⋯だから君は幸せに生きて、この街を守ってくれ、と。」
「だから続けてるんです。果実狩りはこの街にとって観光客を招き入れる道具でもあり、何よりあの人の大好きな食べ物でしたから。」
ローナは果実を両手で包み込むと三人の顔を見て再び微笑む。
「そんなことが⋯⋯。」
「ま、私の話はそんなところですわ。そんな暗い雰囲気にならずに、そろそろ本題に入りましょう?」
アデルの言葉を遮るようにローナがパンと手を打ち鳴らすと、使用人らしき老人が一本の剣を持って部屋へと入ってくる。
「報酬は⋯⋯こちらなどいかがでしょう?」
ローナはそのシンプルな形状の剣をそのままアデルに手渡す。
「これは⋯⋯?」
アデルはその剣を受け取るとその刃を見た後そう問いかける。
「亡くなった夫の遺品でございます。」
「名は、バルムンク。使用者のステータスに応じてその性質を大きく変化させる特殊な剣でございます。そこそこ名の通った魔剣でございますから、あなた方の旅にも役立つかと⋯⋯。」
「魔剣⋯⋯。」
その言葉を聞いてアデルはその剣を強く握り締める。
「⋯⋯それより、よろしいのですか?遺品など頂いてしまっても⋯⋯。」
セリアは戸惑いながら、ローナに問いかけるが、ローナは当然の如く笑って答える。
「いいんですよ。」
「私もこの家に嫁ぐまでは冒険者をやってましたから、よく分かるんです。」
「剣は使わなければただのガラクタ、あの人も生前はそう言ってました。」
「戦いの中で壊れるならその剣も、あの人も、本望でしょう。」
剣を眺めた後、ローナはその手につけた指輪を愛おしそうに両手で包み込み抱き締める。
「それに、あなた方は魔王軍を倒すための旅をしているのでしょう?」
「使って下さい。戦いのために、貴女のために。」
再びアデルに視線を戻すと今度は強い覚悟を秘めた眼光で見据える。
「⋯⋯ならば、ありがたく頂きましょう。」
それを感じ取ったアデルはそれを否定することなく素直にそう言って受け取る。
「そうして下さい。」
ローナはアデルに向かってニッコリと微笑みかける。
「うーん。キッツイわ〜。」
アデルが魔剣を受け取った頃、コウタとミーアは街の外の道を歩いていた。
「以外と大変でしたね。討伐クエスト。」
クエストを終わらせ、達成感と疲労感に包まれた二人の対照的な足取りは側から見てもかなり奇怪な様子であった。
「⋯⋯てか、釈然としないんだけど。」
むっすりとした表情でミーアは隣を歩くコウタを睨みつける。
「何がです?」
声をかけられたコウタはキョトンとした態度で問い返す。
「私ボロッボロなんだけど。」
「強かったですもんねあの魔物。」
強い口調でそう話すミーアとは反対に、コウタは全くもっていつも通りな調子でそう答える。
「うん。まさか、この前コウタが倒したカニのボスが出てくるとはね⋯⋯ってそうじゃない!!」
「⋯⋯?」
いきなり叫び出すミーアにコウタは怪訝な顔を浮かべて首を傾げる。
「⋯⋯なんで君は無傷なのかな?」
コウタの両肩をガッチリと掴むと影の落ちた笑顔で問いかける。
「そりゃ僕はサポートで貴女が前衛だったからでしょ?」
「それでも後衛が無傷なんて有り得ないでしょ!」
「行動パターンを掴めれば攻撃の回避なんて大して難しくはないですよ。僕、昔から要領はよかったんで。」
当然のように言ってのけるコウタを見てミーアも深く考えることをやめる。
「うー、納得いかねー。ポーションも使い切っちゃったよ。」
「それは災難でしたね。」
コウタは他人事のように聞き流す。
「補充したいからギルド行く前に買いに行っていい?」
「構いませんよ⋯⋯って、あ。」
そこまで答えると、コウタは遠くの方に見知った顔を見かける。
「⋯⋯ん?」
ミーアもその様子に気付いて、同じ方向を覗き込む。
「——ふぅ⋯⋯ようやく終わったぁ〜。時間かかったぁ〜。」
コウタ達の視界の先では馬車に荷物を積んだアンが気だるそうに伸びをしているのが見えた。
「誰かさんがチンタラやってたからな。」
「仕方ないでしょ。フライパンが傷んでたんだから。」
毒づくロフトにアンはやれやれと詰まらなそうに答える。
「だったら適当に保存食でいいじゃねーか。」
「保存食じゃ味気ないでしょ⋯⋯って、あ。」
そこまで言うと、アンは遠くから近寄る見知った顔に気が付く。
「⋯⋯あ?」
「⋯⋯よっ!」
ロフトが遅れて反応すると、視界の中心でミーアが手を振っているのが見えた。