八十七話 実りの大地
デイジーの先導でコウタ達は洞窟の奥へと進むと、その道は細く狭い一本道になっていた。
「狭い道ですね⋯⋯。こんなところで魔物に襲われたら、どうしようもないですよ。」
「大丈夫です。絶対に来ませんから。」
コウタの呟きにデイジーは自信ありげにそう答える。
「⋯⋯?」
その横では女性陣が集まって賑やかに会話していた。
「マリーさん。大丈夫でしたか?怪我とかしていませんか?」
「え?あ、はい。途中すごく大きな魔物に出会いましたけど、コウタさんのおかげでこの通り。」
セリアの問いかけにマリーは両手を広げて無傷であることをアピールする。
「大きな魔物?」
「はい。なんか巨大な狼だったんですけど、炎に弱かったみたいで、一気に畳み掛けたらすぐ倒せましたよ。」
「ならそれ以外では危ない目には合わなかったのか?」
「あ、一回だけ足を踏み外しましたけ、ど⋯⋯。」
そこまで言うと、マリーはその時の情景を思い出し、顔を赤く染める。
「⋯⋯ん?どうした?」
「い、いえ!なんでもないです⋯⋯。コウタさんがいたので安全でした。」
「そうですか、それはよかった。」
俯きながらそう答えるマリーに、セリアはニッコリと微笑みかける。
((なんかあったなこれは⋯⋯。))
その様子を見ていたミーアとアンは苦笑いで同じ思考へと至っていた。
「それより、セリアさんは大丈夫でしたか?ウチのロフトのせいで危険な目にあったりしてませんか?」
「ええ、男らしく立派にエスコートして頂きましたわよ。」
「「「「⋯⋯へぇ〜?」」」」
セリアの発言を聞いて、女性陣四人はニヤニヤと茶化すような視線をロフトへ飛ばす。
「はっ、何がエスコートだ白々しい。散々嫌味くせぇことを吐いてたくせによ。」
「あら、なんのことでしょう?」
毒づくロフトに対してセリアはにこやかに笑ってはぐらかす。
「そろそろ出ますよ。」
そうこうしていると、先頭を歩くデイジーがアデル達を含める冒険者達にそう言う。
「ついに、黄金の果実が⋯⋯。」
洞窟を抜けると、そこには岩場や木々に囲まれた広い草原のような広がっていた。
その奥には一本の巨大な樹が威風堂々とした様でその存在を主張していた。
「でっか⋯⋯。なにあれ?」
「あれは聖明樹、魔物が嫌う特殊な力を発し続ける特別な樹です。」
反り返りながら見上げるミーアにデイジーは淡々とそう答える。
「これがあるから魔物はこなかったんですね。」
「ええ、そして聖明樹の祝福と、陽の光をたっぷりと浴びたものが、黄金の果実として扱われるのです。」
「⋯⋯えっと、それで果実は?」
そんな話など興味がないマリーは、ソワソワとデイジーに問いかける。
「もう少し先にありますよ。」
「⋯⋯!!本当ですか!?」
デイジーのその言葉にマリーはパァと表情を明るくして走り出す。
「あった!!あそこ!!アレですよね!?」
見ると大樹の下に、大量の小さな木が生えているのが見える。
「おお!!あれが黄金の果実!!ちょっと私も行ってきまーす!!」
遠目から見るその木々には橙色の果実が溢れるほど実っていて、それを見たミーアも、目を輝かせながらマリーに続いて走り出す。
「⋯⋯あ、私も!!」
ロフトの隣にいたアンもソワソワと興奮した様子で走り出す。
「⋯⋯はっ、いい歳してガキくせえな。」
そう言って毒を吐きなごらアンの後ろ姿を眺めるロフトの表情はとても優しいものであった。
「⋯⋯アデルさん。行かなくてよろしいのですか?」
「わ、私はそこまで⋯⋯。」
興奮を隠せていないアデルはセリアの問いかけにごにょごにょと口ごもる。
「ほら、私達も行きましょう?」
「ちょ、押すなぁ⋯⋯!」
セリアはそんなアデルを見てニッコリと笑うと、アデルの背中を両手押しながら走り出す。
それを見ていた冒険者達、特に女性の冒険者達は、それにつられるように歩く速度を上げ、最終的には小走りでその木へと向かう。
「⋯⋯⋯⋯。」
そんな全員がハイなテンションになっている中、ただ一人全く逆のテンションの者がいた。
そう、それはコウタであった。
コウタはおぼつかない足取りで、なんとかゆっくりと歩みを進め。その木までたどり着くと、その果実に優しく手を触れる。
瑞々しいオレンジ色で、水分をたっぷりと含んだその実は、手のひらでズッシリとその存在感を主張し顔を近づければ鼻腔をくすぐる甘酸っぱい香りが広がる。
ちょうどそれはコウタがいた世界で言うところの〝みかん〟そのものであった。
周りの冒険者達のみならず、パーティーメンバーであるアデルやセリアですら色めき立っている中、コウタは一人、力なく膝を突きガクリと頭を落とす。
(こんなに頑張って、報酬が蜜柑かぁ⋯⋯⋯⋯。)
他の冒険者達が珍しそうに眺めるその果実は、コウタにとってはとても馴染み深いものであったのだ。
「まぁ⋯⋯いいか。」
諦めたように小さくため息をつくと、コウタはその木になっている実を一つもぎ取り、皮を剥いて口へと運ぶ。
「⋯⋯⋯⋯うん。」
(⋯⋯蜜柑だ。)
味は知らないものかもと、期待を込めてしっかりと味わうが、いくつ口に運んでもやはりそれはコウタがよく知るみかんのそれであった。
「モグモグ⋯⋯もう一個⋯⋯。」
それでも多少の肩透かし感とは反対に、コウタの食べる手は徐々に早まっていく。
「あっ!!コウタもう食べてる!!」
「えっ、ずるいですよコウタさん!!」
コウタが果実を口に含んだまま、二つ目に手を伸ばすとその様子をミーアに見つかり声をかけられる。
「⋯⋯んぐっ。ダメでした?」
コウタはゴクリと咀嚼すると、デイジーに向かってそう問いかける。
「いいえ、毎年半分も収穫出来ませんし、いくらでも大丈夫ですよ。でも、よく食べ方分かりましたね。初めての人はみんな戸惑うのに。」
「え?あ、まあ。本で見たので⋯⋯。」
(というか、毎年食べてたし⋯⋯。)
デイジーの問いかけに、コウタは誤魔化すように視線を外してそう答える。
「へぇ、皮を剥いて食べるんだ。私も食べよっと。」
「私も!」
コウタに倣って冒険者達は次々と果実を口へと運んでいく。
「ん〜美味し〜い!!」
「ああ、これは確かに⋯⋯。」
「美味しいですわ。」
女性陣は同様に果実を手に取ると、おのおの口へと運んでいく。
「美味し〜い!!ねえ!美味しいよ!アーちゃん。」
「ふふっ、じゃあ私も⋯⋯。」
アンは口に運ぶ前に、全て皮を剥ききり中の果肉を剥き出しにしていた。
「んじゃ、俺も⋯⋯。」
「あ!ちょっと!!」
ロフトはアンのもつ果実に手を伸ばし、剥いた果肉の一つを取り、口へと運ぶ。
「ん⋯⋯。悪くねぇな。」
「もう!自分で剥いてよ!!」
「いいだろまだあるんだから。」
そう言ってロフトは再びアンが手に持つ果実に手を伸ばす。
「もうダメ!自分でやって!」
「ちっ、まぁいいか。」
アンが背中を向けて拒否すると、ロフトは興味なさげにそう言って諦める。
「そんなに食べたいならほら、自分でやりなよ。」
アンはそう言って果実の一つをもぎ取ってロフトへと差し出す。
「そんなにいらねえよ。この後町に帰ったらコレ使ったデザートとかバカみてえに出てくるんだろ?だったら今腹一杯食う必要ねえだろ。」
ロフトが何気なく放ったその言葉に他の冒険者達はハッと反応すると、その手を止める。
「モグモグ⋯⋯確かに、飲食店も限定メニューになるって言ってましたね⋯⋯モグモグ。」
その中で、コウタは半ばヤケになりながら食べる手を止めずに果実を貪り続けていた。
「確かに、帰ればもっと美味しいのが食べられるんだよね。」
「食べ過ぎちゃったら太るだろうし⋯⋯。」
「で、ではもう収穫を始めてしまいましょうか?」
「そうしましょう。」
デイジーがそう尋ねると、アンを始めとする冒険者達は首を縦に振りながら、速攻でそう答える。
そして言葉に反応して、冒険者達はおもむろに収穫用の籠や袋を取り出す。
「そういえば何も持ってきてないな⋯⋯。」
アデルはこのタイミングになって収穫用の入れ物を持って来ていないことに気づく。
「マジックバックに入れればいいんじゃないですか?」
マリーはアデルに対してそう言って腰に掛かるポーチバックを見せる。
「だが、せっかく来たのにそれだけでは勿体無くないか?」
「あっ、じゃあアデルさん。これ使いますか⋯⋯?」
その言葉を聞いて、コウタはマジックバックに手を入れると、ゴソゴソと中を探し始める。
「⋯⋯⋯⋯?」
数分後、冒険者達が収穫を終えると、デイジーの号令で一箇所へと集まっていた。
「それではそろそろ帰還します、が⋯⋯。」
「⋯⋯大丈夫?」
「ん⋯⋯ああ、問、題ない。」
アンがそう尋ねると、アデルはプルプルと震えながら答える。
他の冒険者達ですら大きくともバランスボールほどのサイズの袋を担いでいる中、アデルはそれどころか、成人男性が丸々四人ほど入るような巨大な麻袋をたった一人で担いでいた。
「⋯⋯⋯⋯とんでもねぇな。」
その様子を見て、ロフトも思わず苦笑いでそう呟く。
「それにしても、よくこんなサイズの袋ありましたね。」
「昨日、雑貨屋に売ってたんですよ。何かに使えないかなって思ったんで買っておいたんです。」
コウタはマリーの問いかけにそう答えるとアデルの方を向いて声をかける。
「アデルさん。大丈夫ですか⋯⋯?」
「大、丈夫⋯⋯。」
プルプルと震えながら、アデルはコウタの問いかけに答える。
そうして、帰りは何事もなく果実狩りのクエストは無事完了したのであった。