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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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八十六話 豊穣の姫君


「⋯⋯来いよ。」



 そう言ってロフトが手招きするとドラゴンはその挑発に乗るように二本の蔦を突き立てる。



「⋯⋯遅えな。」



 ロフトは見下したような視線を向けながら、最小限の動きでそれらを回避すると、悠然とした足取りで、一歩一歩ドラゴンへと近づく。



「⋯⋯ヒート・キャノン」



 小さく呟くと、ロフトの手のひらから全てを飲み込むような業火が飛び出し、ドラゴンを包み込む。



「ギャオッ⋯⋯ガッ!?」



「うるせえよ。」



 ドラゴンはあまりの高温に思わずのたうち回るが、叫ぶ間も与えずにロフトは二発目の炎を叩きつける。




「インパクトナックル」




 ドゴォと鈍い音を立ててドラゴンの体は三十メートルほど吹き飛び、洞窟の壁に激突する。



「もう終わりかぁ?」



 ロフトはケタケタと嘲笑を浮かべながら伝わるはずのない挑発的な言動を繰り返す。



「⋯⋯グルアアァァァァ!!」



 ドラゴンは震えるほどの叫びを轟かせると、それに合わせてグラグラと地面が揺れ始める。



「今度は地震かよ。大したことねえな。」



「⋯⋯!?」



 間髪入れずに突っ込むドラゴンに対してロフトは呆れたようなため息混じりに構え直すと、ドラゴンの動きがピタリと止まる。



「これは⋯⋯。」



(⋯⋯移動阻害か。)



 ロフトが周囲を見渡すと、岩場の上からアンが魔法の構えをとっているのが見えた。


 二人は顔を見合わせると小さくうなずき合いながら合図を取る。



「⋯⋯そんじゃ、トドメといこうか。」



「ギギィヤ!!」


 ロフトがトドメを刺そうと前に出るとドラゴンは大きく足踏みをして全方位に木々の壁を作り出す。



「チッ、⋯⋯次から次へと、鬱陶しい奴だな!」



 ドラゴンの攻撃自体は何一つとしてロフトに危険を感じさせるものでは無かったが、それでもあまりに往生際の悪い敵に苛立ちを感じる。



「だが⋯⋯上からなら、防ぎようがねえだろ!!」



 震える地面に強く踏み込むと、ロフトは高く飛び上がり、魔法を放つ体制を取る。



「——きゃあ!!」



「あぁ?」



 すると突如、ロフトの耳に女性の悲鳴が聞こえてくる。

 視線を移すと、見知らぬ冒険者が、足を踏み外し、切り立った岩場から真っ逆さまになって落ちていくのが見えた。



「チッ⋯⋯。」



 一瞬驚いた顔をした後、ロフトは呆れたように舌打ちをし、手を貸すこともなく視線をドラゴンへと戻す。



「——加速!!」



「⋯⋯は?」


「⋯⋯コウタ!!」


 直後に声のした方に目を向けると、先ほど別れたはずのコウタが落下した女性を抱き上げてロフトを睨みつけていた。


 女性は落下の恐怖で意識を失ってしまったようで、コウタの腕にぐったりと体を預けていた。



「⋯⋯チッ。」



「なんで⋯⋯助けなかったんですか⋯⋯!?」



 舌打ちをするロフトに、コウタは激しく怒りを露わにして問いかける。



「助ける理由がねぇ。」



 ロフトはコウタの目を見ることなく短くハッキリとそう答える。



「助けようと思えば助けられましたよね。」



 追い討ちをかけるようにコウタは冷たい声色で問いかける。



「そいつは俺の勝手だ。」



「そんなのっ——」



「——じゃあ聞くが、お前。そいつ助けてどうする?」



 コウタの言葉に割り込むようにロフトは強い口調でそう問いかける。



「⋯⋯っ。」



 その言葉の意図はコウタには理解出来なかった。


 だが、ロフトの放つその圧力に、コウタは思わず黙り込んでしまう。



「てめえが助けたそいつのせいで、自分が危険な目にあったらどうする?もう一度そいつが危険な目にあったら、もう一度助けんのか?」



「足を引っ張るやつは何回助けても足を引っ張るんだよ。」



 ロフトは見下すような視線で冷たくそう言い放つ。



「でも、助けないで後悔するより、助けて後悔する方がマシです。」



「そうか、じゃあ一生分かり合えねえな。俺は助けないで後悔する方がいい。」



 その意見はどちらも間違ってはいなかった。助けることは正しいことではあるが、自らの命を賭してそれをする義務は何処にもない。だからこそ二人はそう言い切ると敵意を剥き出しにして互いに睨み合う。



「——コウタ!気を付けろ!」



「⋯⋯⋯⋯っ!」



 アデルの声に反応してコウタが慌ててドラゴンの方へと向き直ると、ロフトは小さくため息をつく。



「⋯⋯いや、もう構える必要はねえよ。」



「は?」



 気の抜けた声で剣を納めるロフトを見て、コウタは素っ頓狂な声を上げる。



「もう⋯⋯あいつの間合いだ。」



 ロフトの呆れたような視線を追うようにドラゴンを見ると、その側には、無防備なアンがスタスタとドラゴンへと近づいているのが見えた。



「ちょ、アンさん!!」



 コウタが慌てて助けに入ろうと前に出ると、ロフトが片手を上げてその動きを制する。



「黙って見てろ。」



 ロフトはそう言って退屈そうな視線をアンへと飛ばす。



「グルルル⋯⋯。」



 ドラゴンも同様にアンの姿に気づくと、大きな音を立てながら草木の波をアンへと飛ばす。



「くっ⋯⋯。」



 慌てふためく周りの人間に対して、アンは全くと言っていいほど反応を示さず、ただ右手を前に伸ばして小さく呟く。



「⋯⋯ウィザリンク・ソイル」



 アンのその言葉に応じて、濁流の如き波は、砂のように崩れ、連鎖するように周囲の草木が根こそぎ枯れ落ちる。



「⋯⋯なっ!?」



「どうなってるんですか⋯⋯!?」



 訳も分からぬまま突撃してくるドラゴンに、再び手を伸ばすと、今度は拘束魔法を使ってその動きを封じる。



「⋯⋯ソル・プリズン」



 アンはドラゴンの目の前まで歩み寄ると、その場にしゃがみ込み、地面に軽く触れると小さくそう呟く。



 直後にアンの周囲の地面から、ドラゴンが出した時とは比にならない速度で大量の木々が生み出される。



「⋯⋯⋯⋯あいつの能力は豊穣の種(プリンセス・シード)。あらゆる植物の生死与奪を掌握し、従える能力。」



 植物はとてつもない速度で身動きの取れないドラゴンへと襲いかかると、その体を這うように纏わり付き、強く締め上げ始める。



「まぁ、あのドラゴンも面白い力だったが、相手が悪過ぎたな。」



 植物の動く速度は徐々につり上り、とうとうドラゴンの姿が見えなくなるまでにその姿を覆い尽くしてしまう。



「なんせ戦場フィールドを森に限れば、あいつの殺傷能力は俺より上だからな。」



 バキバキと骨が砕ける音が聞こえた後、木々の隙間から紫色の血液が滴り落ちる。



「凄いな⋯⋯。」



「ええ、まさかこれほどまでとは⋯⋯。」



 その光景を見て、アデルとデイジーは思わず絶句する。



「⋯⋯ふぃ〜。駆除完了っと!」



 木の動きが完全に止まると、アンはくるりと振り返り爽やかな笑顔で汗を拭う。


 ニッコリと笑顔を見せてスタスタとアデルやミーアの元へと戻りながら指をパチンと鳴らすと、植物がバラバラと崩れ落ち、その中から紫色の血に染められたドラゴンだったものが落ちていく。



「相っ変わらずエグい能力だね。」


「ああ、とてつもない破壊力だ。」



 ハイテンション気味なミーアの発言にアデルもそう続ける。


「そんなことありませんよ。そもそも森じゃなきゃ戦いにも使えないレベルですし、初動が遅いから大体回避されますし。」


 アンは恥ずかしそうな笑顔でそう言ってミーアに笑い返す。



(だからそれを十全に活かすために妨害型の付与術師エンチャンターか⋯⋯。よく考えてるな。)



「おいアン。」



 アデルがそう言って考え込んでいると、遠くの方からロフトと、女性を抱え上げたコウタが歩いてくるのが見えた。



「あ、ロフト。」



「てめえ、使うんだったら最初から使えよ。」



「いやぁ、使うつもりなかったんだけど、なんかあんたが仲良さげにお話ししてたからさ。」



 アンは歩み寄ってくるロフトに向かって茶化すような態度でニッコリとそう言ってみせる。



「だっれが仲良さげだコラ。」



「わわっ⋯⋯。」



 青筋を立てながらロフトはアンの頭の上に手を乗せガシガシと乱暴に撫で回す。



「コウタさーん。終わりましたー?」



 そうしていると、洞窟の奥からマリーが手を振りながら走り寄ってくる。



「あ、マリーさーん。終わりましたよー。」



 コウタもその声に反応して手を振り返す。



「えっと、皆さん合流出来たみたいなので、先を急ぎましょうか。」



 その様子を見てデイジーはアデル達にそう言う。



「ああ、そうしよう。」



「では、ここから先は魔物は出現しないので、ゆっくりと参りましょう。」



 返事が返ってくると、デイジーはそう言って洞窟の奥へと先導する。


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