八十四話 我が道を往く
時間は数分前に遡る——
ミノタウロスの攻撃の影響で吹き飛ばされたロフト、セリアの二人は坂の中腹あたりに留まっていた。
「⋯⋯ちっ。」
ロフトは草の生い茂った地面に着地をすると軽く舌打ちをすると周囲の状況を把握する為、辺りを見回す。
「⋯⋯何してんだ?」
ガサゴソと、物音のする方に目を向けるとそこには修道服を纏った美しい女性が上下逆さまの状態で木の枝に引っかかっているのが見えた。
「引っかかってしまいましたわ。少し手を貸して下さいませんこと?」
仲間からセリアと呼ばれていたその女性は半ばリラックスしているようにも見える表情でロフトにそう促す。
「⋯⋯斬空剣」
面倒そうな顔で短くそう言って横薙ぎに剣を振るうと引っかかっていた枝が根元からバッサリと両断され、セリアの身体は枝ごと地面に落ちる。
「⋯⋯ほっ。」
セリアは空中で体制を立て直すとヒラリと余裕を持って着地する。
「⋯⋯ちっ。」
もう少しぎこちなく落ちると踏んでいたロフトは、つまらなそうに舌打ちをする。
「あら?何故舌打ちされましたの?」
その様子を見て、セリアはキョトンとした態度でロフトに尋ねる。
「⋯⋯別に。」
「そうですか。⋯⋯それで、状況はどんな感じですの?」
大した興味も示さぬまま、セリアはポンポンと、服に付着した枝や葉を払いながらロフトに状況の説明を求める。
「魔物の攻撃を避けて坂から転落。草木に引っかかって落下は止まったが、他の奴らからは大分離れた。」
舌打ちをしながら、先程まで自分たちがいた方に視線を向ける。
「それで、肝心の魔物はそこをずり落ちて下まで真っ逆さま、という感じでしょうか?」
セリアは真横にあるめくれ上がった地面を指差して、説明に付け加える。
「多分な。」
「では逆にその跡を辿れば他の方と合流出来そうですわね。」
「行けると思うが、お前登れんのかよ?ぱっと見、動けるようには見えねぇぞ?」
ロフトはセリアの服装を見て機動力の低い回復系の職業と判断する。
「この程度の斜面なら造作もありません。というか、さっきの攻撃も貴方が私を突き飛ばさなければ防げたのですがね。」
「あ?何言って⋯⋯、ってお前!聖人かよ!?」
自信過剰とも思える発言をするセリアをロフトはじっと凝視すると、突然そう言って目を見開く。
「あら、観測系のスキルが使えたのですね?」
「正しくは観察だけどな。」
若干得意げな態度で問いかけるセリアに、ロフトは鬱陶しそうな表情を浮かべてそう返す。
〝観察〟ノーマルスキル。人間や魔族のステータスを覗き見るスキル。
「それで、紳士的な冒険者様のおかげで、楽しげな状況になってしまいましたが、どういたしましょう。戻りますか?草木が生い茂っていますが。」
「悪かったなぁ!余計なお世話で!!」
苛立ちを隠すことなくロフトはセリアの軽口を聞き流す。
「⋯⋯要は草かき分けて汚れんのが嫌なんだろ?だったらこっちに道がある。」
小さくため息をつくと、ロフトは近くの草木を退かしてその奥へと進む。
「これは?」
それについていくと、草木がちらほらと生えたしばらく使われていないであろう細い道が目の前に広がる。
「整備はされてるが関係なく草が生えてる。大方、地形の変動かなんかで使わなくなった道だろ。」
ロフトは退屈そうな視線を道の両端に送りながら冷静にそう分析する。
「汚い坂を登るよりかはマシですわ。それより、貴方こそよろしいのですか?アンさんと離れてしまいますが?」
セリアは前方で、周囲を見渡してるロフトにそう問いかける。
「大丈夫だろ。あいつは他の冒険者達といるみたいだし。何より、森の中であいつが魔物に遅れを取るとは思えねぇ。」
「⋯⋯?どういうことで?」
含みを持たせたロフトのその物言いに、セリアは疑問符を浮かべながら大きく首を傾げる。
「あいつのスキルの話だ。それより早く行くぞ。ただでさえ別の道を行くんだ。タラタラしてっと追いつけねぇだろ。」
「ええ、分かっていますわ。」
ロフトはめんどくさそうに断片的にそう言うとセリアは特に気にする様子も見せず素直に後を追う。
しばらくして、前を行くロフトの足取りがピタリと止まる。
「ちっ⋯⋯来たか。」
「⋯⋯?⋯⋯⋯⋯っ!?」
その発言の直後、大きな地鳴りの様な鳴き声が二人の耳に響く。
「こっちだ。」
ロフトは慌てセリアの腕を掴むと、掴んだ腕が小さく輝く。
(これは、気配消しのスキル?)
セリアはその光の正体を即座に見抜くと、ロフトの指示に従いながら、手を引かれ近くの草むらの中へと潜り込む。
「ギャオオォォォ!!」
「⋯⋯鳥、ですわね。」
セリアが目を凝らして声の方を向くと、鳥とは思えぬほどの巨大な体躯を広げた魔物が二人の上空を堂々と飛び回る。
「喋んな。気配消してても音は聞こえんだ。」
「⋯⋯いえ、確かあの魔物は⋯⋯。」
「ギャオオォォォ!!」
セリアがロフトの言葉を否定しようと口を開いた瞬間、視界を埋め尽くす程の魔物の巨体が、こちらに向かって急降下してくる。
「んな!?」
魔物の予想外の攻撃に二人は一瞬だけ狼狽えるがすぐさま落ち着きを取り戻し問題なく回避する。
「どうなってんだ?」
「確かあの魔物は気配消しのスキルが通用しない特性があったはずですわ。」
飛び退いて距離を取りながらセリアは空中で淡々と説明を始める。
「っ、あいつも音響探索持ちか!?」
「ええ、全長二十メートルを超える巨大な体躯と、獲物を確実に見つける探索能力、そして、全てをねじ伏せる圧倒的なまでのステータスの高さ。」
「グリフォン⋯⋯通称、空の王者。」
ある程度距離を取ると、魔物は再び空へと舞い上がる。
「はっ⋯⋯大層なアダ名だな!!」
皮肉る様な笑みの後にロフトは飛翔する風の斬撃を目標のいる上空へと放つ。
「あぁ?」
巨大な魔物はその攻撃をヒラリと回避すると、その翼に生えた羽を弾幕の様に撃ち放つ。
「聖域」
セリアはすかさず巨大な光の壁を展開し、その攻撃からロフトと自らの身を守る。
「⋯⋯ちっ、鬱陶しいな。」
光の壁の中でロフトは面倒くさそうに舌打ちをする。
「どうしましょう。何か策でもあればいいのですが⋯⋯。」
「いや、俺一人で充分だ。⋯⋯本気で殺る。」
バキバキと指の骨を鳴らしながらそう言うと、隣にいるセリアにも殺気が伝わってくるほどの殺気がロフトの身体から迸る。
「——閃剣解放」
ロフトが自らの剣を前方に構えると、その剣は柔らかな薄い光を発する。
「三秒後に解きます。」
「ああ、分かった。」
そう言うと二人は静かに目を閉じる。
「三、⋯⋯二、⋯⋯一、今!!」
「⋯⋯!!」
セリアの合図と同時に光の壁が消えると、ロフトは魔物に向かって走り出し、セリア自身は張り巡らされた羽の弾幕を回避するため、後方へ飛び退く。
ロフトは羽の弾幕を回避しながら近くの木に飛び乗り、さらにそこから飛び上がることで急激に距離を詰める。
「⋯⋯届いたぜ!」
グリフォンと同じ高さまで到達すると、ロフトは剣を構える。
「グギャャャャ!!」
「んなもん効くかよ!!」
グリフォンが再び翼を広げると、ロフトはその翼に氷属性の魔法を叩きつける。
(もう片方⋯⋯。)
「光芒の聖槍」
翼が凍結しゆっくりと落ちていく魔物のもう片方の翼に向かって手を差し伸べると、声と共に光の槍がロフトの横をくぐり抜ける。
「あ?」
光の槍は真っ直ぐに突き進み、迎撃しようと構えていたグリフォンのもう片方の翼を貫く。
「後は任せますわ!」
ロフトが視線を向けるとセリアは真剣な表情でそう叫ぶ。
「お膳立てご苦労ォ!!これで、終わりだぁ!!」
叫ぶような笑い声の後、グリフォンの体に剣を振り下ろすと、一瞬遅れて爆発が起こる。
「ギヤャャャャャャ!!」
大きな叫び声の後、黒い煙を上げながら、グリフォンはなす術なく力を失い地面へと引き寄せられる。
「⋯⋯ととっ。」
ロフトはその様子を見つめながら、ヒラリと着地する。
「おーし、終わった終わった。」
「お疲れ様ですわ。」
光を失った剣を鞘に収め、パキパキと首の骨を鳴らすロフトにセリアはそう言って歩み寄る。
「それにしても、面白いスキルですわね。」
「⋯⋯⋯⋯。」
セリアがそう言ってニッコリと笑うと、ロフトは一瞬で表情を消して視線を逸らす。
「閃剣解放は剣士のスキル。魔道士の専用スキル、ダークネス・レイ。魔法使いの専用スキル、フリーズ・ロック。気配消しは暗殺者のものでしょうか?」
「大正解だよ⋯⋯。クソが。」
使用したスキルを見事に当てられて機嫌悪そうに答える。
「今見ただけでも四種類の職業の技を使いこなしていた。つまり、それが貴方のオリジナルスキルですわね?」
「そーだよ⋯⋯。専用スキルだろうがノーマルスキルだろうが、一度見ただけでスキルレベルまでコピーしちまう。それが俺のスキルだ。」
ガリガリと乱暴に頭をかきながら、ロフトは素直にそう答える。
「とてつもないスキルですわね。」
戦闘に於いての汎用性の高さならばコウタのスキルすら上回るであろうその実力に、セリアはそう言う事しか出来なかった。
「まぁな。十年間使ってて弱点らしい弱点も見つかんねーし。それこそ、幻獣でもなきゃ負ける気がしねーな。」
問いかけられたロフトは手を開いたり閉じたりして自信ありげな表情を浮かべる。
(十年間⋯⋯?)
「つーかさっさと行くぞ?今のでまた魔物が集られると面倒だ。」
「ええ、分かりましたわ。」
胸の奥にある疑問も大して気にする事なく、ロフトの言葉に返事を返す。
二人は無傷のまま、軽い足取りで森の中を進んでいく。