八十話 知る
「オリジナルスキル⋯⋯か。アンも持っているのか?」
ミーアの言葉を聞いて、アデルは落ち着いた様子で目の前の少女に尋ねると少女も落ち着いた態度で答える。
「持ってるよ〜。あんまり戦闘向きじゃ無いけど⋯⋯。」
アンはヘラヘラと気の抜けたマイペースな笑みを浮かべながらそう答える。
「そうか、貴重な経験だな。一度に複数のオリジナル使いに会えるとは。」
「その割には落ち着いてるね?私の経験上、初めて聞いた人はみんな驚いてたのに。ミーアさんとか⋯⋯。」
反応を楽しみにしていたと言わんばかりにソワソワとしながらアンはアデルに問いかける。
「わ、私の話はいいでしょ!」
流れ弾に当たったミーアは恥ずかしがりながらそう言う。
「まぁ、よくも悪くも慣れているからなオリジナルスキルは。」
アデルは魔王軍との戦いを思い出して、若干顔色が悪くなりながら、そう答える。
「い、色々経験豊富なんだね⋯⋯。」
その様子を見て色々と複雑な事情を察したアンは苦笑いを浮かべながらあまり深くは尋ねずにそう答えた。
「ところで、どういう能力なのだ。そのオリジナルスキルは。」
「ああ、私の?えっとね——」
「——おい、アン。済んだならさっさと行くぞ。」
アデルの問いに答えようと口を開くが、その言葉は彼女を呼ぶ男の声に遮られる。
「あ、ロフト。今行く。」
「⋯⋯あ?」
アンがそう答えると、その名を呼んだ少年が隣にいるミーアに気がつく。
「⋯⋯よっ!」
「⋯⋯ちっ。」
ミーアは元気よく手を上げて挨拶をするが、少年は一瞬驚いた顔をした後、苦虫を噛み潰したような表情に切り替わり、短く舌打ちをする。
「ああ、えっと、スキルの話はまた今度でいいかな?」
アンはすぐさまロフトの元へと走ろうとするが、思い出したようにその場に立ち止まってアデルの方を振り向くと、申し訳なさそうにそう問いかける。
「ああ、構わんぞ。早く行くといい。」
「うん。ごめんね。じゃあ、三日後に。」
アデル達はそう言って走り出す少女を見送ると再び口を開く。
「あの、反抗期みたいな奴がロフトか。」
立ち去っていく二人の背中を見つめながら、アデルは小さく苦笑いを浮かべてそう尋ねる。
「うん。あれはあれで、コウタとは違った可愛さがあるでしょ?イケメンだし。」
ミーアの言う通り、ロフトの顔は目付きこそ凶悪ではあるが、目鼻立ちはくっきりとして整っており、黙っていれば相当モテそうな顔をしていた。
「さっぱり分からん。」
「えー?」
可愛いという感情など、カケラも抱けないアデルはただただ無感動にそう答える。
「アデルさーん。終わりましたー?」
その数秒後に今度はコウタがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「ほら、なんか可愛いじゃん。」
今度は無邪気な表情で首を傾げるコウタを指差してミーアはクネクネと悶えながら共感を求める。
「⋯⋯やっぱり分からん。」
が、アデルにはやはり相容れない感情であると再び実感することになるだけであった。
「⋯⋯ああ、終わったぞ。どうした?」
不思議そうな表情で首を傾げるコウタの問いにアデルはそう答えると、今度はアデルからそう聞き返す。
「マリーさんと、セリアさんが食事が終わったので泊まる場所を探しに行くそうです。」
コウタは若干の違和感を感じながらも、事務的な態度でそう報告する。
「そうか。貴様は行かなくていいのか?」
「僕はまだ食べて無いので一緒にどうですか?」
アデルがそう問いかけると、コウタはニッコリと笑いながら食事へと誘う。
(⋯⋯おや?)
コウタの発言にミーアの中にあるアンテナの様なものが反応する。
「ああ、そういうことか。なら早速行こうか。」
「はい。あ、ミーアさんも、行きましょう。」
アデルがそれを受け入れると、そのまま自然な流れでコウタはミーアにそう促す。
「えっ?いいよ。お邪魔でしょう?」
ミーアはその誘いが社交辞令的なものであると解釈し、二人きりの世界を邪魔するまいと、悪戯っぽい笑みを零しながら身を引く。
「「なにがだ」ですか?」
だが二人にはその気遣いの意味は伝わらずキョトンとした表情で同時に首を傾げる。
「えっ?」
「「えっ?」」
「⋯⋯⋯⋯。」
不思議そうに首を傾げる二人のその声で、その場に沈黙が流れる。
「「⋯⋯⋯⋯?」」
「⋯⋯あっ、じゃあ、ご一緒させて頂きます。」
二人の関係がそういうものでは無いと察したミーアは若干の脱力感と共に小さく返事を返す。
その後、コウタ達は三人で同じ卓を囲みながら、それぞれ別々の料理を口にする。
三人の話題は、コウタが掲示板で見たリューキュウの国の広告に関するものであった。
「リューキュウの国、か。」
アデルは口いっぱいに固いパンを頬張りながら、手に持ったチラシを読み上げる。
「確か幻獣が眠る国、だったよね?」
フォークを使ってクルクルと麺を巻き取りながらミーアはアデルの手に持つ紙を覗き込む。
「はい。幻獣について、ちょっと気になることがあって⋯⋯。」
「幻獣ねぇ⋯⋯。」
コウタの発言にミーアは引っかかる様な言い方でそう呟く。
「なにか知ってます?」
「知ってるよ〜。って言うか私も私の仲間もみんなそれについて調べてるんだ。」
ニッコリと悪戯っぽい微笑みを含ませながらミーアはコウタの問いに答える。
「本当ですか!?」
コウタは口に含んだ卵とチキンライスをゴクリと喉に通らせると、ミーアの方にズイッと顔を寄せて尋ねる。
「ホントホント。分かってる範囲でなら教えてあげるよ。」
「いたっ。」
コウタの額を左手の中指で軽く弾くと、満面の笑みで答える。
「いてて⋯⋯。えっと、じゃあ。呪剣と幻獣の関係性って本、知ってます?作者もなんも分かんない本なんですけど。」
額を抑えながらコウタはミーアにそう尋ねる。
「⋯⋯っ!?それ、どこで?」
コウタのその言葉を聞いてガタンと音を立てて立ち上がりミーアはずいっと顔を寄せて問い詰める。
「えっ?ナストの、図書館ですけど?」
目の前に迫る小さな顔に身体を引きながら両手を構えてミーアを制止する。
「っなるほど⋯⋯。」
コウタに促されて冷静さを取り戻したミーアは真剣な表情を崩さぬまま自らの席に座りなおす。
「なにか分かります?」
「え?⋯⋯うーん。そっちの方はまだ調査中なんだ。」
改めてコウタからそう尋ねられると、ミーアは少しだけ慌てた様子で言葉を紡ぐ。
「でもすごいね。私達でもそこまで辿り着くのにすごい時間かかったのに。」
コウタの問いにミーアは曇っていた表情をパッと切り替えて答える。
「情報を得たのはたまたまですけどね。⋯⋯それで、今の所どんな情報が集まってるんですか?」
「うーん。あの本を読んだんなら、私に教えられることなんてもうあんまり残ってないんだよね。」
頬杖をつきながら苦笑いを浮かべてトントンと人差し指で机を小突いて答える。
「そうですか⋯⋯。」
「⋯⋯あ、でも一つ。」
「ん?」
思い出した様にミーアは顔を上げる。
「呪剣が魔族領産なのは分かるよね?」
「はい。どの本にもそう書いてありましたし⋯⋯。」
今まで読んできた数々の本で得た記憶を頼りにコウタはそう答える。
「じゃあさ、誰が作ったか分かる?」
「それは⋯⋯分かりません。どの本にも魔族領で作られたとしか⋯⋯。」
コウタは自らの記憶を遡るが、彼の記憶の引き出しの中にその情報は存在していなかった。
「だよね。私たちも実は分かってないの。」
「生産者不明で生産地だけが分かってるだけの呪われた剣と、存在すらまともに確認されてない神話の魔物の関連性が作者不明の本に書かれてる。」
ミーアが言う通り、交わることの無いはずの二つにある強引とも言える繋がりにコウタも違和感を感じる。
「⋯⋯狂言なのか、予知なのか、それを知っている何者かのメッセージなのか、分からないけど、私たちは調べてるの。何が起きても大丈夫な様に。」
(何が起きても⋯⋯。)
含みのあるその言い方に違和感を持ちながらも、コウタは彼女の瞳の奥に強い意思を感じ取る。
「だから君は気にしなくていいよ。この件は私たちが調べるから。」
「ですが⋯⋯。」
コウタが言い淀んでいるとそれまで黙殺していたアデルが横から口を挟む。
「そうか、なら頼む。」
「ちょ、アデルさん!」
パンを頬張りながら軽い口調で発したその言葉に、コウタは思わずつっこみを入れる。
「私たちが考えたって何も変わらないだろう。だったら、専門家に任せよう。私たちは、私たちに出来る事を、するべき事をすべきだろう?」
諭す様な口調でアデルはそう言うとコウタは渋々納得する。
「⋯⋯分かりました。そうしましょう。」
「うん。私は基本ポータルにいるから気になったらいつでも会いに来て、可能な限り情報は提供するから。」
ミーアもそれを納得させる為、コウタへの協力を約束する。
「ありがたいです。」
そう言って短く頭を下げると、コウタは少しだけ不安そうな顔をする。
「コウタさーん。宿見つかりましたよー。」
その言葉の直後、コウタの背後から元気のいい少女の声が聞こえてくる。
声のした方を向くと、入口の方からマリーが元気よくこちらに歩いてくるのが目に入る。
「マリーさん、セリアさん。ありがとうございます。」
「いえ。大した事ありませんわ。⋯⋯それで、本当にミーアさんの部屋は借りなくて良かったのですか?」
コウタが礼を言うと、セリアはそれに軽く返事をした後、ミーアにそう問いかける。
セリア達はあらかじめ宿は自分で探すと言われていた為、ミーアの分の宿は取っていなかったのだ。
「ああ、うん。私は自分で借りるから大丈夫。それじゃ私はこれで。」
そう言ってミーアは食べ終わった食器を持って立ち上がる。
「ああ、三日後に会おう。」
アデルは手元にある水を飲みながら、ミーアに軽く返事を返す。
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯コウタ!」
そしてその横で黙り込むコウタにミーアは大きな声で語りかける。
「⋯⋯はい?」
「またね!」
「はい。また三日後。」
ニッコリと純粋な笑みを浮かべてそう言うミーアにコウタは小さく笑ってそう返す。
「⋯⋯⋯⋯。」
「どうしたのだ?さっきから様子が変だぞ?」
ミーアが去った後も依然黙り込むコウタに、アデルはその顔を覗き込みながら問いかける。
「⋯⋯ミーアさん何が起きても大丈夫な様にって言いましたよね。」
コウタはそう言って真剣な表情でミーアの後ろ姿を見つめる。
「⋯⋯ああ、言ってたな。」
「まるで、何かが起こると分かってる様な言い方でしたよね。」
「⋯⋯確かに。」
アデルは少し考え込むと、間を置いてそう答える。
「警戒するに越した事はないでしょう。それこそ、何が起きても大丈夫な様に。」