八話 男の子はかっこいいものに憧れる
職業選択。よく考えてみれば、その件に関して神様からの情報もなかった上、ここにくるまでに何か情報を得た訳でもない。そのためコウタは素直に尋ねることにした。
「すいません。職業というのはどういったものなのでしょうか?」
「はい。職業とは簡単に言えばその冒険者の冒険スタイルを指します。」
予想されてた質問なのか、女性はまたもや慣れた様子で説明を始める。
「例えば森や断崖などでの厳しい環境での採取クエストを専門にしたいのなら探索者、モンスターの狩りや商人の警護を専門にしたいなら戦士や魔法使いなどがオススメです。」
女性は慣れた様子で奥の部屋から本のようなものを持ってくると各職業が載っているページを指刺しながら答える。この手の質問は多いのだろう。
「コウタさんの場合全てのステータス及び才能が常人の遥か上なので、基本職、上級職、全ての職業に対して高い素養があることになります。」
「上級職というのは?」
「上級職というのは剣士や狩人、魔道士のような各職業の専門的な分野を突き詰めたものになります。」
女性は本をパラパラとめくり、それに目を通しながらマニュアル通りの説明を続ける。
「つまり、スペシャリストになる代わりに仕事を選り好みしなくてはならない、ということですか?」
「選ぶ職業にもよりますがそう考えていただいて大丈夫です。剣士や槍使いであれは特定の武器を装備した時のみステータスが上がりますし、魔道士であれば習得する属性が光と闇に絞られる代わりに魔法の撃ち方や威力に多彩さが出ます。」
「良かったら読んでみますか?」
コウタは本を受け取るとペラペラとページをめくる。その本には各職業の特徴が書かれていた。
「また、ステータスに補正がかかったり、その職業限定の特殊スキルなどもありますので自分が何をしたいのかをしっかり決めてからでないと後々後悔したりしますよ。」
一瞬、ページをめくる指が止まる。自分が何をしたいのか、——それはまだ自分自身にも分かっていなかったからだ。
「ちなみに職業は後から変えられるのですか?」
再び本をめくりながら質問をする。
「変えれますが二度目の転職からは別途で50万ヤードをいただくことになっていますので基本的には誰もしませんね。大体一般的な冒険者の二、三ヶ月分の生活費くらいですね。」
再選択は実質ないに等しいという現実を知って、さらに慎重にならざるを得なくなってしまう。
「う〜ん⋯⋯。」
かなりの速度で受け取った本を読み進めていくと、コウタはあることに気が付く。
「そう言えば、アデルさんの騎士がありませんけど⋯⋯。」
「ああ、騎士は特殊職と言って、特定の条件を満たさないと手に入れることが出来ないんです。騎士の場合、条件は確か、一人の主君に忠誠を誓い一年以上その人間のために身を捧げる、とかだったと思いますが。その他にも商人や歌手とかも特殊職に該当しますね。」
騎士という選択もアリだな、とコウタは考えていたが条件の厳しさに即刻断念する。
「中にはフィーリングで決める冒険者さんもいますよ。なってからやりたいことを決める。みたいな。」
「そんな、大学受験みたいな⋯⋯。」
「はい?何か言いました?」
「いえ、こっちの話です。」
コウタはこの世界の冒険者たちに少々呆れるが、結局自分もその方法で決めるしかないことに気づく。
(フィーリングか⋯⋯。)
そうやって再び本に目を通し始めると一つのページに指が止まる。
「コウタさんはスピードが他のステータスと比べて高いので、私のオススメは機動力を生かした拳闘士や暗殺者ですね。」
受付の女性はかなり不穏なことを言うが、その言葉はすでにコウタの耳には届いていなかった。
「⋯⋯これにします。」
「⋯⋯え?これでいいんですか!?もっと向いてる職業もあると思いますよ?例えば⋯⋯。」
女性はコウタの広げたページを見て驚きの声を上げた後、その職業について詳しく説明し、別の職業を勧める。
「はい。これにします。」
それでもコウタは頑なに返事を返す。
「⋯⋯わ、わかりました。では準備をしますね。」
その数分後アデルがロッカールームから出ると、コウタはまさに冒険者といった服装に着替えていた。
「ああ、終わったのだな。」
その様子を見て、アデルは安心したような声で二人に問いかける。
「はい、ついでに支給品の服に着替えたんですよ。どうです。似合ってますか?」
コウタは機能性に富んだ冒険者の服を着てピシッ、ピシッとポーズを変えてアデルに尋ねる。
「ああ、似合っているぞ。」
アデルはクスリと笑いながら、コウタの問いに答える。
「ありがとうございます。アデルさんも着替えたんですね。」
「ああ、さすがにいつまでもボロボロの鎧を着ているわけにもいかんからな。私服に着替えた。」
紺色のブラウスに白のロングスカートを着た赤髪の少女はどう見ても騎士には見えない華々しさがあった。また、シンプルなデザインの服は胸部の破壊力を際立たせていいる。
「素敵ですよ。」
コウタもニッコリと笑いながらそう言う。
「そうか?あまり私服にはこだわらんからな。まあ、ありがとう。」
アデルはそんな言葉に対した反応も示すことなく、その場でクルッと回って見せる。
「私は今から鎧の修理と新しい剣と盾の調達に行くが貴様はどうする?」
「僕は今からクエストに行こうと思います。借金もあるので。」
そういうとコウタはピラピラと掲示板から取った紙をアデルに見せる。
「別にすぐ返さなくてもいいのだがな。だがその様子では職業もすぐに決まった様だな。」
「はい。おかげ様で。」
「何にしたのだ?大方あの剣さばきからして剣士か戦士といったところだろう。」
アデルは少しばかり興奮した様子で好奇心を隠すことなくコウタに問いを投げかける。
「いえ、付与術師です。」
「は?」
コウタの返事に、アデルは思わず気の抜けた声を上げる。
「付与術師です。」
コウタの視界からアデルが一瞬消え、気づくと両肩を鷲掴みにされていた。
「なぜだ!なぜだぁぁぁぁ!なぜよりによって一番近接戦の苦手な付与術師にしたのだぁぁぁぁ!!」
アデルはコウタの頭を激しくシェイクしながら、絶叫にも近い問いかけを投げかける。
「なぜって、そんなの決まって、るじゃ、なぁ⋯⋯。」
頭をグラグラ揺らされながら必死に答えようとする。
付与術師
魔法使いの上級職であるが、一切の攻撃魔法が使えない。味方や敵に様々な特殊効果を与えて戦況を動かす職業。全ての職業の中で唯一MPと魔力にしか補正のかからない職業。
「⋯⋯なんでって、名前がかっこいいからに決まっているではないですか。」
穏やかな微笑みを浮かべてそう答えると、今度は無表情のままさらに激しくシェイクされる。
「ちょ、ちょっとアデルさん!?周りの方の迷惑になりますから⋯⋯。」
受付の女性が止めに入るとアデルの怒りは彼女へ飛び火する。
「貴様もなぜ止めなかったのだ⋯⋯。」
「ひっ⋯⋯。」
ギロリと鋭い眼光で凄まれ、受付の女性は身体を硬直させて怯え始める。
「と、止めはしたんですけど聞かなくて⋯⋯。」
それを聞くとアデルは呆れたように肩を落として大きくため息をつく。
「はぁ、まあいい、付与術師だって極めれば強力な力を発揮するらしいしな。」
「で、貴様は何のクエストを受けるのだ?」
決まってしまったものは仕方ない、と肩を落としながら諦めるとじっとりとした視線を向けたままそう尋ねる。
「ああ、これです。」
コウタは腰にかかるバックに手を入れると、中から一枚の紙を取り出し、アデルに差し出す。
「なになに?——大量発生したイノシシ型モンスター、フォレストボアの討伐?」
「はい!」
不機嫌な問いにコウタは元気よく答える。