七十八話 遭難サバイバー
数日後——
ナストを出発した一同は、アデルの操縦する馬車の元、ゆっくりと草原の道を進んでいた。
「風が気持ちいいですね。」
コウタは馬車の中から顔を出して、大きく息を吸い込むと、手綱を引くアデルにそう話しかける。
「ああ、そうだな。天気が良くて助かった。」
「疲れたら言ってくださいね。すぐ代わりますから。」
「大丈夫だ。⋯⋯というか貴様遊んでたんじゃないのか?いいのか放っておいて。」
アデルはそう言ってコウタの後ろを覗き込む。
「ああ、十連勝後にハブられました。」
コウタが中を指差すと、馬車の中ではセリアとマリーの二人が将棋盤のようなものを挟んで考え込んでいる姿が見えた。
「ああ⋯⋯なるほど⋯⋯。」
苦笑いで答えると、アデルは視線を前方へと戻す。
「⋯⋯ん?なんだあれは。」
しばらく馬車を走らせていると、アデルの視界の端に小さな影が映る。
「なぁ、コウタ。あれ見えるか?」
「ん?⋯⋯⋯⋯あー⋯⋯。」
指示どおりその方向を見ると、コウタはぽりぽりと頭をかきながら面倒くさそうに声を上げる。
「なんだった?」
「女性と⋯⋯そこそこでかい魔物が戦ってます。」
コウタの視界には短剣を持った軽装の女性と巨大な蟹のような魔物が戦っているのが見えた。
「状況は?」
「魔物の攻撃は全部避けれてるんですけど、魔物が硬すぎて女性の攻撃が全く通ってないって感じですね。」
アデルは視認するのを諦めてコウタに詳細を尋ねる。
「助けに行くぞ。」
「いえ、アデルさんは近くに馬車を止めておいて下さい。」
迷わず決断するアデルを制止してコウタが立ち上がる。
「僕一人で充分です。」
そう言うと、馬車から飛び降り自らに〝付与・力〟と〝付与・速〟のスキルをかけた後、〝加速〟のスキルを使い女性に向かって急接近する。
「あれ?コウタさん?」
飛び降りた直後にマリーが見失ったコウタを探して御者台へと顔を出す。
一方で蟹型の魔物の攻撃を避け続ける女性はスキルを用いて高速の連撃を叩き込むがその全てが甲高い音を立てて、弾かれる。
「もう!!硬すぎ!!」
攻撃を終えて着地をすると再び襲いくる巨大なハサミを回避する。
「やばい、もう疲れた⋯⋯。」
女性の身体がフラリと崩れた瞬間後方から声が聞こえてくる。
「——どいて下さい。」
「は?」
声の方へと視線を向けると声の主はすでに自らの真横まで来ているのが見えた。
「加速」
「へ?」
コウタは大きくしゃがみこむと、〝加速〟のスキルを用いて飛び上がる。
「召喚!!」
十メートルほどの高さまで到達すると自らの手元に一本の板のような形状の大剣を召喚する。
「⋯⋯加速!!」
再びスキルを使い、今度は落下の速度を上げて大剣を振り下ろす。
蟹型の魔物は甲羅ごとその身を真っ二つに両断されると、大きな音を立てて崩れ落ちた。
(思った以上に強いな。この剣。)
コウタは魔物が動かなくなったことを確認すると、ナストの街で得たその剣を手放し宙へと霧散させる。
〝バスターブレード〟刀身の幅が極端に広い大剣。切れ味は悪いがとても高い耐久力を誇る。
「⋯⋯つっよ。」
ペタンと座り込みながら、女性はコウタを見てそう呟く。
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
尻餅をつく女性に手を差し伸べると女性はコウタの手を掴んで立ち上がる。
「ああ、うん大丈夫。ありがと。」
女性は目の前の小さな少年と両断された魔物を交互に見て、言葉を紡ぐ。
「⋯⋯強いね〜君。その年で、こんなモンスターを一撃で倒しちゃうなんて。」
「⋯⋯僕は十七です。」
コウタは少しむくれながら反論する。
「いやいや、十七でも凄いのは変わんないから⋯⋯。まぁ、何はともあれ、助かったよ。私の名前はミーア。探索者をやってるの。」
「探索者⋯⋯ああ、なら戦闘は苦手なんですね。」
「うっ⋯⋯、いや、得意なつもりだったんだけど⋯⋯。こんだけ力の差を見せつけられると、なんも言えないわ。」
コウタの言葉にミーアはショックを受ける。
「す、すいません!凄かったですよミーアさんのスキルも。」
「いやアレ、ノーマルスキルだから⋯⋯。」
「⋯⋯すいません。」
慌ててフォローを入れるが気まずそうに答えられ、コウタも小さな声でそう返した。
「コウター終わったかー?」
そうしていると、ふと岩場の奥の方からアデルの声か聞こえてくる。
「終わりましたよー。」
遠くから聞こえてくるその声に、コウタは間延びした返事を返す。
「⋯⋯お、いたいた。そっちの女性も無事なようだな。」
「はい。大丈夫みたいです。」
「ありがとう。おかげで助かったよ。」
岩場から顔を出したアデルにミーアは小さく頭を下げる。
「それで⋯⋯ちょっとお願いが⋯⋯。」
ミーアは頭を上げるとモゴモゴと口籠もりながらアデルとコウタに話を切り出す。
「なんだ?」
「次の街まで一緒に連れてって下さい!!」
「本っ当にありがとうございます。」
馬車へと戻るとミーアはアデルに対して深々と頭を下げる。
「それで、どうしてあんな場所にいたんですか?」
マリーがそう尋ねるとミーアは少し考えた後話し出す。
「えっと、私。ポータルから来たんだけどね。一人で旅してる途中にあの魔物に襲われちゃって、馬も荷物もやられちゃったんだ。」
「ポータル?ポータルから来たのか?」
「うん。でも、今は観光旅行中。」
アデルが問いかけるとミーアはそう答える。
「では観光中に襲われたのですね。それは災難でしたわね。」
「ホントだよ⋯⋯。でも良かったの?一人増えることになっちゃって⋯⋯。」
深くため息をつくとミーアは申し訳なさそうに尋ねる。
「ああ、食料にも余裕があるし、何より後一日もあれば次の目的地に着くだろうからな。」
「ニオンに行くんだよね?今の時期だと、黄金の果実目当てかな?」
ニッコリと笑ってミーアはそう問いかける。
「ああそうだ。収穫のクエスト——」
「——と、果実を食すのが目的です!」
アデルの言葉にマリーが被せるように答える。
「そっか〜。じゃあさ、じゃあさ、そのクエスト。一緒に受けない?」
「一緒に、か?」
「うん。実は私も果実目的でここに来たんだ。」
「一緒にって言っても纏まって行動するだけで報酬は別々。戦闘は微妙かもしんないけど、道中は探索者のスキルで手伝うからさ、ね?お願い。」
両手を合わせて頼み込むミーアを見てマリーはアデルに話を振る。
「どうします?マリーさん。」
「んー、どう思う?」
アデルはマリーの質問を質問で返す。
「私は構いませんわよ?」
「私も文句ないです。」
二人はあっさりと受け入れる。
「コウタ。聞こえていたろ。貴様はどう思う?」
「⋯⋯いいと思いますよ〜。」
手綱を握り、馬車を走らせるコウタは適当な返事を返す。
「なら、いいか。短い間だがよろしく頼む。」
「ホント!?ありがと〜。よろしくね!」
「コウタも、よろしくね。」
ミーアは馬車の中からコウタの座る御者台に顔を出すとニッコリと笑ってそう言う。
「はい。よろしくお願いします。」
コウタが返事をするとミーアは薄く目を開いて小声になる。
「それと聞きたいんだけど、コウタさ⋯⋯。」
「なんです?」
「君、オリジナルスキル持ってるでしょ。」
後ろの三人に聞こえないようにミーアは耳元でそう呟く。
「なんのことですか?」
コウタは呼吸一つ乱さぬまま、薄い笑みを浮かべて問い返す。
「隠さなくても分かるって、剣を召喚する能力でしょ?知り合いにもいるからなんとなく分かるんだ。」
ヘラヘラと笑いながらミーアはポンポンと、コウタの肩を叩く。
「大丈夫だよ。ポータルに行けばオリジナルスキル使いなんてザラにいるし、秘密にして欲しいのも分かってるから。」
「⋯⋯そうですか。」
コウタは深いため息をつきながら、めんどくさそうに答える。
「ところでさ、君に個人的なお願いがあるんだけど、聞いてくんない?」
「⋯⋯内容によります。」
「私、ポータルを拠点に活動してるパーティーの一員なんだけどさ。」
コウタの言葉を聞いてミーアは話を続ける。
「⋯⋯はい。」
会話になんとなく既視感を感じながらコウタは視線を前方に固定したまま短く返事をする。
「ウチのパーティーに入ってくんない?」
「お断りします。」
一秒の間も無くコウタはミーアの問いに即答する。
「えー、なんで?ウチのパーティーだって女の子沢山いるよ?あの娘達に負けず劣らず美女揃いだよ?」
ミーアは後部に座る三人を親指で指し示してそう言う。
確かにコウタから見てもミーアは美女の範囲に入る女性であったが、コウタはそこには全く反応を示さなかった。
「下心があってあの人達とパーティーを組んでる訳ではありませんし、そもそも僕たちにはやることがあるんですよ。」
「えー⋯⋯!?なにそれ!目的はウチのパーティーで果たせばいいじゃん!」
ミーアは甘ったるい声で駄々をこねながら、コウタの首元に抱きつく。
「うわっ!?は、離れて下さい!」
コウタはそれに驚いてピクリと反応して引き剥がそうとする。
「そもそも、僕まだレベル28ですよ?貴女のレベルなら僕なんて要らないでしょう?」
コウタがミーアのステータスを覗き込むと、視界にはその詳細が浮かび上がる。
ミーア 探索者 lv45
「その実力でレベル28!?将来有望じゃん!ねえ、来てよぉ〜!」
ミーアはそれを聞くと抱きしめる力をさらに強くする。どうやらレベルが低いというのは必ずしもマイナスに働くわけではないようだ。
「ぐうっ⋯⋯く、苦し⋯⋯。」
「強いし可愛いんだから、みんな絶対良くしてくれるって〜。ねえ〜。」
ミーアは後ろからは見えないように更に強く抱きしめる。
「か、考えとく!!考えておきますから!!離してっ⋯⋯締まってる⋯⋯。」
「ホント!?ホントに!?ありがと〜!!」
苦し紛れにそう言うと今度は両腕を拘束するように抱きしめる。
「げほっ、はぁ⋯⋯でも少なくとも目的を果たすまでは無理ですからね。」
「分かってるって〜。」
「はぁ⋯⋯。」
(また面倒そうなのを拾っちゃったな⋯⋯。)
その日、コウタのため息が尽きることはなかった。