七十四話 遠き日の思い出・四
「こーうたっ!学校行こっ!」
少し肌寒い朝の住宅地で、元気な黒髪の少女は大きな声で少年の名前を呼ぶ。
「ふぁ〜⋯⋯おはよ〜ございます。」
その声から数分遅れて玄関のドアから出てくる少年は大欠伸をしながら少女の顔を見て挨拶をする。
「おはよっ!」
その顔を見て少女はニッコリと笑って少年に挨拶を返す。
「康太さ〜、最近起きるの遅いよね。」
日差しが差し込む教室の中で、少女は少年にそう尋ねる。
「え?そうですか⋯⋯?」
少年は、よく分かっていないような態度で問いかける。
「そうだよ。昔は康太が迎えに来てたのに今は私が朝に迎えに行ってるじゃん。」
「あー、そういえばそうですね。」
そう言われて頭をかきながら思い返す。
「なんか理由でもあるの?」
「ん〜、強いて言えば最近、寝付きが悪くて⋯⋯。」
少女から目を逸らしながらながら言いづらそうに答える。
「へえ⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
少女の小さな返答に、返す言葉など特に無い少年は次の少女の言葉を待つ。
「⋯⋯⋯⋯なんでさ⋯⋯。」
少年の望み通り、少女は少しの沈黙の後、再び言葉を切り出す。
「⋯⋯ん?」
「なんで、康太はこの学校にしたの?」
「なんでって、何か問題でも?」
意図の読めない問いかけに少年は聞き返すような形で問う。
「だって、あんただったらもっと頭のいい高校行けたでしょ?」
「⋯⋯来たかった理由は無いですけど、強いて言えば家が近いから、ですかね。」
一瞬だけ考え込むと、少年は何気なくそう答える。
「それに⋯⋯寧々さんだって、近い方が通いやすいでしょう。」
「⋯⋯⋯⋯ふ〜ん⋯⋯。」
言葉の端に見える自分への気遣いに少しだけ口角を上げて、少女は小さな声で返事をする。
「⋯⋯入って後悔したなら僕に言わないで下さいね。」
そんな感情など知る由もない少年は呆れた顔でそう答える。
「ううん、ありがと。」
「なんでお礼言われてるんですか?」
「さあね〜。」
少女も悟られまいと隠すように嬉しそうな声ではぐらかす。
「⋯⋯変な人ですね。」
「う、うるさい⋯⋯。」
頬杖をついて少年も同じように笑い返すと少女は少し頬を赤らめて目をそらす。
窓から差し込む光に包まれて、二人は小さく微笑み合う。