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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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六十四話 伝承と噂


 カーテンの隙間から漏れる朝日と遠くの方に聞こえる街の喧騒でコウタは目がさめる。


「ん⋯⋯。」


(朝⋯⋯か⋯⋯。)


 視界がぼやけながらも次第に意識がはっきりとし始め、のっそりと起き上がる。


「う、んん⋯⋯。」


 ベッドが合わなかったのか、コウタがその場で大きく伸びをするとパキパキと背骨の鳴る音がする。

 虚ろな目でカーテンを開き、まっすぐに差し込む朝日を受けると、買ったばかりの新しい服に袖を通す。


「よし、行くか!」





 空から強い日差しが差し込み始めた頃、マリーとアデルの二人は大通りの道を散策していた。

「それにしても、広い街だな⋯⋯。」

 アデルは街を見渡しながら隣を歩くマリーに話しかける。


「⋯⋯そうですね⋯⋯。」


 アデルの問いにマリーは気の無い返事を返す。


「路地裏も大分入り組んでるな⋯⋯。」


 手元にあるクエストの資料に付いていた街の地図を眺め、若干呆けながらアデルはそう言う。


「⋯⋯そうですね⋯⋯。」


 マリーも同様の資料を注視しながら先程と同様の返事を返す。


「⋯⋯⋯⋯マリー?」


 アデルは覗き込むようにマリーに声をかける。


「⋯⋯そうですね⋯⋯。」


 それでもやはり同じ返事しか返ってこない。


「⋯⋯⋯⋯。」


 アデルは黙ってマリーの耳元で手を叩く。


「うひゃあ⋯⋯!?」


 唐突な行動にマリーは飛び上がる。


「な、な、なんですか急に!?」


 バクバクと跳ね上がる心臓を抑えて強い口調でアデルに問いかける。


「いや、あまりに集中してたものでな、人にぶつかったりするかもしれんだろう?」


 ヘラヘラと笑いながら茶化すように答える。


「それもそうですけど⋯⋯。」


 むすりとした表情でマリーは答える。


「⋯⋯⋯⋯やはり心配か?」


 少し間を置いてアデルはそう尋ねる。


「⋯⋯⋯⋯少しだけ。」


 視線を逸らしながらマリーは答える。


「パーティー単位でクエストを受ける許可を貰えたのは嬉しかったですけど、やっぱり不安です。コウタさんはともかく、私なんかが居ても邪魔になるんじゃないかと思って⋯⋯。」


 小さな手を強く握りしめてマリーは俯きながらそう続ける。


 前日の夜、マリーとコウタの二人はベリーの街でのミノタウロスの討伐や魔王軍幹部フルーレティの討伐の実績を買われ、特別にクエストの参加を認められていたのだ。


「大丈夫だ。そんなに心配しなくともなんとかなるさ。」


 アデルはマリー頭をポンポンと撫でて答える。


「貴様は強い、だからこそ許可が降りたのだろう?」


「⋯⋯⋯⋯でも。」


 マリーは黙り込む。


「まあ、緊張するのは分かるが、気を抜いていた方が案外力が出るかもしれないぞ?コウタみたいに。」


 軽い態度でアデルがそう言うとマリーはクスリと笑って答える。


「ふふっ、そうですね。」


 マリーの表情が明るくなったのを見てアデルも内心ホッとする。


「⋯⋯⋯⋯ところでそのコウタさんはどこに?」

 

 マリーはふと思い出してアデルに尋ねる。


「ああ、ついさっきセリアと二人でどこかに行ったぞ?」






 その頃、別の場所で二人は優雅なティータイムを楽しんでいた。


「⋯⋯それで、二人で話したいこととはなんでございましょうか?」


 ゆったりとしたジャズ調のレコードが流れるカフェの窓際の席でセリアは紅茶を口にしながら向かいに座る少年に尋ねる。


「ええ⋯⋯少し聞きたいことがありまして。」


 正面に座るコウタは同じくミルクティーを飲みながらセリアの問いに答える。


「聞きたいこと⋯⋯?」


「はい、呪剣のことで⋯⋯。」


「呪剣⋯⋯ですか?私にお応えできることなら構いませんが⋯⋯。」


 焼きたてのクッキーを口にしながらセリアはコウタに尋ね返す。


「ですがどうして私なのでしょうか?ギルマスにでも聞けば事足りそうな気もするのですが⋯⋯。」


「ギルマスには聞きました、というか図書館でも調べましたし、聞けそうな人にはほとんど聞いて回りました。」


 コウタは真剣な表情で答える。


「けど得られる情報はどれも抽象的であまりあてにならなくて⋯⋯。」


 コウタがそう言って静かになるとセリアは口を開く。


「まあそもそも存在自体が怪しいものでしたから⋯⋯。情報が曖昧なのは仕方ないことですわ。」


 当然だ、と言わんばかりにそう言い切る。


「だから、教会にいたセリアさんなら教会の伝承とかで何か特殊な情報でもないかと思って呼んだんです。」


「伝承⋯⋯確かにありますが、信憑性はあまり高くありませんわよ?」


 セリアは困った笑顔を浮かべ、そう言う。


「構いません。お願いします。」


 コウタはそう言ってセリアを促す。


「そうですね⋯⋯では一つだけ。」


 セリアはティーカップをコトリと置くと話を始める体制をとる。


「罪を背負いし呪剣、強き意志に導かれ、弱き心を蝕み、悪魔の力を授ける。」


「悪魔の力⋯⋯。」


 コウタが呟くと、セリアは小さくため息をつく。


「⋯⋯これは昔、私が大神官様の部屋に忍び込んだ時に見た古い本に書いてあった事なのですが正直私も真意はよく分かっていません。」


「強い意志に弱い心⋯⋯やっぱりよく分かりませんね⋯⋯。」


 コウタもセリアと同様にため息をついて背もたれに体を預ける。


「それと、呪剣は世界に複数存在しているようですが、そのどれもが別々の能力を有しているらしいですわ。」


「それは僕も聞いたことがあります。⋯⋯でも、一つも存在を確認できてないってことはやっぱり、それもデマなんじゃないですか?」


「さあ?噂や伝承だけではかも知れない、としか言えませんから⋯⋯。」


 そう言い終えると、セリアは再び、紅茶に口を付ける。


「それもそうなんですけどねー。」


 コウタも間延びした返事を返すと外の景色に目を移す。


「⋯⋯そういえば、なぜ二人で話す必要があったのでございましょうか?二人にも話した方が良いのでは?」


 セリアは首を傾げて尋ねる。


「ああ、忘れてました。実は二人のことでもう一つ話があって⋯⋯。」


「⋯⋯?なんでしょうか?」


「今回の件、なんか嫌な予感がしてて⋯⋯。もしもの時はセリアさんに二人のことをお願いしたいんです。」


 コウタがそう言うとセリアはピタリと手を止める。


「お願い?」


「はい。今回の件で僕はあまり役には立てないと思います。」


「相手が誘惑のスキルを持っていますからね。」


 セリアは小さく横槍をいれる。


「ええ、ですからせいぜい出来るのは戦闘の補助くらいです。⋯⋯だからもしもの時は貴女が二人を連れて逃げて欲しいんです。」


「そんなこと、私が言わなくとも出来そうな気もするのですが⋯⋯。」


 セリアが尋ねると、コウタは淡々と答える。


「マリーさんはまだ冒険者になって日が浅いですし、アデルさんは見ての通り、かなり無茶する性格ですから。⋯⋯⋯⋯まあ一応です。」


「無茶するに関しては人の事は言えないような気がするのですが⋯⋯。」


「そこはほっといて下さい。」


 コウタはバツの悪そうな顔で答える。


「ふふっ、分かりました。お二人は私が見守っていますわ。」


 セリアは控えめに笑うと、コウタにそう答える。


「⋯⋯はぁ、よろしくお願いします。アデルさんとかに聞かれたら怒られそうだからわざわざ呼び出してまで話をしたんですから。」


 コウタは頭をかきながらセリアに念押しする。


「分かっていますわ。任せて下さい。」


 セリアはニコニコと笑顔で答える。


 そうして話が終わりくつろいでいると、不意に外から放送が聞こえる。


「⋯⋯これは?」


 セリアが尋ねるように声を上げると、コウタが答える。


「ギルドの放送ですね。⋯⋯⋯⋯あ!もうこんな時間に!」


 コウタは時計を見て声を上げる。


「少々長居しすぎましたわね。」


 セリアは全く意に介せず、クッキーを口にする。


「集合の時間です。行きましょう!」


「ええ、分かりましたわ。」


 そう言って二人は慌てて外へと飛び出す。






 それと同時刻、ナストの王城の屋根の上でフードの男が座り込んでいた。


「放送と同時に複数の冒険者が慌ててギルドに向かっているね⋯⋯。門が開くのが大体5時間後。包囲網でも作る気かな?」


 男は城下を見下ろしながらフードの奥からニヤリと歯を出して笑う。


「⋯⋯ここは暇つぶしがてら、逃亡の手伝いでもしてあげようかな?」


 そう言って立ち上がると、男は屋根の上から音もなく飛び降り、消え去っていった。



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