六十三話 月下の暗躍
「そんなことが⋯⋯。」
「はい、名前はサラ=リリアス、去り際に観測のスキルを使ったので間違いありません。」
コウタはモクリとマワリーに事の顛末の全て説明した後、念押しで説明を付け加える。
「つまり犯人は二人いるって事ですか?」
マワリーがコウタに尋ねると、コウタは首を横に振り否定する。
「まぁそうなりますね。そして、僕たちが追っていた方の犯人は模倣犯だと思います。」
コウタはゴソゴソと胸元から複数枚の紙を取り出す。
「それは⋯⋯?」
「先ほどアデルさんから借りた事件内容の資料です。僕も少しだけ目を通させていただきました。」
コウタは資料をペラペラとめくり、事件の被害者のリストのページを広げる。
「毒殺に使われた毒の正体が呪剣によるものだとしたら僕たちの追っていた方の銀髪の少女⋯⋯仮にXと名付けましょう。」
「恐らくXが手にかけた相手はこの三件のみだと思います。」
三人の被害者の名前を丸で囲むように指を動かす。
「三件ともベーツの街の冒険者ですね⋯⋯。」
「はい、そうです。そしてその三人には共通しているところがあります。」
コウタは指をそのまま横へとスライドさせ今度は補足欄のところを指差す。
「⋯⋯⋯⋯毒が使われていない⋯⋯?」
「その通り。そして、その被害者たちはいずれも一太刀でやられているんです。」
「真犯人とXの違いは殺人動機とその殺害方法です。」
「まず真犯人、サラ=リリアスの場合は単純に男を色仕掛けで罠に嵌める事が最大の動機でしょう。」
「つまりは殺人自体に達成感や快楽を感じる愉快犯ってところか。」
アデルがコウタの説明に補足を入れる。
「ええ、恐らくね。そして模倣犯Xの場合はもっと単純ですね。」
「Xは戦い自体を楽しむタイプ。所謂戦闘狂ってやつだと思います。Xの被害者が全員冒険者であるのも、毒が使われていないのも、それが原因でしょう。」
コウタは説明を終えるとペンを置き、モクリとマワリーの方を向く。
「どうしますかギルマス。このくらい情報があればXの方はともかく、サラ=リリアスの方なら手配書も作れるのではないですか?」
コウタが尋ねるとモクリは少しの間黙り込みゆっくりと口を開く。
「⋯⋯やめておきましょう⋯⋯⋯⋯。」
モクリがそう言うとコウタはその答えを予想していたかの様にため息をつく。
「ですよ、ね⋯⋯。」
「なっ、何故ですか!?今すぐにでも指名手配した方がよろしいのでは!?」
「⋯⋯それをすると犯人が何をしでかすか分かりません⋯⋯⋯⋯。」
マワリーの声に若干たじろぎながらもモクリはひ弱な声で答える。
「普通の殺人犯であるならそれでいいかも知れませんが、呪剣持ちとなると何が起こるか分かりませんからね⋯⋯。」
「警戒するに越したことはないな。」
アデルもそれに同意する。
「でもどうしますか?このまま放置する訳にもいきませんよね?」
コウタも真剣な表情でモクリの方に向き直る。
「⋯⋯既に上に言って城下町の出入りは封鎖してありますが⋯⋯あまり長い時間封鎖は出来ません⋯⋯。」
「ギルドの権限で城下町の門を封鎖できるのは48時間、2日が限界です。」
モクリに続いてマワリーが二人に説明する。
「2日か、それまでに手を打たなくてはならないのか⋯⋯。」
アデルは腕を組みながらうーんと唸り声を上げる。
「昼間に見つけると暴れられたり籠城されたりするのが怖いですよね⋯⋯。呪剣の殺傷性も脅威ですし。」
「顔が割れた以上、目立った行動はとらないはずですから夜間に見つけるのも難しいですよね。」
マワリーとコウタもその状況に頭を抱える。
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
特に打開案も浮かばぬまま、四人は黙り込み、その場が静まり返る。
「⋯⋯だったら、引っ張り出せばいいんじゃないですか?」
しばらくしてふとコウタが呟く。
「引っ張り出す⋯⋯ですか?」
「はい。昼間に探すのはリスクが高いなら、夜に見つければいいんです。」
「それができないから困っているのだろう。」
アデルが否定するとコウタはニヤリと笑って言葉を続ける。
「例えば、明日の夕方辺りに街中に指名手配を出します。」
「ですからそれは危険だと——」
「まぁ、聞いてください。」
横槍を入れるマワリーの言葉を遮るようにコウタは続ける。
「発表するのは名前だけで、それ以外の情報は一切発表しません。」
「それではあまり意味が⋯⋯。」
アデルはそこまで言って言葉を止める。
「はい、あまり意味はありません。——冒険者側からすれば。」
「ですが、彼女からすればどうでしょう?」
「⋯⋯特定された、と思うでしょう⋯⋯。」
コウタの問いにモクリが答える。
「そして同じタイミングで、その他の情報は次の日の朝に出すと発表し、その日の深夜にこの国への出入りを解放する。」
「彼女は考えるはずです。夜中のうちに出て行くべきか次の日まで待つべきか。」
「夜中に出れば罠があるかもしれないが逃げ切れる可能性はある。逆に朝になってしまえば、逃げ切るのはほぼ不可能になる。」
「人の目が多すぎて隠れることもままならなくなってしまいますから。」
「そうすれば——」
「⋯⋯罠だと分かっていても出て来ざるを得ない⋯⋯。」
コウタの言葉に被せるようにモクリが二人に説明する。
「⋯⋯という事です。」
コウタがそう言うとマワリーとアデルの二人は納得した表情を見せる。
「確かに、それなら少ないリスクで戦えますね⋯⋯。」
「ああ、余計な心配もせずに済みそうだ。」
二人が賛同すると、モクリはスッと立ち上がる。
「⋯⋯そうと決まれば早速、準備を始めましょう⋯⋯。」
「⋯⋯はい!」
————夜が深くなった頃
月明かりに照らされた紅の中心に殺人鬼サラ=リリアスは立ち尽くしていた。
「——よくやるね君は⋯⋯。」
血だまりの中心に立ち尽くし、狭い路地の屋根の隙間から少しだけ欠けた月を覗いていると、彼女の耳に男性の声が入り込む。
「⋯⋯⋯⋯。」
口を開くこともなく声のする方向を向き、機嫌の悪そうな顔で声の主を睨みつける。
「久しぶり、少しタイミングが悪かったかな?」
声の主は悪びれる様子もなくニヤリと笑う。
「いえ、別に⋯⋯。」
女性は言葉とは裏腹に嫌悪感を隠すことなく答える。
「はは、随分と機嫌が悪かったようだ⋯⋯。昔のことでも思い出していたのかな?」
フードを目深に被った男性は、ニタニタと笑って女性に尋ねる。
「⋯⋯⋯⋯少し、黙っていてくれませんか?その角を切り落としますよ?」
女性は声色を変えてその腰にかかる呪われた剣を強く握りしめる。
「おお怖っ、冗談だよ。冗談。」
男性はフードから飛び出る角を軽くさすりながらおどけた様子でそう言う。
「で、何か用ですか?ないなら今すぐ目の前から消えて欲しいのですけど。」
「ああ、うん。今日は経過観察と、警告にね。」
そう言って男性は胸元から一本の煙草を取り出し、右手につけた手袋を外して、そこから小さな炎を発生させてそれに火をつける。
「警告?」
女性が尋ねると、男性はふぅ、と白い煙を吐いて答える。
「うん、君。名前バレてるみたいだよ。」
「⋯⋯⋯⋯そうですか。」
男性は女性の反応が薄いことに疑問を感じる。
「随分とうっすい反応だね?もしかして、捕まる覚悟でも出来ちゃった?」
右手に手袋をはめ直してそう尋ねる。
「いえ、別に。⋯⋯ただ、なんとなくそんな気がしていただけです。」
「あっそ、じゃあ確かに伝えたからね〜。くれぐれも捕まらないように。」
男性はクルリと後ろを向くと、煙草を持った左手をヒラヒラと降って歩き出す。
「ええ、分かっています。」
女性もそう答えると、男性とは逆の方向に歩き出す。
「⋯⋯⋯⋯。」
男性は大通りへと出ると、白い煙を上に向かって吐き出し小さく呟く。
「ふぅ⋯⋯どうやらアレの解放はまだ済んでないみたいだね。⋯⋯⋯⋯待っているのも退屈だなぁ⋯⋯。」
手に持った煙草を投げ捨てると、男性はポリポリと頭をかいてため息をつく。
「全く、貸し出してる身にもなってほしいよ⋯⋯。」