六十話 忙しなきデート
コウタとマリーの二人はギルドを出ると、受付の女性から受け取った地図を元に街を歩いていた。
「装備、ですか?」
キョトンとした様子でマリーはコウタに問いかける。
「ええ、僕とマリーさんだけ、装備が支給品のままではかっこ悪いですからね。」
コウタは前を歩きながら身に纏う支給品の服の肩あたりを引っ張ってマリーの問いに答える。
(それに、一撃食らっただけで死にかけてたら話にならないからな⋯⋯。)
先のザビロスやフルーレティとの戦いを思い出しながらそんなことを考える。
「あと、セリアさん曰く、特殊な効果を付与する装備もあるらしいですから、案外バカにできませんよ。」
「そ、そうですか⋯⋯。」
ニッコリと微笑むコウタとは裏腹に、マリーは内心激しく落ち込みながら短くそう答える。
「⋯⋯?着きましたよ?マリーさん。」
そうこうしていると、二人は防具屋へとたどり着いていた。
そのまま通り過ぎてしまいそうになるマリーをコウタは首を傾げて引き止めるとマリーは一瞬遅れて返事を返す。
「へ?あ、はい!」
不思議そうな顔をするコウタに続いてマリーはいそいそと店の中へと入る。
「すごい品揃えですね!ひっろ〜い!」
マリーは店内を見渡して感嘆の声を上げると沢山の装備が並ぶ棚へと駆けていく。
内部はコウタの世界にある洋服店のような作りで、コウタ自身もどことなく懐かしさを感じる。
「走ったら危ないですよ⋯⋯。」
コウタはそう言ってマリーを諌めながら小さくため息をつく。
「分かってますよ〜。⋯⋯あ、これなんてどうですか?」
マリーは一着の水色の服を取り出し体に合わせながら尋ねる。
「⋯⋯⋯⋯。」
コウタは即座にその服を凝視して〝観測〟のスキルを発動させる。すると視界の端にその服の特殊効果や、各種属性耐性、使われている素材などが事細かに映し出される。
「似合ってますけど、効果がマリーさんには合わないみたいですよ?」
その詳細に目を通しながらコウタは残念そうにそう答える。
「え?」
「どうやらそれは氷属性の魔法を強化する効果があるらしいです。火属性使いのマリーさんには合いませんね。」
ショックを受けるマリーに対して、コウタは映し出された詳細を簡潔にまとめて説明する。
「うう〜⋯⋯残念⋯⋯。可愛いのに⋯⋯。」
マリーは深くうなだれながら手にした服を元あった場所に戻す。
「まあまあ、他にも沢山ありますし、探してみましょう?」
「うーん⋯⋯じゃあ、コレは?」
再び一着の黄緑と白を基調とした服を取り出し、体に当てて見せると首を傾げて可愛らしい仕草でそう問いかける。
「それは風属性魔法の耐性がついているみたいですよ。」
コウタはそんなことなど全く気にせず淡々と詳細を読み上げながら説明を入れる。
「へぇ〜、いいじゃないですか!」
それを聞いたマリーは嬉しそうに声を上げ、その服を掲げてそれを凝視する。
「でも、効果が限定的過ぎませんか?風以外に対する魔法の耐性は普通みたいですし⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
コウタの冷静な分析にマリーはピタリとフリーズすると、服を元に戻し三度別の服を取り出す。
「じゃあコレ!」
「⋯⋯⋯⋯へぇ。」
半ばヤケクソで取り出した服に再び〝観測〟のスキルを発動させると今度は先程の二回とは違う反応を示す。
「⋯⋯⋯⋯良いんじゃないですか?あまり高い性能ではありませんけど全属性に耐性を持ってますし、遠距離で戦うマリーさんにはピッタリですよ。」
その服は紫を基調とした法衣で、コウタの世界でも馴染み深いまさに魔法使いといったようなものであった。
「えっと、じゃあ⋯⋯。」
それを聞いてマリーは途端に自信のない表情に変化し、言葉を詰まらせる。
「⋯⋯⋯⋯?どうしたんですか?」
「⋯⋯その、似合ってますかね⋯⋯?」
頬を薄く桃色に染めながらもじもじとそう尋ねる。
「似合ってると思いますよ。」
コウタはニッコリと微笑みながら何事もなく、そして何気なくそう返す。
「本当ですか?じゃあ、これにします!」
コウタの言葉にマリーは嬉しそうに反応して、まだ購入すらしていないその服を強く抱きしめる。
「それは良かった。じゃあ後は自分の分だけですね。」
コウタはそう言うと、ずらりと装備品が並ぶ男性用の棚に目を向ける。
「コウタさんも同じのでいいんじゃないですか?同じ魔法職ですし。」
キョトンとした表情でマリーはコウタに尋ねる。
「そうなんですけど⋯⋯、僕の場合、前線で戦うことも多いですから魔法耐性より物理耐性が欲しいんですよね⋯⋯。」
苦笑いを浮かべながら腰にかかる安物の剣をマリーに見せてそう言う。
「じゃあ、あの鎧はどうですか?」
マリーはそう言ってマネキンのようなものにたてかけられた堅牢な鎧を指差す。
「鎧はちょっと⋯⋯。できれば軽い素材が良いです。」
「うーん、難しいですね⋯⋯。じゃあ、これなんてどうですか?」
マリーは周囲を見渡すと、おもむろに一枚のフード付きのローブ掴みコウタに見せると自らが着るわけでもないのに、体に当てがいコウタに尋ねる。
黒い布敷に白の刺繍が施されたローブに〝観測〟のスキルをかける。
(⋯⋯⋯⋯悪くないな⋯⋯。)
詳細を見ると、そのローブにはコウタの望んでいた物理耐性に加えて、移動速度上昇の効果が付与されていた。
「⋯⋯良いですね。それにします!」
その後、予定よりも早く買い物を済ませた二人は、すぐに買った服に着替え、近くの喫茶店に立ち寄った。
店内はかなり人が入っており、二人はテラス席に座りながら小腹を満たすために、デザートを口にしていた。
「んぐ⋯⋯ぷはぁ、やっぱりハニーミルクは最高です!」
大きなコップに入ったミルク、もといハチミツを飲み干し、マリーは大きく息を吐く。
「めちゃくちゃ飲みますね⋯⋯。」
その正面に座るコウタは小さな正方形のチーズケーキを口に運びながら苦笑いでマリーを見る。
「最近お金に余裕ができてきて毎日飲めるようになってシアワセです。」
マリーは緩みきった笑顔を浮かべながらそう答える。
(アレを⋯⋯毎日⋯⋯だと⋯⋯!?)
コウタは苦笑いを崩さぬまま動揺を抑え込む。
「ところでコウタさんは何を食べてるんですか?」
まじまじとコウタの皿を見つめながら、マリーは問いかける。
「えっと確か、キューブケーキ?とかいう名前だったような⋯⋯。」
マリーは注文の時に聞いたそれを思い浮かべる。
「ええ、こうやってダイス状にカットされたチーズケーキにオレンジとストロベリーのジャムがかかっているんです。」
コウタは一つのケーキをフォークで突き刺して持ち上げる。
「良ければお一つどうぞ?」
「え、あ、⋯⋯⋯⋯あむっ⋯⋯。」
ずいっと、差し出されたフォークに戸惑いながら、半ば無意識的にマリーはケーキを口に運ぶ。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」
(⋯⋯⋯⋯っ!?こ、これって、もしかして⋯⋯間接キ⋯⋯。)
一瞬遅れてその事実を認識すると、途端に恥ずかしさが湧き上がる。
マリーはフォークを咥えたままボフンと顔を真っ赤に染めて、固まる。
「どうですか?美味しいでしょう?」
そんなことも全く意識せず、コウタはニッコリと微笑みながら尋ねる。
「⋯⋯⋯⋯、えっと⋯⋯?」
微動だにしないマリーを見て、コウタも、戸惑いを見せる。
(うわぁ〜ん、どうしよう!!正直味なんて全然感じなかったし、意識したら余計に恥ずかしいし、そもそもこれ以上この状況で固まってたらバレちゃいそうだし、どうしよう、どうしよう、どうしよう、⋯⋯⋯⋯。)
わずか数秒の間にマリーは思考を高速回転させると、無言で立ち上がる。
「⋯⋯マリーさん?」
当然コウタにはその理由が分からなかった。
「ちょ、ちょっと、トイレに行ってきます!」
マリーは未だに収まらない頬の紅潮を隠しながら早足で、店内へと入って行った。
「は、はあ、⋯⋯⋯⋯⋯⋯?」
全く意味がわからない、と行った様子でコウタは呆けた顔を浮かべる。
「お腹でも痛かったのかな⋯⋯?」
そう言って再びコウタは小さなケーキを口にした。
「⋯⋯⋯⋯ふぅ、⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」
マリーがいなくなって一人になったコウタは、ふと自らのステータスを表示する。
(付与・力、守、共にレベル2、加速、レベル4、強化、レベル3、並列付与、レベル2、脚力上昇、レベル3。)
そして少しだけ目つきを鋭くして、高速で所持スキルの欄に目を通す。
(どれも順調に成長はしてるし、何か新しいスキルの一つや二つでも覚えてみようかな⋯⋯。)
「⋯⋯うーん⋯⋯⋯⋯。」
そうして唸り声を上げていると、ふとテラスの外、街道の方から不思議な感覚が流れ込んでくるのを感じた。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ん?」
コウタが外に目を向けると、見た目に似合わない異様な雰囲気を醸し出す剣を携えた、どこかで見たことのある美しい女性がテラス席に座るコウタを横切る。
「あの人は⋯⋯。」
コウタはベリーの街の武器屋での事を思い出す。
その女性はコウタがベリーの街の武器屋で窃盗もとい武器の調達をしていた時に声をかけてきた女性であった。
コウタは女性をじっと眺めていると、彼女の後ろにニタニタと笑う一人の盗賊のような風貌をした男性が着いているのを確認した。
「⋯⋯!?あれは⋯⋯。」
そうして、その女性と、盗賊らしき男性は路地裏へと消えて行った。
その様子に違和感を感じたコウタはスッと立ち上がると、そのまま二人の後をつけながら、路地裏へと入って行く。