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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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五十三話 答え合わせ


 それからしばらくして、コウタの意識はゆっくりと現実へと帰り、窓から差し込む橙色の光にコウタは目をすぼめる。


「う⋯⋯、ん?」


(ここは⋯⋯?)


 ゆっくりと瞼を開けると、ぼやけた視界には見知った天井の木目が映る。



(ああ、あの後倒れちゃったのか⋯⋯。)



 枕に頭を預けながら、窓の外を見て自分の借りていた宿屋であることを把握する。

 そしてそれと同時に倒れた時の情景を思い出して深くため息をつく。



「⋯⋯すぅ⋯⋯⋯⋯、ううん⋯⋯?」



 そうやってひとしきり状況の整理を終えて意識を周囲に巡らせると、真横から唐突に声が聞こえる。



(誰かいるのかな⋯⋯?)



 反応の鈍い体をゆっくりと動かして寝返りをうつと、目の前に可愛らしい少女の寝顔が息がかかるような距離に現れる。



「どぅわぁ!?」


 予想だにしない出来事に思わず声を上げる。



「ふぇ!?」



 コウタが驚きながらベットからすべり落ちると、その音に反応して眠っていた少女も目を覚ます。



「いったぁ〜⋯⋯。」



「だ、大丈夫ですか!?コウタさん!」



「大丈夫です⋯⋯。ちょっとびっくりしましたけど⋯⋯。」


 コウタは苦笑いで返事をしながらベットを毛虫のようにジリジリとよじ登る。



「あはは、すいません。いつの間にか寝ちゃったみたいで⋯⋯。」



 少女は照れ臭そうに頭をかいて答える。



「⋯⋯マリーさん、もしかして、ずっと看ていてくれたんですか?」



「え?⋯⋯いやまぁ、やる事もなかったんで⋯⋯。」


 図星だったのか、モジモジとマリーは恥ずかしそうにそう返す。



「⋯⋯心配かけてすいません。」



 コウタは貼り付けたような笑顔をを浮かべてマリーに礼を言う。



「いえ、無事で良かったです。」



 それを見て、マリーは照れるわけでもなく、責めるわけでもなく、ただただ穏やかな笑みでそう返事を返す。


「——おい、なんの音だ!?と、コウタ!目が覚めたのだな!」



 そんな雰囲気をブチごわすようにドタドタと忙しない音と共にアデルがドアから顔を出す。



「はい、おかげさまで。」



「まったく⋯⋯丸三日も寝てるから⋯⋯心配したんだぞ?」


 コウタの顔を見て安心しきったようにため息をつくと、今度はプリプリと頬を膨らませてアデルはそう言う。



「丸三日!?そんなに寝てたんですか!?」





「——ええ、こちらも随分と待たされましたわよ?」



 その問いかけに割り込むように、部屋の扉の向こうからセリアが顔を出す現れる。



「⋯⋯!?セリアさん⋯⋯。」



「大神官様がお呼びです。⋯⋯少々、お付き合い願えませんか?」



 コウタの身体に異常がないことを確認すると、セリアはニッコリと微笑みながらコウタに問いかける。


「⋯⋯⋯⋯。」


 驚いた様子も見せることなくコウタはただ首を縦に振る。







「今回は僕一人なんですね。」


 霊槍の反動によって重たくなった足取りで教会の廊下を進みながら、コウタは前を歩くセリアに尋ねる。



「ええ、そうしろと、大神官様に言われましたので。」



 セリアは声の調子を変えずにコウタに答える。



「まぁ、そっちの方が都合がいいですけど⋯⋯。」



 コウタは苦笑いを浮かべて吐き出すように呟く。



「⋯⋯着きましたわ。」



 セリアはそう言うと先日コウタ達がここを訪れた時のようにコンコンと扉を叩く。



「⋯⋯入りなさい。」



 すると扉の奥からは先日とは違いすぐに入るようにと声がかかる。



「失礼します。」



 そう言ってセリアはドアを開ける。




「⋯⋯来たね。コウタ君。」



 白い髭をさすりながら奥の椅子に座り込むする男性はコウタの顔を見て真剣な表情でそう言う。



「⋯⋯⋯⋯。」



 対するコウタは特に反応を示さぬまま黙って小さく頭を下げる。



「セリア⋯⋯私は彼と二人で話をしたい。もう下がってよろしい。」



「わかりましたわ。⋯⋯失礼します。」



 セリアはそう言って頭を下げると、詮索することもなく言われた通り部屋を出る。


 セリアが外に出たのを確認すると、エストは小さく口を開く。



「⋯⋯この度は、この街を守って頂き、本当にありがとうございます。改めて、教会を代表して、礼を言います。」



 そう言ってゆっくりと立ち上がると、大きく頭を下げる。



「気にしないで下さい。倒すべき相手がたまたまこの街を攻めて来たから、守っただけですから。」



「⋯⋯そんなことより、早く本題の話をしましょう?」



 コウタの表情はその言葉と同時に真面目な表情に変わる。


「⋯⋯⋯⋯。」


 エストは顔を上げると険しい表情を見せる。



「⋯⋯どこまで知っているのですかな?」



 少し間を開けて窓の方を向くと、ため息をついてコウタに問いかける。



「予想はついてましたけど、知ったのは今です。だからヒントを置いていったんですけど⋯⋯。その様子だと気づいて貰えたみたいですね。」



 コウタはそう言って笑いかける。



「⋯⋯⋯⋯。」



 老人は再び黙り込む。


「あの聖剣、もとい、霊槍に隠蔽のスキルをかけたのは貴方ですよね?大神官様。」


 コウタはその笑みを薄く落ち着かせ、重い口調でそう尋ねる。


「⋯⋯一番知られたくないことを最初に言うのですね。」


 老人は薄く瞼を閉じると吐き出すように答える。



「⋯⋯だってそれが全ての始まりでしょう?」



「⋯⋯貴方は隠蔽のスキルを用いると共に、大神官としての立場を利用し、聖剣の間の出入りを徹底的に管理した。」



「そして、僕たちのような特別な来客に対しては、貴方自身が直接面会し、観測のスキルを用いることで更に強く出入りを制限する。」



「そうすることで、この秘密を誰にも暴かれずにすみますからね。」



 そう続けるコウタの視界にはエストのステータスとスキルが並んでおり、その中には、いくつもの回復系スキルと共に、レベル5の〝観測〟のスキルとレベル10の〝隠蔽〟のスキルが表記されていた。



「⋯⋯いつから気付いていたんですか?」



「怪しいと思ったのは、初めて会った時、貴方が僕たちを見て、入って良いと言った時です。」



「あの時の間は恐らく観測のスキルをかけたからですよね?僕を見て動きを止めたのは恐らくスキル構成に違和感を感じたから、入って良いと判断したのは三人のうちの誰も鑑定、または観測のスキルを持っていなかったから、ですよね?」


「まぁ、今思えばその時に貴方に観測のスキルをかけていれば全部解決だったんですけどね。」


 コウタは頭をかきながらそう言う。


「やはり、観測のオリジナルスキルを持っていたのですな?」


 老人はコウタにそう尋ねる。


「ええ、そのスキルで僕はあの槍の詳細を掠め取りましたから。」


「そして、その段階で貴方にヒントを残した。」


「⋯⋯セリア、ですな。」


 老人は呟くようにコウタの言葉に続く。


「正解です。僕はあの時、わざわざセリアさんに鑑定のスキルを使うと宣言してから、スキルを使った。」


「そうすれば、セリアの性格上ほぼ間違いなく私に報告を入れるでしょうな。」


「ええ、そして僕のステータスを見た貴方はその報告に少なからず疑問を感じる。なんせ、オリジナルスキルは観測のスキルでは読み込めませんから、貴方から見れば僕は使えもしないスキルを使ったことになりますからね。」


 間髪入れずにコウタは老人の言葉に続く。


「そうして、私と会う機会を得た君はこの場で再び私に観測のスキルを使うことで答え合わせに成功した訳ですか⋯⋯。」


 老人は深くため息をつく。


「まぁ、呼び出されなかったらそれまでですけど⋯⋯。」


「ではなぜ、リスクを冒してまでそれを知りたかったのですかな?」


 老人は不思議そうにコウタに尋ねる。


「知りたかったからですよ、純粋に。なんでそこまで頑なに隠し通すのか。」


 驚くほど単純な理由にエストはほんの少しだけ面食らう。



「簡単な理由です。この教会にとって聖剣は一つの象徴であり、御神体のようなものだからです。」


「御神体⋯⋯。」


「君は聖剣の伝説を知っていますか?」


「確か、神様が大昔にこの世界に一度だけ降りてきた時に使った剣、って感じでしたよね?」



 コウタは脳内からベーツの街の図書館で見た情報を引き出して問いかける。



「ええ、その通りです。そしてうちはその神様を信仰しているのです。」


「だからこそ、永らく聖剣と信じられてきたそれが偽物だと分かれば信者たちの信仰が揺らぎかねない。」



「⋯⋯そんなもんですかね。」



 コウタは理解に苦しむ様子でそう言う。



「そんなものです。そうでなくとも、その可能性があるのならば、隠し通すべきなのです。」



「信仰で成り立つ宗教という存在は何よりも脆く弱いものなのですよ。」


 老人は悲しそうな目でそう答える。



「⋯⋯そうですか。」



 わざわざ聞きに来るほどのものでも無かったと思いながら、コウタはつまらなそうにそう答える。



「これで満足ですかな⋯⋯?」



「はい、充分です。」



 老人の問いにコウタは短くそう返す。



「ではこの話、他言無用でお願いしますぞ?」



「言われなくても分かっています。」



 コウタはそう言うとドアへと向かう。



「それでは、失礼します。」



「待って下さい⋯⋯。」



 コウタが外へ出ようとドアに手をかけると老人はそれを引き止める。



「⋯⋯なんですか?」



「実はまだ一つ、と言っても私にとってはこちらが本題なのですがな。⋯⋯一つお話が残っています。」



「⋯⋯手短にお願いします。」



 身体だるさも相まって早々に話を切り上げたいコウタはため息をつきながら老人に釘を刺す。




「では率直に申し上げますが、⋯⋯⋯⋯あなた方のパーティーにうちのセリアを入れてやってほしいのです。」




「⋯⋯はぁ?」


 予想外のその言葉にコウタは呆れ返ったような声を上げる。



「何故です?」


 深くため息をつくとコウタは短くそう尋ねる。



「先日、あの子が旅に出たいと言い出しましての⋯⋯。一人で行かせるのは不安ですから君達に守ってもらいたいのです。」



「何故このタイミングで⋯⋯。」



 額に手を当ててコウタは黙り込む。


「⋯⋯今回、魔王軍がこの街に襲撃してきた理由はご存知ですかな?」


「ええ、聖人であるセリアさんを狙って⋯⋯⋯⋯ってまさか⋯⋯。」


 コウタは自らの発言をピタリと止めて老人の顔を見る。


「そのまさかでしょうな。⋯⋯今回の戦いで冒険者達も少なからず亡くなりました。あの子はそれに責任を感じて、街を出る覚悟を決めたのでしょう。」



「⋯⋯確かにあの人がこの街に居続ければ、再び魔王軍がこの街に来るリスクは無くなりませんからね。相手の理由がはっきりとしているのならなおさら⋯⋯。」



 コウタは顎に手を当て考え込む。


「⋯⋯とある街のスラム街で、まだ乳飲み子であったあの子を拾って二十年、あの子はなんの不満もなく、聖人としての職務を全うし、この教会のために尽くしてきてくれました。」


 老人はそっと目を閉じてしみじみとそう語り出す。


「私も、あの子を我が子も同然に育てて来ましたが⋯⋯だからこそ、あの子の決断を尊重してあげたい。」


「ですが、あの子の身の安全を考えれば旅に出すなど考えられません。それにあの子は一人では生きていくことが出来ません。」


「だからあなた方にあの子を守ってやって欲しいのです。どうか⋯⋯お願いします。」


 老人は先ほどよりも深く重く頭を下げる。


「⋯⋯気持ちに応えたいのはやまやまなんですが、そればかりは僕の一存では決めかねます。少しパーティーメンバーと相談する時間を下さい。」


 コウタは老人の真剣を感じ取り、少し考え込んだ後、申し訳なさそうにそう答える。


「分かっております。答えが出たら再びここにいらして下さい。」


 老人は頭を上げてそう言う。


「はい。すいません。」


 コウタはそう言うと部屋から出ていく。






「セリアさんを仲間に⋯⋯か。」


 コウタは廊下を歩きながらその是非を考えていた。



(戦力としては申し分無い⋯⋯回復のスキルも今までで見た中では間違いなくトップクラス⋯⋯魔王軍に狙われても、正直こっちも狙ってる訳だからむしろプラスになるか⋯⋯。)



「⋯⋯⋯⋯アレ?特に断る理由なくない?」



 コウタは情報を整理すればするほどセリアという女性の有用性を感じる。


「⋯⋯どちらにせよ。アデルさんに相談するのが先か⋯⋯。⋯⋯ん?」


 そうして歩いているとふと視界の端に礼拝堂が映り込む。


「少し寄っていくか⋯⋯。」


 その部屋の一番奥に見える像に惹かれて、コウタは何も考えることなく部屋へと入っていく。






 コウタは礼拝堂に入ると周囲の信者や一般の礼拝者と同様に片膝を突き、手を組みながら目を瞑る。



(⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。)



 妙に静かな、まるで世界から切り離されたようなそんな感覚を覚えながらもコウタはそのまま祈りを捧げる。



「⋯⋯⋯⋯。さて、行くか。」



 ふとコウタが目を開けると周囲の音のみならず全ての人間、もの、そして気配までもが止まっていることに気付く。



「こ⋯⋯れ、⋯⋯は?」



 コウタはその様子に思わず絶句する。


 周りの人間たちは祈りを捧げている状態から全く動くこともなく、息づかいすら感じることが出来なかった。






「——まさかあなたが私に祈りを捧げるとは思いませんでしたよ。」



 周囲を見渡していると、ふと脳内から声が聞こえる。






「⋯⋯⋯⋯お久しぶりですね。神様。」



 コウタはその声を聞いてその声の正体に答えを返す。




「ええ、お久しぶりですね。康太君。」





 正面にある銅像から声が聞こえ、目を向けると、いつか見た麗しき美女がそこには佇んでいた。


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