五十二話 遠き日の思い出・三
(⋯⋯また満点、か。まぁ、いつも通りか⋯⋯。)
昼下がりの教室で少年は一枚のプリントを眺める。
少年は赤文字で100と書かれたプリントを見ると、何事もなかったかのように答案用紙を机にしまい込むと、周囲からボソボソと声が聞こえる。
「あいつまた満点かよ⋯⋯。」
「羨ましいな天才は⋯⋯。」
「この前の大会も優勝したらしいぜ?」
「なんであいつばっかり⋯⋯。」
そんな聞き慣れた妬み僻みを聞き流すように、既に読み終わった流行りの小説に視線を飛ばす。
(⋯⋯退屈だな⋯⋯学校も。)
「康太!ねぇ、康太!聞いてるの!?」
その放課後、少年はいつもの通り、正面に座る忙しない少女に付き合わされて最寄りのファミレスで、する必要のない勉強会をしていた。
「はい?なんですか?」
少年は少女の声にふと反応する。
「ここが分かんなかったんだけど⋯⋯。」
少女は一つだけばつ印のついた答案用紙を少年に見せて、そう問いかける。
「⋯⋯⋯⋯寧々さん、テスト終わったばっかりなんですから、今日は良くないですか?」
少年はコップに入ったオレンジジュースを飲み干すと、小さくため息をついて答える。
「ダメ!だって康太は満点だったんでしょ?今回も私の負けじゃん!次は勝つんだから!!」
少女はバンッと机を叩きながら立ち上がり、そう反論する。
「そもそもテストは、他人と比べるものじゃ無いでしょう?それに期末テストで二位なら上出来ですよ。」
少女と対象的に落ち着き払った様子の少年は頬杖をついて、至極真っ当な意見を返す。
「一位が言うな!くっそー、次は絶対倒してやる!」
少女はピシリと少年に指をさし、そう宣言する。
「そう言って今の所、僕六十七連勝中ですけど?」
「だから次!次倒すの!!」
少女はムキになりながら答える。
「⋯⋯はぁ、じゃあ頑張って下さい。」
そこまで答えると少年は辟易した様子で机に突っ伏す。
「それでこれ、どうやるの?」
「これに書いてあります。」
少年はうつ伏せのままバックの中をゴソゴソを漁り、満点の回答用紙を取り出し少女に手渡す。
「ん、ありがと。」
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
回答用紙を受け取ると、少女はすぐさま大人しくなり黙々と回答をノートに写し始める。
「ねぇ、康太⋯⋯。」
しばらくの沈黙の後、少女が黙々と問題を解きながら口を開く。
「なんですか?」
少年は机に伏せたまま呟くように尋ねる。
「また部活辞めたの?」
「⋯⋯⋯⋯なんでまだ誰にも言ってないのに、知ってるんですか⋯⋯。」
「⋯⋯なんとなく。」
二人は互いに顔を合わせず会話をする。
「⋯⋯次はなんの部活やるの?」
「そろそろ三年生ですから⋯⋯進路の事も考えて、部活はそろそろ辞めておこうと思います。」
外の景色に視線を移して物思いにふけるように淡々と答える。
「⋯⋯そっか。高校は決まった?」
少女は優しい声で返事を返すと作業を続けたままそう言葉を続ける。
「いえまだです。寧々さんは?」
「康太と同じ所。」
「はぁ?」
突拍子もない答えに少年は思わず気の抜けた声を上げてガバリと起き上がる。
「そんな適当でいいんですか?」
「適当じゃないよ!だっておんなじ高校の方が勉強教えてもらいやすいし、アンタの事だから高校のレベルも高いだろうから!」
少年の不快感とは少し違う複雑な表情を見て、少女は興奮気味に答える。
「⋯⋯それに、変な女に付きまとわれないか、心配だし⋯⋯。」
そして最後に口をすぼめながら小さな声で呟く。
「はい?なんですか?」
当然、聞き取ることが出来なかった少年は首を傾げて問いかける。
「なんでもない!寝てろ!!」
少女は少しだけ頬を赤らめながらそう答える。
「⋯⋯⋯⋯はぁ、分かりましたよ⋯⋯。」
そうやって少年は少女の心情など分かるはずもなく、再び浅い眠りにつくのだった。
本日は二話連続投稿です。