五十一話 偽善
「霊槍ロンギヌス⋯⋯。」
(聖剣に並ぶ神装四傑の一つ、何故彼があんな代物を⋯⋯。)
セリアはMP切れでその場にへたり込むと、コウタの持つ槍を見て思わず目を見開く。
「決着をつける、か。⋯⋯無茶をするな冒険者、貴様は既に限界だ。」
フルーレティはそう言って再び石のつぶてを降り注がせる。
「⋯⋯⋯⋯!!」
コウタはその場で手に持った槍を突き出すと、その風圧で石のつぶては全て粉々に砕け散った。
「「なっ⋯⋯!?」」
その様子を見て、フルーレティのみならず、近くにいたセリアまでもが驚愕の声を上げる。
「⋯⋯無茶とか、限界とか、そんなのは自分で決めます。」
コウタは口から血を垂れ流し、肩で息をしながら苦々しく答える。
(あの規格外の力⋯⋯やはり本物⋯⋯。)
「⋯⋯だったら、私が終わらせてやろう!」
フルーレティはセリアによって砕かれた巨人の腕を地面に突き刺すと、巨人の腕は再びその形状を再構築させる。
「死ねぇぇ!!」
その叫びとともに巨人の腕は再びコウタを襲う。
「⋯⋯もう少しだけ、あと一発だけ、持ってください⋯⋯。」
小さな呟きと共にコウタは巨人の腕に槍を突き出すと、巨人の腕は肘のあたりまで消し飛ぶ。
コウタはそのまま地面にクレーターを作りながらフルーレティ本体に向かって飛び上がる。
「うっ⋯⋯。」
近くにいたセリアはその風圧に思わず呻き声を上げる。
「くそっ、くそっ⋯⋯。」
フルーレティは土の塊をコウタに叩きつけるが、全てなすすべなく砕かれる。
「⋯⋯終わりです!」
「まだだぁぁぁぁ!!」
コウタが槍を突き出すと同時に巨人の体はゴロゴロと砕け散り、コウタの攻撃は中心から外れフルーレティの肩に当たる。
「ぐっ⋯⋯⋯⋯。」
(分解⋯⋯!?くそっ⋯⋯、体⋯⋯動かない⋯⋯!!)
最後の一撃を外し、コウタの体に限界が訪れる。
「っはっはっはぁぁぁ!!これが私の奥の手だよ、冒険者!詰めが甘かったなぁ!」
肩から先が消し飛ばされ右腕を失いながらも、フルーレティは宙を舞う土の上を飛び移りながら、撤退するために距離を取る。
「——まだです。⋯⋯まだ一発、残ってます⋯⋯。」
コウタはニヤリと小さく呟く。
直後フルーレティは強烈な悪寒を感じ、視線を向けると、大量の降魔の杖を背中に携えたマリーが今までとは比にならないほどの巨大な火の玉を打ち出してくるのが見えた。
(あの時、散らした杖!?消してなかったのか!!)
「あん⋯⋯の、ガキィィィ!!」
フルーレティはマリーを強く睨みつけながら、巨大な火の玉に飲み込まれていく。
「がっ⋯⋯⋯⋯ぐぞぉぉぉぉ!!ごの私が、⋯⋯あんな、小娘にィィィィ!!」
全身が飲み込まれると、火の玉は空中で大爆発を起こし、轟音と爆風を撒き散らしながら、その場にいた全員を吹き飛ばす。
「くっ⋯⋯。なんて威力⋯⋯。」
「ナニコレェェェェ!?」
撃った本人すら驚愕する威力の高さにセリアも驚かずにはいられなかった。
爆風が収まると、コウタは土の中から槍を突き出し、土砂を撃ち壊すと、槍を地面に突きながら、ゆっくりと立ち上がる。
「ふぅ⋯⋯⋯⋯、流石に死ぬかと思った⋯⋯。」
「——あ、あ、おあぁぁぁ⋯⋯。」
「⋯⋯!?」
コウタは後ろから聞こえてきた呻き声に驚愕しながらも、声の主にフラフラと歩み寄る。
「まだ⋯⋯⋯⋯生きてたんですね⋯⋯。」
魔族の男は全身に焦げ跡を残し、白目を剥きながらながら口を開け呻き声を上げる。
その様子を見てコウタも思わず苦笑いを浮かべる。
「わたしは、魔王軍、幹部⋯⋯だぞ⋯⋯。人間、ごときに⋯⋯殺されて、たまるか⋯⋯。」
コウタは男のステータスを見て、放っておいても死ぬ事を確認すると、男に向かって問いかける。
「⋯⋯何故、魔王軍は人間を消そうとするのですか?」
「ふっ、簡単な事だ⋯⋯。我々より、劣った存在である、貴様らが、つけ上がり、この世界の王を気取るのを、我が主が良しとしないからだ。」
フルーレティはニヤリと笑いコウタに返す。
「そんな事のために、戦いを望まない人々を傷つけるんですか?」
コウタは強く歯を食いしばりながら、強く尋ねる。
「そんな事?⋯⋯分からないな、奪い合い、殺し合う事こそが、魔族の、人間の本来あるべき姿だろう。」
「僕はそうは思いません。人間は支え合うことが出来る。人間はそうやって生きていける。」
「だからこそ、魔王軍に邪魔はさせない。人間の生きる権利を、幸せになる権利を、奪わせはしない。」
「もう、誰も泣かせるつもりはない。」
コウタは強い覚悟を込めてそう言い、強く拳を握り締める。
それを見てフルーレティはニヤリと笑いながら大きく目を見開く。
「⋯⋯そんなものは偽善にしか聞こえぬな。」
「貴様は守るという大義に縋っているだけだ。」
「そんなことっ⋯⋯!」
「——あるだろ?だから貴様は人間のことを自分たち、ではなく彼ら、と呼んだんだ。」
「⋯⋯っ!」
その言葉にコウタは押し黙る。
「結局のところ貴様は自分にも他人にも興味が無いんだよ!興味が無いから自分のために行動できない。見下してるから軽々しく守るなどと言える。」
「貴様は誰かを守りたいのではない。誰かを言い訳にしないと生きる事すらできないんだ。」
魔族の男は両手を広げて挑発的な笑みを浮かべる。
「覚えておけ冒険者。偽善で世界は救えない。」
「貴様の貼り付けたような正義では、魔王軍には勝てない⋯⋯。」
男の体は指先からサラサラと砂のように崩れていく。
「フ、フ、フ、⋯⋯フハハハハハハ⋯⋯!!」
その笑いを最後まで絶やすことなく、男の体は完全に消失した。
「⋯⋯っ、⋯⋯。」
コウタはそれを確認すると寄りかかっている槍を持つ手を強く握り締める。
(偽善⋯⋯縋っている⋯⋯言い訳⋯⋯。)
コウタは下唇を強く噛み締める。
(何もっ⋯⋯言い返せなかった⋯⋯。)
「——コウタ!!」
そうしていると、ふと後ろから声がかかる。
「⋯⋯アデルさん。」
コウタは後ろを振り返ることなくその声に答える。
「勝ったのか⋯⋯?」
「⋯⋯はい。勝ちましたよ。」
その問いにコウタは少し間を開けて、振り向きながらニッコリと笑ってそう返す。
「そうか⋯⋯よかった。」
アデルはそれを聞いてホッと小さくため息をつくと、コウタに向かって拳を突き出す。
「⋯⋯⋯⋯。」
コウタはそれを見て同じように拳を合わせる。
「アデルさーん、コウタさーん。無事ですかー?」
そうしていると、遠くからマリーとセリアが歩いてくるのが見えた。
「ああ、二人とも無事だぞ。」
「よかった。すいません、思った以上に威力が出過ぎちゃって⋯⋯。」
マリーは頭をぽりぽりと掻きながら気まずそうに謝罪する。
「いえ、調整をミスったのは僕のせいですから⋯⋯。」
コウタも頬を釣り上げて申し訳なさそうにそう返す。
「——コウタさん。」
マリーの後ろからセリアが声をかける。
「⋯⋯セリアさん。」
「⋯⋯いきなりで申し訳ありませんが、その槍の件でいくつか、お尋ねしたいことがありますわ⋯⋯。」
セリアは真剣な表情でコウタに迫る。
「ええっと、⋯⋯これはですね。」
そう言ってコウタが槍に視線を移すと、ロンギヌスの槍は直後に消失し、支えを失ったコウタは地面に倒れ伏す。
「なっ⋯⋯。」
「コウタさん!大丈夫ですか!?」
「あ⋯⋯れ?なんで急、に?」
「コウタさん!コウタさんっ!!大丈夫ですか!?」
そう言うとコウタの意識は徐々に暗い闇へと沈み込み、程なくして完全に意識を失った。