五十話 切り札
「来たな、聖人、セリア=ジーナス。私は貴様に会いたかったんだよ⋯⋯。」
フルーレティはセリアに目を向けるとニヤリと笑ってそう言う。
「セリアさんダメです!こいつの目的は貴女なんです!すぐに戻ってください!」
コウタはセリアに帰るように促す。
「だからこそ来たのです。私のために誰かが傷付くのは許せないのです。」
「⋯⋯私が終わらせに来ました。この戦いを。」
セリアは巨像を携える男を強い視線で見据えながら右手で合図をとると、後ろにいた教会の人間達は散り散りに戦場に散って行く。
「ならば、やってみせろ!!」
フルーレティは巨像の腕をセリアに射出する。
「聖域」
セリアは再び光の壁を展開すると土の塊は壁に阻まれる。
「厄介な⋯⋯。」
フルーレティの顔が曇り始める。
「ブレッシング・ヒール」
セリアは真横に手をかざすと、周囲の冒険者に緑色の光が灯る。
「これは⋯⋯。」
「すごい⋯⋯これが聖人の力⋯⋯。」
重症のモカラも、軽症のコウタも、みるみる回復し、二人の傷は完全に塞がる。
「⋯⋯どうした?終わらせるのではなかったのか?⋯⋯私は貴様に傷一つつけられていないぞ!!」
フルーレティは煽るようにそう言って再び巨人の腕を射出してくる。
「光芒の聖槍」
セリアがそう唱えると、彼女の周囲から光の粒子が集合し、一本の巨大な槍を形成する。
光の槍は土の塊を打ち砕き、巨人の肩口に大きな傷をつける。
「くっ⋯⋯。」
巨人を操る男も思わず呻き声をあげ、怯む。
「⋯⋯⋯⋯ええ、終わらせますとも、⋯⋯貴方の死をもってね。」
そう言ってセリアはドス黒い笑みを浮かべる。
「その程度の攻撃で私を崩せると思うな!!」
フルーレティは巨人の腕と肩口を即座に修復する。
「あら、回復も早いのですね。大げさな泥団子ですこと。」
セリアはそう言って魔族の男を嘲笑する。
「⋯⋯っ、人間のゴミが、調子に乗るなぁぁぁ!!」
激昂したフルーレティは再び土の波を作り出しセリアに打ち出す。
「聖域」
土の濁流は再び光の壁によって阻まれる。
(⋯⋯セリアさん、もう半分近くMPが減ってる⋯⋯。って事はあの性格の変化はMP酔い⋯⋯!?)
コウタはセリアの豹変ぶりに驚きながらも、コウタの三倍以上あるMPが半分ほどまで減っていることに気付き、その理由を予想する。
「セリアさん、少し協力して下さい。」
光の壁の中で、コウタはセリアにそう声をかける。
「⋯⋯いいでしょう。私は何をすればよろしいですの?」
セリアは少し不服そうな顔をした後、小さくため息をついてコウタの意見を飲み込む。
「そこにいるマリーさんを守って下さい。」
コウタはマリーを指差してそういう。
「その子の魔法はとても強力なので一番狙われてるんです。」
「⋯⋯はぁ、面倒ですわね。」
セリアはそう言って再び杖を構える。
「それと、マリーさん。あと何発いけますか?」
コウタはマリーにそう尋ねると、マリーは自らのステータスを確認し、コウタの問いに答える。
「え、⋯⋯と、あと二発位です!」
(二発⋯⋯か。)
「十分です!いつでも撃てるように準備しておいて下さい。」
コウタはマリーに指示を出す。
「了解です!」
マリーも杖を構えて返事をする。
(あとは⋯⋯!)
「コウタ!大丈夫か!?」
コウタがアデルを探し、辺りを見渡すと、アデルが土の中から顔を出し、コウタに声をかける。
「アデルさん!いけますか!?」
土で汚れているアデルの体を見てコウタが心配して声をかける。
「ああ、いつでもな!⋯⋯やるぞ!」
そんな不安など全く意に介せずアデルはコウタに返事を返す。
「ハイ!」
コウタがそう言うと二人は巨人に向かって飛び出す。
「飲み込め⋯⋯!」
土の巨人が再び地面を叩くと土の濁流がコウタ達を襲う。
「トランスバースト!」
「⋯⋯召喚!」
アデルの体に赤色の光が灯り、コウタの周囲には大量の杖が召喚される。
二人は土の波を回避すると、巨人に急接近し、その手前で飛び上がる。
「このっ⋯⋯。⋯⋯⋯⋯、んなっ!?」
フルーレティが巨人の余った方の腕で二人を叩き落とそうとするが、その攻撃は巨大な火の玉によって阻まれる。
「あ⋯⋯の、ガキィィ!」
残った腕も体から離れると、フルーレティは火の玉を飛ばしたマリーを強く睨みつける。
「ならば、これで!」
フルーレティは先ほど二人の攻撃を防いだ時のように本体の周辺に多数の土のつぶてを作り出す。
「行くぞ!コウタ!!」
「はい!⋯⋯召喚!」
アデルはコウタが水色の剣を召喚したのを確認すると、手に持った剣の腹をコウタの足の裏に添える。
「爆裂斬!!」
そのまま爆発の威力を上乗せして、コウタを前方へと弾き飛ばす。
「加速!!」
そのスピードをコウタはさらに釣り上げ、フルーレティへと突撃する。
「⋯⋯喰らえっ、人間!!」
フルーレティは少し間を開けて土の塊ぶつけてくるが、コウタは深い青に染まった剣と、高まった慣性の力でそれらを全て両断する。
「ちっ、くそがっ⋯⋯!!」
「終わりだフルーレティ!!」
コウタは障害であった土の塊を全て処理するとそのまま剣を突き立てフルーレティに直撃する。
「⋯⋯グバッ!」
コウタは自らの剣がフルーレティの体を貫くのを確認すると、小さく息を吐く。
「⋯⋯⋯⋯ふぅ⋯⋯。」
「——いいのか?手を止めて。」
すると剣を突き刺して動くことのできないはずのフルーレティから声が聞こえる。
フルーレティはコウタの剣を握りしめるとコウタに向かってニヤリと笑いかける。
「なっ、⋯⋯しまっ!?」
「油断したなガキ!」
直後コウタの体に高圧の電流が流れる。
「くっ⋯⋯⋯⋯あああぁぁぁぁぁぁ!!」
コウタは全身の痛みに悶え悲痛な呻き声をあげる。
「⋯⋯幹部なんてのは一芸だけで務まるものではないのだ、よ!!」
電流に当てられ宙に投げ出されたコウタにフルーレティはさらに追撃で土の塊を叩きつける。
「ぐっ⋯⋯。」
「コウタ!!」
口から血を噴き出しながらボールのように飛ばされるコウタの体は高速で地面へと向かうが、落下の直前にアデルがその体を受け止める。
「うっ⋯⋯止まれぇぇ!」
が、その威力を受け止めきれずアデルの体からジリジリと地面に線を引きながらコウタの吹き飛ばされた威力を殺して行く。
「⋯⋯ぐっ⋯⋯のぉ⋯⋯。⋯⋯っ!?しまった!」
タイミング悪く、突如アデルの赤い光が消え、踏ん張りの聞かなくなった二人は後方へと投げ出される。
「ぶはぁ⋯⋯⋯⋯。」
「くっそ⋯⋯。」
コウタは血を噴き出し、アデルは痛みで這いずりまわる。
「死ね、冒険者。」
土のつぶてが無慈悲に二人に降り注ぐ。
「聖域」
なすすべなく倒れる二人の間にセリアが割り込みギリギリで光の障壁を展開する。
「セ、リアさん。」
「動かないでください。今、治します。」
セリアはそう言ってフルーレティの方を向きながらコウタに手のひらを向ける。
「待って、ください⋯⋯。」
コウタは掠れた声でセリアの治療を止める。
「なんです!?」
「はぁ⋯⋯はぁ、回復ではなく、僕にマナリターンをかけて下さい。」
「何故私がマナリターンを使えると⋯⋯!?」
「観測のスキルを持っていますから⋯⋯。それより早く!!」
コウタは苦しそうな声でセリアに促す。
「それで勝てるのですね!?どのくらい必要なのですか!?」
「150、僕のMPの上限ギリギリまでお願いします。⋯⋯上手くいけばオリジナルスキルで一気にかたをつけられる。」
(⋯⋯私の残ったMPのほぼ全て、ですか⋯⋯、失敗したら総崩れですわね⋯⋯。)
セリアはその言葉を聞いて一瞬躊躇うが、その考えはすぐに消え失せた。
(⋯⋯まあ、このままではどちらにせよ、全滅ですわね。)
セリアは一拍おいて小さく深呼吸する。
「⋯⋯託しますわよ、コウタさん!⋯⋯マナリターン!!」
淡い光とともにコウタのMPは全回復する。と、同時にセリアの聖域のスキルも効果が切れる。
「終わりだぁぁぁ!」
すかさずフルーレティは追撃の巨大な土の塊を飛ばしてくる。
「⋯⋯召喚。」
コウタの小さな呟きの直後に二人は土の中に押しつぶされる。
「⋯⋯コウタ!?」
「コウタさん!!」
アデルとマリーはコウタの名を強く叫ぶ。
その直後、二人を飲み込んだ土の塊は粉々に砕け散る。
「な⋯⋯!?」
見ると、土煙の中でコウタが一本の白い槍を握りしめているのが見えた。
アデルは宿屋でのコウタとの会話をふと思い出す。
(⋯⋯簡単に言えば偽物です。)
(⋯⋯そもそもあれは剣ではなく槍です。)
(——名は⋯⋯。)
「霊槍ロンギヌス⋯⋯。」
コウタは小さく呟くと、手に持った槍をクルクルと弄びながら、両手でしっかりと構えなおす。
〝霊槍ロンギヌス〟神装四傑の一つ。闇を貫き、滅する力を持つ。使用者の全てのステータスを最大限上昇させる。
「——いくぞ、ロンギヌス⋯⋯。」
視界にその詳細が映り込むと、コウタは口から這う血を拭うこともなくニヤリと笑ってフルーレティに向き直る。
「さあ、決着をつけましょうか。」