四十五話 各々の休日
コウタ達はギルドに戻るとすぐさまミノタウロスの角を納品し、食事をとることにした。
その日のメニューはコウタがシーフードドリア、マリーがパスタにハニーミルク、アデルは例の如く堅パンであった。
「アデルさんは何故頑なにそれを食べ続けるんですか?何かの呪いにでもかけられているんですか?」
マリーはあまりにも偏食すぎるアデルに真顔で心配する。
「いえ、多分病気なんですよ。心の。」
その発言にコウタがもぐもぐとドリアを頬張りながら容赦無いツッコミを入れる。
「呪いだの病気だの、散々言ってくれるな⋯⋯。別にいいだろ!?私が何を食べようが!」
アデルは声を張り上げて反論する。
「いや、異常ですよ?だって、何が悲しくて好き好んでそんなの食べなくちゃいけないんですか?」
マリーは哀れむような表情を浮かべアデルにそう声をかける。
「——あの、もしかしてアデルさんでしょうか?」
そんな下らない話をしているとアデルの後ろから女性の声が聞こえた。
「ああ、いかにも、私がアデルだが?」
アデルは振り返り、そう答える。
「本当ですか!?アデルさん!この度は本当にありがとうございます!!実はあのクエスト誰も受けてくれなくて、あなた方が受けてくれて助かりました。」
そう言われた女性は何一つアデルに言わせる事なく感謝の気持ちを述べると、物凄い勢いで深々と頭を下げる。
「ええと、あなたは?」
コウタがそう尋ねると女性は自己紹介を始める。
「ああ!すいません!そう言えば自己紹介がまだでしたね。初めまして、私、ベリーの街のギルドマスター、モカラと言います。どうぞよろしくお願いします。」
ギルドマスターと名乗る女性はそう言って大きく頭を下げる。その様子は彼らの知っているもう一人のギルドマスターとは違い、とても忙しないものだった。
「あのクエストとはミノタウロスの事か?」
諸々聞きたいことはあったが、モカラのキャラのめんどくささを察し、仕方なくアデルは気になった事を尋ねることにした。
「ええ、あのクエスト、私の印刷ミスで難易度が高くなりすぎて誰も受けてくれなかったんです。おかげでクエストが滞って、部下に怒られちゃって⋯⋯。」
モカラはえへへと笑いながら頭をかく。
「なんか、あっちのギルマスと違って本当に仕事出来なさそうなタイプですね。」
そんな彼女を見てコウタはさほど興味も持たず食事を止めることもなく辛辣な言葉を投げかける。
「はうっ⋯⋯。」
言葉の暴力が突き刺さる。
「私だって、私だって頑張ってはいるんですよ⋯⋯。でも何故か書類のミスは減らないし、部下には怒られるし、残業は増えるし⋯⋯。」
モカラはブツブツと呟きながら少しずつ暗いオーラに包まれていく。
(((なんでこの人がギルマスになれたんだろう⋯⋯。)))
「ギルマス!!終わったならさっさと仕事して下さい!!」
受付の奥から男性の職員が声を張り上げてモカラを呼び出す。
「ひぃ!?た、ただいま!!」
モカラはビクリと震えるとすぐさま立ち上がり声のする方に走り去っていった。
「⋯⋯⋯⋯なんだったんですかね?」
マリーはパンケーキを口にしながら疑問を投げかける。
「「さあ?」」
二人は興味なさげに答える。
「ところで明日はどうします?」
コウタは食事を終え水を飲みながらアデルに尋ねる。
「そうだな、ここに滞在するのはそんなに長くもないし、自由行動でいいんじゃないか?」
「本当ですか!?やったぁ〜!!」
マリーは嬉しそうに立ち上がりニッコリと笑う。
「いいんじゃないですか?ここにきてからまだちゃんと休んでないですし。」
コウタもそれに便乗する。
「あまりはしゃぎすぎるなよ?」
「「はい!」」
アデルの問いかけに二人は同時に答える。
「集合は明後日の朝だ。では解散!」
合図に合わせてアデルとコウタは席を離れる。
「え、もう行っちゃうんですか!?ちょっと待ってくださいよ〜。」
食事を食べ終わっていないマリーは急いでハニーミルクを飲み干すと慌てて二人について行った。
翌日——
アデルの場合
「さて、どれにしようか⋯⋯。」
アデルは朝一でギルドのクエストボードの前に立っていた。
「アデルさん、アデルさん、今日もクエスト受けるんですか?」
そんなアデルに横からモカラが忙しない様子で話しかける。
「ああ、特にやることもないしな。」
その言葉を聞くとモカラはハッとし、ポケットから紙切れを取り出す。
「ではこのクエストなんてどうですか?」
モカラはニコニコと笑いながらアデルに一枚の紙切れをアデルに手渡す。
「〝骸骨型モンスタースケルトンの討伐〟か、どうせこれもなかなか消化されなくて困ってるとかだろ。」
アデルは目を細めて訝しげに尋ねる。
「あ、バレました?実はそれ、強さはともかく数が多すぎて、誰も受けてくれないんですよ⋯⋯。」
それを聞いてアデルは受け取った紙を細かく読み上げる。
「約百匹、か⋯⋯。めちゃくちゃな数だな⋯⋯。」
思わず苦笑いが溢れる。
「 そうなんですよ。しかもこれ、ミノタウロスのクエストと同じでレイドクエストじゃないから一つのパーティーでやるのが前提ですし⋯⋯。」
「だったらレイドクエストにすればいいだろう?」
「したいのはやまやまなんですけど何分、予算が足りなくて⋯⋯。ウチのギルドはベーツの所とかと違ってカツカツなんですよ。」
モカラの表情は少しずつ沈み込んでいく。
「⋯⋯はぁ、分かったよ。なら受けよう。」
アデルはその様子を見て小さくため息をつくと仕方なしにクエストを受注する事に決める。
「本当ですか!?ありがとうございます。」
それを聞くとモカラの表情はパァと明るくなる。
「レベル上げにはちょうどいいしな、では行ってくる。」
「行ってらっしゃ〜い。」
モカラは元気よく手を振ってアデルを送り出した。
マリーの場合
「どれにしようかな⋯⋯。」
その頃マリーは武器屋で様々な武器とにらめっこしていた。
「うーん⋯⋯。」
マリーが棚に並ぶ数々の杖を眺めながら小さく唸っていると、後ろから声がかかる。
「武器を探しているんですか?」
声の方向に振り向くとそこには女であるマリーが見とれてしまうほどの美しい女性が立っていた。
「え、ええ。そうですけど⋯⋯。」
その美しさに気後れしつつ、マリーはおずおずと答える。
「では私が武器選び、手伝いましょうか?」
女性はニッコリと笑ってマリーに尋ねる。
「え!?いいんですか?⋯⋯じゃあお願いします。実は支給品の杖しか持ってなかったんで新しいのに変えたくって。」
マリーは嬉しそうに笑う。
「ええ、では予算と職業、戦い方のスタイルを教えていただけませんか?」
女性はマリーにその三つについて詳しく尋ねる。
「えっと、職業は魔法使いで、スタイルは火属性の特化型です。予算は、昨日たくさんお金が入ったので、50万ほど⋯⋯。」
マリーは上を向きながら思い出すように言われた通りに説明する。
「50万ですか、では予算は問題ないですから⋯⋯、これなんてどうでしょう?」
それを聞いて女性はゆっくりと歩き出し一本の杖を手に取り、マリーに手渡しそう尋ねる。
「これは?」
先端に一つの真っ赤で大きな宝石がついた杖を眺め、マリーは女性に問い返す。
「プリズムワンド、⋯⋯火属性魔法のみを強化する特殊な杖です。」
「そんなものあるんですね。」
マリーは食い入るように杖を見つめる。
「ただ、耐久度が低いので、近接戦には弱く、ソロだとかなりシビアな立ち回りが求められるんです。」
女性は言いづらそうにそう続ける。
「そこは大丈夫です!仲間に強力な騎士がいますから!!」
ない胸を張ってマリーは堂々と答える。
「ではこれでよろしいのではないですか?値段も27万ヤードですし。」
「はい!これにします!」
マリーは興奮した様子でそう返す。
「そうですか、決まってよかったですね。」
それを見て女性も嬉しそうに笑う。
「はい、購入してきます!!」
そう行ってマリーは会計をしに行く。
「あ、そういえばなんで杖の詳細とか分かったんですか?」
マリーは立ち止まって女性に尋ねる。
「⋯⋯昔同じものを使ってたんですよ。私も魔法使いですから。」
少し間を開けて、女性はゆっくりと話し出し、ニッコリと笑いかける。だが、マリーにはその笑みがとても悲しいものに見えた。
「⋯⋯でも剣を使ってるってことは、今は万能型なんですか?」
「いえ、これは貰い物で⋯⋯。ですがまぁ、あながち間違っていませんね⋯⋯。」
そう言って女性が強く握りしめた剣はマリーにもわかるほど異様な雰囲気を醸し出していた。
「では私はこれで⋯⋯。」
そう言って女性は頭を下げて立ち去る。
「あ、はい。ありがとうございました。」
マリーはその華奢な後姿に礼を言って見送った。
「⋯⋯綺麗な人だったな⋯⋯⋯⋯。」
女性がいなくなるとマリーはボソリとそう呟いた。
コウタの場合
「ふぁ〜気持ちいいぃ〜。」
その日コウタは異世界来て初めての湯治に来ていた。
「湯船に浸かったのなんていつ振りかな。」
全身の力を抜きながら深く息を吐く。
「それにしても、まさかこの世界に温泉があるとは⋯⋯。異世界も案外捨てたもんじゃないですね。」
その日の温泉はまだ夕方であるからか、あまり人は入っておらず、ほとんど貸切の状態であった。
風呂上がり——
「ゴクゴク⋯⋯。ぷはぁ!うまい!」
コウタは風呂上がりに牛乳を飲もうとしたが、どうやらこちらの世界では風呂の定番は飲むヨーグルトっぽいものらしく、温泉の売店にはそれしか売っていなかった。
「案外こっちもイケるな⋯⋯。」
空になった瓶を見てコウタは独り言を呟く。
「⋯⋯さて、帰るか。」
開いた瓶を回収の箱に入れるとコウタは誰に言うのでもなく、そう呟く。
コウタは温泉を出て、宿に向かうと遠くの方にボロボロのアデルとホクホク顔のマリーが歩いているのが見えた。
「⋯⋯ん?あれは⋯⋯。」
鼻歌交じりに歩くコウタは二人を見て、手を振りながら近づいていく。
「おーいアデルさ〜ん、マリーさ〜ん。」
コウタの呼びかけに二人は反応する。
「あ、コウタさ〜ん!」
マリーは手を振り返す。
「二人とも一緒だったんですね。」
「いえ、ついさっきそこで会ったばっかりです。」
「そうだったんですか、お二人は今日はどちらへ行かれてたんですか?」
コウタは二人にそう問いかける。
「私はクエストを受けて、マリーは武器を新調したらしいぞ。」
アデルはボロボロの鎧をさすりながらコウタの問いかけに答える。
「武器?⋯⋯ああ、本当だ。」
そう聞いてコウタはマリーに目を移すとマリーの背負っている杖が変わっていることに気づく。
「ど、どうでしょう?」
マリーは似合っているかどうかをコウタに尋ねる。
コウタはそんなマリーの話など気にせずマリーの背負う杖に〝観測〟のスキルを発動させる。
(へぇ⋯⋯。面白い効果だな⋯⋯。)
その武器にある火属性強化の効果に興味を示す。
「マリーさんにぴったりですね!!」
と、コウタは性能的な意味でそう言う。
「そそそ、そうですか、ありがとうございます!」
当然マリーは〝そっち〟の意味での解釈をし、顔を真っ赤に染め上げる。
「それよりも、貴様は何をしていたのだ?」
アデルはそんなマリーを放っておいてコウタにそれを尋ねる。
「今日は昼過ぎに目が覚めたので——」
「——一歩間違えたら引きこもりだな⋯⋯。」
間髪入れずにアデルからツッコミが入る。
「やる事もなく散歩していたら、温泉があったので、今入って来ました。」
「「温泉!?」」
アデルとマリーは二人揃って驚愕の声を上げコウタに聞き返す。
「どこ!?どこですか!?」
「えっと、そこの角を曲がって——」
「——行くぞ!今から!」
アデル食い気味でそう言うと二人はコウタの襟首を掴んで引きずる。
「え?ちょっと、僕もう入ったんですけど!?」
「いいから行くぞ!!」
「もう一回入ればいいじゃないですか!」
アデルとマリーは即答でそう返す。
「そんなぁ〜。」
その日は結局二回入ることになりました。