四十四話 牛頭の巨人
ミノタウロス⋯⋯それは牛頭人身の巨大なモンスター。
鋼のような強靭な肉体と強力な魔法耐性を兼ね備え、その手に持つ巨大な棍棒を振り回す。
その攻撃は骨を砕き血肉をすり潰す強力な破壊の衝撃と化す。
「——と、まぁ説明はこんなものだ。」
アデルは草原を歩きながら手元の資料を読み上げる。
「「なにそれこわい。」」
コウタとマリーは同時に声を上げる。
「今回はミノタウロスの討伐ではなく角の採取だが、経験値を得るため、今回はしっかり討伐をする。」
「ちなみに、強さで言ったらワイバーンとどっこいどっこいだからそんなに心配するな。」
アデルは平然とそう言ってのける。
「貴女確かそれに殺されかけてましたよね⋯⋯?」
コウタがツッコミを入れる。
「バカにするな、私だってあれから強くなったのだ。そう何度も遅れをとってたまるか!」
アデルはそう言って胸を張る。
「で、でも私、そんなのと戦えますかね⋯⋯。」
「最終的には魔王と戦うのだぞ?それに比べればぬるいものだろう。」
「なんでアデルさんは段階を踏むということを知らないんですか⋯⋯。」
マリーは肩を落とす。
「無理ですよ。⋯⋯だってこの人初めてのクエストでグランドボアと戦ったんですから。」
コウタは諦めろと言わんばかりにそう呟く。
「それは言うな!!」
アデルは顔を真っ赤にしてそう叫ぶ。
「まったく⋯⋯、ほら着いたぞ。」
三人は足を止める。
「ここが、シナマヤの洞窟だ。気を引き締めろよ?ここから先はいつ奴が現れてもおかしくないからな。」
アデルは声色を変えてそう言う。
「「はい。」」
その言葉にコウタはいつもの調子で、マリーはしょんぼりとした声で答える。
「暗いですね⋯⋯。」
中に入るとマリーがアデルに身を寄せながらビクビクとそう言う。
「洞窟だからな。暗くて当然だろう。」
アデルはそう言うと松明に火をつける。マリーと違い、二人はそのまま何事もなく歩みを進める。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
マリーも慌てて追いかける。
「マリーさん、静かに⋯⋯。」
コウタは人差し指を鼻に当ててマリーに静かにするようにジェスチャーを送る。
「はむっ⋯⋯。」
そう言われてマリーは自らの手で口を抑える。
「あまり大きな音を立てるとミノタウロスが来てしまいます。」
「いつ来ても構わないが、戦うなら開けた空間が好ましいな。」
アデルはその言葉に続く。
「⋯⋯⋯⋯。」
マリーは両手で口を押さえたまま、首を縦に大きく振る。
「じゃあ気を取り直して行きますか。」
「はい。」
マリーは今度は小声でそう答える。
その後、三人はしばらく進むが一向に開けた空間もミノタウロスも見つからなかった。
「それにしても入り組んでますね⋯⋯。」
「ここは天然の迷路と呼ばれているからな、一度迷ったらなかなか抜け出せん。」
アデルはそう言うと黙って前へ進む。
「そう言えば、目印とかつけなくて良かったんですか?」
マリーはキョロキョロと周りを見渡しながらそう尋ねる。
「それなら大丈夫です。今来た道順は全部覚えているので。」
コウタはサラリととんでもないことを言う。
「へえ⋯⋯⋯⋯。」
マリーは無表情でそう返す。
「それに、どうしようもなくなったら、壁をブチ抜けばいいだろう。」
「発想が野蛮すぎますよ、アデルさん。」
再びコウタがツッコミを入れる。
「はは、⋯⋯⋯⋯ん?なんか聞こえません?」
ふとマリーがそんなことを言うと、どこからともなく地鳴りのような音が聞こえてくる。
「このパターンはもしかして⋯⋯。」
コウタが後ろを振り向くと、そこには牛の頭に筋骨隆々の巨大なモンスターがこちらに爆走しているのが見えた。
「やっぱりぃぃぃ!?」
それに気付くとコウタは自らに〝付与・力〟のスキルを使い、マリーを担ぎ上げる。アデルはそれを見て道なりに走り出す。
「ちょ、わ!コウタさん!?」
「取り敢えず広い場所に出ます!ないなら撒きます!」
恥ずかしがるマリーを無視しコウタは走るスピードを上げる。
「なんか、早くないですか!?あのミノタウロス!」
コウタは走りながらアデルに愚痴をこぼす。
「ミノタウロスは魔法が使えない代わりに全てのステータスが異常に高いのだ。それにしても困ったな、これでは追いつかれてしまう。」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯いえ!広い空間に出ますよ!」
マリーがそう叫ぶと道の先には光が差し込んでいるのが見えた。
「⋯⋯よし!出れた!」
「⋯⋯ここは?」
コウタはマリーを降ろすと周りを見渡す。
その空間の壁にはところどころから鉱石のようなものが飛び出し、それらが発する謎の光で部屋全体を明るく照らしていた。
「さあな、この洞窟はまだ詳しく調べられていないのだ。あれも案外新種の鉱石だったりしてな。⋯⋯⋯⋯それよりも、来るぞ。」
それを聞いてコウタとマリーは戦闘の体制を整える。
「マリーさん、なるべく僕から離れないで下さい。」
「は、はい!」
「⋯⋯⋯⋯グルァァァァァ!!」
そうこう言っていると、先ほどまでいた通路からミノタウロスが現れる。
「改めて見るとでっかいですね⋯⋯。」
コウタは冷や汗をかきながらそう呟く。
「先手必勝だ行くぞ!!」
アデルはそう言ってミノタウロスへと突っ込む。
「付与!!」
コウタはアデルと自身に〝付与・力〟を、アデルとマリーに〝付与・守〟のスキルを発動する。
「よし、喰らえ!爆裂斬!!」
アデルは雄叫びを上げるミノタウロスの脳天に斬撃を放つ。が、ミノタウロスは全く意に介せず、棍棒でカウンターを仕掛ける。
「なっ!?⋯⋯ちっ⋯⋯。」
アデルはミノタウロスの顔面を蹴り飛ばし無理やり距離をとってそれを回避する。
「めちゃくちゃ硬いですね⋯⋯。マリーさん、僕らも隙を突いて攻撃しましょう。」
「は、はい!!」
そう言ってマリーは魔法を打つ構えをとり、コウタは空中に一本の大きな大剣を召喚する。
「それは⋯⋯⋯⋯。」
コウタの召喚した剣を見てアデルは思わず声を上げる。
「ええ、あいつの使ってたものです。」
その剣は魔王軍幹部であるザビロスが所有していたものであった。
「裁断の剛剣、例外を除けば現時点で僕の使える中で最強の武器です。」
コウタの目の前にはその剣の詳細が映し出される。
〝裁断の剛剣〟高い攻撃力と耐久力を兼ね備えるがとても重い剣。
弱点である重量はコウタにとっては全く関係がなかった。
(重いなら持たなければいい。)
コウタがその手を振るうとその動きに連動して剣もミノタウロスへ高速で襲いかかる。
だかミノタウロスはその剣を見切り回避する。
「なら、これで!!」
コウタは回避された剣をもう一度操ると今度は回転を加え真上から叩き落とす。
「グルァァァァァ!!」
が、今度はミノタウロスが振るった棍棒に阻まれる。
「ありゃ?」
コウタは呆けた声を出す。
「コウタ!!真面目にやれ!」
アデルから怒号が飛ぶ。
「やってますって!!ただこいつの反応速度が異常なんですよ!!」
コウタはその言葉に反論する。
「ちっ、だったらやはり直接攻撃だ。」
アデルが斬りかかると今度は棍棒でその剣を受け止める。
「くそっ⋯⋯!」
「グルァ⋯⋯ガァ⋯⋯!?」
ミノタウロスが再びカウンターをしようとすると、その横から大きな火の玉が衝突し炸裂する。
「やった!当たった!」
コウタがその火の玉の発生源を見ると、マリーが小さくガッツポーズを取っているのが見えた。
「⋯⋯爆裂斬!」
ミノタウロスが怯んだ隙にアデルはその胴体へ斬撃を入れ、距離を取る。
「ガッ⋯⋯。」
その体に小さく傷がつき、ミノタウロスは膝をつく。
「⋯⋯⋯⋯すごい威力ですね!!これなら楽に倒せますよ!」
コウタがマリーにそう言うとマリーは戦闘であることを忘れ照れ始める。
「いや、⋯⋯えへへ、そうですか?」
「気を抜くな、来るぞ!!」
アデルは二人に喝を入れると、二人は再び敵に向かいなおす。
「⋯⋯マリーさん、もう一度あの魔法を打ってください。次は僕も攻めます。」
コウタは小さくマリーにそう伝えるとミノタウロスへと走り出す。
「はい!」
「⋯⋯⋯⋯ガアアアァァァァ!!」
ミノタウロスは今度はマリーへと狙いを定め襲いかかる。
「マリー!!」
「マリーさん今です。」
「はい!!」
そう言ってマリーは三つの火の玉で迎え撃つ。三つの玉は全て直撃するとミノタウロスの体は大きくバランスを崩し、ふらつく。
「もう一発!!」
コウタは大剣で追撃するとミノタウロスは大きく尻餅をつく。
「よし!!マリーさん、もう一発お願いします。」
ダメージを食らいつつも未だにピンピンしているミノタウロスを見てコウタはマリーに追撃の命令を出す。
「はい!!」
マリーは元気よく返事をし、手を前に構える。がそのまま何も起こらずに場は静まり返る。
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯MPが切れました!」
暫くの沈黙の後、マリーは真顔でそう言う。
「「なんで!?」」
アデルとコウタはそれに合わせているツッコミを入れる。
「MP切れって、まだ五発くらいしか打ってないじゃないですか!!」
「平均以下とは言ったが火属性魔法くらいなら、十発以上撃てるくらいのMPはあっただろ!?」
「ああ、その件なんですけど⋯⋯。」
「——アアアァァァァ!!」
マリーが言い訳しようとするとミノタウロスは立ち上がりこれまで以上の大きな声を発しマリーへと突進する。
「くっ、⋯⋯トランスバースト!!」
「ああもう、召喚!!」
その様子に焦ったアデルは全身を真っ赤に輝かせ、コウタは大量の杖と青白い一本の剣を召喚する。
数分後——
「なんで、そんなに、マリーさんは、スタミナが⋯⋯⋯⋯オロロロロロ。」
「痛うぅぅぅ。か、体がぁぁぁ。」
ミノタウロスは無事倒したがコウタはその場でリバースし、アデルは副作用の痛みで全身を抑えて悶えている地獄絵図がマリーの目の前に広がっていた。
「ええっと二人とも大丈夫ですか?」
マリーはほとんど動かない二人に声をかける。
「「⋯⋯マリー」さん?」
二人はマリーの肩を掴み後ろに黒い影を作りながらニッコリと笑う。
「ちょっとステータス見せて下さい。」
「え、ええっと⋯⋯それはちょっと恥ず——」
「「いいから早く!!」」
「ひぃ!?は、はいぃぃぃ!!」
マリーは恐怖に圧され、二人にステータスを見せる。
「——レベル18、職業魔法使い、⋯⋯⋯⋯ステータス自体は特に目立った点はありませんね。」
「となるとやはり問題はスキルか⋯⋯?」
二人はマリーのスキルを食い入るように見つめるが特に目立った点はなかった。
「うう、⋯⋯恥ずかしい⋯⋯。」
マリーは顔を赤らめて涙目になってそう呟く。
「じゃあ、スキルを見てみますか⋯⋯。」
コウタはマリーにページを移すように促す。
「えっと⋯⋯火属性魔法、威力上昇、速射、命中率上昇⋯⋯⋯⋯攻撃手段、火属性しかないじゃないですか。」
「というか、スタミナの無さは、大量についたパッシブスキルのせいだろう。どう考えても。」
「「そうなんですか?」」
マリーとコウタは同時に声を上げる。
「ああ、間違いなくそうだろう。魔法系のパッシブスキルはたまに魔法の性能を上げる代わりに消費するMPが増加する弱点あるのだ。」
「「知らなかった⋯⋯。」」
再び二人は同時に声を上げる。
「はぁ⋯⋯そもそもなんでこんな偏ったスキル編成にしたのだ?」
アデルは小さくため息をつくとマリーにそう問いただす。
「えっと、ギルマスが、二人の戦闘力についていきたいなら、特化型の方が手っ取り早いと言っていたので、特化型がよくわからなかったから、とりあえず火属性以外全部パッシブスキルにしようかな、と。」
マリーはモジモジと言いづらそうに切り出す。
「よくなんとなくで決められるな!?そもそも特化型なんて、ある程度経験を積んでからやるものだぞ!!」
アデルは興奮しながらマリーにそう言う。
「そ、そうだったんですか⋯⋯!?」
マリーはその言葉にショックをうける。
「というか、アデルさんはこの事を知らなかったんですか?」
コウタはふと気になった事を聞いてみた。
「ああ、昨日も言った通り、一緒に受けたクエストは採取クエストだけだったからな。」
「なるほど⋯⋯。まぁ、とりあえずは暫くの間は隙をみて、ここぞって時に打つしかないですね。」
「そうだな、スタミナはともかく、その威力は敵にとって充分な脅威になりうる。」
「わ、分かりました⋯⋯。」
マリーはしょんぼりとしながら答える。
「⋯⋯帰るか⋯⋯。」
「「はい⋯⋯。」」
アデルの元気のない声に二人も同様に元気のない答えを返す。
三人はのっそりとした足取りでギルドへと戻っていった⋯⋯。