四十話 最狂の少女
「どれにしようかな⋯⋯。」
その日コウタは掲示板の前に立ち尽くしていた。
「——お、コウタじゃねえか。」
クエストの紙を眺めていると後から声をかけられる。
「ああ、セニョールさんではないですか。」
「セシルな!?いい加減怒るぞ!?」
「ああ、失礼。こんにちはセシルさん。」
「おう!聞いたぞコウタ。近々この街を出るんだろ?」
セシルはコウタに近づきながらそう尋ねる。
「はい、馬車も決まったので、納品され次第出発するつもりです。それまでは自由行動ですね。」
コウタは掲示板に目を向けたまま、セシルの問いに答える。
「にしても急だな、もうちょいゆっくりしてればいいのによ。」
呆れたようにそう言う。
「うちのリーダーがそれを許さないと思いますよ。あの人自分にも他人にも厳しいですから。」
「それもそうだな。」
二人はそう言って笑う。
「それにしても⋯⋯羨ましいなぁ、女二人に囲まれて冒険なんてよ。」
しみじみとセシルはそう言う。
「そんなもんですかね?色々大変ですよ?」
コウタはゆるい雰囲気でそう返す。
「くそがっ!!何が大変だ!!贅沢な悩みだなぁおい!!」
セシルは何を思ったか急に叫び出した。
「うわあぁぁぁ!?」
セシルは血の涙を流しながらコウタへと摑みかかる。コウタも咄嗟のことで混乱し、悲鳴を上げる。
「落ち着いて下さい。情緒不安定ですか。」
後ろから冷静なツッコミが入る。
「ん?」
セシルは摑みかかったままの状態で後ろを振り向く。
「あ、ロズリさん。こんにちは。どうかしましたか?」
コウタは摑みかかられたままの状態で挨拶する。
「これを配っていたんですよ。」
そう言って二人に一枚の紙を渡す。
「なんだこれ?」
二人はそれを覗き込む。
「現在、街の中で起きてる連続殺人事件の注意喚起です。」
「あー、あれか。」
「知ってるんですかセシルさん。」
コウタはそう尋ねる。
「ああ、噂で耳にしただけだがな。」
「へぇ、⋯⋯犯人像とかは絞れているんですか?」
「いえ、犯人の目撃情報等は一切無いんです。」
ロズリは深いため息をつきながらそう言う。
「被害とか犯人の手口とかは分かっているんですか?」
コウタはさらに言及する。
「被害者は合計で十名、その全員が男性で、手口は刺殺か、斬殺、毒殺のどれかですね。ただ酷いのだと、胴体が真っ二つだったり、毒で体がグズグズに腐っていたり、なんてのもあって色々大変なんですよ。」
「うげぇ、そんなエグいのかよ。」
セシルは明らかに不快な顔をする。
「被害者が全員男性である事や、現場が全て、路地裏であること、殺しの手口が似通っている事から、連続殺人事件と断定しました。」
「もう少し早く注意喚起した方が良かったのでは?」
コウタはふと疑問に思った事を尋ねる。
「今までも、街の掲示板には貼っていたのですが、⋯⋯ここ最近の二件で初めて冒険者が襲われたのでこうやって、男性の冒険者達に注意を促しているんですよ。」
「そうですか⋯⋯。」
「とにかく、街を出歩く時は気をつけて下さい。」
「はい。分かりました。」
ロズリはそれを聞くと、頭を下げて、他の冒険者達に再び紙を配り始めた。
(まあ、僕にはあまり関係ないな⋯⋯。)
コウタは気をつけるとは言ったものの、あまり気にすることもなく再び掲示板へと視線を向けた。
「ふう、終わった終わった〜。」
その日の夕方、コウタは討伐のクエストを終わらせて、街へと向かっていた。
「意外と時間かかってしまいましたね⋯⋯。」
依頼の紙を見ながらそんな事を呟く。
「お、見えてきた。」
コウタは視界に街を捉えると、依頼の紙をマジックバックにしまい歩くスピードを上げる。
「ん?あの子は⋯⋯。どこかで⋯⋯。」
街の門から人影が出てくるのが見えた。
その影の見た目は銀髪で大きめの服を着て、細長い刀を背負った少女であった。
「あぁ、⋯⋯あの時のか。」
コウタはその外見を見て、どこで会ったのかを思い出す。数日前に道端でぶつかっただけの少女にコウタの記憶が反応する。
「⋯⋯っ!?」
コウタは声をかけようとするが、その考えは即座に消え失せた。
(⋯⋯⋯⋯あの目は⋯⋯ヤバい⋯⋯。)
少女の狂ったような、壊れているような眼光を見て、コウタは向こう側からこちらに来る少女の危険性を感じ取る。
コウタはそのまま目を合わせずにうつむきながら前へと進む。
(⋯⋯⋯⋯。)
だが少女とすれ違った瞬間にコウタは背後から途轍もない圧力を感じる。
(っ〜⋯⋯!?)
その瞬間、コウタは地面へと深くしゃがみこむ。理屈ではなく本能で動く。
一瞬遅れてコウタの髪が少しだけパラパラと落ちるのを感じる。
上を見ると、少女が抜き身の刀を振り抜いているのが見えた。
(っ!!死んでた!!間違いなく死んでた!!)
目視すら出来なかった太刀筋に全身が恐怖に固まる。
「ありゃ?本気で振り抜いたはずだったんだけどなぁ〜。」
「はっ、はっ、はっ、⋯⋯⋯⋯。な、何者ですか⋯⋯!?」
体中から嫌な汗が噴き出す。
「アッハ、面白いねキミ。」
少女は狂った笑みを浮かべこちらを睨む。
その剣にはべっとりと乾ききっていない血が付いているのが見えた。
「⋯⋯あなたが、連続殺人の犯人ですか?」
コウタはそれを見て少女に尋ねる。
「連続殺人?ああ、確かに中で二、三人殺ったけど?」
奥に見える街を指差し、少女は平然とそう答える。
「十人ではなく?」
「まっさかぁ〜。ボクは強そうなのしか狙わないし、そもそもそんなに殺ったら問題になるでしょ?」
少女はさも当然の如くそう答える。
「⋯⋯もう、なってますよ。」
コウタはそう言って剣を構える。
「えー、ホントに?じゃあ、さっさとどっかに逃げるか〜。」
「逃すと思いますか?」
コウタは自分の動揺を悟らせないように小さく苦笑いする。
「うーん、今日はもう満足したし⋯⋯⋯⋯君はまだいいや。」
少女は刀を鞘に納めると、コウタの言葉など全く意に介する事もなく訳の分からない事を呟く。
「は?」
「じゃあね〜。またどこかで、ね。」
少女は無気力な声でそう言うと、後ろに振り向き、歩き始めた。
「⋯⋯⋯⋯。」
コウタはその背中をただ見ていることしか出来なかった。
少女が完全に見えなくなると、コウタはその場に膝をつく。コウタは手をつき、俯いていると、眺めていた地面に汗が滝のように滴り落ちる。
「⋯⋯はぁ、はぁ、⋯⋯なんだったんだアレ⋯⋯。」
コウタは緊張の糸が切れた事で、全く動けなくなってしまった。