三十八話 そんなこんなで
魔王軍幹部との戦いから二日がたった日の昼下がり、コウタはギルドの食堂で昼食を取っていた。
「それで?今どんな状況なんですか?」
サンドウィッチのようなものを頬張りながら、目の前の男性に尋ねる。
「大体の後始末は終わりました。あとは、問題があるとすれば今後の旧王国の管理ですかねぇ。」
正面で米を頬張りながら答えるメガネオールバックは、目の下に隈を作っていた。
「管理、ですか?」
「ええ、本来ならあの国は元の国民が戻ってくれればいいのですが、生憎三年前の魔王軍の侵攻によって、国民のほとんどは亡くなられてしまって⋯⋯。」
「だから住む人がいない、と⋯⋯。」
コウタは手を止めて相槌を打つ。
「ええ、現在所在が確認されている唯一の元国民であるアデルさんも、まだ戻る意思は無いようですし⋯⋯。」
「だから一旦管理する、ということですね?」
「ええ、魔物や盗賊に住み着かれても迷惑ですし。」
「⋯⋯色々大変なんですね〜。」
そう言って再びパンにかぶりつく。
「最悪、新しく家を貸し出して、新たな街として運営することも視野に入れなくてはいけませんねぇ。取り壊すのもお金がかかりますし。」
エティスはそう言って大きくため息を吐く。
「仕方ないんじゃないですか?それ以外どうしようもないですし。」
コウタは開き直った態度でそう答える。
「ところで聞きましたよ。コウタ君、アデル君とパーティーを組むらしいですねぇ?」
「ええ、ですから近々この街を出て、魔王軍退治の旅に出ます。」
エティスはそう言って話題を切り替えると、コウタはストローをかじりながらそう答える。
「出て行ってしまわれるのですか!?」
エティスはガタンと立ち上がり驚きの声を上げる。
「わっ!?そ、そりゃそうですよ。冒険者なんですし、そんな珍しいことでもないでしょう?」
エティスの行動に驚きつつも冷静にそう返す。
「な、何故です!?いきなり過ぎませんか!?」
「大きな理由として二つ、一つはザビロスを倒したことで、この街にいる意味がなくなったから。もう一つはこの街ではこれ以上の成長はあまり望めないから。⋯⋯ですかね?」
アデルが今までこの街にいた理由はキャロル王国が近いからという理由が大きかったが、それを取り返した今、アデル自身も前に進まなければならなかった。
「僕たちの目標は魔王の討伐です。そのためには今以上に強くならなくてはいけませんから。」
コウタはコップに入ったジュースをストローでクルクルと回しながらそう続ける。
「そうですか⋯⋯。」
エティスはすこし残念そうに座り込む。
「ええ、ですから今、アデルさんが馬車の手配をしてくれています。」
「一人でですか?」
「はい。僕は馬車のことはよくわからないので。」
「予算は大丈夫なのですか?」
エティスは心配そうに尋ねる。
「大丈夫ですよ。僕とアデルさんの預金残高の合計が二百万ヤードほどあるので。」
「なら安心ですねぇ。」
胸を張りながら答えるコウタの言葉を聞いて、エティスはホッとため息を吐く。
「⋯⋯ところで、他にパーティーメンバーはいるのですか?」
エティスの質問責めに若干疲れながらもコウタは答えていく。
「いえ、二人だけです。他のメンバーは旅の途中でどうにかしようかと⋯⋯。」
「随分と行き当たりバッタリなんですねぇ⋯⋯。」
「普通にパーティーを組むだけならともかく、目的は魔王討伐、となると中途半端な実力も覚悟も足手纏いになり兼ねませんからね。」
ただ仲間を集めるだけならば、きっとそれほど難しくはない。
けれど、二人の目標の高さに合わせられ、かつ必要な条件に合う能力を持つ人材、となるとそう簡単に見つかるはずもなかった。
「でも具体的に欲しいのは主砲となる魔法使い系と、高い回復性能を持った人、ですかね。」
「その辺は決まっているのですか。」
「はい。僕らのパーティーに足りないのはその辺なので。」
ザビロスとの戦闘を顧みて、二人で話し合った結果、パーティーのバランス的にその二つの要素が足りていないという結論に至ったのだ。
「ごちそうさまでした。」
「⋯⋯あ、そう言えばマリーさんはどうなってますか?」
コウタは食事を終えてそう言うと、手を合わせた状態のまま続けてそう尋ねる。
「彼女なら今、元気にギルドのお手伝いをして貰ってます。本人は冒険者になりたいそうですよ?なんでもやりたい事ができたそうな⋯⋯。まぁ元のレベルが高いので案外強くなるかもしれませんねぇ。」
「そうですか⋯⋯。ん?元のレベル?」
コウタはマリーが元気であるということに安堵すると同時に一つの疑問を口にする。
「マリーさんって、モンスターと戦ったことあるんですか?」
「いえ、ないと思いますよ?」
「じゃあなんで元々のレベルが高いんですか?」
特に考える事なく素直にそう尋ねるとエティスは残念そうにため息を吐く。
「はぁ、⋯⋯えーっとですね⋯⋯。」
エティスは少し悩みながらも答える。
「個人差もありますがそもそも本来、人間は成長に伴ってレベルが上がるものなんですよ。」
「だからどちらかと言えばその歳でレベル1のままだった君の方が異例で特殊なんですよ。」
「な、なるほど⋯⋯。」
(全然知らなかった⋯⋯。)
コウタは衝撃の事実に言葉を失う。
「⋯⋯⋯⋯それにしても⋯⋯、その歳でレベル1であるにもかかわらず高いステータスに飛び抜けた戦闘センスや判断力、果てはオリジナルスキルまで⋯⋯一体君はどこから来た何者なんですか?」
エティスはコウタに真剣な眼差しを向ける。それを受けてコウタは立ち上がりながら誤魔化すように答える。
「⋯⋯えっと、内緒です。」
コウタは苦笑いで人差し指を立ててそう言いお盆を持ちながら立ち上がる。
「⋯⋯そうですか。ならしょうがないですね。どちらにせよ、君がこの街を救った事には変わりないのですから。」
エティスも一瞬呆気にとられるがクスリと笑い、それ以上言及することはなかった。
「はは、助かります。」
コウタはそう言って立ち去っていく。
「はぁ、隠すことが増えたなぁ⋯⋯。」
コウタはエティスから離れ、食器を返却口に戻すと、そう言って愚痴をこぼす。
「——おい、コウタ。」
深いため息をついていると後ろからコウタを呼ぶ声が聞こえた。
「⋯⋯ああ、アデルさん。馬車の件どうなりましたか?」
コウタは思考を切り替えて振り返ると、声の主であるアデルに向かって返事をする。
「その話をしに来たのだか、⋯⋯ある程度目星はつけたがどれにしようか迷っていてな⋯⋯。後で選ぶのを手伝ってくれないか?」
アデルは事の顛末を簡潔に説明した後、困ったような表情でそう言う。
「ええ、自分も乗るものですからね。当然手伝いますよ。」
コウタはそんな事かと返事をする。
「そうか、では少し待っていてくれ。私もお腹が空いたからな。少し何か食べてくる。」
「なにか、ってどうせまた堅パンでしょう?⋯⋯まったく、なんでこんなに収入あってまだそれを食べるのか⋯⋯。貧乏性なんですかね?」
アデルが少しだけ恥ずかしそうにそう言うと、コウタは全く別の切り口から呆れたように尋ねる。
「う、うるさい!好きで食べてるんだから別にいいだろ!!」
そんなコウタに対して、アデルは若干頬を赤らめながらそう答える。
「好きで食べてるって、アレをですか?」
「貴様それはどういう——」
「——コウタさん。アデルさん。」
そんな二人のくだらない話は、真横から割り込んできた何者かの声によって阻まれる。
「あ、マリーさん、お久しぶりです!大丈夫でしたか?ここの生活に不便とかありませんか?」
コウタはその声の主を見て、嬉しそうに表情を明るくさせると、笑顔で近寄っていきながらそんな質問を投げかける。
「あ、はい。ここの人にはすごくよくしてもらって⋯⋯。ってそうじゃなくて、今日はお二人にお話が⋯⋯。」
「「お話?」」
まるでノリツッコミのような方法で話題を切り替えながら首を振るマリーに対して、二人は同時に首を傾げる。
「はい。⋯⋯えっと、まぁ率直に言いますと——」
「えっとその、⋯⋯私をパーティーに入れてください!!」
マリーは顔を赤くし、少しだけ煮え切らない態度を見せた後、まるで覚悟を決めたかのように小さく深呼吸をし、叫ぶようにそう言う。
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
「「⋯⋯⋯⋯はい?」」
小さな沈黙の後、二人の魔の抜けた声が重なる。