三十七話 戦いの果てに見る世界
砂のように崩れるザビロスを見届けると、二人はほぼ同時に膝を突き倒れこむ。
「は、はは。もう動けません⋯⋯。」
コウタはうつ伏せになったまま、弱々しく笑いかける。
「奇遇だな、私もだ⋯⋯。」
アデルも同様に仰向けになったまま、ピクリとも動かずそう答える。
「⋯⋯⋯⋯勝ったのだな。」
「ええ⋯⋯。終わりました。」
アデルはコウタに拳を突き出すと、コウタも同じ様に突き出し拳を合わせる。
「アデル君!コウタ君!」
突如、部屋の外から声が聞こえる。
「ギルマス⋯⋯。」
「⋯⋯っ!?二人とも大丈夫ですか!?」
大慌てで部屋へと入ってきたエティスは倒れこむ二人を見て急いで駆け寄ってくる。
それに続く様にボロボロの冒険者達もゾロゾロと入ってくる。
「ええ、ちょっと疲れちゃって⋯⋯。」
コウタは弱々しい笑みを浮かべながら、仰向けの体制のまま口だけを動かす。
「⋯⋯っ、今治療しますね。」
するとエティスの後ろにいたロズリが慌てて駆け寄りながら二人に回復の魔法を唱える。
「⋯⋯⋯⋯勝ったのですね⋯⋯?」
「ええ、勝ちました。」
そんなコウタの穏やかな返事を聞くと、エティスの後ろにいた冒険者達は喜びの声を上げる。
耳に響くほどの大声にコウタもアデルも辟易する。
「ボロボロのくせによくそんな元気でいられるな⋯⋯。」
「まぁ、ことがことですし。」
コウタにも冒険者達の気持ちが理解出来たからこそ彼はニッコリと笑った。
「⋯⋯ところでギルマス、他の戦況はどうなってますか?」
コウタはロズリや他の冒険者達の治療を受けながら、ゆっくりと身体を動かしてそう尋ねる。
「全て終わりました。ですから、動ける者達を全て集めてここに来ました。」
そう言われて、コウタは改めて周りを見渡すと、エティスと共にここに来たのは十人ほどであったことに気付く。
(本当にギリギリだったんだな⋯⋯。)
それを思い知らされると同時に戦いが終わった事に対する安堵がこみ上げ、コウタは深いため息を吐く。
その頃、他の戦場も同様に冒険者達は地面に腰を落とし、回復に努めていた。
「悪いわね。助かったわ。」
城内の廊下にて戦闘を繰り広げていたベルンは小さくため息をつきながら、隣に立つジークに向かって礼を言う。
「ああ、間に合ってよかったぜ。あの女、不意打ちで倒せなかったら、全滅してたかもな⋯⋯。」
ジークは水筒の水を飲み干すと、先程倒したばかりの魔族の女を思い出しながら真剣な表情でそう呟く。
「それにしてもギルマスったら、こんなめんどくさい敵押し付けちゃって⋯⋯。てか、これちゃんと報酬貰えるんでしょうね!?」
「⋯⋯はぁ、ところで他はどうなってるの?」
ひとしきり感情に任せて声を張り上げた後、落ち着いてため息を吐くと、ジークに向かってそんな問いを投げかける。
「ああ、外は粗方済んだらしい、ギルマス達は、今頃ボスと戦ってるんだろ。」
「そう⋯⋯。」
ベルンはそれを聞くと不安そうな表情でそう答える。
「⋯⋯おーい、勝ったらしいぞ!!あのガキが!!倒したらしいぞ!!」
するとその直後に、通路の向こうから、冒険者の男が手を振りながら叫ぶようにそう伝える。
それを聞くと冒険者達は各々が安堵や達成感を露わにして反応を示す。
「「っはあぁぁぁぁぁ⋯⋯⋯⋯。」」
その中でもベルンとジークは力が抜ける様にため息を吐きながら、その場にへたり込む。
「そうか、勝ったのか⋯⋯。」
尻餅をつきながら、天を仰ぐジークは嬉しそうに呟く。
そして城の外の戦場でも同じ様にその情報が伝えられる。
「ははっ、喜びてーけど疲れて、それどころじゃねぇな。」
セシルは地面の石畳に大の字での転がりながら、フフフと弱々しく乾いた笑い声を上げる。
「ははは⋯⋯。」
「フフフッ⋯⋯。」
「あー、疲れた⋯⋯。」
他の冒険者も、同様に疲労によって動くこともままならないようだった。
城の外では小さな薄ら笑いだけが所々聞こえてくるだけであった。
——それからしばらくして。
体力に余裕のある冒険者達は、それから一時間ほど周辺の見回りを行い、残党がいない事を確認すると、
「アデルさん、一旦下に集合らしいですよ。」
ロズリの治療を受け、ある程度動けるようになったコウタが玉座の間に一人立ち尽くすアデルにそう問いかける。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ああ、今行く。」
アデルはそう言いながらも、室内を見続けたまま動こうとしなかった。
「⋯⋯⋯⋯。」
振り返ることもせず、ただ立ち尽くす。
「アデルさん⋯⋯。」
コウタから見て、その後ろ姿は今までよりも小さく、というより、初めて等身大の大きさのように感じられた。
「⋯⋯⋯⋯もう、終わりでもいいんじゃないですか?」
「⋯⋯⋯⋯。」
アデルからの答えは返ってこない。
「貴女は、国の仇である男を討ち、奪われた城を取り返した。だったらもう、戦うのは終わりでいいんじゃないですか?」
「もう、復讐に囚われずに自由に生きてもいいんじゃないですか?」
彼女が今どんな想いでここに立っているのかは分からない。
どんな想いをしてここまで歩んで来たのかも、ほとんど知らない。
けれど、復讐に囚われた少女がそれを成し遂げて尚、戦いを続けるのは、少しだけ可哀想な気がしてしまった。
だからこそコウタは、余計なお世話である事を自覚しながらも、そんな言葉を投げかける。
「⋯⋯ダメだ。」
けれどコウタの気持ちや思考など届くはずも無く、アデルははっきりとした口調でそれを拒否する。
「何故です?」
「⋯⋯確かに、貴様の言う通り、私の戦う理由は終わったのかもしれない。」
「けれど最後の瞬間、奴はこう言った。」
「⋯⋯まだ終わりじゃないぞ、と。」
ザビロスの首を貫き、最後の最後に彼の死に様を真正面から目の当たりにしたアデルは、彼の最期の言葉も同時に見届けていた。
「⋯⋯っ、それって⋯⋯⋯⋯。」
それを聞いた瞬間、コウタは大きく目を見開きながら真剣な表情に変化する。
「アイツだけでは無いんだ。三年前、キャロルを襲撃したのは。」
「よく考えればそうだ。たとえどれだけの部下を従えたとしても、あの男一人ならば、キャロルがあそこまで一方的な蹂躙などされるはずもない。」
確かに奴は強敵であった。
コウタとアデル、その二人の全てを使い果たし、持てる手札の全てを使ってギリギリ上回る程度の強敵。
しかしながら、裏を返せば条件次第とはいえ少年少女二人だけでも倒すことの出来る敵が一人いただけで、国家一つを落とす事が出来るのであろうか?
城の規模やギルドらしき建物の残骸が確認できた事を考えれば、当時のキャロル王国の戦力は、ベーツの街を越える戦力を有していたことは想像に難くなく、それを落とせるだけの実力がザビロスにあったかと聞かれれば、少しばかり怪しいのは確かであった。
「つまりまだ、復讐は終わってないと?」
「⋯⋯少なくとも後一人。アイツと同等かそれ以上の魔族が関与していると思う。」
だからこそ、アデルはそんな結論を出す。
「その魔族を倒すまで、戦い続けるんですね。」
「ああ、それを指示した魔王もな。」
コウタが尋ねると、アデルはそう付け加えながらハッキリとそう答える。
「⋯⋯それで、いいんですか?」
彼女はこれからも復讐の為の戦いを続ける。
きっと今回よりもずっと強い敵を殺す為に、今日までの三年間よりもずっと辛い道を歩みながら戦い続ける。
それを容易に想像出来てしまったコウタは、悲しそうな顔で尋ねる。
「それしかないんだ。」
「復讐が私の人生だからな⋯⋯。」
迷う事なく即答しながら振り向くと、苦しそうな、開き直ったような笑顔をコウタに向ける。
「⋯⋯そうですか⋯⋯⋯⋯。」
それを聞いたコウタは拳を小さく握り締めると、すこし間を置いて、はっきりとした口調で切り出す。
「⋯⋯だったら、僕とパーティーを組んでくれませんか?」
「⋯⋯は?」
少し遅れて放たれたコウタの言葉を聞いて、アデルは素っ頓狂な声を上げて問い返す。
「貴女がまた無茶しないように、僕が手伝いますよ。魔王退治。」
「⋯⋯いいのか?」
笑顔でそう言い放つコウタに対して、アデルは遠慮がちにそう尋ねる。
「いいんですよ、元より目的すら無い人生、使い方なんてどうでもいい。」
「それに、もうあんな光景は、見たくないですから。」
「⋯⋯⋯⋯。」
そう呟くコウタの脳裏には、守りたかったものと守れなかったものの姿が浮かび上がる。
「たとえどんな事情があっても、どんな正義が存在していたとしても、アレが正しいなんて、僕には思えない。」
「だから魔王軍を潰す。元凶である魔王を倒す。」
「そのために、あなたの手を貸して欲しい。」
コウタはその拳を開き手を差し伸べ、アデルにそう問いかける。
「⋯⋯ああ、分かったよ。⋯⋯よろしく頼む。」
アデルはそう答えると、真っ直ぐに伸ばされたコウタの手を取ってぎこちない笑顔を見せる。
「よろしくお願いします。」
そんな彼女の笑顔とは対照的に、コウタは屈託のない明るい笑顔でそう返す。
「——おい、みんな待ってるぞ。」
そうしていると、ジークが痺れを切らしたのか廊下からこちらに向かって、少しばかり荒々しい口調でそう呼びかけてくる声が聞こえた。
「ああ、はーい。⋯⋯行きましょう?」
コウタは声を張り上げながら返事をすると、出口へと走りながらアデルにそう促す。
「⋯⋯ああ。」
アデルはコウタを追いかけ、部屋の外へと出る。
——その後。
「⋯⋯⋯⋯本当にいいんですか?帰っちゃって。」
コウタは迎えに来たベーツ行きの馬車に乗り込むと、見送りに来たエティスにそう尋ねる。
「ええ、私達はまだ残党狩りや、調査があるので帰れませんが重傷者などは先に帰ってしっかりと休養を取って下さい。」
エティスは馬車の外からコウタに返事を返す。
「重症って⋯⋯もうある程度は治ってますよ?」
「だとしても、体力はそうともいかないのでは?」
「⋯⋯⋯⋯。」
ピンポイントで図星を突かれたコウタは、何も言えずに黙り込んでしまう。
「長距離の徒歩移動に加えて強敵との二連戦、MPも底をついていた事を考えれば、体力的な負担はおそらく君が一番です。」
「ですから、ここからは大人に任せて下さい。」
「⋯⋯分かりました、頑張って下さい。」
エティスの気遣いを無碍には出来ず受け入れると、コウタはそう言って馬車の中へと入る。
馬車はゆっくりと進み、城を離れていく。
エティスはそれを見送ると、クルリと踵を返して自らの作業に移る。
「それにしてもまさか、本当に倒してしまうとは。⋯⋯⋯⋯彼等に賭けた甲斐はあったようですね。」
そう言って大きく伸びをすると、彼もまた明るい表情で前へと歩みを進める。
「さーて、もう一踏ん張りですね!!」
——そして馬車の中では。
「ああああぁぁぁぁ⋯⋯⋯⋯疲れた。」
ガタガタと揺れる荷台の中で、ボロ雑巾のようにフニャフニャと沈み込みながらセシルが小さくそう呟く。
「もう、無理⋯⋯。」
その対角に座るベルンも同様に全身の力を抜いて倒れ込むように馬車の椅子にへたり込む。
「まぁ、流石に今回はキツかったぜ。」
そしてそれを眺めるジークもまた、彼には珍しく、力無い返事をしてため息を吐く。
「まぁ一番頑張ったのはこいつらだろうけどな⋯⋯。」
セシルはそう言って、正面で寄り添って眠る二人の少年少女を見る。
「まっさか、こんなガキ二人で魔王軍幹部を倒しちまうとはな。恐ろしいもんだぜ。」
「本当だよ。黙って寝てりゃ可愛げもあるのに。」
セシルは両手を頭の後ろで組むと、そんな年相応の寝顔を見せる二人を眺める。
「ふふっ、本当にね。」
ベルンもそれに続き笑みを浮かべる。
「お疲れ様、二人とも。」
そうして、街の命運を賭けた戦争はキドコウタ、アデル・フォルモンドの活躍によって冒険者達の勝利で幕を閉じた。