三十五話 二人
二人が扉を開けると、その先で待ち構える男は、寂れた玉座から立ち上がって真横に突き刺さる大剣を拾い上げる。
「遅かったな、ガキ。」
「お待たせしました。」
そんなやり取りをしながら、二人はゆっくりと同じ足取りで前に出て距離を詰める。
「今回はそいつも一緒なんだな。」
「ザビロス!今日こそ貴様をこの手で討ち倒す!!」
そして部屋の中心あたりまで来ると、アデルは腰に掛けられた剣を抜いてその刃を突き立てる。
「ったく。てめえも結構、しつこいなっ!!」
そんな彼女に辟易した様子を見せるザビロスは、右腕を真っ直ぐに突き出すと、強烈な突風とともに二人に向かって破壊の衝動が襲い掛かる。
「⋯⋯っ!」
コウタはそれにいち早く反応し、アデルを横に突き飛ばすと、自らもそれと逆方向へと飛び退いて回避する。
二人が回避した直後、その手の動きに合わせて、床が土埃を上げながら捲り上がる。
「⋯⋯へぇ?」
ザビロスは避けられたことに対して驚くがすぐにその表情に笑みが戻る。
「まさか避けれるとは思わなかったぜ?」
「そんな技一度見れば仕組みくらいは予想できますよ。」
二人は回避した直後に体制を立て直すと、それを合図にザビロスに向かって走り出す。
「斬空剣!!」
「召喚!!」
アデルは風の刃を、コウタは召喚した剣を、ほぼ同時に撃ち放つが、それに対してザビロスは、手に持った大剣を一振りするだけで同時にその攻撃をかき消す。
「⋯⋯軽いな。」
それでも止まる事なく、二人はそのまま距離を詰めるために走る速度を釣り上げる。
「⋯⋯ディザスター。」
「⋯⋯アデルさん、左!」
「⋯⋯ちっ。」
ザビロスが右手を振るうと、それに合わせてコウタが合図を送る事でアデルは遅れてやってくる衝撃波をバックステップで回避する。
「⋯⋯なっ!?」
「加速!!」
自らの攻撃が二度も回避されたことで、動揺したザビロスの隙を突いて、コウタは一気に距離を詰める。
「⋯⋯もらった。」
「⋯⋯はっ、効くかよ!!」
再び手元に剣を召喚して、剣を大きく振り下ろすが、ザビロスは余裕を持ってそれに刃を返し、周囲に大きな金属音が鳴り響く。
「⋯⋯なっ!?」
「随分と脆い剣だなぁ!!」
同時にコウタの持つ剣に大きな亀裂が入ると、強引に振るわれた大剣によってそれが粉々に砕け散る。
砕かれた剣は、虹色の光を放ちながら、砂のように崩れ落ち、霧のように消えていく。
「舐めた攻撃してっと、死ぬぞ!!」
「⋯⋯斬空剣!!」
そして宙に投げ出されたコウタの首を撥ねようとザビロスは構えるが、今度は横から飛んできた風の刃に阻まれる。
(⋯⋯くそ、浅い。)
ザビロスは咄嗟に右手で攻撃を受けたが、その手には薄皮一枚が破れた程度の小さな傷しか付いていなかった。
「⋯⋯だが!」
生じた隙を突いて二人が同時に接近すると、左右から二つの刃が交差するように男の身体に牙を向く。
「⋯⋯遅えんだよ!」
だがそれでもザビロスは二人の攻撃を同時に受け止め、かつ纏めて弾き返す。
「⋯⋯くっ!?」
「⋯⋯ちっ。」
二人は同時に吹き飛ばされると、数メートル後方で宙に投げ出される。
「ほら、三発目いくぞ?」
ザビロスは飛ばされたアデルに右手をかざすと、再びアデルに圧倒的な破壊の衝撃が襲う。
「トランス・バースト」
着地の瞬間にアデルはそのスキルを発動させると、アデルの体から赤色の光が灯る。
そして同時に再びザビロスに突撃する事で、彼の放つ破壊の衝動はアデルの頭上を超えて背後の壁を打ち壊す。
(速い!?)
「おおおおぉぉ!!」
アデルはそのままの勢いで斬りかかると、ザビロスは再び大剣で彼女の剣を受ける。
(やはり、コウタの言った通りだったな。)
アデルは廊下でのコウタとの会話を思い出す。
——アデルはここに来るまでの間にコウタからザビロスのスキルにについての彼の見解を聞いていた。
「奴のオリジナルスキルは、言ってみれば、遠隔打撃。つまり、奴は発動と同時に浮かび上がる巨大な右手を高速で、なおかつ一瞬だけ相手に叩きつける事で回避不能、目視不能の攻撃を繰り出します。」
「そして、その攻撃はほぼ間違いなく右手の動きに連動しています。」
コウタは走りながら彼女にも伝わるようにそんな説明をする。
「つまり、右手の動きに合わせて動けば、回避も可能と言うわけか。」
「ええ、恐らく。」
アデルが自らの解釈を伝えると、コウタは小さく頷きながら短くそう答える。
そして、少し間を置いて、こう続く。
「それと、もう一つ、これは僕の予想ですけど—–」
アデルは数歩下がって一度距離を取り、助走をつけて再びザビロスの目の前まで急接近する。
ザビロスはそれに反応するように剣を横薙ぎに振るって彼女を弾き飛ばすが、スキルによって身体能力が上がっているアデルは、数歩ほど下がって再び斬りかかっていく。
《——強力過ぎる威力故に、あのスキルは接近すると使えなくなる。》
ザビロスのオリジナルスキルの二つ目の弱点、それは広すぎる攻撃範囲故に、あまりにも敵が自分に近いと自らを巻き込む恐れがある為にスキルを使用できないというものであった。
(⋯⋯オリジナルスキルを使って来ない。)
「どうやら本当のようだな。」
何度か剣戟を交わしながら、アデルはコウタの考えが的を得ていることを確信して小さく笑みを浮かべる。
「⋯⋯チョーシに乗るな!!」
そんな彼女の様子に苛立ちを覚えたザビロスは、剣でなく拳でアデルを吹き飛ばす。
「ぐっ⋯⋯。」
無防備な胴体に拳が突き刺さると、アデルを体は左側へと吹き飛び、近くの柱に衝突する。
咄嗟の事でアデルに意識を完全に引っ張られていたザビロスは、もう一人の敵が自らの視界から完全に消え去った事を思い出す。
(チッ!!見失った!!)
「⋯⋯っ、上か!」
一瞬遅れて自らの真上にその敵の姿を捉えるが、そこには天井スレスレの高さまで飛び上がり、巨大なハンマーを二つ構えた少年の姿が見えた。
「⋯⋯っ。」
(間に合わねぇ!)
咄嗟にオリジナルスキルで対応しようとするが、すでに落下を始めた敵に攻撃を当てることは不可能であると結論付けたザビロスは、迎撃ではなく防御の選択を取る。
「⋯⋯っ、加速っ!!」
「⋯⋯づっあぁぁぁあ!!」
縦に回転しながら、巨大なハンマーを重力とスピードに任せて振り下ろすコウタの攻撃は、受け止めたザビロスの身体ごと地面に巨大なクレーターを作り出す。
「コイツ、壁を走って⋯⋯。」
そんなザビロスは地面に押し込まれながら、なぜ彼がそこまで高く飛べたのかを推測して小さく舌打ちをする。
「お、おお!!」
それでもコウタの攻撃は届く事はなく、力任せに振り回された大剣に弾かれて大きく宙を舞う。
「斬空剣」
それに合わせてアデルは体制の崩れたザビロスの胴体に、先ほどよりも威力の増した風の刃を撃ち放つ。
「チッ、くそが!」
負け惜しみにも聞こえる言葉と共に、左手をアデルのいる方向へと振り下ろすと、彼の目の前に数体のスケルトンが現れる。
スケルトンへと斬撃が直撃すると、軽い音の後に骨のかけらが周囲に飛び散る。
「マジですか⋯⋯!」
風の刃は黒い骸骨に阻まれた様子を見て、コウタは思わずそんな言葉を呟く。
そしてコウタ自身も、残った骸骨に攻撃され、それをバックステップで回避し、そのまま距離を取る。
「⋯⋯悪いな、俺にはこっちの力もある。」
「⋯⋯ネクロマンサー。」
それはトトマの村を襲撃し、ここに来るまでにも幾度と無く妨害を仕掛けて来た骸骨の兵士達であった。
「⋯⋯ディザスターを避けれても、コイツは回避出来ねぇだろ!!」
ザビロスが左手を真横に振ると、それにに応じて、黒い骸骨達は黒い火の玉へと姿を変え、コウタへと襲いかかる。
「はぁ!?」
コウタは一瞬声を上げ驚くと、目の前に大量の剣を召喚して、縦のように組み上げる事で火の玉を相殺する。
しかしながらその程度で防ぎ切れるはずもなく、コウタの剣も少しずつ破壊され数を減らしていく。
「⋯⋯なんて威力、これじゃオリジナルスキルと遜色ない。」
攻撃が止み、一度距離を取って様子を見ていると、ザビロスは再び左手を前に出して再び大量のスケルトンを召喚する。
「これが⋯⋯。俺のもう一つの力だ。」
そしてその全てを攻撃の為の弾丸へと変化させると、先ほどとは比にならない数の火の玉が二人を襲う。
「死ねぇぇ!!」
「⋯⋯強化、加速!」
二人は狙いを定めさせぬよう、真横に走りながら、銃弾を避けるが如く火の玉を回避していく。
「もう一度⋯⋯。」
そして、アデルは隙を見てザビロスへと突きの構えを取り真っ直ぐに走り出す。
(確か、アデルさんのあの技は⋯⋯。)
「⋯⋯っ、ダメだアデルさん!!」
だがコウタは彼女のその様子を見て、とある事を思い出して咄嗟に手を伸ばして止めに入ろうとする。
(スキルの時間制限が!!)
それはスキルの発動時間。
先程一回だけ使用した彼女の様子と、現在使用中のスキル、その正確な秒数を意識せずとも測れるコウタは、残り数秒で彼女のスキルは解除されると予測していた。
「しまっ⋯⋯。」
そして案の定、コウタの予想通り、先ほどまで赤い光を発していたアデルの身体は、寿命を迎えたフィラメントのようにその輝きを失う。
「へへっ⋯⋯。」
スピードが極端に落ちたアデルの突きは当然躱され、ガラ空きになった腹部に強烈な蹴りが入る。
「ガハッ⋯⋯。」
無防備な状態で攻撃を受けたアデルの身体は再び力無く吹き飛ばされる。
「アデルさん!!」
「死ね。」
愉悦の笑みを浮かべたザビロスは大量の火の玉をアデルに向かって投げ込む。
「ぐぅぅぅ⋯⋯。」
アデルはスキルの反動で襲い掛かる激痛に悶えて、体中を抑え、その攻撃に反応すらできなくなる。
「チッ、加速!!」
コウタがそこへ割り込むと、〝加速〟を用いて無理やりアデルを抱え上げながら助ける。
火の玉の群れは地面に衝突して連続で爆発を起こすが、舞い上がる爆炎の中から、ギリギリのところで二人は抜け出してくる。
「⋯⋯あっ、ぶな。」
「すまない⋯⋯。」
アデルはコウタの腕の中で苦しそうに礼を言う。
「アデルさん、もう一度それを使えるまで、どのくらいかかりますか?」
「わからんがもうしばらく掛かる。」
目の前のザビロスに聞こえぬようコウタが小声でそう尋ねると、アデルは体の痛みを我慢しながらそう答える。
「⋯⋯分かりました。ではその間一人でやってみます。」
するとコウタは、ゆっくりと彼女から手を離しながら、無謀とも言える提案をする。
「⋯⋯っ!?しかしっ!!」
「その体じゃどの道、動けないでしょう。」
「⋯⋯⋯⋯っ、ああ⋯⋯。」
真正面からぶつけられる正論に何も言い返せなくなったアデルは歯噛みしながらそう答える。
「次にそのスキルを使った時に、一気に畳み掛けましょう。」
「ああ、わかった。」
最後にそう言って背を向けると、アデルは静かに頷いて出来る限りその場から離れようと下がっていく。
そうこう言っていると、ザビロスは再び余裕の笑みを浮かべる。
「おーおー、やっと一人脱落かぁ?」
「いえ、ちょっと休憩したいみたいなので、貴方には僕の相手をしてもらいます。」
そんなザビロスの問いかけに答えながら、コウタは自らの身体に〝強化〟と〝付与・力〟のスキルを発動する。
直後、全身に二色の光が連続して灯る。
「そして⋯⋯⋯⋯召喚!」
右手を振り下ろすように下げた直後、その手の動きに合わせてコウタの背後に大量の杖が現れ、正面には一本の白い剣が現れる。
「⋯⋯なっ、に⋯⋯!?」
「⋯⋯うっ、ぷ。」
その光景にアデルが眼を見開きながら驚いていると、MP酔いの影響で倒れそうになりながらも、その白い剣を掴み取る。
「⋯⋯随分と派手な力だが、それがどうした?」
握り締めた白い剣が、掴んだコウタの手を中心に黒く染まっていくが、ザビロスはそれすらも気にする事なく笑ってみせる。
「そんなんでお前らの負ける運命は、変わりっこねえって事を教えてやるよ。」
左手には大剣、右手にはオリジナルスキル、そして周囲を飛び回る黒い炎の弾丸を携えながら、ザビロスはそう言い放つが、コウタもまた彼のそんな言動を静かに聞き流していた。
「⋯⋯運命、か。」
例えこの戦いが無謀なものだとしても、敗北が決定付けられたものだとしても、運命によって決め付けられたものだとしても、それで止まるつもりは無かった。
「⋯⋯だったら、その運命、この手でぶっ壊す。」
そう呟きながら、漆黒に染まる剣を握り直し、コウタは最後の戦いへと挑む。