三十四話 突入
長く暗い廊下を駆け抜けた先で、コウタは三人の仲間を見つけると、軽い足取りで歩み寄っていく。
「アデルさん、ロズリさん、ギルマス。お待たせしました。」
「ああ、大丈夫だ。我々も今集合したところだ。それより、その傷は大丈夫なのか?」
明るい表情でコウタがそう言うと、アデルは真っ先に血の滲んだ腹部を見て心配そうに尋ねる。
「大丈夫ですよ。止血はしたんで。」
痛みは無い訳ではなかったが、心配させまいと、コウタは笑顔で答えながら使用済みの止血剤の袋を見せる。
「回復しますね。」
ロズリがコウタの腹部に緑色の光を当てると、そこにあった傷は目に見えて小さくなっていく。
「ありがとうございます。」
「いえいえ、これが私の仕事ですから。」
服をたくし上げながら傷が塞がったのを確認すると、コウタは小さなため息を吐いて礼を言う。
「⋯⋯勝ったのか?」
「ええ、勝ちました。」
アデルが心配しながら尋ねると、満身創痍ながらも、確かな手応えと成長を実感しながら勝利を手にしたコウタは、優しく微笑みそう答える。
「はぁ⋯⋯そうか、なら良かった。」
「レベルも上がったし、これで予定通りです。」
「そうですか⋯⋯ではそろそろ、突入しましょうか。」
エティスがそう言うと、他の三人の顔も真剣なものに変わる。
「ええ、そうしましょう。」
「私はいつでも行けます。」
「ようやく、この国の仇を討てる。」
三人は三者三様の反応を示しながら、その中でアデルは、一際強い覇気を放ちながら覚悟を決め直す。
「では⋯⋯、ん?なんですかねぇ、この音?」
「なんでしょう?」
いざ突入しようと歩みを進め始めたその瞬間、突如地鳴りのような音が四人の耳に響き渡る。
「⋯⋯っ!?あれ!!」
真っ先にその音の状態に気がついたコウタが指さした先には、魔族の軍勢がこちらに向かって大きな足音を立てながら突撃して来たのが見えた。
「追っ手、ですか。おそらく真ん中の道から来たのでしょう。」
それを見たエティスはそう言って前へと出る。
「あなた方は行ってください。ここは私がなんとかします。」
「しかし、あの数だぞ!?みんなで戦った方が⋯⋯。」
剣を抜き、臨戦態勢に入ったエティスに対して、アデルがそんな提案をするが、彼女の意見は振り返った視線によって否定される。
「他の皆さんはもっとキツい状況でしょう。戦いが長引けば少しずつこちらが不利になっていきます。」
「ですから、終わらせて来てください。あなた達の手で。」
「⋯⋯⋯⋯わかりました。行きましょうアデルさん。」
コウタはエティスの言葉からその真剣さを感じ取ると、それ以上余計なことを言わずに彼の言葉を受け入れる。
「しかし⋯⋯。」
「大丈夫ですよアデル君。こう見えても私、結構強いですから。」
それでも心配するアデルに対して、エティスはニッコリと笑ってそう返す。
「それとコウタ君、君には迷惑しかかけていない上に、なんの力にもなってあげられず、本当に申し訳ない。僕には謝ることしかできない。」
「⋯⋯迷惑なんて思ってませんよ。」
コウタはエティスに背を向けながら、決して振り返ることなくそう答える。
「戦闘訓練の件なら報酬は貰ってますし、スキルだって、早かれ遅かれ、バレるでしょう。」
「そして今だって、僕は自分の意思でここにいるつもりです。」
沢山の事があった。
沢山の人と出会い、沢山の出会いがあり、時には流される事もあり、時には周りを振り回した。
けれど、それでも今、ここに立っているのは自分の意思であると胸を張って言えるから、彼は決してこの選択を後悔する事も、誰かを恨む事もない。
「そう言って頂けると、助かります。」
そんな彼の覚悟を聞き届けると、エティスの表情は少しだけ柔らかくなる。
「じゃあ、行ってきますね。」
「はい、終わらせて来てください。君たちの手で。」
「行きますよアデルさん。」
「⋯⋯⋯⋯っ、死ぬなよギルマス!!」
最後まで躊躇いながら進んでいく彼女の言葉の端々に彼女の人の良さを感じながら、エティスは最後までその言葉に返事をする事なく二人を見届ける。
そして二人が行ったのを確認すると、彼の表情は一層真剣味を増していく。
「⋯⋯さて、たまにはかっこいいところも見せなくては行けませんねぇ。」
「——そうですね。」
たった一人、覚悟を決めるエティスな後ろからロズリがそう答えながらその隣に立つ。
「貴女も行ってください。ロズリさん。」
「お断りします。」
エティスは彼らの手助けをする様に指示を出すがロズリは全く意に介せず即答で拒否する。
「貴方はどうせ、いつものように無茶するんでしょ?」
「だからその命令は聞けません。私が貴方を守ります。」
そう答える彼女の意思もまた頑なであった。
「貴方は自分の成すべきことを成して下さい。私の成すべきことは貴方を支えることですから。」
エティスはそう言われると説得を諦め小さくため息をついて傾いた眼鏡を直す。
「はぁ、では援護よろしくお願いします。」
「ええ、言われなくとも。」
ロズリは嬉しそうにそう答えると、二人は改めて武器を構え直しながら、迫りくる大軍に向かっていく。
道中、襲い来る敵をノンストップで薙ぎ倒しながら一本道の廊下を駆け抜ける二人は、数分としないうちに目的の部屋にまでたどり着く。
「ここですか⋯⋯。」
「ああ、ここが玉座の間だ。」
巨大な扉を見上げながらゆっくりと呟くコウタに対して、アデルは小さくそう答える。
「⋯⋯ついに来ましたね。」
「⋯⋯ああ。」
不安、恐怖、怒り、達成感⋯⋯様々な感情が渦巻く心を抑え込みながら、二人はただ黙り込んで扉を眺める。
「⋯⋯コウタ、覚悟は出来ているか?」
しばらく待つと、アデルは視線を扉に向けたまま、コウタにそう尋ねる。
「ええ、とっくに。」
コウタも同様に、扉を眺めたまま余裕のある表情、口調で答える。
「そうか⋯⋯。」
小さな返事をした後、アデルは一瞬だけ言葉を詰まらせる。
「⋯⋯背中は、預けていいか?」
「ええ、もちろん。」
互いの眼をジッと見つめ合うと、今度は優しい声でそう言う。
「終わりにしましょう。僕たちの手で。」
コウタはアデルから視線を外してそう言うと、ニッコリと小さく笑う。
「ああ、そうだな。」
その言葉を合図に、二人は両開きの扉の左右のドアノブに片手ずつ手を掛ける。
そして、ゆっくりと重たい扉が開かれる。
「⋯⋯⋯⋯来たか。」
玉座に鎮座する借り物の王は、その音に反応してゆっくりと立ち上がると、小さな二人の侵入者を睨み付ける。