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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第一章
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三十一話 挑発


 左側の通路を通るエティス達が襲撃を受けている頃、右側の通路を通ったコウタ達は何事もなく広い廊下を走り抜けていた。


「無駄に広いですね⋯⋯。」


「一つ一つの部屋に意味があるからな、一概に無駄とも言えん。」


 コウタが呆れたように周囲を見渡しながらそう言うと、アデルは無表情のままそれに反論する。


「そんなものですかね?」


「そんなものだ。」


 しばらく走っていると二人は先ほどとは違う大きな部屋に出る。


「ここは?」


 そこには、汚れて灰色になったテーブルクロスが被さっている壊れたテーブルが大量に散乱していた。


「パーティールーム、とでも言えばいいのか?昔はよくここで茶会などが開かれていたな。」


 アデルは懐かしむような、悲しむような目でその大きな部屋を見渡す。


「——遅かったな。」


 そうやって眺めていると、吹き抜けの二階部分から聞き覚えのある声が響く。


「⋯⋯なっ!?」


 上を向くとそこには大広間に居たはずの鳥のような頭をした魔族の男がその触手をこちらに向けて広げていた。


「アデルさん避けて!!」


 コウタは鞘に納められた状態の剣を召喚し、その剣でアデルを突き飛ばす。


 直後、剣を包み込むように氷の粒が積み重なり、それはすぐに氷の塔へと姿を変えた。


 その様子を見て二人は思わず唾を飲む。



「随分と早いですね。」



「ああ、回り道させてもらったからな。」


 苦々しい表情でそんな問いを投げかけると、感情の篭っていない無機質な声で答えが返ってくる。


「何故、貴方一人なんですか?」


「一人で充分だと思ったからだ。」


「なるほど⋯⋯。」


 コウタはそれを聞いて少し考えた後、アデルにこう切り出す。


「⋯⋯⋯⋯アデルさん、先に行って下さい。」


 コウタは目の前の敵から意識と視線をそらす事なくアデルにそう言う。


「何を言っている!ここは二人で——」


「——二人でも多分厳しいです。」


「⋯⋯っ。」


 アデルの反論を食い気味で否定する。


「ですから、誰でもいいから味方を呼んで来て下さい。その道を抜けて最初の分かれ道を左に行けばギルマス達と合流出来るはずです。」


 コウタはあらかじめ見せられた地図を思い出し、アデルに合流までの最短のルートを教える。


「僕は時間を稼ぎます。」


「時間稼ぎなら耐久力の高い私がすべきだ。」


「ダメです。貴女では相性が悪過ぎる。⋯⋯それに、あの技だって、迂闊に何度も使うべきじゃない。」


 コウタは真剣な表情でそう言い聞かせる。


「しかし⋯⋯。」


「早く言って下さいっ!!」


「⋯⋯っ!すぐに戻ってくる!」


 怒鳴るようにそう叫ぶと、アデルは最後の最後まで躊躇いながら、通路の奥へと走り出す。


「ふぅ⋯⋯。」


 コウタはアデルが通路の向こうへ行ったのを確認すると、静かにため息を吐き、ニヤリと笑いながら周囲に大量のハンマーを召喚する。



「⋯⋯⋯⋯?」



 魔族の男は何をしているのかわからず、思わず顔をしかめる。


 そんな事も気にせず、コウタは男から視線を外す事なく、そのハンマーをたった今アデルが通り抜けた通路の天井へと叩きつける。


「何を⋯⋯!?」


 叩きつけられた天井は風化していたせいか、呆気なく崩れ落ち、その通路を塞ぐ。


「コウタ!?おいコウタ!!」


 アデルはその音に振り返ると、瓦礫の奥からコウタの名を呼びかける。


「アデルさん、貴女はギルマス達と合流して先に行って下さい。」


「何を言っている!?」


「こいつは僕一人で倒します。」


 コウタは落ち着いた様子で答える。


「だが貴様がさっき、二人でも勝てないと言ったのだろう!?大丈夫なのか!?」



「ああ、⋯⋯あれは嘘です。」



 狼狽えながら声を荒げるアデルの問いに対して、当然のようにそう返す。


「はぁ!?」



「⋯⋯まぁとりあえず任せて下さい。五分で追いつきます。」


 ため息混じりに吐き出される、コウタの舐め切ったその発言に男はピクリと反応する。


「⋯⋯っ、死ぬなよ!!」



「ええ⋯⋯。」


 アデルが行ったのを確認すると、聞こえるはずもない小さな返事をしながら静かに目を伏せる。


「⋯⋯ごめんなさい、アデルさん。」


 そして短く、彼女に謝罪の言葉を述べる。


(本当は五分で追い付けるとも思ってませんし、勝てるかも分かんないです。)


 そう簡単に事が運ぶほど、目の前の敵が弱くない事も、自分が強くない事も、彼は知っていた。


「けど⋯⋯それでも。」


 それでも、彼女はここで立ち止まっているべきではない。


 彼女の道を開くのは自分であるのだから、強力な敵がいるのであれば、それは自分が相手をするべきだ。


(だからこいつは意地でも僕に、釘付けにする。)


「⋯⋯随分と舐められたものだな⋯⋯。」


 そんな思考を胸に、ゆっくりと振り返ると、魔族の男は怒気を混じらせながらそう尋ねる。



「別に舐めてませんよ。ああでも言わないと、行ってくれなかったでしょう?それに言ってることは貴方と同じなはずですよ?」


「ではなぜ通路を塞いだ?」


「一対一でやりたかったからですよ。」


 コウタは即答する。


「村を襲撃した時、あなた方のボスと貴方しか村には来ていなかった。」


「二人で来た理由は恐らく、それで充分だと踏んだから。では、なぜ他の魔族ではなく貴方がついて来たのか。」


 コウタは自らの弱気を悟らせぬよう、笑顔を貼り付けながらスラスラと言葉を紡いでいく。


「⋯⋯私が一番強いからだ。」


「でしょうね。そして、恐らく貴方が一番あいつから信頼されている。だから僕は貴方と戦いたかった。」


「それでは一人で戦う理由にならないだろ。それに一番強いと分かっているなら、戦う事を避けるはずだ。⋯⋯いや、避けるべきだ。」


「だって、二人で戦うより、一人で戦った方が経験値が沢山手に入るでしょう?」


 彼の言い分は、コウタもよく分かっていた。けれど分かった上で見下すような視線を向けながらそう答える。


「なんだと?」


「貴方のボスは僕たちが倒す。けれど⋯⋯そのためには少しレベルが低いので、手っ取り早くレベルを上げておこうかと思いまして。」


 彼女の道を開く。


 その覚悟は嘘ではない。


 けれど、同時にレベルが足りていないのもまた事実であり、力不足を感じていたのも事実であった。


 だからこそ、これは目的を果たすためには避けては通れない道であった。



「⋯⋯だから、一番強い私を倒して経験値を得る、と貴様はそう言いたいのか。」


 魔族の男は怒りを全く抑える気もなく、殺意をむき出しにする。


「はい。そうです。ですから——」



 彼女の道は自分が開く。


 彼女があの男の元にたどり着くまで、傷一つ付けさせない。


 だからこそ、この強敵をここから逃す事は出来ない。


「——手っ取り早くやられてさっさと僕の経験値になって下さいね。」


 だからこそ、自分の出来る最大限の挑発を仕掛ける。


「⋯⋯殺す。」


 案の定それに乗った魔族の男は二階から飛び降り、テーブルの上に着地する。


(成功、後は、僕がこいつを⋯⋯。)


「⋯⋯改めて、冒険者、キドコウタです。」


 思考を切り替え、静かに笑みを浮かべると、殺気を纏った剣を構えてそう言う。


「魔王軍幹部直属部隊、部隊長グリシャだ。」


 それに応じるように、魔族の男も背中から生える触手を大きく広げて、臨戦態勢に入る。







「「——今からお前を殺す。」」




 低く、重々しい声が重なると同時に、二人の戦士は躊躇いなく飛び出す。


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