三十話 乱戦
「——突入!!」
「⋯⋯おおおおぉぉぉぉ!!」
(⋯⋯思ったより居るな。)
城門を破壊し街の中へと突入すると、その先には大方の予想通り、大量の骸骨の兵と魔族達が待ち構えていた。
そんな冒険者達の中で、コウタは至って冷静に、作戦会議の時の会話を思い出しながら、前へと進む。
(〝まず第一陣は城下街に突入後すぐに、各方角へとバラける。〟)
「第一部隊、散開!」
コウタ達よりも先に街に入った冒険者達はエティスの合図を機に各々が金属音などを立て、敵を引きつけながら路地の奥に走る。
それに釣られ、半分以上の骸骨兵達が廃墟と化した街中へと広がっていく。
(〝そして第二陣、門から城までの直線の道を先行し、道中の敵の処理をする。〟)
「第二部隊、突撃!」
「「「おおぉぉ!!」」」
散開する第一陣の奥から更に戦士達が飛び出すと、未だ待ち構える魔族達に向かって進軍していく。
「ロズリくん、周囲の警戒を任せます。」
「⋯⋯了解。」
真正面に道が開けると、先頭を走るエティスは白く輝く杖を胸の前に構えて天に掲げる。
「ジェネラル・レイズ!」
その瞬間、コウタやアデルを含めた街中の冒険者達の身体が同じ色の光に包まれていく。
「⋯⋯これは?」
「⋯⋯ステータスが、上がってる。」
アデルが小さく呟くと同時にコウタは自らのステータスを確認すると、身体能力の全ての数値がごく僅かに上昇しているのが確認できた。
「一度にこの数を⋯⋯!?」
数十では効かない数の味方の力を一瞬で引き上げたエティスのそのスキルに、コウタは思わず驚きの声を上げる。
〝ジェネラル・レイズ〟ギルドマスター専用スキル。指定した味方のステータスを長時間ごく僅かに上昇させる。レベル5以上で対象の上限を無くす。
遅れてコウタがエティスを調べてみたところ、このスキルの彼のスキルレベルはレベル6と表記してあった。
「とんでもないスキルですね。」
「上昇率で言ったら、付与術師には勝てませんがねぇ。」
コウタは隣を並走しながらそう呟くと、エティスは余裕のある態度でそう返す。
「それでも、士気は上がったみたいですよ?」
コウタのいう通り、街の至る所から遠巻きに冒険者達の雄叫びが響き渡る。
「そのくらいしか出来ませんから。⋯⋯っとさてそろそろ見えて来ましたね。」
「ええ、⋯⋯っ!?」
コウタ達が国の中心にある城へと近づくと、その侵攻を阻むように物陰から魔族の男が飛び出す。
「死ね!!冒険者!!」
コウタは咄嗟に手元に剣を召喚し、男の攻撃を受けようとするが、その瞬間、彼の背後からセシルが割り込むように飛び出してその攻撃をを弾く。
「っらぁ!!」
「なに!?」
自らの攻撃を防がれたことによって魔族の男は一瞬だけ動揺を見せると、その隙にセシルは食らいつくように追撃を加える。
「行け!コウタ!」
「任せます。セシルさん!」
「おうよ!!」
鍔迫り合いになりながら道を開くセシルにそんな言葉を投げ掛けると、コウタは振り返る事なく城の門まで走り抜ける。
「クソ!待て!」
「っ行かせねえよ!!」
それでも魔族の男がコウタを追おうとするが、セシルはその進行を阻むように食らいつく。
「退け!!」
「ぜってぇどかねー。」
苛立ちを露わにして叫ぶ魔族に対して、セシルは対象的にニヤリと笑ってそう言い放つ。
そしてその背後ではコウタ達、第三陣は他の冒険者達のおかげで無事、城の門へと到達する。
(僕たち第三陣は——城へと突入する!)
「砲火!!」
エティスの合図で魔法職の冒険者達は城の大きなドアに向かって魔法を放つ。
ドアに大きな穴が開くと第三陣の冒険者達はそこから飛び込むように城内部へと侵入する。
(この時点で城に侵入したのは百人くらいか。)
コウタアデルを含む第三陣は勢いのままに城の中を進み、大広間へとたどり着く。
「来たか⋯⋯⋯⋯。」
そこにはコウタとザビロスの戦闘中に現れた、鳥頭の男を中心に複数の魔王軍の兵が立ち塞がる。
(やっぱり、ここで迎え撃って来たか。)
冒険者達は作戦会議の時のアデルの証言から、敵が待ち構えているであろうポイントを絞っていた。
「えっと、グリシャさん⋯⋯でしたっけ?」
そしてそんな彼女の予想の通りに待ち構える魔族に対して、コウタは苦笑いを浮かべながら、少しだけ挑発気味にそう尋ねる。
「また会ったな、オリジナルスキルの少年。⋯⋯貴様らにはここで死んで貰おう。」
そう言うとグリシャは背中から生える複数の触手を大きく広げてその先端をこちらに向けて来る。
「クリスタルダスト」
短く、小さなそんな呟きと共に、触手の一本一本の先から白い光と共に氷属性の魔法が吹雪のように飛び出す。
「⋯⋯!?」
「ぐあっ、何が⋯⋯!?」
直撃した冒険者は着弾した地点から体を氷が這うように少しずつ凍り始める。
「っ避けて下さいっ!!」
咄嗟にエティスが指示を出すと、冒険者達は一斉に動き出す。
「コウタ!捕まれ!」
「わっ、ちょっと!?」
アデルはそう言ってコウタの腕を引くと、彼の小さな身体を抱え上げる。
「行くぞ、トランス・バースト!」
そんな言葉と共に、彼女の肉体に小さな赤い雷が落ちると、その身体から紅のオーラがバーナーの炎のように噴き上がる。
「⋯⋯なっ!?」
コウタが驚きの声を上げるのをよそに、アデルは地面が捲り上がるほどの力で地面に踏み込むと、一瞬遅れて、その影がブレるほどの速度で飛び上がる。
「⋯⋯っ!?」
(⋯⋯はっ、や。)
〝トランス・バースト〟特殊スキル。全体MPの半分を消費し、一定時間全てのステータスを倍にする。
目まぐるしく移り変わる景色の中で、コウタは〝観測〟のスキルを用いて、アデルのステータスを確認すると、確かに全ての数値が見たこともない程に上昇していた。
(⋯⋯特殊?)
「とんでもないスキル使いますね。」
そんな中でスキル説明の一文に疑問を持つが、それよりも先に初めて見た彼女のスキルについて言及する。
「ああ、本当は奴を倒すために覚えたのだかな。⋯⋯っと、では予定通り、通り抜けるぞ。」
(〝大広間に敵が密集していた場合、そこから伸びる三つの通路から可能な者は各自進み、追って来た敵は各個撃破する。〟)
「ええ!」
敵の集団を上から通り抜けるとその中で一番近い通路に向かって駆け抜ける。
「逃すか!」
「⋯⋯召喚!」
一際目立ちながら進んでいく二人に向かってグリシャも当然狙い撃ちで氷の魔法を打ち放つが、飛翔する魔法はコウタがオリジナルスキルを用いて剣の壁を作る事で阻んでいく。
「⋯⋯ちっ。」
魔族の男はギョロリとその鋭い目で壁を駆け抜けていく二人を睨み付ける。
(それにしても⋯⋯。)
「普通、逆なんじゃないかなぁ、いろいろと⋯⋯。」
コウタは女の子に抱え上げられている今の状況に軽い不満をこぼす。
「なんか言ったか!?聞こえん!?」
「いえ、こっちの話です。」
壁を走るアデルは、移動をするのに精一杯であり、コウタの呟きは届くことはなかった。
(⋯⋯⋯⋯。十人ちょっとか⋯⋯。)
コウタはため息を吐きつつ思考を切り替えると、大広間を出る直前に他の通路を見てエティスやロズリもこの部屋を抜け出せた事を確認する。
(大広間を抜けれない者は足止めに徹する。だったっけ。)
あらかじめそう決めていたおかげで、追っ手は全く来ていなかった。
しばらく走っていると、アデルの身体を覆っていた赤い光が薄くなり、やがてその光は完全に消失する。
「痛っ⋯⋯はぁ、はぁ、くそっ!」
その場に膝をつき、自らの身体を抱き抱えるように抑えて地面に伏せる。
「どうしたんですか!?」
コウタはアデルから下ろされ、その横で心配そうに問いかける。
「ああ、スキルの副作用でな、使用後は全身に痛みが⋯⋯っづあぁ。」
そう言ってアデルは顔を上げようとするが、全身に迸る激痛に声を上げて再び蹲る。
三十秒ほどそうしていると、アデルの顔色は少しずつ良くなっていき、やがてその場からふらふらと立ち上がる。
「はぁ、はぁ、⋯⋯すまない。もう大丈夫だ。」
肩で息をするアデルは、額に大粒の汗を掻きながら、虚な目でそう伝える。
「大丈夫には見えませんけど?」
「HP自体は減っていない。痛みもじき引く。問題ない。行くぞ。」
明らかに無理をしているアデルに、コウタは呆れながら尋ねるが、それでもなお彼女はふらふらと走り出してしまう。
「はぁ、まさかここまで無茶するとは⋯⋯。」
一方その頃。
コウタ、アデルの二人とは別の道を通った冒険者達は集団になりながら、彼らとは別の廊下を進んでいた。
「ロズリさん、私達以外で通り抜けた冒険者達は見えましたか?」
先頭を走るエティスは、自らの少し後ろを走るロズリに対してそう尋ねる。
「正確には分かりませんが左側の道は私たち十二人、真ん中はゼロ、右側の道がアデルさんとコウタさんの二人、だと思います。」
「ジークも来てないわ、私を通路までぶん投げたきり、恐らくまだ大広間でしょう。」
ロズリが少しばかり自信なさげに答えると、その後ろからベルンが横槍を入れる。
「そうですか、大広間はともかく、二人だけなのは少し不安ですねぇ⋯⋯。」
「今は前に進むしか有りません。どちらにせよ玉座の間で合流できます。」
「そうですね。⋯⋯⋯⋯っ!!」
エティスはそんな返事をすると、ふと何かに反応してその場に立ち止まり、列の後方に向かって大きな風の魔法の盾を展開する。
「なっ!?」
直後、展開した魔法の盾に大量の魔法の弾丸が衝突して轟音を上げる。
他の冒険者達はただただ驚きのあまり動きが止まる。
「少し早いですねぇ、追っ手が来るのが⋯⋯。」
エティスは苦虫を噛み潰したような顔でそう言う。
そんな言葉を聞いて背後に振り返ると、魔族の女が一人と、大量の骸骨が道を埋め尽くして進んで来ていた。
「嘘でしょ!?」
ベルンは動揺を露わにしながらも、武器を構えて戦闘の体制に入る。
(それにしても数が多い⋯⋯っ!)
「⋯⋯⋯⋯みなさん、ここを任せていいですか?」
「はぁ!?なんで!?」
一瞬だけ黙り込んだ後にエティスが落ち着いた様子で尋ねると、ベルンがキレ気味でそう切り返す。
「こっちに追っ手が来ていると言うことは、当然あの二人にも来ているはずです。」
「もし、こちらと同じ数の追っ手があちらにも迫っているとしたら、二人だけでは危険です。」
十人以上の冒険者達が固まっているこちらと、オリジナルスキルがあるとはいえ、まだ18にも満たない子供が二人、普通に考えて、心配するなと言う方が無理であった。
「⋯⋯⋯⋯確かに。」
(大ボスを残してる以上、あの子達にはなるべく消耗して欲しくない。)
それが理解できたからこそ、彼女はそれ以上エティスの事を止めることが出来なかった。
「僕は彼らと合流して、迎え撃ちます。」
「はぁ⋯⋯分かったわ。任せなさい。」
呆れたようにため息をつくと、数歩前に出て杖を構えながら、エティスにそう返す。
「お願いします。」
返事を聞くと、エティスは迷う事なくそう言って背を向けて走り出す。
「ロズリちゃん、貴女も行きなさい!」
「⋯⋯っ、任せました!!」
彼女の言葉を聞いてロズリは一瞬逡巡する様子を見せるが、すぐさま迷いを振り切って、エティスの背を追って通路を駆け抜けていく。
「任されたわ。」
他の冒険者達も武器を構える。
すると、魔族の女を中心にした集団はベルンらの前で立ち止まる。
「チッ、二人逃したか⋯⋯。」
魔族の女は舌打ちをする。
「まぁいい、貴様等からゆっくり処理するとしよう。」
女は強気にそう発言すると腰に掛けられた剣をゆっくりと抜いて構える。
(相手は魔族一人と骸骨が二十ちょっと、こっちはギルマスが抜けて十人⋯⋯。)
ベルンの額から首筋へと冷たい汗が流れる。
「さて、何分もつかしら⋯⋯。」
小さく口角を吊り上げて武器を構えると、誰にも聞こえない声で彼女は一人そう呟く。