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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第一章
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二十九話 開戦



 旧キャロル王国領における領地の奪還及び魔王軍討伐作戦の作戦会議はその夜、日を跨いでも続き、気づくと夜明けまで続いていた。


 そうして決まった作戦はその翌日の昼には他の冒険者に通達され、さらに一日たった次の日には街の外に、沢山の冒険者が集まった。



 そうして集結した総勢三百にも及ぶ冒険者達は、ベーツの街を出ると、隊列を成しながら魔族達が支配する旧キャロル領へと進んでいく。



「——よくよく考えたら僕、王国がどの辺にあるか分かんないんですけど、どのくらいで着くんですか?」


 ぞろぞろと列を作り歩く冒険者達の中で、コウタは隣を歩くアデルにそう尋ねる。


「徒歩で約半日だ。夜中に移動し続けて、夜明けには攻め入る予定だからな。」


「やっぱり、馬でよかったよなぁ⋯⋯。」


 アデルが丁寧に説明すると、後ろを歩くセシルが弱気な態度でそう呟く。


「仕方あるまい、人数分用意出来なかったのだから。」


 するとアデル素っ気ない態度でそう返す。


「そもそも何人居るんだ?今回の作戦。」


「確か三百と言ってましたよ?街にいる冒険者全体の半分くらいと、ギルマスがいってましたね。」


「どうりで、多い訳だ。」


 セシルは腰を曲げ、ぷらぷらと前傾姿勢になって歩き出す。


「まぁ、魔王軍相手ですからね。どうしても人数多くなるのは仕方ないんじゃ無いですか?」


「これでも勝てるか分かんないんだもんな。魔王軍ってどんだけ強いんだよ?」


 セシルはやれやれとすでに弱音を吐き始める。


「それに、冒険者達の体力も心配ですよね。十二時間歩いた後、睡眠も取らずにすぐ突撃、もし失敗したら逃げる体力も残ってないから、ほぼ全滅でしょうね。」


 コウタはセシルを脅すように敢えて事実を包み隠さずにそう言い切る。


「怖いこと言うなよ!」


「いつ敵が攻めてくるかも分からぬ場所で野営など張れぬだろう。それに失敗すれば早かれ遅かれ全滅する。」


 するとアデルは呆れたように溜息を吐きながら声のトーンを変えずにそう言い放つ。


「そうなんですよねー。早めに死ぬか街もろともかの違いくらいですし⋯⋯。」


「結局成功しか道はないんだろ。はぁ〜⋯⋯嫌になってくるぜ⋯⋯。」


 

「「はぁ〜。」」


 彼女の言葉に続くように、コウタとセシルの二人は同時にため息をつく。


「さっきからうるさいぞ!!気を抜き過ぎだ!そんなに嫌なら街で待機してたらよかっただろう!!」


 すると、情けない二人に苛立ちが頂点に達したアデルは、至極機嫌の悪そうな表情で喝を入れる。


「だ、だってよう、街で待ってるだけじゃ落ち着かねえだろ?」


 年下の少女に怒鳴られ萎縮したセシルは、更に情けない声でそう答える。


「それに今から力んでたら疲れちゃいますよ?アデルさんこそもう少し力抜いたらどうですか。」


 それに対してコウタは、彼女の圧に屈することなく、逆に優しい表情でそう答える。


「抜ける訳が無いだろう、⋯⋯今回こそは負ける訳にはいかないのだ⋯⋯。」


 けれど当の彼女は、コウタの言葉など聞くはずもなく、ピリピリと触れる事すら憚られるような殺気を纏い前へ進んでいく。


「こっえぇ〜。やっぱあいつ怖いなコウタ。」


 セシルはそんな彼女の様子を見て怯えたような態度でコウタの背中に回って小さく呟く。


「まあ、気持ちは分からないこと無いですよ。⋯⋯僕だって、あいつを許す気は無いですし。」



 コウタは穏やかな声で答えるが、その表情はアデルとさして変わらぬ殺気に満ちたものであった。


「⋯⋯っ!?」



(どっちもこええわ⋯⋯。)


 セシルはゆっくりとそこから離れると、彼の表情が元に戻るまで、数歩下がって歩くことにした。








 そうして歩き続けているうちに夜になると、冒険者達は王国に続く森の道に入る。


 森の中は真っ暗闇で魔物の呻き声などが響き渡り怪しい雰囲気を醸し出していた。



「——なんか出そうですね。」



 まるで肝試しのようなおどろおどろしい光景を見て、コウタが何の気なしにそう言うと、その発言に周囲にいた何人かがピクリと肩を震わせて反応する。


「おいコウタ、やめろよぉ。」


 セシルが情けない声でそう呟く。


「いや、だってこんなに暗くて肌寒いと、いかにもじゃないですか。」


 すると先ほどよりも幾分が力が抜けたのか、コウタはヘラヘラと笑いながら答える。


「コウタ。」


 そんなコウタに対して、それまで特になにも喋ることもなく近くを歩いていたジークが少し強めの口調でその名を呼ぶ。


「はい?」


 コウタが反応して振り返ると、ジークは苦笑いで鼻に人差し指を当てて、シィー、と合図する。


「ん?⋯⋯ああ。」


 少し遅れて彼の隣を見ると彼のパーティーメンバーのベルンが真っ青な表情で尋常じゃないほどにその身体を震わせていた。


(⋯⋯マナーモードだ⋯⋯。)


 その様子をみてコウタはイタズラっ子のような無邪気な笑みを浮かべる。


「やめてやってくれ。」


 それを見て何かを察したのか、ジークも若干面白がりながらもコウタをなだめる。


「⋯⋯これは昔僕の村で本当にあった話なんですけど——」


 コウタは昔テレビで見た、怖い話が得意な人の真似をして、低い声でそう切り出す。


「——ちょっとぉ!わざとやってるの!?怖いんだから本当にやめて!」


 堪らずベルンが涙目で止めに入る。


「ああ、これは失礼。」


 当然、全く反省してない。


「まったく⋯⋯。」


「⋯⋯⋯⋯。」


「⋯⋯⋯⋯。」


 コウタが黙ったことでその場に謎の間ができる。


「⋯⋯へクシュ!!」


 寒さがこたえたのか、突如セシルがそんな沈黙を破るようにくしゃみをする。


「「ひい!!」」


 小さな女性の悲鳴が二つ上がる。


「ベルン。ただのくしゃみだ。あまりビクビクするな。」


「わ、分かってるわよ!」


 ジークが笑いを堪えながらそう言うと、ベルンは涙目になりながら答える。


「うぅ、悪りぃな、寒くてよ。」


 セシルは両手で自分の身体ををさすりながら適当な態度で謝罪の言葉を述べる。


「でも今二つ声が上がりましたよね?」


 コウタも笑いを堪えながら周囲を見渡す。だがよくよく見ると、彼らの周りにはベルン以外の女性は一人しかいなかった。




「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ロズリさん。」



 コウタは再び笑みを浮かべながら、ボソリとその名前を呼ぶ。


「⋯⋯⋯⋯っ、⋯⋯⋯⋯。」


 名前を呼ばれた女性はカァーと少しずつその顔を赤く染め、俯きながらツカツカと歩くスピードを上げる。


(((怖いんだ⋯⋯。)))


 コウタ以外の三人は心の中で苦笑いしながら、ロズリの後ろ姿を眺めていた。







——その後。


 冒険者達が森の中を進み、その奥にある小高い丘の上にたどり着くと、先頭を進むエティスがそう言って隊列の進行を止める。


「⋯⋯見えてきましたねぇ。旧王国領。」


 目下に見える城壁に囲まれた王国を眺めながら、エティスは寂しげな表情でそう呟く。


「あれがキャロル王国⋯⋯。」


 コウタは少しづつ明るくなる空に照らされる寂れた城下街を見つめながら小さくそう呟く。


「ちょうど夜明けですね。では作戦を始めましょうか。——」



「——各員配置について下さい!」



「「「おう!」」」



 エティスの合図で冒険者達は森の隅々へと散らばっていく。








「⋯⋯突入まで、後四分、か。」


 その後、自身の持ち場へ着くと、コウタは周囲の状況を警戒しながらふと隣で待機するアデルに視線を向ける。


「準備は出来てますか、アデルさ⋯⋯。」


「⋯⋯⋯⋯。」


 調子を尋ねようと声を掛けるが、その全てを言い終える前にコウタは言葉を止める。



(⋯⋯邪魔しちゃ悪いか。)


「王よ⋯⋯。今こそキャロル王国の仇、取ってみせます。どうか私に力を⋯⋯。」


 そんな祈りを捧げるアデルから視線を離すと、コウタは再び周囲の警戒に戻る。






 そんな最中、彼女は閉じた瞼の裏で、少しだけ昔の事を思い出していた。



 溢れ出してきた記憶は、三年前の、とある女性の背中と、彼女との会話であった。


 ボロボロになった鎧を纏い、長い銀髪を揺らす女性は、こちらに背を向けながら前方にあるキャロル王国であったものを見つめる。


「——キャロルはもはやここまでだ。」


 戦果に飲まれた故郷の街を眺めながら、覇気のない声でそう呟く女性は、在りし日のアデルにそんな言葉を放つ。


「そんなことはありません、私も、最後まで戦います、だから、団長である貴女が諦めないでください!」


「⋯⋯民を失い、王を失い、そして何もかもを取りこぼした騎士団だけが残った、これ以上何を守ると言うんだ。」


 アデルは必死に彼女の言葉を否定するが、団長と呼ばれた彼女は無力感を滲ませながら小さく拳を握り締める。


「⋯⋯っ、それでも!」


「⋯⋯それでも、まだ意思は残ってます。」


 叫ぶような声の後、悔しそうに下唇を噛んでそう呟く。


「⋯⋯っ。」


「民が生きたあの地は残ってます、あの土地で刻まれた思い出は、まだ残ってるんです。だから⋯⋯。」


 その瞼に涙を溜めながら、必死に首を横に振る少女の姿を見て、銀髪の女性は彼女の方へと振り返る。


(⋯⋯ああ、そうか。)


「⋯⋯アデル。」


「⋯⋯⋯⋯?」


 そして彼女の目の前に立つと、その美しく真っ赤な髪に触れて頭を撫でる。


「私はもう、折れてしまった。だから、⋯⋯未来を、託しても良いか?」



「⋯⋯——様?」


 

「例え全てを失ったとしても、お前だけは生き残るんだ。」


「生きて、いつか仲間を見つけて、私達の仇を取ってくれ。」


 不思議そうに首を傾げるアデルの両肩に手を乗せると、その女性はその目を真っ直ぐに見据えて満面の笑みを浮かべる。


「⋯⋯なんで、なんで貴女は、笑っているのですか。」


 その瞬間、何かを察してしまったアデルが、小さな身体を震わせながら俯いて涙を流す。


「⋯⋯⋯⋯簡単な事だよ。」



「————————。」


 そんな言葉の最中、彼女の頭の中の思い出にノイズが走る。



「————。」




「——デル⋯⋯。」


 直後、彼女の耳に少年の声が聞こえて来る。



「⋯⋯アデルさん。」


「⋯⋯っ、すまない、気が抜けていた。」


 はっ、と我に返ると、アデルはじっと自分の顔を覗き込むコウタに返事をする。


「⋯⋯構いませんけど、後二分切りました。準備は出来てますか?」



「ああ⋯⋯⋯⋯もう大丈夫だ。大丈夫。」


 自身に言い聞かせるように呟くと、大きく深呼吸をして跳ね上がった心拍数を下げる。


「⋯⋯⋯⋯アデルさん。」


「なんだ。」


 そんな様子を見て声を掛けるコウタに対して、短くそんな言葉を返す。


「無茶するなって言ってもするのでしょうから一つだけ、⋯⋯貴女の背中は僕が守りますから。」



「⋯⋯すまない。頼む。」


 アデルはその言葉を聞いてようやく自分がいかに周りが見えていないかを自覚すると、申し訳無さそうにそう返す。


「さて、じゃあ行きましょうか。」


 コウタは呟くようにそう言うと一気に雰囲気を切り替えて真剣な表情へと変化する。


「確か、バラけてから五分後に合図がなるはずだったよな?」


「ええ、後三十二、いや、三十秒ですね。」


 背後で待機していたセシルが尋ねると、コウタが王国へと視線を向けながら答える。


(なんでこの状況下で秒単位で時間把握できんだよ。)


 セシルはそんなことを考えるが、状況が状況のため、無理矢理思考を切り替える。


「⋯⋯来ますよ。」


 その発言の直後、彼らが先ほどまで居た地点から合図である閃光のようなものが空高く打ち上げられる。


「行くぞ!!」


「「「「おおぉぉ!!」」」」


 ギルドマスターの合図と共に、約三百の猛者たちが雪崩のように坂を下り、街の門を破壊し、戦場を一直線に駆け抜けていく。



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