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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第一章
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二十八話 開戦前


 トトマ村への襲撃から一夜明けた翌日の夜、アデルとコウタは二人並びながら、ギルドの地下にある、薄暗い通路を歩いていた。


「まさかこんなに遅くから会議が始まるとはな⋯⋯。」


 アデルはキョロキョロと物珍しそうに周りを見渡しながら地下道を進む。


「ええ、召集をかけるのが大変だったと、受付の人が言ってましたね。」


 対照的に一度この道を通った事のあるコウタは落ち着いた様子でそう答える。


「そういえばなぜ貴様もいるのだ?確か召集はレベル30以上の冒険者だけだったはずだが?」


「まあ、色々話した結果こうなりました。」


「そうか。」


 コウタの表情は笑顔ではなかったが、昨日とは変わり穏やかなものであった。アデルはそれを見て少し安堵する。



「ほら、着きましたよ。」


 そうこう言っているうちに、通路の突き当たりにたどり着くと、二人は両開きのドアに手をかけてゆっくりと扉を開く。


 差し込んでくる光に目を細めながらその先に進んでいくと、その広い空間には沢山の冒険者達とギルド職員達が集結していた。


「来ましたね。アデルくん、コウタくん。」


 そして、その中にはいくつか見知った顔があり、正面に立つエティスが二人を出迎える。


「ええ、来ました。」



「ということは、覚悟か決まったのですね?」



「ええ、決まりました。」


 瞼を閉じながら答えるコウタの表情は、覚悟と別の何かが入り混じった、穏やかなものであった。





 コウタは先日のエティスとの会話を思い出す。







 トトマの村での戦いの直後、アデルに見送られて街の中を進む二人は、ゆっくりとギルドに向かっていた。


「——率直に言わせてもらいますが、コウタ君、恐らく君はこれから行われるであろう掃討作戦には参加出来ないでしょう。」


 エティスは街を歩きながら、後ろをついて歩くコウタにそう言い放つ。


「それは、レベルが低いから⋯⋯ですか?」


 コウタは大して驚いた様子を見せる事なく、冷静にそんな問いを返す。


「ええ、今の君はこの街でトップクラスの実力を持っています。が、それを知っているのはごく少数の人間のみです。」


「たかだかレベル15の付与術師エンチャンターが作戦に入ったとなれば他の冒険者達から疑問や不満が出るでしょう。」


 コウタの疑問に対して、エティスは事実も言いづらい事も、包み隠さずにハッキリと答える。


「まあ、間違いなくそうなりますよね。」


 コウタは当然だ、と言わんばかりの態度でため息をつくと、暗い表情のままそう答える。


「ですが、今回の戦いは、あちらの準備も万全となり、今まで以上に厳しい戦いになるでしょう。そうなるとやはり君の力は必須です。」


「それでも、ギルドとしては条件付きでの参加しか認められないのです。」


「オリジナルスキルの情報の開示、ですか?」


 エティスがため息混じりに呟くと、コウタは即座にその〝条件〟を当ててみせる。


「ええ、例えレベル自体が低くとも、オリジナルスキルの保有者となれば話は違ってくる。他の冒険者達も君の参加を認めざるを得ないでしょう。」


「そんなものですかね?」


 コウタは正直オリジナルスキル一つでどうにかなるとは思っていなかった。


「そんなものです。そもそもオリジナルスキルは選ばれし人間にしか与えられない代物です。使いこなせれば国一つ容易に滅ぼしかねない。あのザビロスのように。」


 コウタその言葉を聞いてアデルに言われたことを思い出しながら少し考え込む。


「もちろん全てを話す必要はありません。周りが納得すればそれで構いません。」


「何を晒して、何を隠すか、その裁量は貴方に委ねます。」


「⋯⋯分かりました。それでいきましょう。」


 コウタは、はぁ、とため息を吐き、若干納得のいっていないような態度でそう答える。



「コウタ君、本当にそれでいいのですか?」


「⋯⋯はい?」


 その様子に何か引っかかるものを感じたエティスは、表情を切り替えてそう尋ねる。


「以前君が言った通り、ここは君が絶対に守らなくてはいけない場所ではありません。」


「秘密を明かしてまで守る必要が無いと思うなら、この街から離れるという選択肢もあります。」


「⋯⋯ったく、参加して欲しいのかして欲しくないのか、どっちなんですか?」


 エティスの口ぶりに呆れながら、コウタはため息混じりにそう問い返す。


「⋯⋯勿論参加して欲しい、けれど、決めるのは君自身です。」


「⋯⋯参加しますよ。」


 そこまで言われてようやくエティスの葛藤を理解したコウタは、少しだけ困ったような表情で笑みを浮かべながらそう呟く。


「トトマの村が襲撃された以上、次に襲撃されるのはここでしょう。」


「以前も言った通り、少なくとも今はここが僕の居場所なんです。だから、戦う理由としてはそれだけで十分です。」


「⋯⋯それに。」


「⋯⋯ん?」


 コウタが付け加えるように呟くと、エティスはその小さな声に反応して首を傾げる。


「それに、なにより、誰かが付いていないと、彼女・・はきっと無茶をする。」


「アデルさん、ですか?」


 エティスがそう尋ねると、コウタは瞼を閉じながら首をゆっくりと縦に振る。


「あの人の本質は善性です。けれど、同時に自分の身を顧みないきらいがある。」


「ましてそれが祖国の事となれば、きっとその善性すら捨てて無茶をするでしょう。」


 この世界に転生して、初めて彼女と出会い、決して長くは無いが、それなりの時間を共に過ごし、そして彼女の話を聞いてきた。


 だからこそコウタは、彼女に対する理解と共に、他とは違う特別な感情を抱いていた。


「だから、彼女を守る為に戦うと?」


「はい。だって、僕に居場所をくれた人が、復讐に溺れたまま死んでいくなんて、絶対に嫌ですもん。」


 その感情の正体が一体何なのか、それはまだ理解出来ていなかったが、それでも彼女には生きて欲しい。その考えは確かにコウタの心の中に存在していた。


「⋯⋯⋯⋯。」



「なんか、ごめんなさいね。戦う理由がこんな個人的なものみたいになっちゃって。」



 黙り込むエティスに対して、コウタが苦々しい笑みで謝罪すると、エティスは左右に首を振ってその発言を否定する。


「いいんですよ。貴方が今抱いてる感情はみんなが抱いているのですから。」


「この街の冒険者達は、その多くが、キャロル王国に家族や友人がいたんです。」


「護りたいものがあって、護れなくて⋯⋯そんな経験を皆しています。」


 実感の篭った彼の発言を、コウタは目を伏せながら黙って聞き入る。


「だからこそ、みんな奴等を憎んで、恨んで、そして自分自身の無力を嘆いているのです。」


「この街にいる冒険者達は他の街にいる冒険者達に比べれば弱いです。そして君もまだまだ未熟です。」


「でも、だからこそ、この街の冒険者は団結し、強敵にも立ち向かえるのです。団結こそがこの街の冒険者の一番の武器ですから。」


「団結⋯⋯ですか。」


 コウタはなまじ一人でなんでも出来てしまう分、誰かと協力するということが苦手であった。そして今回、一人で突っ走り、負けた。


 結果的には生き残り、一人の人間を救うことが出来たが、それは結局運が良かっただけでコウタはそれをよく理解していた。


「君は間違いなく天才だ。このまま強くなれば一人でも戦えるほど強くなるでしょう。⋯⋯でもそれは今じゃない。」


 コウタはその言葉を聞いて顔を上げる。


「君は一人で背負う必要は無いのです。周りには大人が沢山居るでしょう?君は君の出来ることをすればいい。それでも届かないなら周りが助けてくれるはずですから。」


「責任なんてのは私が取るものですから。」



「だから、そんな顔しないで下さい。」


 エティスは笑顔でそう言い放つと、コウタの頬を小さく引っ張る。


「うっ⋯⋯。」


(出来ることをする⋯⋯か。)


 顔を歪ませながらそんな言葉を頭の中で反芻すると、小さく笑みを浮かべながらその手を払って顔を上げる。


「なんか⋯⋯ギルマスって意外と大人なんですね。」


「ええ、伊達にギルマスやってませんから。」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう呟くコウタの表情には、弱気な影こそ掛かっていたものの、どこか吹っ切れたような明るさも垣間見えていた。


「⋯⋯じゃあ少しだけ、手伝って下さい。その〝みんな〟に認めてもらうために。そして、僕に居場所をくれた彼女を守る為に。」


「ええ、任せて下さい。」


 その笑顔を見て、エティスはいつも通りのエティスに戻り、いつも通りの笑顔でその言葉に答える。











 そして時は現在に戻る。


 コウタが部屋の真ん中へと歩みを進めると、周りの冒険者達はざわざわと呟き始める。


「誰だアイツは?」


「あのガキ、レベル30もあったか⋯⋯?」


「冒険者登録したばかりと聞いたぞ?」



 そんなざわめきをエティスが制する。


「静かに、それでは全員揃ったところで始めたいと思いますが、その前にここにいるコウタ君について一つお話があります。」


 そして周囲を見渡しながら、そう言って話を切り出し、自らの真横まで歩み寄ってきたコウタに視線を移す。


「彼はレベルが15とあまり高くはありませんが、今回、私の頼みでここに来ていただきました。」


「あの、ギルマス、それはなぜですか?」


 エティスの発言にその場がざわつき、一人の冒険者が当然の疑問を投げかける。



「彼がオリジナルスキルを所持しているからです。」



「なっ!?」


 エティスが少しだけ躊躇いながら呟くと、真っ先にアデルがその言葉に反応する。



「⋯⋯⋯⋯。」


「⋯⋯⋯⋯。」



「「「「「オリジナルスキル!?」」」」」



 少し遅れて、エティスの発言にギルド職員を含めた、その場にいたほとんどの人間が驚愕する。


「嘘だろ⋯⋯!?」


「こりゃまたとんでもない逸材を連れて来たな⋯⋯。」


「俺、都市伝説だと思ってたわ⋯⋯。」



 ジークやロズリなど、コウタの強さを一度目の当たりにした者達を除く全ての人間が、隠しもせず動揺を露わにする。


「言って良かったのか⋯⋯!?」


 そんな中でアデルは一人、コウタに近寄りながら小声でそう尋ねる。


「ええ、いいんです。これで。」


 コウタの表情はすでに覚悟が決まっている様子だった。


「ちなみにどんな能力なのですか!?」


 冒険者の一人がエティスに尋ねる。


((やはり来たか⋯⋯。))


 エティスとコウタはあらかじめ予想していた質問に反応して互いに目を合わせる。


「そうですね。では説明はコウタ君から直接お願いします。」


 そして前日に打ち合わせした通りにエティスはコウタに話を振る。



「はい、僕のスキルはあらゆる剣を召喚し操る能力です。」


 コウタは実際に手元に一本の剣を召喚し、その剣をそのまま触れずに前方に飛ばすと、剣は柱に突き刺さり霧散する。


「まぁこんな感じですね。」


 コウタは剣を操った手をヒラヒラと振ると、気怠げな様子で質問をした冒険者を見つめる。


「た、たしかにすごい。だが、思ってたよりはあまり強そうには見えないが⋯⋯。」


 それを見ていた他の冒険者は、素直に自身の感想を述べる。


「そうですね。結局、出来ることといえば曲芸紛いのようなものくらいですし。」


 そんな発言に対して、コウタはヘラヘラと笑いながらそう言って答える。


「ですが、実力は私以上です。」


 そうやってコウタがお茶を濁そうとした瞬間、エティスは躊躇いなくそんな事実を冒険者達に言い放つ。


 その発言によって今度は逆に場が静まり返る。


「それは流石に言い過ぎでは——」


「——いえ、事実です。彼は先日、ここでのギルマスとの戦闘訓練で勝利しています。」


 一人の冒険者が頬を引きつらせながらそう言うと、ロズリが食い気味でその発言を否定する。


「俺も、そいつがワイバーンをほとんど一人でやっちまったのをこの目で見たぜ。」


 それに続き、ジークも彼女達に援護する。


「そいつはガキでまだまだ未熟だ。だが実力は間違いなく本物だ。俺は賛成だぜ?」


「ジークさん⋯⋯。」


 コウタはジークが援護してくれるとは思っていなかったため、呆けた態度で彼の名を呟く。


「今回の戦いで彼は我々の切り札になりうる。だから連れて来たのです。」



「彼の作戦の参加、認めていただけますね?」



 コウタを引き入れるだけの条件が揃ったことを確信すると、エティスはニヤリと挑戦的な笑みを浮かべながら、冒険者達に尋ねる。


「これは頼りになるぜ!!」


「今回マジで勝てるぞ!?」


「よろしくなボウス!!」


 冒険者達からの反対意見は一切上がらず、驚くほどすんなり受け入れられたことでコウタは少し表紙抜けする。


「は、はぁ⋯⋯。よろしくお願いします。」


 安心したと同時に、コウタはオリジナルスキルのネームバリューの大きさを再確認する。


 そして、コウタはジークと目が合う。


「⋯⋯すいませんでした。」


 そして何も言う事なく、深く頭を下げて謝罪の言葉を述べる。


「謝るな、お前のしたことは別に悪い事じゃない。俺達だって行きたくても行けなかった。行った結果一人の人間を救ってるんだ。文句なんて言えるかよ。」


「ジークさん⋯⋯。」


 呆れたような、素直じゃ無いジークの言葉に、コウタは頭を上げる。


「が、お前も戦ってみて分かっただろ?魔王軍の恐ろしさが。」


「⋯⋯ええ。」


「だったら、一人でなんでもやろうとするな。お前はまだガキなんだからよ。」


「⋯⋯はい。」


 心配からくる彼の言葉を聞いて、コウタは小さく微笑みながらそう答える。


「⋯⋯コウタ。」


 そして最後に、アデルが心配そうな表情で駆け寄ってくる。


「⋯⋯アデルさん。」


「本当に、良かったのか?」


 こんなタイミングですらコウタが参加するする事へではなく、コウタの秘密が明かされてしまうことに対する心配をしている辺り、根っからの世話焼きである事を思い知らされ、思わずコウタは笑みが溢れる。


「⋯⋯ええ、あの時は護れなかったけど、護りたいものは、まだ残ってるんで。」


 自分に居場所をくれた少女に、自分に世界を教えてくれた少女に、簡単に死んで欲しくない、それが今のコウタの最大の行動理念であった。


「⋯⋯そうか、護れるといいな。」


 そんなコウタの考えなど知る由もない少女は、安堵したような笑顔でその背中を押すように言葉をかける。


「⋯⋯ええ。」


(貴女は、僕が護ります。)


「⋯⋯⋯⋯。」


 そんな二人の様子を見て、エティスも安堵して小さな溜息を吐く。


「よかった、では早速、作戦会議を始めましょうか。」



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