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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第一章
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二十六話 水面下


——それから少し後。


 体勢を整えた冒険者達は、ギルドの準備した馬車を使ってトトマの村へと向かっていた。



「もう少し早く出来ませんか?」


 列を成して突き進む馬車群の先頭を進む馬車の中では、ギルドマスターのエティスが、御者の男に向かってそう尋ねる。


「これが最速だよ。」


 それを聞いた男は、視線を前方に固定したまま、少しばかり強めの口調でそう答える。


「⋯⋯そうですか。」


(コウタ君、どうか無事でいてくれ⋯⋯。)



「すまない、私がちゃんと止めるべきだった。」


 エティスはゆっくりと腰掛けながら珍しく真剣な表情で頭を抱えると、同じ馬車に乗っていたアデルが彼に向かってそう言って謝罪する。


「いえ、アデル君が謝るとこではありません。ですが、今はとりあえず彼の無事を祈りましょう。」


「それは大丈夫だ、あいつは生きてる⋯⋯。あいつは強いから。」


 アデルは両方の拳を握りしめて消え入りそうな声でそう言う。


 そんなやりとりをしていると、彼らの乗っていた馬車が大きく揺れながら急停止する。


「どうかしましたか!?」


 エティスは慌てて御者に尋ねる。



「いや、人が⋯⋯。」


「人?⋯⋯⋯⋯コウタ君!?」


 御者の男の言葉に反応して進行方向を覗き込むと、そこにはコウタが少女を背負いながらこちらに歩いて来ているのが見えた。


「なんだと!?コウタ!!」


 エティスに遅れてアデルも慌て馬車から顔を出す。


「アデル⋯⋯さん?」


 彼女の言葉に反応して顔を上げると、コウタは途切れ途切れに言葉を紡ぎながら震える足を踏み締める。


「⋯⋯⋯⋯。」


「⋯⋯治療班、準備。」


 咄嗟にアデルが馬車から飛び降りてコウタに駆け寄っていくと、遅れてエティスは同乗するヒーラーに指示を出し、彼女の後に続く。


「大丈夫だったのか?貴様⋯⋯血が⋯⋯。」


「大丈夫です。それより、この子をお願いします。」


 駆け寄ってきたアデルが心配そうな声で尋ねると、そう言ってコウタは背負っていた少女を下ろして地面に寝かせる。


「なっ、マリー、マリー!大丈夫か!?」


 その少女の顔を見たアデルは慌てた様子でマリーの身体を揺らしながら声をかける。


「安心して寝てるだけです。ただ足を挫いてるみたいなので治してあげて下さい。」


「分かりました。誰か!この子を中に運び入れてくれ!」


 地面にドサリと座り込みながらそう伝えると、エティスは馬車の中から覗き込む冒険者達にそんな指示を出す。


「コウタ⋯⋯、どうだった?敵はどうなったのだ?」


 マリーが馬車の中へと搬送されるのを見届けると、アデルは膝をついてコウタの視線の高さに合わせてそう問いかける。


「⋯⋯⋯⋯逃しました。」


 するとコウタは気の抜けたような表情でうつむきながら答える。


「では勝ったのか?」


「いえ⋯⋯負けました⋯⋯。」


(何一つ⋯⋯通用しなかった。)


 強く歯噛みし、拳を握り締めながら呟くと、それを聞いたアデルは、何も言う事が出来ずしばらく黙り込む。



(こいつでも⋯⋯勝てなかったのか⋯⋯。)



 はっきりと思い知らされるその事実を前に、アデルもエティスも絶望を感じざるを得なかった。



「⋯⋯村は、どうなった?」


 それでもアデルは絶望に包まれる思考を強引に切り替えると、遅れてそんな質問を投げかける。


「僕が着いた時にはもう⋯⋯。助けられたのは⋯⋯彼女だけです。」


 コウタは村を一通り探し回ったが、結局生きている人間を見つけることはできなかった。


「⋯⋯⋯⋯そうか⋯⋯。」


 アデルは何も言葉をかけてやれず、どうしようもない事実に場が静まり返る。


「⋯⋯⋯⋯すいません。」


 絞り出すようにコウタは謝罪の言葉を並べる。


「間に合わなかったのなら君が謝る必要はありません。今は一人助かっただけでも良かったと考えましょう。」


 コウタのことをその場にいる誰も責めることなどできなかった。誰一人動くことの出来ない中、彼は一人で魔王軍の幹部に立ち向かい、生き残り、村人の救助もした。


「⋯⋯すいません。」



「今はとにかく怪我を治しましょう。馬車の中に入って下さい。」


「村の事は取り敢えず調査班に任せて、一度村に戻りましょう。その子も馬車に乗せて下さい。」


 それでも謝り続けるコウタの手を引くと、エティスは回復中のマリーとその治療を行う冒険者を呼び寄せて馬車へと乗せる。


「はい。」



「⋯⋯⋯⋯。」


(とうとう、始まるのか⋯⋯。)



 全員が馬車に乗り込んでいく中、エティスは草原の奥、キャロル王国の方角に視線を向けながら、苦々しい表情でこの先のことを考えていた。



「ギルマス、そろそろ出発するらしい。」



「ええ、今行きます。」


 背後から聞こえてくるアデルの声に反応して、エティスは深いため息をついた後、馬車の中へと戻っていく。









 街へ帰還すると、冒険者達はエティスの命令で待機する事となり、その場で解散となった。



「コウタ君、今日はしっかり体を休めて下さい。あの女の子の身柄はギルドが責任を持って預かります。」


「お願いします。」



 そんな中で、エティスはコウタに向かってそんな言葉をかけると、コウタは深々と頭を下げてそう呟く。



「アデルくんもお疲れ様。君もいつでも出れるように待機だけしておいて下さい。」



「ああ、分かった。」



 遅れて投げかけられる言葉に、アデルも少しだけ小さな声で返事をする。



「それと、今回の襲撃を受けて、恐らくギルドはこれまでで最大の掃討作戦を立てると思います。」


「本当か!?」



「こればっかりは僕一人では決められないからなんとも言えませんが、ほぼ間違いなくあると思っていてくれていいです。」


 アデルは驚いた声で反応すると、エティスは真剣な表情でそう答える。



「それに伴って、高レベルの冒険者達には召集をかける可能性もあります。そちらの方も頭に入れておいてください。」


「ああ、分かった。」


 その瞬間、アデルの表情はコウタと同様、一段と険しいものへと変化する。



「あと、コウタくん、このあと少し話がある。ちょっといいかな?」


「ええ、大丈夫です。」


「そうですか。では、ついて来て下さい。ではアデル君、私たちはこれで。」


 呟くように返事をすると、エティスはそのまま街の中へと進んでいく。



「⋯⋯分かった。」


 心配そうに見つめるアデルに見送られながら、二人は街の中心へと進んで行った。


 







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