二十四話 守りたいもの
警報が鳴り終えるとすぐに、コウタは他の冒険者達と同様にギルドを出て走り出す。
と、同時に周囲にアデルが居ないかを探したが、どうやらすでに街の門へと向かったらしく、その姿を確認することは出来なかった。
「アデルさん、速過ぎる⋯⋯。」
一応全力で走ってはみるが、なかなかアデルが目の前に現れず、すぐに人混みで出来た壁に進路を阻まれる。
「おい、コウタ!!」
どうしたものかと立ち止まって二の足を踏んでいると、ふと背後から聞き覚えのある声がかかる。
「⋯⋯っ、セントラルパークさん!」
「いや、セシルな!つかすっげえなコレ。流石に街中の冒険者が一度に移動すると迫力が違えな。」
そんなやり取りをしていると、背後から第二波と思われる人の波が押し寄せ、一気に二人揃って人混みに飲まれる。
「えっ!なんですって!?もう少し大きな声で!ていうかコレどうなってるんですか!?そもそも緊急クエストってなんですか!?」
周囲の喧騒によって二人の声は掻き消され、コミュニケーションすらもままならなくなってくる。
「ちっ、こっち来いコウタ!!」
そんな状況に痺れを切らしたセシルは、コウタの腕を引っ張り人混みを真横に抜けて裏通りへと進む。
「わっ、ちょ!」
急に引っ張られて混乱するも人のいない道へ出てコウタは一安心する。
「ぷはぁっ⋯⋯抜けれた⋯⋯よしこっちだ!抜け道を知ってる。」
セシルの案内に従って裏通りを進んで行くと、二人は改めて今の状況について情報交換を始める。
「そもそも緊急クエストとはなんなんですか?そんなマズイ状態なんですか?」
「緊急クエストってのは文字通り緊急時の特別クエストだ。危険度別でランク分けされてて、ランク3が最大、ランク2以上で冒険者は全員召集させらせるって訳だ。」
コウタが矢継ぎ早に質問を繰り返すと、セシルは息を切らしながら説明していく。
「ランク2はどれくらい危険なんですか?」
焦りを滲ませるセシルとは対照的に、コウタは一切変調のない声で質問を重ねる。
「知らん!俺も冒険者やってて初めてだ!⋯⋯⋯⋯っ、門の前に出るぞ。」
裏通りを抜けるとそこにはいつもと違い、全開に開かれた門と、そ その奥で集結する冒険者達の集団の姿があった。
「こんな光景も初めてだわ⋯⋯とりあえず行くぞ。」
呆気にとられながら二人は門をくぐる。
門を出ると、外にはたくさんの冒険者達や馬車の用意などがされていた。
「今見えるだけで大体五百はいますよ。」
「まだ来てないのを合わせると七百人弱ってところだな。」
コウタが大体の人数を目視で確認すると、セシルはそう言って周りを見渡す。
「コウタ!!」
コウタもセシル同様周りを見渡していると後ろからアデルの声が聞こえる。
「アデルさん!これは?」
声のする方へ視線を向け、こちらに向かって歩み寄ってくるアデルにそう尋ねる。
「魔王軍の進軍を迎え撃つためにギルマスが到着し次第、作戦会議を始めるらしい。今は待機中だ。」
コウタはアデルの姿を見て、一瞬、状況よりもずっと落ち着いているように感じたが、すぐにそれが見間違いだと気付く。
アデルは表情では平静を保ちつつも、拳を強く握り締めていた。
(我慢してるに決まってるよな⋯⋯。)
今もっとも動きたい筈の彼女が冷静を保っている以上、コウタに出来る事は一度落ち着いて情報を整理する事だけであった。
(とりあえず今は、情報収集だ⋯⋯。)
アデルから視線を外し、再び周りを見渡すと今度はジークとベルンの二人を視界の端に捉える。
「ジークさん!詳しい状況とか分かりますか?」
コウタは叫ぶような声でジークの名を読び、歩み寄ってそう尋ねる。
「コウタ!状況?そうだなどこから説明すりゃいいんだか⋯⋯。」
「魔王軍らしき軍勢が旧キャロル王国から出てきたのを見張りをしていた冒険者が、発見したらしいわ。そして現在⋯⋯魔王軍はトトマ村を襲撃してるらしいわ。」
コウタに遅れてアデルが近づいてくると、説明しようと情報を整理しているジークの代わりに隣からベルンが簡潔に説明する。
「「⋯⋯っ!!」」
コウタとアデルの二人は一気に表情を固くして思わず息を飲む。
「なら早く救援に向かいましょう!!」
「おい!そこの!至急馬車を出してくれ!!」
それを聞いた瞬間、二人はほぼ同時に行動に移っていた。コウタが救援の提案をし、アデルが近くにいたら男にそんな指示を出す。
「ダメだ!!」
しかしジークはそんな二人の行動を横から声を張り上げながら止める。
「何故です!?このままでは、手遅れになりますよ!!」
コウタは怒鳴り散らすようにジークに問いかける。
「馬車には限りがある。お前ら二人のために馬車を出すわけにはいかん。」
確かに用意された馬車は二人乗りには大きすぎるものがほとんどであった。
「だったらさっさとみんなで出ましょう!!」
「ダメだ。敵の詳細が分かっていない以上、しっかりと作戦を立ててから行くべきだ。」
コウタがそういうと、ジークは少しだけ俯きながら、苦々しい表情でそう答える。
「じゃあ見殺しにするんですか!?村の人々を、目の前で散りかけている命を、見捨てるのですか!?」
コウタは追い討ちをかけるように彼の胸元に掴みかかり、怒鳴りながらそう尋ねる。
「うるせぇ!!」
その瞬間、ジークはそう言ってコウタの胸ぐらを掴み返す。
そして同時に響き渡る彼の怒号によって、周りは静まり返る。
「俺たちだって行ってやりてえさ!!けど相手は魔王軍だぞ!?状況も分からず突っ込んで、街が襲われたらどうすんだ!?」
「⋯⋯っ。」
「こっちにだって、守りたいもんはあるんだよ。」
コウタが面食らったように目を見開くと、ジークは悔しそうに歯噛みしながらそう呟く。
「ちょっとジーク、落ち着きなさい。」
ベルンに諌められジークは掴んだ手を離すと、コウタの体はゆっくりと地面に着地する。
「冒険者は英雄様じゃねぇんだよ。家族を守るためにはしょうがねぇだろ⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
絞り出すように発せられたその情けない声を聞いて、コウタはアデルの方に視線を向ける。
「⋯⋯⋯⋯っ。」
コウタの視界に映った彼女は、先程よりも遥かに険しい表情で唇を噛み締め、震える腕を必死に抑えていた。
(⋯⋯っ、そうか。)
行きたいのは自分だけじゃ無い、むしろ、自分よりも行って沢山の人を助けたいはずなのに、必死に我慢している人間がいる。
少しだけ俯き、目を瞑る。
(家族を守る、か⋯⋯。)
「⋯⋯⋯⋯だったら僕一人で行きます。」
そんな言葉を頭の中で反芻させた後、コウタはゆっくりと目を開けてそう答える。
「は?」
ベルンが間の抜けた声を上げる。
「何言ってんだ!!お前一人行ったところで何も変わるわけないだろ!!勝手な行動はよせ!!」
ジークが慌てて引き止める。
「アデルさん、先に行ってます。」
ジークの言葉を無視しながら、コウタはアデルの方を向くとニッコリと微笑み、そう言い放つ。
「あ、ああ。」
微笑みの中に、言い知れぬ圧を感じると、アデルは押し切られるように短く返事を返す。
「おい聞いてるのか!」
「聞いてますよ。」
怒号にも似た声に答えながら、コウタは真剣な表情で再びジークの方を向き直る。
キドコウタは現在、この街にも、トトマの村にも、愛着なんてものはまだ湧いてない。
しかしながらもちろん、自分一人が行ってどうにかなるとも思ってない。
「僕一人が突っ込んで行ったところで、街への影響なんてほとんど無い。なのに止めてくれてるって事は、心配してくれてるんですよね?」
「——けど。」
けれど、それでも、一人でも多くの人を守りたいと心の底から思えたのならば、それはきっと正しいことなのだろう。
そうして歩みを止めることなくジークの方へと進むと、彼から視線を外してその横を通り過ぎる。
「命の危険も、死への恐怖も、助けに行かない理由にはならない。」
「⋯⋯なっ。」
低く静かな声、けれどそこには確かに、強い怒りと覚悟が込められていた。
(たとえどんな事があろうとも、あの真っ直ぐな笑顔だけは、絶対に壊しちゃいけない。)
「⋯⋯っ、コウタ。」
「確かに冒険者はヒーローじゃありません——」
「——けど、だからこそ、何を守りたいか、何を許しちゃいけないのかくらいは自分で決めます。」
冒険者達に背中を向けながらそう言うと、コウタは自分自身に〝強化〟のスキルをかける。
「おい!ちょっと待——」
「——加速。」
制止の言葉を無理矢理断ち切るようにそう唱えると、その小さな身体は土煙を上げて草原の彼方へ消えて行った。