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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第一章
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二十二話 中途半端な覚悟


 コウタはその日、街で一番の武器屋に来ていた。


「意外と広い⋯⋯。」


 入り口をくぐり、立ち止まりながら呆然と店の中を見渡す。手に届く位置や、棚の上に飾られた剣や武器の数々を見ていると、コウタは生前によく行ったスポーツ用品の専門店を思い出す。


 中は冒険者がちらほらといる感じで、奥にはレジらしきものもあった。


「やっぱり、こうゆうところは見てるだけでもわくわくするなぁ⋯⋯。」


 コウタはその日、図書館での収穫が少なかったため、直接武器を調達しに来たのだ。


 ただ、彼の調達方法はかなり特殊だった。


 コウタは店内をうろつきながら武器をとることもなく、手当たり次第に〝観測〟を用いて、武器の詳細を抜き取って行く。


(噂通り、商品は充実してる⋯⋯。)


 杖、槍、剣、斧、ハンマーあらゆる武器を読み取り、自らのものにしていく。


(ちょっと犯罪臭いけど、まぁ大丈夫だよな⋯⋯?)


 多少の罪悪感と後ろめたさを持ちながらも、〝観測〟を続ける。


「あの、武器をお探しでしたら、私がお教えしましょうか?」


 さらにふらふらしていると、後ろから若い女性に話しかけられる。


「はい?」


 その女性はまるで戦える見た目ではないのにもかかわらず、その腰には明らかに安物ではない異様な雰囲気を纏った剣を携えていた。


 その剣の放つ雰囲気にコウタはほんの少しだけ、背筋に冷たいものが走る感覚を覚える。


「あ、いえいえ!今日は金欠なのでお金が貯まったら何を買おうかな、くらいの気持ちで来たので、そんなお気になさらず!」


 コウタは万引きが見つかったかのような動揺っぷりを見せながら慌てて取り繕う。


「そうでしたか、どうやら余計なことだったようでしたね。申し訳ありません。」


「い、いえ。こちらこそ、親切にありがとうございます。」


「では、私はこれで。」


 そう行って去って行った女性を見て、コウタは安堵する。


「ふう⋯⋯。」


(あんな人でも、戦ったりするんだな。⋯⋯それにしても。)


 安心しながらため息をつく。


「なんだったんだろう、あの剣。」


 とっさのことで〝観測〟のスキルを使わなかったため、詳しい武器の詳細も分からず、コウタはただただ思考を巡らせていた。







 しばらくしてコウタも店から出てギルドへ向かうと、その道のりの途中で、本日手に入れた武器を振り返っていた。


「結局、魔剣に対抗できるような剣は見当たらなかったか⋯⋯。」


(ほぼ収穫なし。って感じかなぁ。)


「はぁ〜⋯⋯。」


 重めなため息を吐き、ギルドのドアを開けてなんとなく内部を見渡すと、掲示板の奥には見知った男が立っていた。


「おう、コウタ!久しぶりっ!」


 コウタと視線が合うと、その男、セシルは手を振りながら駆け寄ってくる。


「ああ、こんにちはセラミックさん。」


「それに関してはよくわかんねぇ!!セシルな!?」


「これは失礼。お久しぶりです。護衛のクエストは終わったんですね。」


 いつも戻りのツッコミを受け流しつつ、軽い挨拶を返す。


「ああついさっき帰ってきたんだ。」


 セシルは伸びをしながら答えるが、その様子からは若干の疲労感が見て取れた。


「お疲れ様です。」


「おう。ところでお前は今からクエストか?」


「いえ、今から昼食でも、と思いまして。」


「かぁ〜。いいねぇ、金に余裕のある奴は!」


 セシルはヤレヤレと頭を左右に振りながら、そんな皮肉を言い放つ。


「と言うことはそっちは今日もこのままクエストですか?」


「まぁそんな感じだ。まぁせいぜい働かせてもらいますよ。」


 コウタは首を傾げてそう尋ねると、セシルはヒラヒラと手を振りながらそう言って去っていく。


「ははっ、頑張って下さ〜い。」


「⋯⋯さて、昼食にしますか。」


 セシルを手を振りながら見送ると、コウタは食堂へと向かう。


 そして食事を受け取り席に着き赤いスープの麺をすすり始める。


(こっちも美味しいな⋯⋯。)


 無言でズルズルと麺をすすり、無心で箸を進めていると、聞き覚えのある足音と気配を感じ取り、その食指を止める。


「⋯⋯⋯⋯ん?」


「⋯⋯席、ご一緒してもよろしいですか?」


 食事に集中していると、ふと、前から声が聞こえた。そこには、ギルドマスターと呼ばれるメガネの男性が立っていた。


「お断りします。」


 以前と違って今回は即答でそう否定する。


「まあまあそんなこと言わず。」


 返答を無視し、エティスはコウタの目の前に座り、どんぶりに入った米のようなものをかき込む。


「聞いちゃいないですね。てゆうかまた仕事抜け出してきたんですか?ロズリさんに言いつけますよ?」


 自身の意思など反映されない事に若干の苛立ちを覚えたコウタは、先日得たばかりの弱みを使って頬杖をつきながらニヤニヤとおちょくるようにそう言う。


「今はお昼休みなので大丈夫ですよ。」


 だがエティスも対策済みであり、ニコリと爽やかに笑いながらそう返す。


「チッ、⋯⋯そうですか。」


 案の定通用しなかっなコウタは、舌打ち混じりに面倒そうにそう答える。


「今、舌打ちしましたよね?」


「⋯⋯⋯⋯してません。」


 笑顔で問いかけてくるエティスの視線に対して、目を逸らしながら間を置いて答える。


「ならいいのです。」


「で?今日の目的は何でしょうか?スキルについてはお教えしませんよ。」


 話を切り替えるコウタは見透かしたかのような態度で尋ねる。


「分かっています。今回は別件でお話があって来ました。」


 二人は食事をとりつつ会話を続ける。


「内容は?」


 コウタは視線を自分の食器に向け、麺をすすりながら答える。


「キャロル王国、という国をご存知ですか?」


 ふざけたやり取りの中で突如飛び出してきた似合わない言葉を聞いて、コウタは張り詰めたような表情でピクリと反応する。


「ええ、確か三年前に魔王軍によって滅ぼされたって話ですよね?」


 この世界に来て初めての夜、アデルと出会ったその日に聞いた情報を聞いたままに口に出す。


「はい。それです。」


「そのキャロル王国がどうかしたのですか?」


 お互いに一言発するたび、食事を一口ずつ口に運び、会話を続ける。


「三年前、魔王軍に滅ぼされたあとの事はご存知ですか?」


「いえ、全く。どうなってるんですか?」


 即答で返し再び食事を一口食べる。


「住み着かれているのです。魔王軍に。」


 端的に発せらせるその言葉に今度はぴったりと箸が止まる。


「⋯⋯⋯⋯どう言う事ですか?」


 目つきを鋭くさせて箸を置きエティスを真っ直ぐ見つめてそう尋ねる。


「そのままの意味です。乗っ取られたのですよ、完全に。」


「⋯⋯⋯⋯。」


 その話が自分が思っている以上にシリアスなものであると感じたコウタは、それ以上口を挟む事なく黙って聞く体制に入る。


「旧王都は今や魔族の領土と化し、人が立ち入る事すら出来なくなっているのです。」


「なんでそんなになるまで放っておいたんですか?」


 コウタは少し怒気を混じらせながら問い詰める。


「放っていた訳ではありません。これまでも何度か、ギルドで殲滅部隊を組みました。ですかそれらは全て、奴によって阻まれてきたのです。」


「奴、とは?」


「魔王軍十人の幹部の一人、剛腕の霊媒師、ザビロス。」


「⋯⋯魔王軍、幹部。」


「⋯⋯っ!⋯⋯なるほど。」


 コウタはアデルと初めてあった時の会話を思い出す。コウタは頭の中でパズルのピースがはまったような感覚を覚える。


 魔王軍の幹部、アデルが交戦したと言っていたのも、確かそうだった。


「これまで私たちは数度、王国へと向かいましたが、半数以上の死者を出しながら、ただの一度も王都の内部に立ち入る事は出来ませんでした。」


「⋯⋯⋯⋯。」


(一度も⋯⋯か⋯⋯。)


 つまりそれ程までに魔王軍幹部は強力な力を有しているということだ。


「それで本題に入りますが、今まで魔王軍はこちらの攻撃こそ阻んできましたが、こちらに攻めてくる事はありませんでした。」


「ですがここ数ヶ月、魔王軍の手先と思われる者がベーツの街周辺で頻繁に目撃されるようになったのです。」


 エティスも箸を止めて、真剣な表情に変わる。


「つまり、王都の次はここ、って事ですか?」


「ええ、恐らく。あちらの準備が整いつつあるのでしょう。⋯⋯本当はこうなる前に手を打っておきたかったのですが⋯⋯。」


 エティスは珍しく情けない顔をしてそう答える。


「ですが、なんでそんな話を僕に?」


「⋯⋯もし仮に魔王軍がここへ侵攻してきた場合、間違いなく貴方の力が必要になるからです。」


 間を置いて言いづらそうに答える。


 正直こんな事だろうなとコウタはため息をつく。


「申し訳ありません、元々旅人である貴方にこんなことを頼むのは筋違いなのですが。それでも今は一人でも戦力が欲しいのです。」


「どうか、街のために力を貸して頂きたい。」


 エティスは畏まって深々と頭を下げる。


「⋯⋯⋯⋯申し訳ありませんが、約束は出来ません。」


 エティスの態度に驚きつつコウタは間を置いて答える。


 それを聞いて、頭を下げたまま、エティスは苦渋の表情に歪む。


「先ほどギルマスが言った通り僕はそもそも、旅人です。僕はあなた方と違って、この地にほとんど未練はありませんし、この地で一生を過ごす気もありません。」


 コップに入った氷を飲み干しそう続ける。


「魔王軍が侵攻してくる頃には僕はもうこの地には居ないかもしれません。」


 当然だ、とエティスは考え、それ以上はなにも言えなくなる。



「——ですが。」


「ですが、僕がここにいる間に侵攻してきた場合は別です。」


 コウタがそう続けると、エティスは驚いたような表情で顔を上げる。


「それは、どういう⋯⋯。」


「あいにく今のホームはこの街なので、それが脅かされるというのなら、僕も全力でお手伝いしますよ。」


 聞き返すと、半ば食い気味になるような形でコウタは口を開き、そう答える。


「自分がいる限り守る、という事ですか。」


「まあそんな感じです。」


 その言葉の意図に気が付き、確認をすると案の定正解といった反応が返ってくる。



「では最後に一つ、聞いてもいいですか。」


「⋯⋯⋯⋯?どうぞ。」


 エティスが最後の最後に、改めて話を切り出すと、コウタははぐらかすような真似はせずに問いを返す。



「今の君の言葉を聞く限り、君は確固たる正義の為に戦う訳でも、特定の個人や土地の為に戦う訳でもない。」


「⋯⋯そうなりますかね。」



「では君は、何の為に戦うんですか?君が守りたいのは一体なんなんですか?」



「⋯⋯守りたいもの⋯⋯か。」



「⋯⋯居場所、ですかね。」



 少し考えた後にそう答えたコウタの表情は、少しだけ寂しげで、儚さを感じさせた。



「⋯⋯っ!」


(⋯⋯ああ、そうか。)


 それを見て、エティスもまた、目の前にいる人間もまだ子供なのだという実感を持つ。



「それでは僕はこれで。」



 納得したようなエティスの表情を見て、話は終わったのだと解釈すると、軽く頭を下げながらコウタはその場から離れる。


「⋯⋯全く、子供がそんな顔をするべきでは無いですよ。」


 残された男は一人、透明なグラスに入った水に口をつけながら、小さくそんな呟きを漏らす。



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