二十一話 さすらいの魔法使い
入り口の扉を抜けると、そこには大量の本棚が視界いっぱいに広がり、参考書や図鑑や参考書と思われる本が整然と並べられていた。
「おお。」
想像よりも遥かに清潔で明るい雰囲気の内装を前に、コウタは小さく呟くように感嘆の声を上げる。
しかしながらそれでも人気のない図書館の中はしんと静まり返り、図書館独特の謎の迫力が醸し出されていた。
コウタはその迫力に押されながら、ゆっくりと歩みを進めていく。
(それにしても、人の気配がしないな。)
そしてしばらくの間、本では無く人がいるかを探すためにキョロキョロと周囲を見て回ったがやはり物音一つ聞こえてこない。
「誰もいないのかな?」
「——いるよ。」
誰に向けた訳でもない問いに背後から幼さと凛々しさの混じった声で答えが返ってくる。
「どわっ!?⋯⋯えっ!?」
予想だにしない方向からの急な返答にコウタは思わず奇声を上げて後退りする。
「珍しいね。こんなところに人が来るなんて。」
振り向くとそこにはコウタよりも小柄な可愛らしい少女が立っており、少女は一切表情を変えることなく淡々とそう言う。
「えっと、あなたは?」
無表情でこちらをジッと睨みつける少女とは対照的に、頬を引きつらせながらそう尋ねる。
「私はシリス、元冒険者で今はさすらいの魔法使いをやってる。」
少女は眉間に手を当てて奇怪なポーズをとるが、やはり表情の起伏が少なく、ふざけているのか真剣なのかが分からなかった。
「つまり旅人さんですか、初めましてキドコウタと申します。」
それでもコウタは違和感を無視してため息を吐き出すと、気を取り直してそう挨拶をする。
「うん、ところでコウタはなんでこんなところに来たの?私は二週間くらいここに通ってるけど、初めてだよね?」
(いきなり呼び捨てか⋯⋯。)
あくまでマイペースに話を進める少女に呆れながら、苦笑いでそんな事を考える。
「はい。今日はスキルと武器について勉強しに来ました。」
「へぇ⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
少女が素っ気無いような返事をすると、図書館ということもあるのか、その場に謎の沈黙が流れる。
(なんか言おうよ!!)
コウタは心の中でそう叫ぶ。
「⋯⋯まぁ頑張れ。」
何も思いつかなかったのか、少女は少し間を置いてそう言うと、手を軽く振り、その場から立ち去っていった。
「は、はあ。ありがとうございます。」
「なんだったんだろう⋯⋯。」
掴み所のない少女の背中を眺めながら、コウタは頭に疑問符を乗せながらそんな言葉を呟く。
——そしてその後、コウタはしばらく武器に関しての文献に目を通すが、目ぼしい情報を得る事は出来なかった。
「世界中に散らばった呪剣⋯⋯伝説の勇者の使った魔剣⋯⋯神の手によって創り出された聖剣⋯⋯はぁ、どれもすでに現存していないか、所在不明のものばかり⋯⋯か。」
コウタは今回オリジナルスキルの強化を考えて、ここに来たが当てが外れてしまった。
(とりあえず、剣は諦めて、スキルの勉強もしとかないとな⋯⋯。)
そう言ってスキルの本が置いてある本棚へ向かう。本棚から目ぼしい本を何冊か抜き取ると、近くに置かれた長いテーブルにドスンと置き、椅子に腰掛ける。
「さて、と⋯⋯。」
ペラペラとページをめくり目を通し始めると、常人の数倍のスピードで本を読み進めていく。
「⋯⋯⋯⋯ん?ん〜⋯⋯。」
一冊、二冊、と黙々と読破していくが、ほとんどの本は曖昧な表記で彼の身につくようなものはなかった。
(やっぱり微妙だな⋯⋯。)
十冊目を読み終えた段階で集中力にムラが出てき始めた事を自覚すると、コウタはふぅ、と息を漏らしながら本を閉じる。
「——もう、終わり?」
直後、全く意図していなかったタイミングでコウタの真横の空間から声がかかる。
「どわぁ!?」
完全に油断したタイミングで登場した少女に再び不意打ちを食らう。
「もう、調べものは終わったの?」
ドクドクと高鳴る心臓を抑えながら目を見開くコウタに対して、少女は何事もなかったかのように首を傾げて問いかける。
「え、ええ、表記が曖昧なところが多くあまり参考にならなかったので。」
(この人は心臓に悪い!)
「何について、調べてたの?」
驚愕と戸惑いに心を支配されたコウタは、額を伝う冷や汗を拭って息を整えるが、シリスはやけにしつこく、興味深そうに食いつく。
「ええと、スキルの分類と特徴について、あとはオリジナルスキルについて、ですかね。」
「⋯⋯だったら私が教えてあげようか?」
「へ?」
シリスはコウタの目の前に座り、腰にかけられたマジックバックの中からメモとペンを取り出す。
安定感のない独特な座り方は彼女のこだわりだろうか。などと考えていると、少女はサラサラとメモに書き込みながら説明を始める。
「まずスキルの分類だけど、大きく分けると、二つに分けられる。」
「一つは〝アクティブスキル〟これは簡単に言えば発動系のスキル、つまりはその恩恵を得るのに任意で発動しなくてはならない。魔法とかはこれに分類される。」
「もう一つは、〝パッシブスキル〟これは言ってみれば常時発動するタイプ。スキルを得た瞬間に反映される。筋力上昇や毒耐性なんかの身体能力に関わるものがここに分類される。」
「なるほど⋯⋯。」
説明を聞いてようやく初めて入手した二つのスキルの違いと、自身の立てた仮説が正しかった事を理解する。
「アクティブスキルはともかくパッシブスキルは基本的に伝授や晶石での後天的な入手はほぼ無理。」
「あとはアクティブスキルはレベルの上限が10なのに対して、パッシブスキルの上限が5であること。」
「パッシブスキルはレベルを上げるのにスキルポイントが必要になること。このあたりが大きな違いかな。」
「じゃあアクティブスキルはどうやってレベルを上げればいいんですか?」
「ひたすら使い続ける。それしかない。」
コウタが質問を投げかけると、シリスは無表情のまま目をキラリと輝せそう答える。
(やっぱりか⋯⋯。)
予想していた答えが返ってきたことで、コウタは一人納得しながら視線を真下に下ろす。
「次にノーマルスキルと専用スキルの違いだけど、これは簡単で文字どうり、専用スキルはその職業限定のスキル、ノーマルスキルは誰でも使える汎用スキル、って感じ。」
「ノーマルスキルは晶石なんかでも簡単に手に入るけど専用スキルは伝授じゃないと後天的には手に入らない。」
「あと、例外として、ギルドマスターとかの一部の特殊職は、その職業の専用スキルの他に、その前にやっていた職業の専用スキルを使えたりする。」
「はぁ⋯⋯。」
ペラペラと区切ることなく高速で話され、コウタも半分くらい聞き漏らしてしまう。
「まあ、商人はすべてのスキルの威力が落ちるし、騎士や踊り手に関しては、他の職業の専用スキルは一切使えない、なんて感じで、職業によって違うから、一概にどうとかは言えない。」
そんな事など気にする事もなく、シリスはメモ帳に高速で書き込み説明を続ける。
「⋯⋯なるほど。」
「次にオリジナルスキルだけど、オリジナルスキルっていうのは、その人間にだけ許された特別なスキルのことで、伝授もできなければ、後天的に身につけることもできない。」
続け様に今度はもう一つの疑問に触れて話を始めるが、少女は未だに全く表情や声の調子を変えずに話を続ける。
「例えばどんなのがあるんですか?」
「例を挙げるのは難しいけど、例えばあらゆる状態異常が無効化されるスキルとか、植物の成長を促して、作物を一瞬で栽培できるスキルとか。かな、文献に残ってるのだと。」
「なるほど。」
聞いてはみたものの、解答に対して明確なイメージが出来ず、それ以上深く尋ねる事はしなかった。
「アクティブもパッシブも関係なくて、中には既存のスキルのマイナーチェンジみたいなのもある。共通点を挙げるとしたら、ギルドカードには写らないってのと、同じものが一つとして存在しないという点。」
「どっちにしろ生まれつきの才能には違いない。努力や、根性だけじゃどうしようもないね。」
「だから強いんですね⋯⋯。」
コウタがため息をつきながらそう言うと、シリスはほんの少しだけ強い口調で反論する。
「でも、届かない強さではない。スタートラインがちょっとだけ前にあるだけ。人間、才能が全てじゃないんだから。」
「そ、そうですね⋯⋯。」
コウタは急に雰囲気が変わった少女に若干の戸惑いを見せる。
「こほん、失礼。⋯⋯まぁ、説明はこんな感じかな。なんか質問はある?」
シリスは直後に我に帰ったのか、軽く咳払いすると話題を強引に変えながらコウタにそう尋ねる。
「いえ、わかりやすい説明でした。」
「それは良かった。」
やはり表情は一切変えないが、嬉しそうなのがコウタにも伝わってくる。
「それにしてもすいませんでした。貴女も忙しいでしょうに⋯⋯。」
「大丈夫、ここで調べたかったものは全部調べたから。あとは知り合いに挨拶して、明日にはこの街から出て行くつもりだから。」
そう言った少女が持っていた本は、タイトルから察するに恋愛モノの小説であった。
(本当にに暇だったんだな⋯⋯。)
「それは良かった。⋯⋯それにしてもシリスさんの装備は、なんというか強そうなものばかりですね。」
彼女の全身を包む白と黒で統一されたその装備は、スキルを用いて調べると、そのほとんどが物理耐性や魔法耐性などの特殊効果があるものばかりであった。
「まぁ、元冒険者だからね。」
「特にその杖とか、すごい装飾ですね。」
(本当にすごいな⋯⋯。)
コウタは改めて〝観測〟を用いて杖を調べると、表示されたウィンドウには、想像よりもかなり強力な効果が現れる。
〝降魔の杖〟所持した人間の魔力を30パーセント増加させる。
「これは使えそうだな⋯⋯。」
他の装備を比較して、明らかにワンランク上の能力を持つその杖を見て、コウタは小さく口角を上げて呟く。
「⋯⋯?なんか言った?」
少女は小さく首を傾げながら、不思議そうにそう尋ねる。
「いえ、こっちの話です。」
「まぁ、これはとあるジジイからの貰い物だけどね。」
コウタが適当に誤魔化すと、シリスは杖の先を眺めながら、少しだけ頬を緩ませてそう呟く。
「そうなんですか。珍しい武器ですね。」
「あげないよ?」
「ああ、そうゆう意味で言ったのではないので大丈夫です。」
杖を体で庇うように隠す少女を見て、コウタは慌てて取り繕う。
「ならいい。じゃあ、やることもなくなったし、私はこれで失礼する。」
そう言ってシリスは席を立ちトコトコと出口へと歩いて行った。
(なんか変わった人だったな。)
コウタは少女の背中を眺めながら最後に彼女自身に向かって〝観測〟のスキルを使う。
シリス 魔法使い lv54
「ごじゅ⋯⋯!?」
表示された彼女のレベルの高さに、思わず驚愕の声が口から漏れ出る。
「ん?どうしたの?」
声に反応して少女が振り返る。
「い、いいえ、何でもないです。はい。」
ギルマスをも超えるレベルの高さに思わず動揺が表に出る。
「⋯⋯まぁ、いいや。どうせ君とはまたどこかで会えそうだし。⋯⋯バイバイ。」
少女は一瞬、訝しげな顔をするがそう言い残すとこちらに手を振りそのまま去って行った。
(マジで何者なんだろう⋯⋯。)
その日のコウタにはモヤモヤとした違和感と疑問だけが残ったのであった。