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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第三章
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二百七話 仮初のただいま

 時は前日の夜に遡る。



『ただ一つ聞きたいことがあります。」


「⋯⋯なんだ?」


 重々しく切り出されたコウタの言葉に対して、シリウスは短く問いを返す。


「貴方の所属はどこですか?」


「⋯⋯っ!?」


 その瞬間、シリウスの動きが止まり、次第に表情が引き攣り出す。


「そっ、こまでバレてたのか。」


 頬を引き攣らせたシリウスは、まるでため息を吐き出すように呟く。


「⋯⋯どういう意味だ?」



「この人⋯⋯魔族です。」


 訳のわからない様子で問いかけるアデルに対して、コウタは真剣な表情でそう返す。


「なっ!?」


 直後、大きく目を見開いたアデルは思わず足を引いて警戒するような体制になり、反射的に腰に携えた剣に手が伸びる。


「⋯⋯無所属だよ、特にどっかの勢力に肩入れとかはしてねえ。」


 それを見たシリウスは、無用な争いや勘違いを防ぐ為、戯けた様子で両手を上げ、先程のコウタの問いかけに対する答えを口にする。


「中立派にも?」


「中立派にも、魔王軍にも籍を置いたことはない。」


「物心ついた頃には戦争は終わってたし、親も死んでたからな。」


 そう答える彼の表情は、どこか儚げで寂しそうなものであった。


「⋯⋯とのことですが、どうしますか?リーダー。」


 澄ました顔をしながらも、コウタは少しばかり焦っていた。


 元々は正体不明の「薬のお兄ちゃん」の正体を確かめる目的で張り込んではいたが、その正体が魔族であるなど、考えもしていなかった。


 だからこそ、アイリスの時と同じように、予想の出来ない彼女の反応を知るのは気の引けるものであった。


「⋯⋯⋯⋯。」


 しかしながら、彼女の反応は、コウタが危惧していたようなものではなかった。


「どうもこうもないさ、この男がどんなことを考えようと、どんなものを背負っていようと、貴様が信頼に足ると判断したなら私は信じる。」


 アデルは小さく息を吐き出すと、悟ったような柔らかな笑みでそう答える。


「信じようじゃないか、私が信じる男と、そいつが信じた男をな。」


 目の前の魔族の言葉を信じるのではなく、自分を信じ、自分が信じる唯一無二の相棒の言葉を信じる。


 いつだってそうしてきたから、今回だってその決断は変わらない。


「力を貸してくれ、何かを助けたいと願う貴様の力をな。」


「⋯⋯後悔すんなよ。」


 呆れたように笑いながら、シリウスは差し伸べられた手を取る。






 そして時は現在に戻る。


「⋯⋯か、覚醒?」


「もしかしたらとは思っていたが、本当に出来るとはな⋯⋯。」


 突然の変化に戸惑いを見せるパトリシア達の横では、アデルが驚きで強張った笑顔を浮かべていた。


「ていうかあの翼って⋯⋯。」


「⋯⋯魔族?」


 そんな言葉に対して、ほんの少しだけシリウスの表情に影が差す。


「⋯⋯お兄ちゃん。負けないで。」


 しかしながら、そんな中で何も知らない少女だけが、純粋に彼の勝利を願って言葉を掛ける。


「⋯⋯ハッ、負けるかよ。」


 そう答える彼の顔には、微塵の恐怖も不安も無かった。


 ただ守りたいと思えた何かを守る為に、自分以外の何かの為に、何者でもない彼は拳を握り締める。


「⋯⋯行くぜ?」


「⋯⋯っ!!」


 深く腰を落として構えた直後、魔物に向かって一直線に飛び上がると、一瞬遅れて切り出した地面が爆ぜて土煙が上がる。


「⋯⋯オオオオオォォォォ!!」


「⋯⋯ハアアアアアァァァァ!!」


 二つの咆哮と共に二つの影が交わると、シリウスは魔物の拳を掻い潜ってその腹部に強烈な蹴りを叩き込む。


 体長50メートルを超える魔物の巨体がくの字に折れ曲がる。


「⋯⋯ぶっ飛べ!!」


 そんな叫びの直後、浮き上がった魔物の身体が街や孤児院とは反対側の平原に吹き飛ばされる。


「⋯⋯ッ!!」


 魔物の身体はなすすべなく街から押し出され、雪を巻き上げながら地鳴り音と共に倒れる。


「⋯⋯す、凄い。」


「この力、もしかしたら彼女と同等、いや、それ以上の⋯⋯。」


 そんな姿を眺めていたセリアは、自身の記憶の中にある魔王軍幹部の女を思い出しながらそんな言葉を呟く。


「⋯⋯セリアさん、私たちも援護に行きましょう!」


「⋯⋯ええ、あそこまで吹き飛ばせれば、ある程度の火力を出しても大丈夫な筈です。」


 そんなことを考えている最中、マリーの声を聞いてすぐに二人は彼らの後を追おうと駆け出す。


「⋯⋯ここまで来りゃ、街への被害はもう無いか。」


「⋯⋯⋯⋯?」


「⋯⋯待って、マリーさん!」


 直後に宙を漂う彼の様子を見て違和感を覚えたセリアは、急ブレーキをかけてマリーを呼び止める。


「⋯⋯っ、ど、どうしたんですか?」


「⋯⋯アレは⋯⋯⋯⋯。」


 振り返るマリーをよそに、彼女が見つめるのは彼らよりも遥か上の空であった。


「⋯⋯っ!?」


「⋯⋯雲が、集まってきてる。」


 振り返ったマリーは、魔物自身が呼び出したと思われる雪雲が、先ほどよりも遥かに狭く、濃く、シリウスを中心とした上空に集うのが確認できた。


「⋯⋯⋯⋯ッ!?」


 そしてゆっくりと翼を携えた男が空に手を掲げると、集結した雲から宝石のような眩い光が溢れ出し、ゆっくりと降ろした手の動きと共に降り注ぐ雨のように彼の身体を包み込む。


「⋯⋯光がっ!?」


 そして光はさらに小さく圧縮されていき、彼の目の前で直径20cmほどの球体の形に再形成されていく。



「わりぃな、オレは強ぇから、勝たせてもらうぜ。」


 ゆっくりと立ち上がる魔物を憐れむような目で眺めると、光を携えた手をゆっくりと前に差し出す。



「たとえ、種族や生まれが違おうと、オレは、あのガキを守る。」



「それが、オレが選んだ選択みちだ。」



「⋯⋯オオオオオオァァァァァ!!」


 今度は拳ではなく、まるで掴みかかるように手を伸ばす魔物に対して、シリウスは何も反応を示すことはなかった。


「⋯⋯じゃあな。」


 ただ短くそう呟くと、手のひらの上に漂う球体に亀裂が入り、そこから純白の光が溢れ出す。


「⋯⋯宵闇の落星(ヴィーナス・フォール)


「⋯⋯ッ!!」


 球体が完全に砕け散ると、その奥に宿る光は周囲に拡散することなく、一直線に魔物の姿を包んでいく。


 周囲に強烈な冷気を撒き散らしながら放たれる光に包まれた魔物の身体には徐々に霜が降り始め、その動きは目に見えて緩慢になる。


「⋯⋯すっ、すごっ!?」


 そしてその冷気は、彼から遥か離れたところに立つマリー達にも届いていた。


「⋯⋯ア、アァァァァァ⋯⋯⋯⋯。」


 それから数秒もしないうちに完全に動きを止め、物言わぬ氷像と化した魔物の背後の大地は、完全なる凍土へと姿を変えていた。


「⋯⋯⋯⋯。」


 戦いの終わりを確信したシリウスは、くるりと空中で方向転換をし、同時に覚醒によって現れた尻尾で自らに届く直前まで来ていた魔物の指先を弾き上げる。


 すると魔物の身体は尻尾の触れた場所から連鎖的に崩れていき、白い灰のように散って跡形もなく消え失せる。


「⋯⋯はっ、はっ、はっ⋯⋯⋯⋯。」



 同時に背中から生えた翼をはためかせ、ゆっくりと地上に舞い降りると、覚醒による変身を解除しながら両膝をついて崩れ落ちる。



「⋯⋯終わっ、たの?」



 その光景を理解出来ないパトリシアは、呆然とした表情でそう尋ねる。


「ええ、そのようです。」


「⋯⋯たっ、助かったぁ。」


 アデルが視線を固定したままそう答えると、気の抜けたパトリシアは背中に少女を抱えたままの状態でふにゃふにゃとその場にへたり込む。


「⋯⋯コウタから強いとは聞いていたが、まさかここまでとはな。」



「⋯⋯⋯⋯。」


 アデルが遠目に見えるシリウスと目が合うと、直後、彼の姿は煙の中に飲み込まれて視界から消える。



「⋯⋯っ、消えた?」



「⋯⋯アデルさん、パトリシア様!」


 彼を探そうと周囲に目を向けていると、視界の奥から聞き慣れた声を上げて手を振る二人の仲間の姿を捉える。


「⋯⋯二人とも、大丈夫だったか?」


「ええ、そちらはどうですか?街の方々も軽症者ばかりでしたので治療しておきましたわ。」


 近づきながら問いかけるアデルに対して、セリアは落ち着いた様子で言葉を返す。


「そう、それは良かった。」



「——みんな、大丈夫!?」


 安心したのも束の間、今度は背後から別の少女の威勢のいい声が聞こえ、反射的に振り返る。


「⋯⋯エイル、と。」


「⋯⋯っ、コウタさん!」


 肩を借りてようやく立つことが出来るほどボロボロになったその少年の名を叫んだのは、彼を誰よりも慕う魔法使いの少女であった。


「⋯⋯すいません、遅くなりました。街は無事ですか?」


「⋯⋯ああ、今し方解決したところだ。シリウスがな。」


 フラフラになりながらエイルの元から離れ、臨戦威勢を整えようとする彼の姿に呆れ果てながら、ため息混じりにアデルはそう返す。


「シリウスさん?⋯⋯そうですか、彼が⋯⋯。」


 アデルに抱き止められるような形で目が合うと、コウタは安心し切ったような声色でそう呟く。


「それより⋯⋯相変わらずボロボロだな。貴様は。」


「⋯⋯ははっ、面目ない。」


 呆れたようなアデルの問いかけに苦笑いで答えたコウタはゆっくりと顔を上げて視線をマリーに向ける。


「⋯⋯ご心配をおかけしました。」


 自分を誰よりも信頼し、誰よりも心配してくれる彼女だからこそ、自身の生きる意味となってくれた彼女だからこそ、コウタは自身の出来る限りの誠実さで頭を下げる。


「⋯⋯っ。」


「してませんよ、心配なんて。」


「⋯⋯だって信じてましたから。」


 吐き出しそうになった不安や言葉を飲み込むと、マリーは出来る限りの笑顔でそう返す。


「⋯⋯おかえりなさい、コウタさん!」


「はい、ただいま。」


 元気よく響き渡る笑顔に対して、コウタはぎこちない笑顔でそう答える。

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