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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第三章
207/287

二百六話 そして再び、金棒を手に


 周知の木々をなぎ倒しながら広がる衝撃波によって蒸発した渓谷の水は周囲に真っ白な霧を作り出す。


「⋯⋯⋯⋯ッ!!」


 衝撃波から少し遅れて、エイルの耳に重く鈍い衝突音が聞こえてくる。


「⋯⋯⋯⋯。」


「⋯⋯コウタ?」


 恐る恐る崖上から覗き込むと、視界は真っ白な霧に覆われて何も見ることが出来なかった。


「⋯⋯⋯⋯。」


 そして霧が晴れたその先には、鉤爪が砕け、ボロボロになった拳を突き出す魔族の少年と、そこから少し離れた岩壁にクレーターを作る少年の姿があった。



「⋯⋯は、ははっ、はははは!」




「勝った、オレの勝ちっス!」



 高笑いをしながらフラフラと身体をよろめかせる少年の姿は、敵であるエイルが見ても尋常ではないダメージを受けていることがすぐに分かった。


 突き出した腕から皮膚を裂くように伸びた傷跡が、胸に風穴を開けており、その傷はコウタの攻撃の破壊力の高さを物語っていた。


「⋯⋯⋯⋯。」


 そしてその先にはぐったりと岩壁に体を預けるコウタの姿があり、その姿も決して無事と言えるようなものではなかった。



「これで、オ、レ⋯⋯は⋯⋯⋯⋯。」



 しかしながら、そんな彼の身体に覆われていた光が消えると、リーズルの身体はまるで糸が切れたように力が抜けて行く。



「⋯⋯ええ、この勝負、あなたの勝ちです。」



 そしてそれに合わせて、岩壁に埋まっていたコウタが身体を起こすと、うつろな目でそう答える。


「けど、僕には帰る場所があるんです。」



「だから、命までくれてやるつもりはない。」


「⋯⋯っ!」


 最後のコウタの言葉とともに、落下したリーズルの身体は水の柱を立てながら水面へと衝突する。


——そして。



「⋯⋯っ。」



(⋯⋯ああ、僕もか。)



 そして戦いが終わり、全身の力を抜くと同時に、コウタの身体も同様に水面へと向かって落ちていく。


「⋯⋯っ。」


 しかしながらその小さな身体が水面へと落ちる直前に、真横からエイルがそれを抱き寄せることで落下の衝撃が緩和される。



「「⋯⋯ぷはっ!」」



「⋯⋯あー、死ぬかと思った。」



 ほぼ同時に水面から顔を上げると、殺し合いの後とは思えない程間抜けな声を上げながら、彼女に引っ張られて陸へと揚げられる。



「⋯⋯アンタ。」


 そうしてゆっくりと立ち上がると、エイルは小さな声でそう呟く。



「⋯⋯お待たせしました、エイルさん。帰りましょう。」


 そして遅れてコウタも立ち上がると、先程までの悪魔の様な形相とは対照的な、痛々しい笑顔で首を傾げる。



「⋯⋯おっと。」


 直後にふらりと倒れ込みそうになると、抱き寄せる様にエイルが受け止める。


「ありがとうございます。⋯⋯⋯⋯ん?」


 申し訳なさそうに礼を言うが、そこから動きがないことに疑問の声を上げる。


「どうしたんですか?」


「⋯⋯あんまり、心配させんな。心臓に悪い。」



 そんな問いを投げかけると、弱々しく震えた声でそんな言葉が返ってくる。



 抱き寄せる彼女の腕の力がほんの少し強くなる。



「⋯⋯その口振りだと、貴女も心配してくれたんですか?」



「⋯⋯したに決まってるでしょ。」



 悪戯っぽくそう尋ねると、これ以上ないくらい素直な言葉が返ってくる。



「⋯⋯っ、そうですか。」



(あんまり素直だと、調子狂うなぁ⋯⋯。)



 あまりにもいつもの態度と乖離があるため、コウタも思わず言葉を詰まらせる。



「ごめんなさい、けど、もう大丈夫です。」



 ため息混じりに空を仰ぎながら、コウタは優しい声色でそう答える。










 コウタと別れ、荒野を駆けるアデル達一行はそれぞれが別の不安や焦りを抱えながら進んでいた。



「⋯⋯コウタ君、大丈夫かな?」


 パーティーの最後列を走るパトリシアは、リーズルの戦闘能力の高さを思い出しながらそんな問いを投げかける。



「大丈夫、だと思います。アイツはちゃんと強いですから。」


 わずかな不安を抱えつつも、信じるという選択をとったアデルは言葉をつまらせながらそう返す。


「けど⋯⋯。」


「⋯⋯なんだか、寒くなってきてませんか?」


 それでも不安を拭いきれないパトリシアが口を開いた瞬間、マリーがふとそんな言葉を呟いて両肩を抱える。


 一瞬遅れて真正面から強烈な吹雪が吹き荒れる。



「⋯⋯この吹雪まさか。」



「ええ、そのまさかですわ。」



 パトリシア以外の全員が、何かに気づいた時には、すでにセリアは遥か前方に立ち尽くす巨大な魔物の姿をその視界に捉えていた。




「コルドジャイアント⋯⋯!!」



「⋯⋯なんで!?あれってもう滅んだはずじゃ⋯⋯。」



 見覚えのあるその魔物の名を呼ぶと、それに反応してパトリシアが小さくそう呟く。



「あの目の傷って、まさか⋯⋯。」


 少し遅れて、マリーは魔物の目につけられた大きな切り傷を見つける。


「⋯⋯以前我々が相対した個体だろうな。」


「⋯⋯誰かが戦っていますわ。」


 更に進んでいくと、一行の中で最も視力の良いセリアがその事実に真っ先に気がつく。



「おそらくシリウスだろう。けど⋯⋯。」




「分が悪そうですわね。街を守りながら戦っているせいでしょう。」


 アデルが自身の予測を言葉に出す前に、セリアがその答えを口にする。



「⋯⋯援護する、奴の弱点は炎だ。マリー、行けるか?」



「⋯⋯っ、はい。」


「ならば私がサポートに着きます。アデルさん、街の方々の避難をお願いします。特に孤児院がおそらく一番危ないです。」



「⋯⋯っ!」



 アデルの指示に合わせてパーティーのメンバーは即座に動き出すが、その中で唯一、セリアの言葉に動揺したパトリシアは黙り込んで喉を鳴らす。



「⋯⋯パトリシア様、行きましょう。」



 そんな動揺を汲み取ったアデルは、彼女の目をじっと見つめながらそう促す。



「わ、分かった。」



 震えた声でそう答える彼女を連れて、アデルはその場を離れる。









 そして彼女らの視界の先、巨大な魔物と相対する男は、目の前に立ち尽くす敵のその巨大な体躯を前に攻めあぐねていた。



「⋯⋯ちっ、やり辛え。」



 街に攻撃の矛先が行かないよう咄嗟に意識を引き付けてみたものの、こちらの攻撃は思った程は通らず、かといって強引に押し切ろうとすれば、ふらついたり倒れたりした魔物が街に及ぼす被害は想像に難くない。



「⋯⋯ヒートキャノン!」



「⋯⋯ッ!?」



 そうやって攻めあぐねていると、真横から巨大な火球が飛翔する。



「⋯⋯こいつは⋯⋯⋯⋯。」



「シリウスさん、助太刀に来ました!」



 振り返るとそこには杖を構えた紫色の髪の少女が駆け寄ってきているのが見えた。



「⋯⋯マリー、だったか?」



「⋯⋯おい!そこ危ねえぞ!」



「⋯⋯へ?」


 そんな彼女の姿を見ていると、シリウスは目の前の魔物が大きく腕を振り上げているのに気が付く。



「オオオオオオォォォォ!!」



「⋯⋯ちぃ。」



聖域サンクチュアリー



 振り下ろされる腕に潰されそうになるマリーを助けようと、咄嗟に飛び出すが、それよりも早く彼女の身体は黄金色に輝く障壁に守られる。



「⋯⋯⋯⋯ッ!!」



「こちらはお気になさらず、お好きなように戦って下さいまし。」



「⋯⋯助かるぜ。」



 遅れて遠目からセリアの声が聞こえると、笑みを浮かべながら、再び魔物に向き直る。



「⋯⋯タイタン・サイス」


「⋯⋯⋯⋯っ!」


 ゆっくりと身体を屈め、地面に手を付くと、土属性の魔法を撃ち放って大地から巨大な杭が飛び出すが、魔物はそれを自らの拳で弾き返す。



「ちっ、全然効いてねえな。」



「⋯⋯やっぱり火属性が使えないシリウスさんじゃ決定打にならない。」



 その様子を眺めていたマリーは、シリウスと同様、苦々しい表情でそう呟く。




「ヒートキャノン!」


 遅れて再び炎の球を打ち出すが、直撃した攻撃にも大きな効果があるようには見えなかった。




(けど私の魔法も威力が足りない。)



「マリーさん、もっと威力を上げることは出来ますか?」



「⋯⋯これが最大です。強引に威力を上げる事は出来ますけど、連発は出来ませんし。」



 セリアの問いかけに対して、マリーは一瞬、合体技を使うことを考えたが、一発打つたびに腕が焼け爛れるあの技では、使用するたびに回復を要するため、効率的ではないと判断する。



「⋯⋯やはり火力が足りない。」



「だったら、力尽くで押し通す!!」



 その場で小さく呟くセリアの声に、聞こえているはずもないシリウスが、反応するような言葉を口にして飛び出す。



「⋯⋯インパクト・ナックル!!」


 一気に魔物の巨体を駆け上がり、その頬に拳を叩き込むと、大きな衝撃波が周囲に広がる。



「⋯⋯っ、もう、一発!!」



「ダークネス・ブラスト!」



 そして空中で再び体制を立て直すと、反対側の手で紫色の光を打ち放つ。



「⋯⋯⋯⋯ッ!?」



「オオオオオオォォォォ!!」



 爆煙に視界を奪われながらも、その場で暴れ回る魔物は、がむしゃらに両腕を振り回す。



「⋯⋯んなっ!?」



「⋯⋯ッ!!」



 それに巻き込まれて吹き飛ばされると、シリウスの身体はその場から遥か遠くまで吹き飛ばされてしまう。



「⋯⋯シリウスさん!」



「ごほっ、ごほっ、くっそが。」



 地面が捲れ上がるほどの勢いで落下しながらも、悪態をつきながらなんとか立ち上がる。



「⋯⋯シリウス!」



 すると、少し離れた場所から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。



「⋯⋯ああ、嬢ちゃんか。」



 振り返った先にアデルの姿を視界にとらえ、そしてその奥に孤児院を見つけると、自らがどれだけ遠くに飛ばされたかを理解して舌打ちをする。



「⋯⋯大丈夫か。」



「ああ、問題ねえ。」


 アデルの問いかけに対して、視線を合わせる事なく、魔物を睨みつけながらそう答えると、呆れたようにため息を吐き出す。



「あのデカブツ、戦闘能力はさほど高くはねえんだが、いかんせん質量が規格外過ぎる。攻撃が効いてるのかどうかも分からん。」



(たとえ倒せたとしても、街への被害を考えたら迂闊な戦い方は出来ねぇ。)


(せめてあの巨大を遠くに引き剥がせるだけのパワーがあれば⋯⋯。)



 そんな思考が彼の頭を通り過ぎると、その瞬間、彼の脳内に声が響き渡る。



『——強さだ。』



「⋯⋯っ。」



 それに続いて、ふととある光景が脳内に移る。






 それは在りし日の彼の記憶。


 薄暗く寒い部屋の中で、何よりも大きく見えた男の背中だけが彼のまぶたの裏に映っていた。


「強さ?」


 若く幼い褐色の少年は、決して振り返らず窓の外を眺める男に対してそんな問いを返す。



「人も、思想も、信念も、全てを守るためには力がいる。」



「⋯⋯力、ですか?」


 そんな男の言葉を、まだあどけない子供が理解できる筈もなく、男の言葉を復唱しながら首を傾げることしかできなかった。



「もちろんそれだけではない、何かを守る為には、時に何かを切り捨て、敵対する者に手を差し伸べなければならないこともある。」



「だからこそ、お前は強くなれ。」



「全てを守るためではなく、全てを選ぶために。」


 その言葉を最後に、シリウスの思考は現在に舞い戻る。








「⋯⋯っ、うるせえよ。アンタに、何が分かる?」


「⋯⋯何がだ?」


 吐き出すように呟くシリウスの言葉に対して、アデルは不思議そうに首を傾げる。



「⋯⋯悪い、こっちの話だ。」



 そんなやり取りをしていると、二人の背後から草原の草を踏み締める足音が聞こえてくる。



「アデルちゃん、避難の準備出来たわよ!」



「⋯⋯お嬢様も来て、た⋯⋯のか。」



 その声に反応して再び振り返ると、シリウスはパトリシアの背中に背負われる少女の姿に思わず言葉を詰まらせてしまう。



「⋯⋯お、にいちゃん?」



「⋯⋯っ、シャーロット。」



 それまで完全な戦闘体制に入っていたシリウスの表情から、少しずつ力が抜けていってしまう。



「街のみんな、どうなっちゃうの?」



「みんな死んじゃうの?」



 あからさまに動揺を顔に出すシリウスを見て、シャーロットは苦しそうに、そして不安そうに問いを投げかける。



「⋯⋯っ。」


 弱々しく、そして儚げな少女の姿を見て、シリウスは改めて自身のするべき事を思い出す。


 彼女を護りたい、救いたい。



(⋯⋯逃げんな、逃げんな俺。)



「⋯⋯そんなわけねえだろ。心配すんな。すぐになんとかするから。」



 だからこそ、不安は見せず、シリウスは彼女にとってのヒーローである事を選ぶ。


「ほんと?」


「おう、任せとけ。」


 明るくなった声色で問い返す彼女の言葉に対して、力強くそう答える。


「⋯⋯行きましょう、パトリシア様。」


「わ、分かった。」



「⋯⋯なぁ、嬢ちゃん。」




「⋯⋯なんだ。」


 三人がその場から立ち去ろうとした瞬間に、シリウスがアデルだけを呼び止めると、アデルは立ち止まって振り返る。



「⋯⋯あの男なら、アレ。どうにか出来るか?」



「きっと出来る。が、敵が敵だけにアイツはいつ帰ってくるかは分からない。」



「もしかしたら、今日中に帰って来る事はできぬかも知れないな。」



 彼の指す「あの男」の正体にすぐに気が付いたアデルは、ハッキリとそう断言した後に、それは難しいという考えを伝える。


「⋯⋯そうか。」


「⋯⋯だから一つだけ言っておく。」


「⋯⋯あ?」


 諦めまじりの返答の後に付け加えられる言葉を聞いて、間の抜けた声を上げる。




「やって後悔するのと、やらずに後悔すること、どちらが正しいかなんて私には分からない。」


「けど、本当に大切なものがあるなら、なりふり構わず全力で守るべきだ。」



「失ったものは、もう二度と、元には戻らないのだから。」



 その言葉には、彼女自身の深い後悔と、二度とそうはさせないという強い覚悟が込められていた。


「⋯⋯っ。」


「⋯⋯⋯⋯。」


 彼女の言葉に、何かを感じ取ったシリウスは、小さく息を吐き出した後に顔を上げる。


「なあ、アデル。」


「なんだ?」


 決して振り返らず、背中越しに言葉を投げるシリウスに対して、アデルも同じように振り返る事なくそう返す。


「アイツらのこと、任せていいか?」


「巻き込まれねえように、守ってやってくれ。」


 明るい口調であった。


 しかしながら、その声は確かに震えていた。



「ああ、任された⋯⋯⋯⋯行ってこい。」


 だからこそ彼女は、ゆっくりと振り返りながら、まるで背中を押すように、優しい声で届くはずもない笑顔でそう答える。


「⋯⋯⋯⋯。」


「おにいちゃん?」


 その言葉に答える事はなかった。


 彼の姿は、吹き荒れる吹雪の中に呑まれて朧げに揺らめく。



『————覚醒』



 小さく、そして短く呟くと、吹雪に呑まれた彼の姿は大きく翼を広げた異形へと変化していく。


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