二百三話 信じる者と憂う者
龍の咆哮が森の中に轟き、そして小さく消えゆく中、そこから遠く離れた荒野ではアデル達花回収組が帰路についていた。
「⋯⋯あ〜、終わった終わった⋯⋯。」
その中で先頭を歩くシリウスは大きく伸びをしながら呟く。
「この後はどうしますか?一度街へ戻るか、このまま彼らの手伝いに行くか⋯⋯。」
そんな中で、全員の体力にかなり余裕があると感じたセリアは、リーダーであるアデルにそんな提案をする。
「いや、やめといた方がいいだろ。」
しかしながらその提案は先頭を進むシリウスの言葉によって待ったをかけられる。
「⋯⋯?でもまだ元気ですよ?」
「⋯⋯と言っても道が分からんしなぁ。」
マリーが不思議そうに首を傾げながら尋ねると、シリウスはため息混じりにそう返す。
「⋯⋯ああ、なるほど、確かに。」
「それに、入れ違いになるのが一番面倒だからな。」
マリーが納得すると同時に、アデルが追加でそんな懸念についても口にする。
「了解しましたわ。それでは一旦帰還を⋯⋯ん?」
その決定を受け入れて返事をしたその瞬間、セリアは視界の端に二つの影を捉える。
「⋯⋯みんな!」
よく見るとその影の正体はよく見知った人間であり、こちらが反応を示す前にそのうちの片方が大きく手を振っているのが見えた。
「⋯⋯パトリシア様、そちらも任務は⋯⋯っ!?」
一行はその声に反応して駆け寄っていくと、手を振った女性の隣に立つ少女の姿を見て思わず動揺を見せる。
「⋯⋯エイル!その傷は⋯⋯。」
剣を杖代わりにしてフラフラとこちらに近寄ってくる少女、エイルは、セリア達の姿を確認すると同時に糸が切れたように倒れ込んでしまう。
「⋯⋯ごめん、なさい⋯⋯私は⋯⋯。」
「⋯⋯っ、治療します。」
そんな彼女を抱き止めたセリアは、即座に彼女を地面に寝かせて治療を開始する。
「⋯⋯一体何があったんですか?なぜ二人だけで⋯⋯それにコウタは⋯⋯?」
「銀白水は手に入れたんだけど、帰り道に敵に襲われたの、それで私を守って⋯⋯。」
状況が理解できないアデルは、呆然と立ち尽くすことしか出来なかったパトリシアに途切れ途切れに問いを投げかける。
「敵の特徴は分かりますか?」
彼女の言葉を聞いたセリアは、治療をするエイルから視線を話す事なく更なる情報を求める。
「⋯⋯コウタくんはリーズルって呼んでた。」
「⋯⋯リーズル、って前に戦った⋯⋯⋯⋯。」
その名前に真っ先に反応したのはマリーであった。
「魔王軍親衛隊か。」
「ならコウタさんは⋯⋯。」
「うん、今も戦ってる。」
パトリシアはアデルとマリーの言葉を肯定するように小さく首を縦に振る。
「⋯⋯なら助けに行こう。」
「⋯⋯⋯⋯ッ!」
アデルがほぼ即答でそう結論を出した瞬間、彼女達の後方から巨大な爆発音が響き渡る。
「⋯⋯⋯⋯なっ!?」
「⋯⋯なんですか、今の音。」
「⋯⋯街の方から聞こえてきましたわ。」
その場にいた全員が突然の出来事を前に動揺を露わにしていると、その中で唯一セリアだけが治療を止める事なく冷静にそう呟く。
しかしながら彼女の表情はどこか強張っており、他の者と同様にかなり動揺していることが分かった。
「⋯⋯っ!!」
セリアの言葉を聞いた瞬間、それまで大人しく話の顛末を聞いていたシリウスは飛び出すように街に向かって駆け出していく。
「あ、シリウスさん!」
「⋯⋯ど、どうしますか!?」
そんな彼の背を眺めながら、マリーはアデルに向かってそんな問いを投げかける。
「⋯⋯っ。」
「⋯⋯街へと戻りましょう、リーダー。」
情報過多でなかなか決断に踏み込めないアデルに対して、そんな提言をしたのは、セリアであった。
「⋯⋯っ、セリア。」
「今現在、街で何が起こっているかは分かりませんが、まともに戦える人材はそう多くは無いはずです。」
「加えて、前回戦闘を行った際には、コウタさんはそのリーズルと言う名の魔族を撃破しています。」
アデルが振り返ると、セリアは治療を継続したまま自らの意見を補強するような情報を示す。
「勝率の高いコウタさんの戦いの援軍に行くよりも、防衛の手段の少ない街を守りに行った方が良いと思いますわ。」
「⋯⋯それは、そうだが。」
その意見は、全面的にコウタの実力を信用しているが故のものであったが、それでもアデルは決断が出来なかった。
「なにより、次期領主のパトリシア様の身を預かっている以上、我々は彼女を村に帰す義務があります。街に問題が起こっている今は尚更。」
その言葉に反応してふと思い出したように彼女に視線を向けると、パトリシアの表情は真っ青になりながら動揺して動けずにいた。
その様はまるで、行きたくても行けない、自身の弱さや現実を知っているからこそ勝手な行動が出来ず、ただ立ち尽くすしかない状況である事を示していた。
「⋯⋯ありがと、セリア。もう大丈夫。」
するとそれまで眠っていたエイルがゆっくりと起き上がり、回復魔法を発動するセリアの元から離れようとする。
「⋯⋯いけませんわ、ダメージが完全には回復してません。」
しかし当然セリアも彼女の事を放っておくわけもなく、その手をつかんで引き留める。
「後は自分で治せる。それより、みんな先に行って。」
「私、コウタの所に戻る。」
手を引かれて振り返ったエイルは、フラフラになりながらもはっきりとした口調でそう言い放つ。
「「「⋯⋯っ。」」」
「しかし⋯⋯。」
「無茶ですわ、行った所で何が出来るのですか?」
治療を行なっていたセリアは、一際強い口調で問いかけて彼女を引き止めようとする。
「回復魔法が出来る。」
諭すような、叱りつけるようなセリアの問いかけにそう答える彼女の目には、迷いも躊躇いすらも存在していなかった。
「⋯⋯⋯⋯。」
「分かってる、けど、なんか嫌な予感がするの。」
悲しそうな表情で顔を顰める聖女に対して、エイルはそれでも引くことなく真剣に言葉を紡いでいく。
「コウタが強いのは知ってる。けど、相手も強かった。例え勝てたとしても、絶対に無傷ではいられない。」
「何が起きてて、誰が怪我をしてるか分かんない街と、たった一人で戦ってるアイツ、一度に一人ずつしか回復出来ない私と、同時に何人も回復出来る貴女。どっちがどっちに行けば効率的か、明らかでしょ?」
「⋯⋯⋯⋯。」
確かに彼女のいう言葉は筋が通っている、理にもかなっている、しかしながら、アデルも、セリアも、安易に首を縦に振ることが出来なかった。
何故なら二人は知っていたから、彼女があの少年によく似ている事を。
何かが起これば、きっと理屈よりも先に身体が動く、たとえそれがどれほど危険だろうと、自らの身を顧みずに彼女は前に飛び出す。
だからこそ、その提案は簡単に了承出来なかった。
「分かりました。ならそれで行きましょう。」
けれど、そんな中でたった一人、あっさりと彼女の提案を受け入れる者がいた。
「⋯⋯っ、マリー。」
「ここで迷ってるだけ時間の無駄です。少なくとも、コウタさんならすぐに決断してるはずです。」
「⋯⋯沢山の人を救える道が目の前にあるのなら、尚更。」
アデルが何かを言おうとした瞬間、マリーは大きな表情の変化も見せる事なく淡々とそう答える。
「「⋯⋯⋯⋯。」」
それを聞いた瞬間、二人の中に存在していた不安は消える。
「⋯⋯分かった。頼んだぞ、エイル。」
「⋯⋯ごめん、ありがと。」
そして彼女らもまた見送る覚悟を決めると、そう言ってエイルの顔を見据える。
「⋯⋯行くぞ。」
「⋯⋯了解。」
そう言って背を向けるアデルの言葉に、セリアだけが一瞬遅れて返事をする。
「エイルさん、二つだけ。」
そして彼女らと同じように背を向けるマリーは、振り返ることもせずにはっきりとした声色でそんな言葉を発する。
「⋯⋯何?」
「あの人を助けに行くのなら、絶対に無茶はしないで下さい。自分のせいで誰かが傷付けば、あの人はきっと悲しむし後悔する。」
それを痛い程理解しているからこそ、そんな姿をずっと見続けてきたからこそ、マリーは強い口調でそう言い放つ。
「⋯⋯分かってる。」
そして彼女と同じように、コウタのそんな姿を知るエイルは、彼女達に背を向けながらそう答える。
「そしてもう一つ。コウタさんを、よろしくお願いします。」
「了解。」
一際強い口調で頼み込む少女の願いを聞いて、エイルは顔を上げながらそう答える。
「⋯⋯行きましょう。」
エイルが返事をすると、マリーは振り返る事もせず街へと駆け抜けていく。