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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第三章
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二百話 二人の付与術師


 木枯しが吹き付ける荒野の道に一人、ゆっくりと歩みを進める影は、ポツンと孤独に荒野にそびえ立つ孤児院の建物の横を抜けて街を眺める。


「⋯⋯ここが、ハサイ。」


 そう呟く影の主、魔族の少女、キエラは、吹き荒れる風に目を細めながら、額に付けたゴーグルを掛ける。


(少し肌寒いが、静かで、平和な街だ。)


 陽光を照り返しながら橙色に輝く荒野と、それを横切る澄んだ大河を前に、彼女は少しばかり心を奪われる。


「何故あいつは、こんなところに⋯⋯?」


 そんな思考を口に出してはみたものの、答えは既に知っていた。


「いや、考えるまでもなかったのな。」


「⋯⋯まったく、どこに行った、リーズル。」


 答えを知っていたからこそ、余計に彼の居場所、安否が気になって仕方が無かった。


「⋯⋯っ!?」


 直後、彼女の耳にその地には不相応な暴力的なまでの爆発音が響き渡る。


「⋯⋯あそこか。」


 直前まで抱いていたセンチメンタルな思考を振り切りながら、ゴーグルを掛けた少女は荒野の道を駆け抜ける。







 それから少し後の事。


 周囲に響き渡る爆発音の中心点である渓谷地帯では、二本の鉤爪を携えた魔族の少年、リーズルが、キドコウタを追ってその力の限り暴力を振りかざしていた。



「随分と強情なんスね。」



「⋯⋯はっ、はっ⋯⋯⋯⋯。」



 そして不運にもそんな彼と出会ってしまったエイルは、パトリシアを守りながらの戦闘を余儀なくされていた。


「⋯⋯命は取らない、これ以上傷付けるつもりもない。だから、キドコウタの居場所を吐いて下さいっス。」


「⋯⋯アンタ、何者よ。」


 手も足も出ずに攻撃を受け、そして立ち上がる力すらも無くなりかけていたエイルは、酷く引き攣った表情でそう尋ねる。


「⋯⋯リーズル、元魔王軍四天王直属部隊、リーズル・アメンっス。」


「⋯⋯魔王軍。」


 そんな返事を聞いて、パトリシアは青ざめた表情を浮かべながら数歩後退りする。


「それで、改めて聞くっスけど、キドコウタはどこっスか?」


 そんな彼女らの反応になど微塵も興味を示さないリーズルは、すぐさま話題を切り替えてエイルの顔を睨みつける。


「⋯⋯知ってどうするつもりよ。」


「アンタに関係あるっスか?」


「⋯⋯⋯⋯。」


「⋯⋯⋯⋯。」


 互いに一歩も引く事なく、主張が真っ向から衝突すると、その場に重苦しい沈黙が流れる。



「⋯⋯教えない。」



 そんな沈黙を破って口を開いたのはエイルであった。


「理由は?」


「プライドの問題よ。」


 冷たい声色で投げかけられる問いに対して、エイルは即答でそう返す。


「私はアイツを無茶するなって言って送り出したの。」


「なのにその私が、アイツに敵を押し付けるなんて、死んでもゴメンよ。」


 そう言って立ち上がると、エイルは再び剣を構えてリーズルを睨み返す。


「⋯⋯そっスか、なら、無理やり口を開かせてやる。」


「⋯⋯っ!!」


 そんな言葉と共にリーズルが左手に携えた鉤爪を地面に叩き付けると、その地面が弾け、岩石の塊が彼女達を飲み込むように迫る。



「ちっ、ルナアーチ!」



「⋯⋯ヌリィ。」



「⋯⋯⋯⋯ッ!?」



 エイルは咄嗟に前方へと突き進む衝撃波を放つが、雪崩れ込む岩の全てを相殺することが出来ず、砕けた欠片の一片が額を掠める。


「エイルちゃん!」


 鈍い音とともに鮮血が舞うと、パトリシアは思わず彼女に駆け寄っていく。


「ぐっ、う⋯⋯。」


 無言で手を伸ばし、彼女の接近を拒むと、フラフラと体を揺らしながら立ち上がる。


(強い、せめてこの人を逃さなきゃ。)


「⋯⋯パトリシアさん、逃げて!」


 そして脳裏に敗北の文字が色濃く浮かび上がると、悔しそうに歯噛みした後にそう言い放つ。


「⋯⋯け、けど、それじゃ貴女が⋯⋯。」


「大丈夫、自分の役割くらいは果たしますから。」


 パトリシアはその答えに戸惑いを見せるが、それでも彼女に退く気は無かった。


「⋯⋯別に、居場所さえ言ってくれれば殺しはしないんスけどね。」


「⋯⋯言わないし退かない。だって私は、任されたから、帰ってくるまでこの人を守れって。」


 呆れたように息を吐き出すリーズルに、パトリシアは剣を突き立てながら突進する。


「⋯⋯そっスか、なら⋯⋯アンタを殺せば、アイツは本気になるっスかね?」


 そんな彼女の剣を真正面から叩き折ると、隙だらけになった彼女に向かってその爪を突き立てる。


「⋯⋯あ。」


 鉤爪の刃が、エイルの首元に迫る。


(⋯⋯ダメ、殺される⋯⋯!)



「⋯⋯っ!」


 自らの敗北を悟り、エイルは目を瞑ると、次の瞬間、真正面から甲高い金属音が響き渡る。



「⋯⋯⋯⋯来たか。」



 遥か後方から真っ直ぐに伸びる一本の剣に攻撃を阻まれたリーズルは、ゆっくりと振り返って剣の使い手を睨み付ける。


「⋯⋯加速。」


「⋯⋯ちっ。」


 十メートルほどの長さにまで伸びた剣から手を放し、それを消失させると、別の武器を召喚して少年に向かってそれを振り下ろす。


 リーズルは咄嗟にそれを回避すると、そのまま数メートル程後方に下がる。



「⋯⋯っ、コ⋯⋯ウタ?」



「⋯⋯どういう状況かは分かりませんが、大変なことになってますね。」



 エイルの前に舞い降りたコウタは、崩れ落ちそうになる彼女の身体を抱え上げてゆっくりとポーションを口に含ませる。



「ごめんなさい、来るのが遅れちゃって。けど、もう大丈夫。」



「あとは僕に、任せて。」



 そう言って彼女に背を向けると、リーズルに視線を固定する。



「パトリシアさん。」



 そして視線を外す事なく、マジックバッグの中から一本の瓶を取り出すと、パトリシアに向かって優しく投げ渡す。



「⋯⋯わっ、とと。⋯⋯これ、銀白水?」



「それを持って二人で帰還して下さい。」



「⋯⋯けど。」


 コウタがそう言い放つと、パトリシアはその指示に従う事を躊躇ってしまう。



「⋯⋯大丈夫、すぐに追い付きますから。」



「⋯⋯ダメ、そいつは⋯⋯⋯⋯。」



 コウタがそう言うと、エイルは首を左右に振ってそれを引き留めようとする。



「分かってます。」


「コイツが強いのは、僕が一番よく分かってる。」


 けれど、コウタは彼女の意思を汲んだ上で、あえてそれを無視する。


「⋯⋯けど。」


「⋯⋯⋯⋯。」


 それでもなお反論しようとするが、振り返った彼の表情を見て、エイルはなにも言えなくなってしまう。



「⋯⋯そう。」



(そうか、コイツにとって私達は今、邪魔者なんだ。あの時みたいに⋯⋯。)



 怒るのでもなく、言い聞かせようとしているのでもなく、ただただ悲しそうな目でこちらを見つめるその目でエイルは彼の考えを汲み取ってしまった。



「⋯⋯ごめん、任せる。」



 自分の言った事も、筋を通す事もできなかったエイルは、千切れそうになる程に強く唇を噛み締めながら、絞り出すようにそう言い放つ。



「はい、任されました。」



 先程と同じように、立ち去っていく二人には目も暮れずに手を振り返すが、そんな彼の心情は先程とは全くと言っていいほどに違かった。



「⋯⋯さて、と。また貴方ですか。」



 小さくため息をつきながら言い放たれる言葉は、重々しく、そしてひどく不機嫌そうであった。



「ああ、アンタだ!アンタを倒したくて、俺はここに来たんスよ!!」



「⋯⋯黙れ。」



「僕が目的なら、余計なことをするなよ、リーズル。あの子は関係無いだろ⋯⋯!」



 額に青筋を浮かべながら怒りを露わにするコウタは、鬼のような形相でリーズルを睨み付ける。



「⋯⋯っ!ソレだよ!ソレ!その殺気を俺は求めてた——」



「⋯⋯っ!?」



 望み通りの敵を目の前に興奮するリーズルであったが、彼の言葉は高速で視界を通り抜ける一本の刃が断ち切る。


 一瞬遅れてうっすらと血が滲んでいく頬に手を触れると、リーズルは引き攣りながらも挑戦的な眼で睨み返す。



「⋯⋯ペラペラ、ペラペラと、あの時から口数は多いと思ってましたが、貴方は少し煩すぎる。」



「望み通り殺してやるから、少し黙っててくれませんか?」




「⋯⋯上等ォ!」



 二つの殺気が衝突し、その場が静まり返ると、二人は躊躇いもなく飛び出していく。


剣戟の付与術師、二百話に到達しました!

いつも応援して頂きありがとうございます!

これからもよろしくお願いします!

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