二話 神を名乗る者
彼の親は教師であった。
彼が親から課せられる課題の量、質は学生には厳しすぎるものだった。
だが幸か不幸か彼にはそれらを処理しきれるだけの技量があった。
しばらくするとそんな両親から逃げるようにスポーツを始めた。
テニス、バドミントン、陸上、水泳、柔道、剣道。武道であれ球技であれ個人競技ならばすぐになんでもできてしまう彼にとって、それらはすぐに退屈なものへと変わっていった。
大会で優勝しては別の競技に乗り換え、瞬く間に頂点にのし上がっていった。
高校二年生になる頃には部活もやめ、すでに習う必要もない塾に通っていた。
模試で一番を取れば両親も何も言わなかったから。
その圧倒的な才能故に周囲から孤立しがちであったが、彼は決して寂しくはなかった。
彼には幸運にもそばで支えてくれる存在があったから。
「⋯⋯う、んん。」
夢から覚めるように重いまぶたを開けると、眼前にはただ一色、白が広がっていた。
何も無い真っ白な世界、体を起こし自分の掌を眺める事でようやく自分は何かから目を覚ました事に気がついた。
自分は死んだはず、なのにどうして目がさめるのか、彼は不思議でならなかった。
「ここは⋯⋯?」
周りを見渡すと遠くの方に何か大きな塔の様なものが見えた。
近づくとそこには空間を貫くようにどこまでも長く伸びたガラスの塔の様なものの中に、数え切れぬほどの、 青白い光の玉が下から上へととめどなく流れているのが見えた。
つい見とれる様に、引き込まれる様にその塔の様なものに手を伸ばす。
「——止まりなさい。」
背後から聞こえる謎の声にふと我に帰り、伸ばした手をピタリと止める。
「⋯⋯っ!?」
恐る恐る振り返ると、人間とは思えぬほど見目麗しい女性がそこには立っていた。
金というよりかは輝いているといった方が正しい様な美しい髪に造型の整った顔立ち、品のある佇まい、純白のドレスの様なローブを身に纏った女性。
目が会うとこちらに向かってニコリと笑う。
「あ、なた⋯⋯は?」
「はじめまして、自分の名前と年齢、言えますか?」
「城戸⋯⋯康太⋯⋯十七です。」
唐突に投げかけられる謎の問いに混乱しながらも働かない頭で彼はそう答える。
そうすると女性はふぅとため息をつき言葉を続ける。
「どうやら成功した様ですね。」
何やら訳のわからない事を呟いた後続けてこう切り出す。
「はじめまして城戸康太君。私はあなたの世界の神です。この度貴方はお亡くなりになられました。」
「⋯⋯⋯⋯はい?」
「⋯⋯⋯⋯この度貴方はお亡くなりになられました?」
女性は確認の為に首を傾げながら、もう一度ニコリと笑って繰り返し同じことを言う。
「いや、違くて⋯⋯その前、なんて?」
「私は貴方の世界の神です。」
(聞き間違いじゃなかった⋯⋯!)
驚愕しながらも頭の中で必死に理解しようとする。
「⋯⋯ここは死後の世界なんですか?」
少年は働かない頭のまま恐る恐る神を名乗るその女性に尋ねる。
「いいえ、ここは貴方がたの世界と死後の世界の中間に位置する私のための世界です。」
「⋯⋯⋯⋯?」
返ってきた答えを聞いてさらに混乱する。
「⋯⋯ふふっ。」
訝しげな彼の顔を見て神を名乗る女性はクスリと笑い話を続ける。
「私の役目は世界の循環の監視です。先ほど貴方の言った死後の世界は先ほどまで貴方の居た世界とそこにある管で繋がっています。」
そう言いながらスッと彼の後ろにある塔の様なものを指差す。
(これ管だったんだ⋯⋯。)
「その管は死後の世界に行くためのものですが、流れが逆の管もそこら辺にあります。」
ここまで聞いて、やはり康太には自分がここに来た理由が理解できなかった。
「それで、僕はなぜここに来たんですか?」
「私がそこから貴方の魂を引っ張りだしたからです。」
そこまで話すと、神を名乗る女性は再び口角を上げ、
「城戸康太君、貴方には記憶を持ったまま異世界へ転生していただきます。」
弾ける様な笑顔でそう宣告する。
「はぇ?」
何も無い空間に少年の間抜けな声が響く。