百九十八話 素材採取・sideコウタ
——少し前
アデル達、花回収組と分かれたコウタ、エイル、パトリシアの白銀水組は、アデル達とは別の道を、比較的順調に進んでいた。
「⋯⋯⋯⋯。」
そんな中で、一番最後列を歩くエイルは、少しばかり曇った表情で前を進む二人を眺めていた。
「パトリシアさん、疲れてませんか?」
「⋯⋯大丈夫、ありがと。コウタくん。」
視線の先では、常に最前列で安全を確認しながら進む少年と、その数歩後ろを息を切らしながら進む女性が、そんなやり取りを交わしていた。
「本当に、疲れたり調子が悪くなったらすぐに言って下さいね?」
額に汗をかきながら答えるパトリシアに対して、コウタは不安そうな表情で念を押す。
「⋯⋯ごめんね、そんなに心配させちゃって。」
「気にしないで下さい、貴女を守る為に僕がここにいるんですから。」
体力が減っている影響か、珍しく罪悪感をあらわにしてしおらしく呟くパトリシアに対して、コウタはニッコリと笑みを浮かべながらそんな言葉を投げかける。
「コウタくん⋯⋯。」
そんな言葉を聞いてパトリシアは少しだけ頬を染めてその名を呟く。
「⋯⋯⋯⋯ちっ。」
(なんか釈然としねー。)
別に特段腹の立つような言動がある訳ではない。二人が仲良さげにしている事に対する嫉妬をしている訳でもない。
しかしながら、彼が自分に対して向ける発言や態度と比較して、明らかに差がある事に軽い不満を抱いていた。
「それで、例の敵が出るポイントってどこなんですか?」
「あ、えっとね。森を抜けた渓谷部だから、多分もう少しだと思う。」
話を切り替えて、目的である白銀水の事について尋ねると、パトリシアは地図を広げて見せつけながらそう答える。
「エイルさん、準備大丈夫ですか?」
一通り確認すると、遅れて今度はエイルの方を振り返って首を傾げる。
「問題ない。むしろアンタこそ大丈夫なのか甚だ疑問だけどね。」
またしても自分が蔑ろにされているような印象を受けて、皮肉まじりの少しばかり捻くれた返事をする。
「大丈夫ですよ。腕はまだ完全ではないですけど、魔物程度なら問題ないです。」
そんな皮肉は、コウタには伝わる事はなく、ただただ真剣にそう返されて調子を崩される。
「⋯⋯あ、ここ、ここを抜けたら後は⋯⋯っ!?」
直後、パトリシアは地図にある目印の木を見つけると、途絶えた道の先にある草むらを抜けて風の吹き荒れる渓谷部のエリアに飛び出すと、目の前に広がる光景に思わず言葉を失う。
「⋯⋯キキィ!!」
進路である土塊や岩石が積み重ねられて作られた坂道には、十や二十では効かないほどの数の猿型の魔物達が一行を待ち受けていた。
「「⋯⋯マジか!?」」
少し遅れて顔を出したコウタとエイルは、ほぼ同時にツッコミにも似た声色で呟く。
「キキャ!!」
すると、そのうちの一匹が二人の声に反応してパトリシアに向かって飛び込んでくる。
「⋯⋯ちっ、加速!」
「⋯⋯グギャ!?」
咄嗟にコウタは彼女の背後から飛び出して、魔物の腹部に蹴りを入れて吹き飛ばす。
「⋯⋯っ、嘘、なんでこんな!?」
パトリシアにとっても予想外であったのか、彼女は突然の出来事を前にその場から動けずにいた。
「パトリシアさん、どういうことですか、これ。」
一瞬遅れて魔物達が雪崩れ込むように突撃してくると、コウタはそれらの魔物を斬撃や体術を使って捌きながらそう尋ねる。
「泉までの道には魔物の群れがいる、それは聞きましたけど、私の記憶ではここまでじゃ無かったですよ。」
遅れてエイルがそれに加勢しながらコウタの言葉に付け加えるように呟く。
「⋯⋯僕の記憶にもないです。」
一瞬遅れてコウタはボソリと呟くような小さな声で同調の意思を示す。
「ごめん、分かんない。前に聞いた話ではここまでの数は居なかったはずなの。」
「つまり?異常発生?」
パトリシアの回答を聞いて、エイルは少しだけ機嫌が悪そうに独り言を呟く。
「ちなみに、目的のものはこの先で良いんですよね?」
「うん、そこにある坂を超えたらすぐよ。」
「なるほど、理由はどうあれ、目的にたどり着くためには、ここを超えなきゃダメなんですね。」
しかしながら、少しずつ増えていく魔物達からパトリシアを守るのに手一杯で、前に進む事が出来ていなかった。
「⋯⋯っ、来る!」
「⋯⋯っ、召喚、加速!」
直後に魔物達のうちの一匹が、二人の間を抜けてパトリシアへと迫ると、コウタは咄嗟に一般の剣を召喚してそれを撃ち放つ。
「グギィ!?」
「きゃっ!?」
背後から剣で貫かれて絶命する様子を目の前で見ていたパトリシアは、思わずそんな悲鳴を上げる。
「ルナ・アーチ!!」
「⋯⋯っ、大丈夫。一体一体はそこまで強くないわよ!」
そんな様子を尻目に、魔物を一匹ずつ弾き飛ばしていくエイルは、攻撃に手応えを感じながらそう叫ぶ。
「けど数が多すぎる。」
パトリシアのカバーを優先して、オリジナルスキルの使用を一旦抑えたコウタは、体術中心に敵を捌きながら、周囲を見渡してそう呟く。
「アンタのスキルでどうにかならないの!?」
「⋯⋯はぁ、やってみます。」
「⋯⋯召喚!」
半ギレのエイルの発言を聞いて、蹴りだけで魔物の処理をするコウタは、ため息を吐きながら周囲に数十本の剣を召喚する。
「⋯⋯すごっ。」
間近で空を見ていたパトリシアは思わずそんな言葉を漏らす。
「⋯⋯はぁ!!」
「⋯⋯⋯⋯ッ!?」
その剣の全てを撃ち放ち、魔物達を撃退していくと、落下した魔物の死骸が地面に衝突して土煙を上げる。
「⋯⋯⋯⋯。」
一瞬、その場に沈黙が流れるが、直後に晴れた土煙の中から無傷の魔物達が現れる。
「⋯⋯また新手。」
「⋯⋯キリがない。」
時間が経過するたびに増え続ける魔物達を前に、コウタとエイルの二人は、苦々しい表情でそう呟く。
「引き気味で応戦しながら一旦離脱する方がいいと思うんだけど。」
「⋯⋯⋯⋯。」
明らかにジリ貧になる寸前な現状を見て、エイルがそんな提案をすると、コウタは魔物達を捌きながらも決断が出来ずに黙り込む。
「⋯⋯エイルさん。」
そして少し遅れて彼女の名前を呼ぶ。
「⋯⋯なによ。」
「ここ、というかパトリシアさん任せていいですか?」
エイルが無愛想に問い返すと、コウタは彼女達に背を向けたまま静かにそう答える。
「⋯⋯コウタくん?」
「⋯⋯っ、アンタまさか。」
「まあ、そのまさかです。場所は分かったんでここからは僕一人で行きます。」
エイルが表情を強張らせて尋ねると、答えずらそうに前置きをした上で、頭をかきながらそう答える。
「僕が引き付けてる間に、お二人は安全圏まで下がって下さい。」
「⋯⋯っ、断るわ。アンタは一人になるとすぐに無茶をする、アデルからも勝手な行動しないように言われてるの。」
「引くなら三人一緒に、進むとしても同様よ。」
案の定、コウタが予想出来ていた提案をすると、エイルは断固とした態度でそれを拒否する。
「⋯⋯⋯⋯。」
正直、コウタは少しだけ戸惑っていた。
アデルやマリーといった、普段の仲間達ならば、多少強い口調で提案すれば、納得するなり妥協するなりで単独行動を簡単に許していた。
しかしながら、今目の前に立つ少女はそんなコウタの提案など歯牙にも掛けずに一蹴してくる。
(⋯⋯どうしよ。)
正直面倒極まりなかった。
この程度の魔物であれば、正直何体来られてもコウタとしては問題なく対処できる。
しかしながら、パトリシアという非戦闘員を守りながらとなると、こちらの負担は正直なところかなり大きくなる。
となれば片方が彼女を守り、もう片方が先に進む方が効率的、かつ安全であるというのがコウタの考えであったが、日頃の行い故か、エイルは断固としてそれを拒否してくる。
自身の中で行動の指針が決まっている以上、この二人を早急に下がらせることがコウタの中で最善の行動として刻み込まれている。
それ故にコウタは一つの策に出る。
「⋯⋯このまんまじゃ、いつまで経っても目的の泉までたどり着かない。敵の数も一向に減りませんし、最悪、銀白水を手に入れられずに終わります。」
「そうなれば、どういう結果になるかわかりますよね?」
納得させる為の材料は揃っている、しかしながらそれらを全て説明していたら、時間がいくらあっても足りない。だからこそ、互いの価値観をすり合わせた上で何が最優先なのかを問いかける。
「⋯⋯あの子が苦しむ時間がより長くなる。」
案の定コウタの言葉に答えるエイルの口調は、明らかに尻すぼみした小さなものであった。
「⋯⋯その通り。」
「正直今の僕の力じゃパトリシアさんを守りながら進むことはできない。これが最善なんです。僕が進んで、貴女が守る。」
彼女の意思がぶれ始めた事を感じ取ると、彼女には見えないようにニヤリと笑ってそう続ける。
「貴女の実力なら、それも可能でしょう?」
「⋯⋯っ、ほんっと、調子のいいことばっかり言うわね。」
最後にそう尋ねると、エイルは呆れたような表情を浮かべながら冷ややかな視線を投げつけてくる。
「⋯⋯すいません。」
予想していたものとは違った反応を見て、彼女の扱い辛さを実感しながらとりあえず適当に謝罪の言葉を述べる。
「⋯⋯はぁ、分かったわ。」
「⋯⋯行って来なさい。けど、無茶するのは絶対許さない。」
けれど流石の彼女も折れたのか、呆れたような態度は崩さぬまま、厳しく忠告しながらもコウタの提案に許可をする。
「肝に命じておきます。」
許可を得て、ようやく安堵したコウタであったが、直後にエイルは口を開く。
「⋯⋯それと、あの子達を心配させるようなことも絶対に禁止よ。どれだけ怒られようと他の子たちにも全部隠さず言うつもりだから。」
「⋯⋯それは怖い。」
強気に発せられるその言葉を聞いて、コウタは肩を竦めながらそう返す。
「だったらサクッと終わらせて来なさい、そしたらなんも文句は言わないわ。」
「⋯⋯それじゃ、任せました。」
押しの強い彼女の方が一枚上手だったか、などと考えながら、コウタは周囲の魔物を一度強引に吹き飛ばしながらそう呟く。
「⋯⋯任された。」
「⋯⋯退きましょう。今言った通り、私たちは安全圏まで下がります。」
エイルはため息混じりに答えると、すぐさまパトリシアに向かってそんな指示を出す。
「⋯⋯わ、分かった。」
「コウタくん、無茶しないでね!」
エイルに腕を引かれながら立ち去っていくパトリシアは、心配そうな表情でそう叫ぶ。
「はーい。」
「⋯⋯さて、と。」
(敵の数は、見えてるだけで四十八、いや、もっと増えてるな。⋯⋯⋯⋯まあ、なんとかなるか。)
ヒラヒラと手を振りながら二人を見送ると、一度深く息を吐き出してぐるりと周囲を見渡し、その両手に二本の剣を召喚する。
「とりあえず、さっさと終わらせて帰ろうか!」