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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第三章
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百九十七話 素材採取・sideアデル


 コウタ達が出発し、良くも悪くもいつも通りの日常が戻った孤児院では、未だ年端もいかぬ子供達が吹き荒れる木枯しの中で元気よく駆け抜けていた。


「⋯⋯⋯⋯。」


(気配が無い、もうここには居ないのか?)


 そんな孤児院の目の前で、一人の少年は殺意の塊のような視線で虚空を眺めながら立ち尽くしていた。


「⋯⋯お兄さんだぁれ?」


 するとそんな少年に対して、無邪気な一人の子供が首を傾げながら、無邪気にそう尋ねる。


「⋯⋯ん?ああ、ガキか⋯⋯⋯⋯。」


 足元に現れた男の子に多少の反応を示しながら、つまらなそうに視線を外して小さく呟く。


「⋯⋯うん?」


「⋯⋯なあ、君。大人の人呼んでくれるっスか?」


 が、少年の思考がすぐに切り替わり、男の子に対して貼り付けたような笑顔を見せてそう尋ねる。


「いいよ、センセー!」


「はーい、なんですか?」


 男の子が直後に声を張り上げると、孤児院の敷地内から、一人の女性、グレンダが顔を出す。


「⋯⋯っ!?」


 いつもの雰囲気で呼ばれたグレンダは、何気ない様子で顔を覗かせると、次の瞬間、目の前の光景を見て動きを硬直させる。


「ほら、来た。」


 こちらを向いて無邪気な笑顔を見せる子供の後ろで、鋭い鉤爪を突き立てた少年がこちらを睨む。


「⋯⋯どちら様、ですか?」


「通りすがりのものっス。単刀直入に聞くっス。」


「⋯⋯キドコウタはどこっスか?」


 そんな少年に対して、グレンダが問いを投げかけると、少年は子供に悟らせぬよう明るい声色のまま問いを返す。


「⋯⋯⋯⋯っ、それは。」



「言わないなら、分かるっスよね?」



 答えていいのかと言い淀んでいると、少年は突き立てた鉤爪を少しだけ男の子の身体に近づけて脅しを掛ける。


「⋯⋯街の門を出て東に行った所にある森に向かいました。」


 その瞬間に一気に表情を蒼白させたグレンダは、躊躇いながらも目を見開いたまま答える。



「⋯⋯⋯⋯。」


「⋯⋯⋯⋯。」



「⋯⋯協力感謝するっス。」


 一瞬の沈黙の後、無表情のまま小さくそう呟き、少年は武器を収める。


 そして興味なさげに踵を返し、その場を後にする。


「⋯⋯⋯⋯っ。」


(あの目は、人殺しの目、あのまま逆らっていれば⋯⋯。)


 少年が立ち去った後、グレンダはその恐怖から抜け出すことが出来ずにその場から動くことが出来なかった。


「先生?どうしたの?」


「⋯⋯なにも、されていませんか?」


「うん!大丈夫だよ!」


 そしてチョコチョコと歩み寄ってくる男の子に尋ねると、男の子は元気よく答える。


「⋯⋯よかった。」


「⋯⋯?先生?」


 それを聞いて緊張の糸が切れたグレンダはストンと崩れ落ちるように膝を突き、ゆっくりと抱き締める。


(⋯⋯ごめんなさい、ごめんなさい。コウタさん。)


 そして最後に安心し切った心の中で、謝罪の言葉を反芻させる。







——そして同時刻


 ハサイの街を出発し、その後コウタ達、白銀水組と分かれたアデル、マリー、セリア、シリウスの花回収組は、街の近くにある森の中を進んでいた。


「しかし道が悪いな。」


「ええ、道がぬかるんでいる上に傾斜が多くて、進みづらい事この上無しですわ。」


 その道のりは決して楽なものではなく、木々の間に広がる水を多く含んだ泥に進行を阻まれていた。


「悪いな、普段は木と木の間を飛んで移動してたから下がこんなにひどい道だとは思ってなかった。」


「せめてぬかるみがなくなれば、進みやすそうなんですけど⋯⋯っどわっ!?」


 シリウスが申し訳なさそうに呟くと、直後にマリーがぬかるみに足を取られ泥の池へと飛び込むような形で倒れる。


「⋯⋯っ、ありがとうございます。セリアさん。」


「全く、気をつけてくださいまし。」


「⋯⋯はーい。」


 完全に倒れ込む前にマリーの腕をセリアが掴むと、そんな注意をしながら片手でその身体を引き起こす。


「しかしかれこれ十分以上はこの道を進んでるが、いつまで続くのだ?」


 そしてそんな状況を前に、アデルが痺れを切らしたように問を投げかける。


「⋯⋯仕方ねぇ。」


「フリーズロック。」


 そんな彼女と同様の苛立ちを覚えていたのか、ため息混じりに頭を掻き毟ると、一歩足踏みをしてそんな言葉を呟く。


 すると踏み込んだ足の先から徐々に道が凍っていき、一本の線のように氷の道が出来上がった。


「⋯⋯っ、道が凍った!」


「これで多少はマシになっただろ?」


 その様子にマリー達が驚いていると、得意げに笑みを浮かべながらそう答える。


「シリウスさん、魔法職だったんですね。」


「まあな、近接も多少はこなせる特殊な方ではあるが、魔法は他にも土と闇属性が使える。」


 マリーが驚きながら投げかける問いに、自嘲気味に答えると、シリウスは視線を外したままそう答える。


「それは頼もしいですわね。」


「過剰に期待はしねえでくれ、威力はせいぜい中級魔法使いってところだ。」



 セリアの言葉に答えると、そのまま氷で出来た道を悠々と歩いていく。


「⋯⋯⋯⋯。」


「⋯⋯マリーさん?」


 マリーはそんな彼の背中を、微妙な表情で眺めていると、その違和感に気がついたセリアが声をかけてくる。


「⋯⋯セリアさん、あの人、どう思います?」


「どう、とは?」


「なんか素性が分かってないし、正直信頼して良いんですかね?」


 曖昧な質問に対して問いを返すと、マリーは小声でそんな問いを投げかける。


「信頼云々はなんとも言えませんが、少なくとも彼は、あの二人が認めて行動を共にしているのです。」


「アデルさんとコウタさんが信頼するに足ると認めた人物であるのならば、私の言うことはなにもありませんわ。」


 セリアには彼女の言わんとする事はよく理解出来ていなかったが、その上で自身の考えを隠す事なく伝える。


「⋯⋯そう、ですかね。」


「何か引っかかることでも?」


それを聞いてなお、微妙な表情を見せるマリーにそんな問いを投げかける。


「⋯⋯ハッキリとした事は言えないんですけど、なんかあの人、変わった匂いがするんです。」


「⋯⋯匂い?」


「そろそろ到着するぞ、全員、準備してくれ。」


 どこかで聞いたことがあるような、そんな感想を聞いて疑問符を浮かべていると、前半からアデルの指示が飛んでくる。


「⋯⋯っ、はい。」


「⋯⋯とにかく、その話は後にしましょう。」


「⋯⋯はい。」


 短く返事をすると、二人は微妙な表情のままその背中を追って小走りで進んでいく。








 程なくして森林部を抜けた先には、草木の生えない峡谷のような場所が広がっていた。



「⋯⋯見つけた。」


 先頭を進むアデルが谷底を眺めながら呟くと、それに続いて他の三人も眼下に広がる景色を眺める。


 アデルの言葉通り、その先には今回の目的である魔物達が群れを成してつくろいでいた。



 二足歩行で進む一メートルほどの大きさの爬虫類のような竜、といえば普通の魔物のように見えるが、その魔物には、他にはないかなり変わった特徴が見られた。


「頭に花がついてますね。」


 頭部に一輪だけ咲いた白い花、それだけがアデル達一向に違和感を与えていた。


「アンタらに必要なのはその頭の花だ。滋養強壮や免疫力の向上なんて効果がある。」


「⋯⋯あの花を取ればいいんですよね?」


「ああ、だがさっきも言った通り斬り落とす前に強い負荷ストレスを掛けるとあの花が萎びて使い物にならなくなる。」


 切り立った崖の縁に捕まりながら覗き込むマリーの横に座り込みながら、バツが悪そうに答える。


「つまり、油断し切ったところを切り落とせばいいのですね?」


「そいつは多分無理だ。奴ら気配察知能力が高い上にめちゃくちゃ足が速い。」


 察知能力が高く足が速い、つまり近付けば一気に距離を取られ、切るどころか触れることすらままならない。


「じゃあ、動かないように気絶させればいいんじゃないですか?」


「それをやったらストレスで枯れそうだがな。」


 マリーがふと思い付きで案を上げると、即座にシリウスによって否定される。


「——とりあえず作戦を立てよう。もう一度情報を整理するぞ。」


「ああ、分かった。」


 そう言って踵を返すと、四人は近くにあった大きな岩に腰掛けて作戦会議を始める。







「——さて、まずは誰があれを取りに行くかだな。」


 話が始まって真っ先に挙げたのは作戦の中心となる花の確保役であった。


「アレを切り落とすとなると、アデルさんがシリウスさんですかね?剣持ってるし。」


「ならアンタがやれ。俺のコレはほぼほぼ飾りだしな。」


 マリーがそんな提案をすると、シリウスはほぼ即答でその役をアデルに譲る。


「⋯⋯⋯⋯?分かった。」


 あまりの速さに違和感を覚えるが、その理由にも特段変なところは無かった為、その提案を受け入れる。


「⋯⋯なら次は配置だが。」


「アデルさんがやりやすい位置で構いませんわよ。こちらはそちらに合わせて動きます。」


「俺もそれで構わない。アンタのいるところにうまく誘い出して見せるさ。」


 話を切り替えてアデルが尋ねると、セリア、シリウスの二人は自信ありげに答える。


「でも正直私はうまく誘い出せる自信無いですよ?」


 が、その場で一人、マリーだけが自信なさげに首を傾げてそう尋ねる。


「なら、ファーストコンタクトは嬢ちゃんがやったらいいんじゃないか?」


「私が?」


「そうですわね、タイミングを合わせるのが難しいなら、貴女が始点になったほうがこちらも動きやすいですわ。」


 マリーが問い返すように首を傾げると、遅れてセリアがその意見に同調する。


「私の動きに、三人が合わせるって事ですか?」


「合わせるのはセリアとシリウスの二人だ、私は待っているだけだからな。」


 確認のためマリーが簡潔に尋ねると、アデルが小さく訂正を入れてそれを肯定する。


「大丈夫なんですか?」


「余裕ですわ!」


「おう、ヨユーだ。」


 そして当人である二人に向かって尋ねると、二人はにっこりと笑いながら即答する。


「ならその言葉を信じるとしよう。」


「それでいいか?マリー。」


「分かりました、頑張ります!」


 そして作戦が決まると、四人はその場から立ち上がって再び崖の上からターゲットを見据える。


「よし、ならば作戦開始だ。」








「——と、息巻いてはみたが⋯⋯。」


 数分後、作戦通りに配置についたシリウスは、谷底の分かれ道の中心を見下ろせる位置に座り込みながら腕を組んで小さく独り言を呟き始める。



(あの嬢ちゃんホントに戦えんのか?)



 独り言の内容は先ほどまで共に行動していた少女、マリーのことであった。


 明らかに自分に自信が無く、どんくさそうな少女が、果たして彼女自身の役目を全うできるのか、疑問でならなかった。


「まあいいや、お手並み拝見といこうか。」


 しかし作戦が決まり、準備が始まってしまった現状、これから何をしようと時間の無駄である事は重々理解していた為、流れに身を委ねる事に決める。


「⋯⋯来る。」


 そんな思考の最中、空気の変化を感じ取ると、シリウスは座った状態からくるりとバク転する様に飛び上がって立ち上がる。


「⋯⋯ッ!!」


「——フレイムダンス」


 直後、視界の端には髪の毛先を真っ赤に染めながら、帯状の炎を纏った少女の姿が映る。


「⋯⋯へぇ?」


「⋯⋯ギギッ!?」


 その姿に感嘆していると、その直後に炎の帯は魔物達の群れの目の前で弾ける。


「⋯⋯っ、牽制、入れました!お願いします!」


 牽制に引っ掛かり、ほぼ一本道となった谷底を駆け抜けていく魔物を眺めながら、マリーは精一杯の声でそう叫ぶ。


「おう、任せろ。」


 まず最初に魔物と相対したシリウスは、左右の二股に分かれた道の右側に飛び降りると、ポケットに手を入れたまま目の前に迫りくる魔物達を睨み付ける。


「⋯⋯⋯⋯ッ!!」


 魔物達が分かれ道の目の前まで来ると、シリウスを中心にして空気が震えるような感覚が広がる。


「⋯⋯行ったぞ〜。」


 魔物達がシリウスを避けて左側の道に進むと、間の抜けた声で残った二人にそう声を掛ける。


「⋯⋯まさか、殺気だけで?」


「⋯⋯後は私だけですわね。」


 シリウスの芸当に驚きながらも、セリアは谷の上の方から、魔物達を追随するように駆け抜け、一本道となった谷底に舞い降りる。


「⋯⋯セリア!」


光芒の聖槍(セイグリッドスピア)


 アデルの合図と共に杖を構えると、光の槍を召喚して撃ち放つ。


「ちょ、当たるぞ!?」


「⋯⋯いいえ。」


 魔物に向かって真っ直ぐに突き進む光の槍を見て、シリウスは思わず声を上げるが、直後にセリアが否定する。


「⋯⋯曲がった!?」


「⋯⋯⋯⋯ッ!!」


 光の槍はセリアの手の動きと連動してその進路を変えて上空へと曲がると、岩と土で出来た壁を破壊する。


 降り注ぐ岩が谷底に落ちると、魔物達はそれを避ける為に少しずつ減速を始める。


「⋯⋯足止め完了、頼みましたわ。リーダー。」


 その様子を見て満足げに笑みを浮かべると、くるりと踵を返してアデルにバトンを渡す。


「⋯⋯貰った。」


「⋯⋯ッ!?」


 セリアの声に合わせて崖の上から飛び降りると、立ち往生をする魔物達の中の一体に向かって剣を振るう。


 その剣によって、花が茎の部分から切断されて地面に落ちる。


「⋯⋯よしっ!」


 駆け抜けていく魔物、落ちる花を掴み取るアデルを見て、シリウスは笑顔を見せながらガッツポーズをする。


「成功、したようですわね。」


「⋯⋯いや。」


 少し遅れてセリアがアデルに駆け寄っていくと、彼女の目に映るアデルの表情はあまり芳しくないものであった。


「⋯⋯⋯⋯あら?」


 アデルの視線を辿って彼女の掌を見つめると、そこにはすでに枯れ果てた白い花が存在していた。


「⋯⋯お花、萎びちゃってますね。」


「ストレスを与えすぎたようですわね。」


 遅れてマリーがたどり着きそう呟くと、セリアがその原因を推測して述べる。


「陽動のタイミングでストレスを与えすぎたのもあるが、切り落とすタイミングで目が合った。恐らくそれが一番の原因だろう。」


「あと切った時に殺気出し過ぎってのもあるな。」


 アデルが付け加えるようにそういうと、シリウスも続けて自身の意見を述べる。


「それは無意識に出てしまうのだ。」


「真正面から殺気を受けるのはなかなかにストレスがかかりますからね。」


「⋯⋯せめて探索者サバイバー狩猟者ハンター暗殺者アサシン辺りがいれば楽なんだがなぁ。」


 この採集クエスト、なかなかの難易度ではあるものの、実は条件さえ揃っていればさほど難しいものでも無かった。


 警戒心を解く事の出来る技能スキルを持つ者、遠距離から弓矢で正確に射抜くことが出来る技術や技能スキルを有する者、気配を消して接近できる者、など、どれか一つを満たす人間がいれば数分もしない内にクリアする事が出来た。


 しかし現状いるのは、そんなことなど欠片もすることができない者達ばかりであった。


「無いものねだりをしても仕方あるまい。」



「分かってる、言ってみただけだ。」


 アデルが呆れたように返すと、シリウスもため息混じりにそう答える。


「⋯⋯ストレス、ストレスかぁ。」


 そんな二人の会話の横では、マリーが一人腕を組みながらぶつぶつとそんな言葉を呟く。


「⋯⋯ん?どうかしたか?嬢ちゃん。」


「強いストレス、っていうのは、裏を返せば普段と違う事が起こっちゃうと負担になるって事ですよね?」


 シリウスが短くそう尋ねると、マリーは苦笑いを浮かべながら確認するようにそう尋ねる。


「だったら、より自然で起こり得るような方法で追い詰められれば、もっと簡単に手に入れられるんじゃないですか?」


 無言で頷く面々を見て、確認を取ると、改めて分かりきっているような言葉を呟く。


「⋯⋯それはそうかもしれないが、具体的な策が⋯⋯⋯⋯。」


「はい、だから具体的には、追いかけなければいいんです。」


 アデルが呆れながら呟くと、すぐにその言葉を肯定してそう返す。


「⋯⋯はぁ?」


「⋯⋯次は私の作戦、試してみていいですか?」


 可愛らしく首を傾げながら、マリーは少しだけ自信ありげにそう尋ねる。


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