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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第三章
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百九十六話 優しき青鬼


 時はしばらく遡る。


 それはハサイという街にコウタたちがやってくるよりもほんの数ヶ月前の出来事。




「——はっ、はっ⋯⋯⋯⋯。」



 青々とした草原に吹きつける風を全身に浴びて、青年はふらりふらりと左右に揺れながら一本の道を歩いていた。


 一歩、また一歩と歩くたびに滴り落ちる血液が、満月の光を跳ね返し、足跡と並ぶように光の道が出来ている事にすら気付かずフラフラと進んでいく彼の足取りは、ポツンと丘の上に建てられた塀と、その横に立つ木の前で止まる。


「⋯⋯くそっ。もう身体動かねぇ。」


 そんな言葉を呟きながら、青年が乱暴に腰掛けると、ゆっくりと体の力を抜いて頑丈に立ち尽くす壁に背をつく。


「こんな、ところで⋯⋯。」


 意識が薄れ行き、視界が歪み始めると、青年は深く息を吐きながら目の前の景色を眺める。


「⋯⋯ああ、綺麗だなぁ。」


 澄んだ川の水が、自らの血と同様に月の光を反射して輝く姿は、まるでそこに月が二つあるような錯覚を覚える。


(⋯⋯ここで死ぬのも、悪くねえかな。)


 そんな言葉を呟きながら、ゆっくりと瞼を閉じた瞬間、彼の頭に柔らかな何かが落ちてくる。


「⋯⋯っ、ん?」


「⋯⋯紙?」


 地面に転がった紙を手に取りながら周囲を見渡していると、青年の視線はある一点に固定される。


「⋯⋯お兄ちゃん、大丈夫?」


 その先には血の気を感じない純白の肌と髪を持つ少女の姿が窓の上から見下ろしているのが見えた。


「おう、どうしたガキンチョ、お前こそ、大丈夫って言えるツラかよ。」


 紙を投げたのがその少女であることを理解すると、青年は少女の青白い顔を見てそんな問いを返す。


「うん、今は調子が良いから。」


「⋯⋯そうかよ。」


 すると少女は、頬を痙攣らせながらそんな言葉を返す。


 その表情は明らかに元気と言うには無理のあるものであったが、青年としてはそれはさして興味をかき立てられるものでも無かった。


「⋯⋯お腹減ってる?」


「⋯⋯あー、確かに少しな。」


 直後に青年の腹の虫が鳴ると、少女は大して表情を変えることなくそう問いかける。


「⋯⋯パンくらいならあるよ。」


「ソレ、お前のだろ。食わなくていいのかよ。」


 答えを聞いて部屋の奥へと消えていくと、少女は白く丸い皿に乗せられた一切れのパンを取り出して再び顔を出す。


「うん、食欲ないし。」


「お前、名前は?」


 そう答える少女に対して、青年はしかめっ面のままそんな問いを投げかける。


 何故そんなことを聞いたのか、彼自身にも分からなかった、けれど放っておく事が出来なかった。


「⋯⋯わたし?⋯⋯わたしの名前は——」










 時は戻り、現在。


「⋯⋯⋯⋯シャーロット。」


 あの時と同じように、月明かりだけが周囲を照らす夜の闇の中、その部屋の窓を眺めながら、フードを深く被った青年は小さな声でそんな言葉を呟く。


「⋯⋯いや。」


 そして窓に向かって届くはずの無い手を伸ばすと、そう言って首を横に振って踵を返す。


「——ちょっと待ってください。」


 するとその瞬間、青年の背後からそんな若い少年の声が聞こえてくる。


「⋯⋯っ!?」


 声の方向へと振り返ることすらせず、反射的にその場から立ち去ろうとするが、彼の足取りはピタリと止まる。


「⋯⋯ストップだ。」


 立ち止まる彼の視線のその先には、赤髪をなびかせた騎士が立ち尽くしていた。


「⋯⋯ちっ。」


 咄嗟に方向転換して腰に下げられた剣に手を掛けると、背後から追ってくる少年に向かって剣を振り下ろす。


「⋯⋯っ、召喚!」


 振り下ろされた剣に対応して少年は何も無い空間から剣を取り出してそれを受け止める。


「⋯⋯⋯⋯っ、嘘だろ?」


 すると青年は自らの剣を止められた事に驚き、大きく目を見開く。


「⋯⋯だったら!」


 次の瞬間、衝撃によって彼の頭を覆うフードが巻き上げられてその中に隠されていた逆立てられた銀髪と、褐色の肌をした青年の整った顔が世界に晒される。


「⋯⋯待って、僕達は貴方を捕まえる気はありません。」


 そんな事など気にする事なく、青年が次の手を打とうとした瞬間、コウタが慌てた様子でそんな言葉を言い放つ。


「⋯⋯はぁ?」


「ついさっき、グレンダさんから貴方のことは聞きました。」


「⋯⋯グレンダ、あの女か。」


 混乱する青年に対してコウタが説明すると、バツが悪そうに舌打ちをする。


「夜、あの子の部屋に忍び込んで治療薬を与えてる人がいる。そして、その人は彼女と充分な信頼関係がある、と。」


「それに、変だと思ったんです。彼女の病気の進行は、平均よりもはるかに遅かった。」


「⋯⋯薬のお兄ちゃんって、貴方の事ですよね?」


 それまでに得た情報、そして彼の行動を見て、コウタはそんな結論を出してそんな問いを投げかける。


「⋯⋯ああ、そうだよ。」


「何故隠れるんですか?そもそも、何故夜にここに訪れるんです?」


 青年が舌打ちをしながら答えると、コウタは続けざまにそんな質問を投げかける。


「⋯⋯言えば見逃すのかよ?」



「⋯⋯内容による。」


 すると今度は背後にいたアデルが、その質問に短く答える。


「⋯⋯分かった。とりあえず言うよ。」



「オレの名前はシリウス、元はお前らと同じ、旅人だよ。」



 すると青年は短くため息を吐き出して短く自己紹介を始める。



「何故あの子に薬を?」


「理由なんかねえよ。ただの気まぐれだ。⋯⋯ただ。」


「ただ⋯⋯?」


 シリウスと名乗る青年がそう答えると、コウタは付け加えられた言葉に反応して首を傾げる。



「⋯⋯ほっとけなかった、アイツが苦しんでるのに何もせずにはいられなかった。」


「⋯⋯⋯⋯。」


 苦々しく答えるシリウスの顔を見て、アデルは一瞬面食らった後にコウタの方に視線を向ける。


「だから彼女に薬を?」


「⋯⋯そうだよ。」


 付け加えるような質問にシリウスが答えると、コウタは一瞬だけ、呆然としたような、不思議そうな表情を浮かべる。


「⋯⋯コウタ。」


「⋯⋯⋯⋯。」


 そしてアデルが真っ直ぐに顔を向けながら尋ねると、コウタは少しだけ優しい表情で首を左右に振る。


「⋯⋯そうか。」


 そんな反応を見て、彼が嘘を付いていないと知ると、アデルもコウタと同じように安堵のため息をつく。


「ならば貴様も手伝ってはくれないか?」


「手伝い?」


 アデルがそんな提案をすると、シリウスは眉をひそめながらそんな問いを返す。


「ああ、明日もしくは明後日に私達は彼女の病気を治す為の薬の素材を取りに行く。だから、貴様も共に来て欲しい。」


「⋯⋯いいのか?こんな誰とも分からないような野郎まで連れて行っても。」


 シリウスの疑問はもっともな考えであったが、アデルとてまた何も考えずにそんな言葉を放ったわけでは無かった。


「いいだろう?コウタ。」


「⋯⋯この人の言葉に嘘はありません。信用するに足る人なのは分かりました。」


 彼の言葉の真偽などアデルには分からない、だからこそ、彼女はコウタの目に頼ることを決めた。


「⋯⋯なら。」


 アデルが決定の判断を下そうとした瞬間、コウタはそこに


「⋯⋯ただ一つ、聞きたいことがあります。」


「⋯⋯⋯⋯?」


 最後に放たれた言葉にアデルが首を傾げると、コウタは小さく息を吐いた後に口を開く。


「————————。」


「⋯⋯⋯⋯っ!?」



 





——そして翌日


「——で、誰この人。」


 クエストへと出発する面子が揃っている中、真っ先に口を開いたのはエイルであった。


 それはよく見知った面子と、今回の依頼主であるパトリシアに挟まれて、さも当然のように立ち尽くす褐色の青年に対する者であった。


「シリウスだ、アンタらの薬の素材集めを手伝ってやろうと思ってな。」


 周囲の視線が自身に集まっていることを自覚すると、シリウスは短く一言を加えてそんな自己紹介をする。


「⋯⋯なんか偉そう、ちょっとムカつく。」


「我慢して下さい、そもそも貴女が言えたことじゃないでしょう。」


 ボソリと呟くエイルに対して、コウタはため息混じりにそう返す。


「⋯⋯あ?」


「⋯⋯貴方が、例の。」


 苛立つエイルの横では、パトリシアが短くそんな言葉を呟きながら彼の顔をじっと見つめる。


「⋯⋯ああ、信用に足るモンじゃねえのは自分が一番よく分かってるが、どうかよろしく頼む。」


「⋯⋯っ、いいえ、あの子が誰よりも信頼してるんですもの、それだけで背中を預けるのに充分だわ。」


 仰々しく頭を下げるシリウスに対して、パトリシアはハッとしたように首を左右に振ってそう答える。


「それより、パトリシア様は許可は取られたんですか?」


 シリウスの参加が彼女に認められた事を確認して、ホッと安心すると、コウタは穏やかな笑顔のままそう尋ねる。


「ええ、最初は反対されたけど押し切ったわ!」



「うわ、流石。」



「うわってなによ!?」



 自信満々で返した答えにドン引きされたパトリシアは、食い気味でそんな叫びを上げる。



「コホン、とりあえず、収集に向かう人数も決まった事だし。グループ分けをするか。」



「⋯⋯⋯⋯?二手に分ける必要ある?みんなで順番に行けば良くない?」



 アデルが咳払いをしながらそう切り出すと、エイルが首を傾げながらそんな問いを投げかける。



「理由は後で教えます。」


「⋯⋯分かった。」


 真剣な表情でコウタが答えると、特にそこまですぐに答えを求めていないエイルは不服そうにしながらも素直に従う。


「まずサンコドラの花だが、私とセリア、マリー、シリウスの四人で行こうと思う。」


「⋯⋯なんでそんなメンツなの?」


「シリウスさんが昔取りに行ったことがあると言ってましたので、彼の意見を聞いてこうしました。」


 作戦内容にエイルが疑問を持つと、あらかじめ打ち合わせをしていたのか、コウタが提案したアデルの代わりに説明をする。



「サンコドラの花は入手難度がめちゃくちゃ高くてな、奴ら足が相当早い上にストレスに弱い。」



「はっきり言って俺一人じゃ入手は無理だ。」



 そしてそれに付け加えるようにシリウスが補足の説明をする。



「だが大人数で行けばそれだけで奴らのストレスになりかねない。」


「少人数で行くのは分かったけど⋯⋯⋯⋯足が速いならコイツが行った方がいいんじゃないの?」


 コウタがパーティーの中で最も身軽かつ速いのはエイルも知っている事であり、だからこそ至極真っ当な疑問を投げかける。


「そうしたいのは山々だが、コウタには銀白水の回収をして貰わなくてはならないのだ。」



「そんなに大変なんですか?」



 そんな問いかけを予想していたアデルがそう答えると、隣で黙り込んでいたマリーが首を傾げて尋ねる。


「ええ、銀白水の湧く泉の場所は知ってるんだけど、正直そこにたどり着くまでの道が険しくて⋯⋯。」



「魔物が出たりしますの?」



「そう、それが一つ目の理由。そしてもう一つは地形の問題よ。」


 セリアが首を傾げながら尋ねると、パトリシアは人差し指と中指を立て、続けてそう言う。


「⋯⋯地形?」


「途中までは普通なんだけどね。泉に近づくにつれて渓谷だの密林だのがあって道がだんだん険しくなるの。」


「だから出来るだけ身軽な人間が行った方がいいという結論になった。」


 そしてパーティーの中で最も身軽に動けるのがコウタであったため、彼はそちらの回収に向かうこととなったのだ。


「で、私がこっち側の理由は?」


「純粋に回復役だ。都合よく回復魔法の使い手が二人いて二手に分けるならば、回復役はどちらにもいるべきだろう?」


「⋯⋯なるほど、確かにね。」


 思っていた以上にまともな理由が返ってきたことで、文句の一つも返すことが出来なかったエイルは、渋々それを受け入れる。


「そういう訳で、銀白水の回収には残った三人に行ってもらう。」


「了解です。」


「分かったわ。」


 アデルの指示にコウタとパトリシアがほぼ同時に答える中、エイルだけが一人返事が出来ずに黙り込んでいた。


「⋯⋯⋯⋯私があの人と、か。」


「よし、決定だ。みんな準備はいいか。」


 そんなエイルの呟きをよそに、アデルはぐるりと周囲を見渡して全員に確認を取る。


「⋯⋯いいわよ。」


「行けます!」


「いつでも。」


「右に同じく。」


「よろしくね。」


 するとその場にいたメンバーが各々返事やその代わりとなる言葉を口にしていく。


「頑張って下さいね。」


「そっちもな。」


 そして最後に、コウタとアデルが目を合わせてニヤリと笑みを浮かべながらそんな言葉を交わす。


「さぁ、出発だ。」



 アデルのそんな言葉と共に、七人は街の門を抜けて歩みを進める。


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