百九十三話 純潔の乙女
とある草原の高台、近くには川が流れ、一際自然が豊かなその場所に佇む一つの建物の周囲では、木枯らしが吹き付ける肌寒い中でも、子供達が元気良く走り回っていた。
そんな中で一人、落ち着いた態度で湯気が立ち昇るティーカップに口をつける女性は、キラキラと光るガラス窓の向こうから子供達の姿を眺めていた。
「せんせー!せんせー!!」
そんな中でホッと白いため息を吐き出すと、外を駆け回る少年達が一斉にドアを開けて女性を呼び出す。
「おやおや、どうしたんだい?」
冷たい風が室内に入り込み、室内で絵を描いていた数人の子供達が慌てて閉めると、それを微笑ましく見ていた女性がマイペースにそんな質問を投げかける。
「旅人さん来た、なんか馬引いて来た!」
「馬に引っ張られて来たんじゃないのかい?」
「そうともいう!」
「見に行こーよ!旅人さん!」
そんなやり取りをしていると、子供達の中の一人が女性の手を引いて外に連れ出そうとする。
「⋯⋯うーん、先生は遠慮しようかな。」
「えー⋯⋯行こうよぉ!」
女性が苦々しい笑みを浮かべながら拒否すると、子供達は一斉に駄々を捏ね始める。
「だめです。先生はここを守らなくてはならないので。」
「うう⋯⋯。」
「そんなに言うなら、あの方と一緒に行って来なさい、お願いすれば一緒に行ってくれるでしょう。」
念を押した否定にションボリとする子供達を見て、困ったような笑顔を浮かべると、女性は咄嗟に代わりの案を子供達に示す。
「わかった!お姉ちゃんと行ってくる。」
すると子供達の表情がぱあっと明るくなり、一人の少女がドアの方へと駆け出していく。
そしてそれに続くように子供達は雪崩れ込むようにドアへと向かい、室外へと駆け出していく。
「はいはい、みんな気を付けて行って来なさい。」
「「「いってきまーす!」」」
呆れたように発せられた言葉に、子供達は無邪気にそう返す。
「⋯⋯さて、と。」
そして子供達を見送ると、女性はため息混じりに立ち上がり、そして廊下を抜けてとあるドアの前に立つ。
「⋯⋯入るよ。」
「⋯⋯⋯⋯は、い。」
コンコン、と二回ほどドアをノックして声を掛けると、ドアの向こうから消え入りそうな声で返事が返ってくる。
「⋯⋯具合は大丈夫かい?シャーロット。」
ドアを開けると、薄暗い部屋が広がっており、その奥にはベッドに身を預ける白い髪の少女が存在していた。
「⋯⋯うん、今日は調子いい。」
女性の問いかけに、消え入りそうな声で返事をする少女の表情は、調子がいいとは思えないほどに青ざめていた。
「⋯⋯あら、お水を飲んだのかい?」
そんな少女の言葉を聞きながら、部屋を見渡すと、ふとテーブルの上にある水滴の付いたコップを見つける。
「うん、自分で飲んだ。」
「⋯⋯そう。」
(⋯⋯これは、また来たみたいだね。薬のお兄さん。)
少女は即答するが、女性はすぐにその言葉が嘘であると見抜き、そんな思考が頭を過ぎる。
「⋯⋯⋯⋯ごはんは食べるかい?食べたいものがあるなら持ってくるよ。」
が、女性はそんな考えを口にする事はなく、すぐに別の質問を投げかける。
「リンゴが食べたい、すり下ろしたやつ。」
「わかった、すぐに持ってくるよ。」
最後にそう言って女性が部屋を出ると、一人部屋に残された少女は小さな笑みを浮かべながら窓の外を眺める。
そして同じ頃、無事ハサイの村にたどり着いたコウタ達は、滞り無く宿屋を発見していた。
「着いたぁ!」
そんな言葉と共にエイルがベッドに飛び込むと、ポフンと音を立てて沈み込んでいく。
「ずっと馬車の中にいるとやっぱり疲れるわね。」
「エイルさんは馬車の操縦もしてましたもんね。」
モコモコのパーカーとハーフパンツと言うラフな格好でゴロゴロと寝転がるエイルのその横に腰掛けるマリーはそんな言葉を投げかける。
「⋯⋯まあ、乗せてもらってる身だからね。私も出来ることをしないと。」
「それで、部屋の主より先にベッドに飛び込んだ人は置いといて、これからどうしますか?」
そしてその部屋の主、もといベッドの主であるコウタは呆れたようにため息を吐き出しながら、マリーの横でベッドに腰掛けるアデルにそう問いかける。
「いいじゃない、お風呂には入ったんだし。」
「⋯⋯別にいいですけど。」
そう答えながらベッドの上であぐらをかくエイルに対して、コウタはそれ以上言及する事なく目を逸らす。
「これからの話だが、日も落ちてきている事だし、買い出しは明日以降にする。」
「必要なものは?」
「マリーはエイルと食料を、セリアは私と備品の買い出しだ。」
コウタが問いかけると、アデルはサクサクと指示を出し始める。
「⋯⋯僕は?」
「服屋を探しておいて欲しい、此処から先の地方は更に寒くなるからな。」
質問を投げかけた本人の名前が呼ばれておらず、咄嗟に質問を投げかけると、しっかりと役割を考えていたアデルはすぐにそう返す。
「防寒具を揃えるってことですか?」
「そう言うことだ。私はともかく、貴様達は全員、今の装備では厳しいだろう。」
「あら、私も問題無いわよ。環境耐性持ってるし。」
コウタとアデルがそんなやり取りをしていると、その横からエイルが横槍を入れる。
「ならマリーとセリア、そして貴様の三人分の防寒具が必要となるな。」
「では今日はどうしますか?」
防寒具の話に一応の決着が付くと、話を切り替えるようにセリアが質問をする。
「エイルはともかく、我々は彼女に顔を見せるくらいはしておいた方が良いだろう。」
その質問に対して、アデルは含みを持たせて答えるが、コウタ、マリー、セリアの三人は既に「彼女」の正体に気が付いていた。
「あら、今日のうちにご挨拶するのですね。」
「面会の許可が出たらの話だが、早いに越した事はないだろう。」
「——その必要はありませんよ。」
セリアの言葉にアデルがそう返した瞬間、五人の耳にそんな言葉が聞こえてくる。
「⋯⋯ん?」
「この声⋯⋯。」
マリーやエイルが首を傾げているが、その中で一人、コウタだけが真っ先に聞き覚えのある声の主に気が付く。
「⋯⋯誰?」
「⋯⋯⋯⋯ッ!?」
エイルがそう呟いた瞬間、部屋のドアがバタンと、大きな音を立てて開かれる。
「⋯⋯さあ、突撃なさい!」
そしてドアの向こうには沢山の少年少女と、それを率いる女性の姿があった。
そしてその女性がそう叫んだ瞬間、子供達はまるで子犬のように一斉に部屋の中へと飛び込んでいく。
「⋯⋯え?ちょ⋯⋯!?」
「「「わーーー!!」」」
「い、いっぱいきたぁ!?」
エイルの表情が鳩が豆鉄砲を食らったような間の抜けたものとなっている中、そんな事などお構いなしと言わんばかりに子供達がベッドにも突っ込んでいく。
「⋯⋯あら。」
「わぁ⋯⋯。」
子供達の波に呑まれて沈み込んでいくエイルの横では、セリア、マリーが表情を綻ばせながら子供達を受け止めていく。
「あそぼー!!」
「お兄ちゃん達だあれ?」
「ぼうけんしゃ?」
「⋯⋯でも怖そうじゃないよ?」
他人の部屋でありながら好き勝手に暴れ回る子供達は、答える隙もない程に質問の嵐を生み出す。
「⋯⋯あらあら、可愛らしい子達ですわ。」
そんな中、マイペースな態度でそう呟くセリアは、自らの膝の上に一人の少年を乗せて頭を撫で回しながら、近くにいた少女を同時に抱き寄せる。
「おねーさんは教会の人?」
「ええ、大正解ですわ。」
そんな答えを返すと、セリアは抱き寄せた二人を少しだけ強く抱き締める。
「ふあぁ、可愛い。」
「⋯⋯おねえちゃんくすぐったいよぉ。」
そしてその正面では、マリーが一人の少女を捕まえ、幸せそうな表情でその顔に頬ずりする。
普段触れ合わないこともあるが、明らかにその二人はアデルやエイルと違って積極的にスキンシップを取っており、子供が好きなことが伝わってくる。
「ふっふっふ、愛嬌全開キッズ突撃大作戦は成功ですね。」
「⋯⋯あ。」
その中で一人戸惑いを見せるアデルは、遅れて部屋の中へと入ってくる女性に真っ先に気が付く。
「⋯⋯パトリシアさん!」
そして一瞬遅れてマリーがその女性の名を呼ぶ。
「皆様、ようこそハサイの街へ。歓迎しますわ。」
マリーに名を呼ばれた女性は、ピタリとドアの前で立ち止まり、優雅にスカートの裾を摘み上げて挨拶をする。
「お久しぶりです、パトリシア様。」
最初に聞こえてきた声で気が付いていたコウタは、子供達の相手をしながら彼女の挨拶に言葉を返す。
「久しぶり、コウタくん、アデルちゃん。そして、お仲間の皆様。」
「お久しぶりです。何故こちらに?」
パトリシアが笑顔でそう返すと、パーティーを代表してアデルが質問を投げかける。
「お父様が近くに居たんじゃコウタくんも気を使うでしょ?だから一人で来ちゃった。」
「近い、近いですよ。少し離れてください。」
両脇に子供達を抱えるコウタは、質問に答えながらすり寄ってくるパトリシアに対して、そのままの体制で後退りをするように距離を取る。
「⋯⋯誰?あの人。」
「パトリシア・バロウ、ここハサイの街の領主の御令嬢ですわ。」
そして彼らのやり取りを複雑な表情で眺めるエイルは、子供達に押し潰されながら目の前にいるセリアに小声で尋ねる。
「⋯⋯なんでお知り合いなの?」
「前に魔王軍と戦った時にコウタさんとアデルさんが守ったんです。」
続けて投げかけられた質問に、今度はマリーが幸せそうな表情のままそう答える。
「ああ、なるほどね。」
マリーの簡潔な答えを聞いただけであるのにも関わらず、エイルは妙に納得してしまった。
「して、パトリシア様。本日はどのようなご用事で?」
「用事は別に無いわ。ただせっかく来てくれたんだったら、観光とかして欲しくてね。」
セリアがそう尋ねると、パトリシアはコウタにすり寄るのを辞めて少しだけ真剣な表情でそう答える。
「それじゃ、オススメのスポットを教えに来てくれたんですか?」
「いいえ、ちょっと違うわ。」
「⋯⋯⋯⋯?」
目的の見えない彼女の発言を前に、一同は同時に首を傾げる。
「私が案内してあげるの。」
得意げな表情でそう答えるパトリシアは、ニッコリと笑みを浮かべながら自らを指差す。
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