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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第三章
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百九十二話 二人の約束


 暗く、狭い部屋の中で、少女は虚な眼で天井を眺める。


 身体が重く、意識が不鮮明な中で、少女の頭の中には孤独への恐怖だけが支配していた。



「⋯⋯ん、⋯⋯⋯⋯?」



 そんな中、木々が軋むような音と、部屋の中に吹き込む涼風に反応して首を動かす。



「お、目が覚めたみたいだな。」



 直後、視線の先にある窓がゆっくりと開き、そこからフードを被った若い男が現れる。



 男はそんな少女の顔を見てニッコリと笑みを浮かべると、その頭をポンポンと優しく触れるように撫でる。



「お兄ちゃん⋯⋯来てくれたんだね。」



「ほら、今日の分の薬持ってきたぞ。」



 少女が身体を起こしながら枯れた声で呟くと、フードの男は腰にかけたバッグの中から小さな麻袋を取り出して少女に手渡す。



「また苦いやつ?」



「今日のは苦くねえよ。ほら、飲めるか?」



 少女があからさまに嫌そうな顔を浮かべると、フードの男はそれを軽く笑いながら、その袋に入れられた粉をコップの水に溶かしていく。


 そして緑色の粉が全て水の中に溶け切ると、ゆっくりと少女に差し出す。



「うん、ありがと。」



「⋯⋯ん、んぐっ。」



 少女はコップを両手で受け取ると、何の迷いもなくその中身を飲み干す。



「⋯⋯どうだ?」



 少女が全ての水を飲み下すのを見届けると、男は不安そうな表情で問いかける。



「⋯⋯うん、少し楽になった。」



(少し、か。)



 少女の表情は先程よりも明るくなるものの、男はその回答を聞いて、下唇を噛んで俯く。



「⋯⋯じゃあ、俺は予定があるから行くな。」



 そして視線を上げて再び少女の頭を撫でると、男はそのまま部屋を立ち去ろうとする。



「⋯⋯っ、どうした?」



「⋯⋯もう少し、ここにいて。」



 窓から外に出ようとした瞬間、自らのズボンを引っ張られるのを感じで振り返ると、少女が寂しそうな表情でそう呟く。



「⋯⋯ダメだ。バレたら怒られるだろ。」



「⋯⋯うううぅ。」



 一瞬間を開けた後、男がそれを拒否すると、少女は両目に涙を溜めてそんな声を上げる。



「⋯⋯そんな顔すんな。治ったら目一杯遊んでやるから。」



「⋯⋯約束だよ?」



「ああ、約束だ。」


 そんなやり取りを終えて窓の外から飛び降りると、男は険しい表情で暗闇の街の中を進んでいく。







 そして、その翌朝。


 荒野の中で立てられたテントが一つ、そしてその中で寝息を立てる少女は、遠くから聞こえてくる馬の鳴き声とそれ以上に煩わしく響き渡る乾いた木の音で目が覚める。



「⋯⋯んん、ふぁ⋯⋯⋯⋯朝?」



「⋯⋯ん?何この音?」



 ゆっくりと瞼を開けてそんな言葉を呟くと、橙色の髪と共に左右に身体を揺らしながらエイルはテントの外に顔を出す。



「⋯⋯⋯⋯おはよ〜。」



 寝巻きのまま毛布を羽織りながらテントの外へと出ると、目の前で暖かそうな紅茶を口にしながら座り込む女性に対して間延びした挨拶を送る。



「「⋯⋯⋯⋯ッ!!」」



「⋯⋯っ、うわっ!?」



 が、その瞬間、強烈な衝撃音と共に肌寒い風が少女に向かって吹き荒れる。



「⋯⋯っ、ほらどうしたコウタ!動きが鈍いぞ!」



「ここから鋭くなるんですよ!」



 音のした方向に向かって視線を送ると、そこには肌寒い朝であるにもかかわらず、半袖のシャツで切り結ぶ少年と少女の姿があった。


 身体に似合わぬ大きさの槍のような得物を持つコウタと、真っ直ぐに剣を振るうアデル、汗だくになりながら打ち合う二人の手に持たれた武器は、エイルにも見慣れない茶色い色をしていた。



「⋯⋯⋯⋯。」



「⋯⋯あら、エイルさん、おはようございます。」



 突然の衝撃に呆然としていると、彼女の存在に気がついたセリアが彼女と同じような間延びした挨拶を送る。



「おはよ、これ何?」



「稽古、と言うよりは日課に近いですわね。」



 挨拶を返しつつそう尋ねると、セリアは視線を前に戻しながらそんな答えを返す。



「毎朝やってんの?」



「いつもではありません。その辺りは私よりもマリーさんの方が詳しいでしょう。」



「⋯⋯まぁ多少ですけどね。」



 そう言ってセリアが視線をエイルと逆の方向へと向けると、そちら側からエプロン姿のマリーが歩み寄ってくる。



「あ、マリー。おはよ。」



「はい、おはようございます。ご飯できてますよ。準備しますか?」



 両手を後ろで組みながら首を傾げてそう尋ねるマリーの姿は、女性のエイルでも少しばかりドキッとするような魅力があった。



「ああ、うんお願い。それより、コレなんなの?」



 若干戸惑いつつも答えると、エイルは続けてそんな問いをマリーに投げかける。



「最初は朝の軽い運動で始めたんですけど、回を重ねるごとに激しくなってきて、危ないからスキル無しで、武器もコウタさんが作った木製のを使ってるんです。」


「だから剣戟の音にしては軽かったのね。」


「はい、トータルの戦績は確か⋯⋯三十七勝、十四敗くらいでアデルさんの方が上ですね。」



 その説明を聞いてエイルが納得すると、最後にマリーが付け加えるように勝敗の結果も告げる。



「へぇ、アデルの方が強いんだ。」


「ええ、スキルなしの白兵戦に限って言えば、アデルさんに分がありますわ。」


「それよりもほら、そろそろ決着が着きますわよ。」


 そんなやり取りの最中、セリアの言葉を聞いて二人は同時に視線を彼らの戦いに戻す。



「——甘い!」


「⋯⋯ッ!」


「⋯⋯弾いた!」


 次の瞬間、セリアの言葉を裏付けるように二人が距離を詰めると、アデルは木刀を振り上げてコウタの得物を弾き飛ばす。



「はあ!!」



「⋯⋯っ!」



 そして駄目押しするようにアデルが剣を振り下ろすが、今度は無手になったコウタがその攻撃を真横に躱してみせる。



(回避、けれど⋯⋯。)



「「⋯⋯⋯⋯ッ!!」」



 それすらも織り込み済みであったアデルは、地面に叩きつけた剣をそのまま弾き上げて切り払い、コウタは止まることなくその拳を伸ばす。



 が、二人の攻撃は直撃すること無くその直前にビタンと止まり、遅れて彼女らの首筋から一滴の汗が滴り落ちる。



「⋯⋯す、寸止め?」


「そこまで、ですね。」



 不思議そうに見つめるエイルの横で、セリアがそう呟くと、アデルの手に握られた武器は霧のように消えていく。



「コウタさん。また、素手で戦っていましたわね。」



 セリアは二人に歩み寄りながら、タオルを手渡すと、ニヤリと味の悪い笑みを浮かべてコウタにそう尋ねる。



「いやぁ、武器弾かれたらそうするしか無いですよ。」



 受け取ったタオルで顔の汗を拭うと、コウタは苦々しい笑みを浮かべながらそう答える。



「マリー、引き分けはトータル何回くらいか覚えてるか?」


「引き分けは確か⋯⋯九回目?くらいです。」



 そしてその横では、同じように汗を拭うアデルとマリーがそんなやり取りを交わしていた。



「⋯⋯うーん、なかなか差が縮まんないなぁ。」



 自信なさげなマリーの答えを聞いて、コウタは悔しそうに首を傾げながら呟く。



「⋯⋯毎回戦い方を変えるからでは無いか?最近は武器まで変えて、慣れていないのかは知らないが、正直あまり迫力は感じないぞ。」



 するとそれを聞いていたアデルは、その原因について自らの考えを述べる。



「けど、なんだかんだ言って僕の切り札は槍ですから、多少は使いこなせないといざという時に困ります。」


 コウタは自らの手元に先程まで使っていた武器を召喚し直すと、それを眺めてそう答える。



(まあ実際は槍じゃ無くて薙刀なんだけど。)


 コウタが今、手に携える武器、もといその模造品である木製の薙刀と、アデルに貸し出していた木刀は本来この世界には存在し得ない武器であった。


 けれど今、それを召喚して使役できるのは、生前に彼が別の世界にてそれらに触れていたからであった。


(まさか、あっちの世界で触った武器まで召喚できるとは⋯⋯。)


 それが出来ることを知ったのは最近のことであった。が、その事実を知ったところでそれを戦闘で応用する事はなかった。


 なぜなら生前の彼はあくまでも普通の高校生として生活を送っており、そのような生活下では武器に触れる機会などほとんど無かったからである。


 加えて、例え彼の世界で使われた武器を使えたとして、それらが魔王軍をはじめとした強敵達に通用するかと言われれば、答えはノーであった。



「ああ、だから最近は槍なんですね。」



 そんな彼の思考をよそに、マリーは一人、納得したように両手を打ち合わせる。



「それにしても、貴様のその体術、ハッキリ言ってずるいぞ。攻撃が当たらない。」


「⋯⋯体術ですか?」



 その後ろからアデルが両腕を組みながらそう言うと、コウタは首を傾げてそう問いかける。



「ああ、あの攻撃のタイミングに合わせて避けるやつだ。」


「あれだったら別に僕じゃなくても習得できると思いますよ。」


「どうやるのだ?」



 彼の技に興味があったのか、アデルはコウタの発言に珍しく食いつく。



「基本は予備動作を見ての予測と反応速度で回避します。重要なのは力み過ぎないことで、集中しつつも脱力、みたいなかんじです。」


「⋯⋯⋯⋯脱力、なるほどな。」


 コウタの大雑把な説明を聞いて考え込むと、アデルは呟くような声で反応を示す。



「⋯⋯ところで、そっちはどうなんですか?新技開発。」


「ああ、かなり形にはなってきている。」



 考え込むように視線を固定しながら身体を動かすアデルに、コウタはふとそんな質問を投げかけると、彼女は得意げな表情で答える。



「じゃあ早速試してみます?」


「臨むところだ。」



 ニヤリと挑戦的な笑みを浮かべながら見つめ合う二人は、大きくはにかみながら二人彼女らから離れようとするが、それをとっさにマリーが引き止める。


「ダメです、ご飯が冷めちゃいますから、先に食べちゃって下さい。」


「「⋯⋯⋯⋯。」」


 ため息混じりに呟く彼女の言葉を聞いて二人はあからさまに表情を曇らせる。


「要らないならいいんですよ?」


 するとマリーは笑顔のまま二人に対してそんな問いかけをする。


「「⋯⋯⋯⋯。」」


「⋯⋯食べる。」


「じゃ、手洗ってきて下さい。」


「はーい。」


 突如大人しくなった二人は、それ以上何も言うこと無く彼女の言葉に従う。






 そして無事に食事を終えると、五人は折りたたみ式の椅子に腰掛けながら、各々温かい飲み物を片手に今後の話を始めていた。



「そういえば、次は何処に向かってるの?」


「大陸の北部に向かうにはカリフーの港町から船を使う必要がありますから、そちらに向かっているのですよね?」



 エイルのそんな言葉に反応してセリアが呟くと、彼女らの視線を受けたアデルが口を開く。



「ああ、その件なのだが、少しだけ進路を変えようと思ってる。」



「⋯⋯はぁ!?なんで!?」



 突然の変更の知らせを聞いて、最も大きな反応を示したのはエイルであった。



「さっき二人で話したんですけど、クチパの街から真っ直ぐにカリフーまで向かうと、かなり荒れた地形を進まなくちゃいけないんです。」



 そんな彼女の反応を予想していたのか、コウタは手際良くテーブルに地図を広げてその経路を指差しつつ説明を始める。



「だがそれだと危険な上にかなりの長い日数休憩もなく馬車に揺られることになる。」


「だから無茶をしないルートに変えるんですね。」


 それを補足するようにアデルが言葉を付け加えると、三人は比較的すんなりと理解を示す。



「少しだけ回り道にはなるが、なるべく長旅は避けたいからな。」



「それで、次の街はどちらですの?」



 ため息混じりに呟くアデルに向かって、セリアがそう尋ねると、先に話し合っていた二人は視線を合わせて首を小さく縦に振る。



「⋯⋯ああ、次の街はハサイ。かの有名なブルーシルクの原産地だ。」



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