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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第三章
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百九十一話 もう一つの覚醒



 勇者候補、魔王軍が消え、一時の平穏を取り戻したチクパの街では、たった一人取り残された圧政者が、その本領を遺憾なく発揮していた。


「クソッ、クソ!何故私がこんな目に合わなくてはいけないのだ!」


 全身を包帯で包まれ、使用人からの治療を受ける領主、リンブは沈み込むソファにもたれかかりながら、そんな言葉を吐き出す。



「⋯⋯がっ!?」



 ふと侍女の一人が手元を滑らせて包帯をきつく締めてしまうと、リンブはその痛みで呻き声を上げる。



「⋯⋯⋯⋯このっ!もっと丁重に扱え!この役立たずが!」



「⋯⋯きゃっ!?」


 激昂したリンブが乱暴に手を振り回すと、その女性の頬にぶつかりそのまま後方に吹き飛ばす。



「もういい、下がれ無能!」



 リンブは興奮した状態のまま声を張り上げる、



「も、申し訳ありません。」



「⋯⋯きゃあ!」



 頬を赤く腫れ上がらせた侍女は痛がる素振りも見せずに立ち上がると、命令に従ってフラフラと部屋の外へと出て行く。


 すると今度は閉じかけたドアの悲鳴にも近い叫び声が聞こえて来る。



「ちっ、今度は何だ!」



「⋯⋯⋯⋯っ!?」



 その瞬間、彼の目の前にあったドアは吹き荒れる烈風のような力によって吹き飛ばされる。



「⋯⋯き、貴様は!?」



 そしてその奥には、彼もよく見知った少女の、衝撃的な姿があった。



「⋯⋯⋯⋯。」



 全身の服を血液で赤黒く染め上げ、左目を真紅に充血させた少女の姿は、もはや人間というよりも魔族に近い見た目をしていた。



「な、なんなんだその姿、それではまるでっ⋯⋯!!」




「⋯⋯⋯⋯黙れ、豚野郎。」



 恐怖を隠しきれないリンブの叫びをかき消すように、少女は足元に転がったドアの欠片を不可視の力で投げつける。


 木片はくるくると高速で回転しながら、包帯の巻かれた右足に突き刺さる。



「⋯⋯っ、づああ!?」



 ぐちゃりと鈍い音と共に掠れた呻き声が響く。



「⋯⋯き、っさまぁ!私を殺す気か!?」




「ああ、その通りだよ。お前を殺す。」



 激昂するリンブに対して、少女は無表情のまま歩み寄り、闇に染まり切った眼で彼を睨みつける。



「お前のせいで仲間が死んだ。だから報いを受けろ。」



「わ、私は殺してない!」



「ああ、けどお前も原因の一つだ。」



(⋯⋯っ、殺される!)



 アマネルがゆっくりと、そして明確な殺意を持ちながら左手を伸ばすと、リンブは本能で自らの生命の危機を察し取る。


「⋯⋯っ、かかれ!全員でだ!!」



「⋯⋯⋯⋯ッ!!」



 その言葉を皮切りに、頑強な装備を纏った衛兵や使用人たちが、たった一人の少女に向かって雪崩れ込むように飛び出して行く。








 

 街の中心で繰り広げられた蛇足のような最後の戦いは、呆気なく終結し、そしてその結果も特筆するようなものは存在しなかった。


 そこにあったのは一方的な蹂躙。


 たった一人の少女を前に、男達が次々となぎ倒され、次第にその場にいた者たちは彼女に背を向けて逃げ仰せ始めた。



「——がっ、ああああ⋯⋯!!」



 そして最後に取り残された男は、執拗なまでに殴られ、蹴られ、顔面は原型を残さぬほどに腫れ上がらせ、四肢の骨を砕かれ、最早虫の息であった。



「⋯⋯悪くない景色だ。」



 そんな男を引き摺りながら屋敷の外へと投げ捨てると、少女は漆黒の空の下で煌々と燃え盛る屋敷を見て、そんな言葉を呟く。



「⋯⋯⋯⋯なぁ、そうだろ?」



「⋯⋯⋯⋯たす、け⋯⋯。」




「⋯⋯⋯⋯断る。」



 掠れた声で吐き出された悲痛な声を一蹴すると、少女は自らの手を空に掲げる。


 すると、その頭上には耳を突き刺すような高音と共に現れる。


「⋯⋯っ、やめ——」



「——ジャッジメント・リベリオン」



 天を衝きながら上昇する次元の歪みが、上空で爆散すると、遅れて不可視の刃が雨の如く降り注ぐ。



「⋯⋯⋯⋯ッ!!」



 そんな力の濁流に飲み込まれたリンブは、叫び声すら上げることなく肉を削り取られ、最後にはその身体は肉片すら残す事なく消え去る。



「⋯⋯く、クククッ、キャハハハハハッ!!」



 そしてその場に残された大穴と血溜りを見て、せき止めた水が溢れ出すように笑みが零れ落ちる。



「⋯⋯殺す、ムカつく奴は全部、全部!!私が殺す!!」



 全身を仲間だった者たちの血で赤黒く染めながら、今、復讐の亡霊が目を醒ます。

本日は二話連続更新となります。

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