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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第三章
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百九十話 広げられた包囲網


 その後、コウタ達がいる街から遠く離れた魔王城の一室では、彼らとはまた違った沈黙が流れていた。



「⋯⋯ん、んん⋯⋯⋯⋯。」



 薄暗い部屋の中で目が覚めた女性は、そんな声を上げて瞼を開く。



「やあ、起きたみたいだね。ベレッタ。」



「⋯⋯ルキ、様?」



 真横から聞こえてくる声に反応して、ゆっくりと首を動かすと、ベレッタはかすれた声でそんな声を発する。



「⋯⋯っ、任務は、どうなりましたか?」



 声の主の顔を見て、即座に意識を復活させると、彼女はあらゆる疑問を投げ捨て、真っ先にそんな問いを投げかける。



「失敗だよ。呪剣は破壊されたし、僕も君もこの通り。」



 ルキは頬に貼り付けられた湿布のようなものを指差しながらやれやれと肩を竦めると、ため息混じりにそう言い放つ。



「⋯⋯申し訳ありません、私のせいで。」



「違うよ、君が居なかったらどちらにせよ僕は勇者候補を倒すことも出来なかった。失敗の原因はイレギュラーのせいだ。」



 直後に返ってくる謝罪の言葉を聞いて、即座にそれを否定する。



「ですが、貴方が本気を出せばきっと。」



「勘弁してくれ、アレ以上力を使ったら、もっと酷い事になってたよ。」



 そんな謙遜のような言葉を聞きながら、ふと視線を移すと、例の戦いで猛威を奮った彼の右腕は、治療と言うにはあまりにも厳重に固定され、肩から吊るされていた。



「⋯⋯その腕。」



「ああ、最後の最後に少しだけ制御がブレたから、念のため抑えてるんだよ。」



「怪我はしてないから気にしないでくれ。」



 ベレッタが尋ねると、ルキはニッコリと貼り付けたような笑みを浮かべながら答える。



「⋯⋯私に出来ることは、何かありませんか?」



 どれだけ慰めの言葉を聞いても、自らを責めることをやめられないベレッタは、少しでも自らの失敗を挽回しようと考える。



「今は傷を癒してくれ、そのコンディションじゃまだ仕事は任せられないからね。」



 だがそんな無茶はルキの望む所ではなく、先程と同様に即座に拒否されてしまう。


 そしてそれ以上なにもさせたくは無いルキは、彼女の問いに答えると同時に部屋のドアノブに手を掛けて部屋を後にした。



「⋯⋯了解、致しました。」



 優しさの込められた声色で正論を突き付けられ、どうしようも無くなってしまうと、ベレッタは静かに俯きながら呟く。







 部屋を後にし、ドアをゆっくりと締め、ガチャリと金型と木が噛み合うような音が響き渡ると、それまで優しい表情を浮かべていたルキは、無感動な顔で小さく舌打ちをする。



「ベレッタ嬢も目が覚めたかい?」



 直後、彼の背後から低く抑揚の無い男の声が聞こえてくる。



「⋯⋯⋯⋯帰ってきてたのか。」



「⋯⋯レプトン。」



 室内にいた時から彼の存在を把握していたルキは、暫くの間黙り込んだ後、彼に背を向けたままバツの悪そうな声でそんな問いを投げかける。



「やあ、相変わらず忙しそうだね。」



「⋯⋯聞いたよ。失敗したんだってね。」



 そんなルキの態度に反応すら示すことなく、レプトンと呼ばれた男はそんな会話を切り出す。



「⋯⋯まあそうなるかな。」



「君がその力を使って失敗するとは、勇者候補もとうとう手が付けられなくなってきたようだ。」



 素っ気ない返事をするルキに対して、レプトンは皮肉を交えながらも、彼の力に一目置いているような発言をする。



「まぁ、勇者候補二人を相手取ればこうなるのは目に見えてたよ。」



「何より今回はイレギュラー要素が多すぎた。相変わらず彼らは一人残らず曲者揃いでね、抱え込んでるものは沢山あるようだ。」



 戦いの全容を思い返し、その中で一番のイレギュラーであった少女の顔を思い返しながら、ルキは不機嫌そうに答える。



「へぇ⋯⋯?」



 その瞬間、レプトンの表情は悪意の混じったものに変化していく。



「なんなら僕が全部見てあげようか?君も、勇者候補も、面白そうなものを隠し持ってそうだ。」



「⋯⋯⋯⋯ッ!!」



 煽るような口調でそう尋ねた瞬間、周囲の床や天井がミシミシと音を立ててヒビ割れて広がっていく。


 よく見ると、その中心に立つルキの右手に施されていた拘束が砕かれ、人差し指と中指だけが剥き出しになっていたのが見えた。



(⋯⋯たった二本の指を動かしただけでこの威力か。)



 あまりに規格外なその破壊力を見て、レプトンは驚きを通り越して呆れ果てたような表情を浮かべる。



「コソコソ嗅ぎ回るのは君の自由だし、止めないよ。けどね。」



「あまり僕を苛つかせないでくれ、力の制御が効かないんだ。」



 そう警告するルキの表情には最早いつものはぐらかすような余裕は無く、そこには純粋な殺意とほんの僅かに焦りの様なものだけが乗っていた。



「おお、怖い怖い。警告は素直に聞いておくとするよ。」



「——どうした。」



 ルキの言う通りに引き下がろうとしたその瞬間、二人の耳にそんな声が聞こえてくる。



「「⋯⋯⋯⋯っ!?」」



 即座に声の主が誰なのか察した二人は、各々それまで浮かべていた表情を消して、一気に全身の筋を強張らせる。



「⋯⋯ルシウス様、いらしていたのですね。」



「ああ、少し用があってな。」



 レプトンが振り返りながら尋ねると、声の主であるルシウスは仏頂面のままそう答える。



「⋯⋯⋯⋯。」


(⋯⋯全く、目の前に立つだけでこの圧力、しかも本人は無自覚とは、本当にタチが悪い。)



「⋯⋯それより、何があった。」



 その横で黙り込むルキに対して、ルシウスは一切表情を切り替えぬままそんな問いを投げ掛ける。



「いいえ、少し僕の能力が暴走してしまっただけです。」



 そんな問いかけに対して、直ぐに反応して表情を切り替えると、ヘラヘラと乾いた笑みを浮かべながら、拘束された自らの右腕を見せてそう答える。



「そうか、相変わらず難儀な力だな。」



「ええ、お騒がせして申し訳ない。」



 同情の混じった返答を聞いて、彼の逆鱗に触れなかった事に安堵すると、それを表情には出さずに返事をする。



「⋯⋯それで、今回はどう言った御用でしょうか?」



 そんな二人の会話に割り込みながら、レプトンはそんなふうに横槍を入れる。



「ああ、ルキ、貴様から受け取った報告の一つに、気になるものがあってな。」



 直後、ルシウスは思い出したかの様にそう言うと、胸元から一枚の紙を取り出して見せ付ける様にそれを掲げる。



「⋯⋯もう一人の騎士、ですよね?」



「ああ、この報告は本当か?ナキアからは取り逃したと言う報告は受けていたが。」



 報告、と聞いてすぐに思い当たる単語を口にすると、案の定それが正解だったらしく、ルシウスはそんな問いを投げかける。



「ええ、まだ想像でしかありませんが、もしかしたら、彼女・・が勇者候補達と行動を共にしている可能性があります。」



「ラフカの王位継承候補、第二位、エイル・ヴォルカ・マグナ。」



 実際にはルキ本人はその姫君の姿は見ていないものの、部下であるベレッタから受け取った情報から判断してそんな報告をしていた。



「⋯⋯っ、へぇ、そんな事になってたんだ。」



 彼らの会話を聞いて、蚊帳の外にいたレプトンは不敵な笑みを浮かべながら小さくそう呟く。



「⋯⋯⋯⋯なるほど、本来ならば今すぐにでも捕らえたいところだが⋯⋯。」



「ええ、今すぐに向かえる人員は限られています。」


 歯噛みの悪いルシウスの言葉に対して、ルキははっきりとした口調で彼の言葉の続きを補足する。



「分かっている。現地にいるサティアタと連絡を取って然るべき場所で迎え撃つ、貴様達はこのまま待機、ファルナスも同様だ、伝えておいてくれ。」



 ルキの言葉を受け取り、即座に代替案を思い付くと、ルシウスは何の迷いもなく二人に指示を出す。



「「了解しました。」」



「⋯⋯以上だ。」



 同時に帰ってくる返事を聞くと、ルシウスは彼らに背を向けて通ってきた廊下を引き返す。



「——ルシウス様!ルシウス様!!」



 すると彼等の背後からそんな声が響き渡り、振り返ると、ゴーグルを額に掛けた少女がルキとレプトンの間を抜けて駆け抜けてくるのが見えた。



「キエラ?どうした?」



 自身の目の前で立ち止まり、肩を揺らしながら膝に手を突く少女に対して、ルキはそんな問いを投げかける。



「リーズルが⋯⋯⋯⋯リーズルが、居なくなりました!」



「⋯⋯どういうことだ?」


 突然の少女の言葉を聞いて、それまで表情を一切変化させることのなかったルシウスの眉間に僅かにシワが寄る。









 そして翌日。


 コウタ、マリーの二人が目覚め、一応の回復を終えた一行は、既に街を出て新たな道のりを進んでいた。



「ううん⋯⋯やっぱ気持ち良い。」



 手綱を引くこともせず、ただ御者台に座って景色を眺めるエイルは、大きく伸びをしてそんな言葉を呟く。



「少し肌寒くはありますけど、中よりは開放感がありますからね。」



 その隣で手綱を引くコウタは、支給品の服の上にローブを纏うというかなり不格好な防寒対策をしながらそんな言葉を呟く。



「⋯⋯うぐっ!?」


 そしてその直後、平穏な雰囲気に似合わぬ呻き声が、コウタの口から溢れる。



「⋯⋯っ、どうしたの?」



「いえ、なんでもないです。」



 咄嗟にエイルがそう尋ねるが、コウタは苦しそうな表情を浮かべながらもはぐらかす様な答えを返す。



「⋯⋯あっ。」


(右腕、怪我治って無かったんだ。)



 が、誤魔化し切れるはずもなく、エイルは即座にコウタの右腕が僅かに震えている事に気が付く。



「⋯⋯⋯⋯。」



 そしてその原因がシューデの森でのアマネルとの戦いにある事、そしてその原因の一端が自身にある事を思い出す。



「⋯⋯あの盗賊と戦った時さ、アンタ達ちゃんと勝ち筋はあったの?」



 そして恐る恐る、尻すぼみ気味な口調でそんな質問を投げかける。



「まあ、ある程度は出来てました。」



 質問の意図がよく理解出来なかったコウタは、脳内に疑問符を浮かべながらも正直にそう答える。



「じゃあ、やっぱ私たちは行かない方が良かった?」


 彼らの助けになりたいからこそ、負担を減らしたいからこそ、彼女は助けに行った。


 けれど、もしそれが余計なお世話で、自分のせいで彼が傷付いたのだとしたら、そう考えると、エイルの頭の中に強い罪悪感が生まれる。



「そこまでは言いませんけど、せめてセリアさんと足並みを揃えてから来るべきでしたね。そうすればもう少しスマートに倒せてたかもしれませんし。」



 するとコウタ自身もなんとなく彼女の考えを理解出来たのか、少しだけオブラートに言葉を包んで言葉を選ぶ。



「そっか、邪魔しちゃったか。」



「あのさ、その、今回の件は流石に私の行動が迂闊だったと言うか⋯⋯その⋯⋯⋯⋯なんというか⋯⋯。」



 彼の答えを聞いて、自身の考えが悪い意味で正解してしまった事を知ると、エイルは正直に謝罪の言葉を述べようとする。


 が、どう謝罪すればいいのか、どんな言葉で謝ればいいのか分からなかったエイルは、言葉を選びながら少しずつモゴモゴと口籠もり始める。



「⋯⋯次からはもっと自分の実力を弁えて動いて下さい。無茶をすればその分周りに負担が行くんですから。」


 そして、そんな彼女の罪悪感までは読み取れなかったコウタは、やれやれとため息混じりにそんな言葉を呟く。



「⋯⋯⋯⋯っ!」



 その瞬間、彼女の頭の中にあった罪悪感は、少しばかり小さくなっていき、代わりにほんの少しの苛立ちが芽生える。



「⋯⋯あのさ、前々から思ってたけど、アンタ私に対して当たり強くない?」



 自身に非がある手前、あまり強くは言えないエイルは、引き攣った笑顔を浮かべながらそんな問いを投げかける。



「普通です。ただ普通に話そうとする度に口出しせざるを得なくなるだけです。」



「そもそも今回だって、貴女が無鉄砲に突っ込んでいくから事態が面倒な方向に転がっていくんです。少しは大人しくできないんですか?」



 それでも言葉のトゲが抜けていなかった為、コウタは何故か自分が責められている様に受け取ってしまう。


 そしてコウタも彼女と同様に若干の苛立ちを抱えながら、冷静に言葉を返す。



「はっ、よく言うわよ!それを利用して勝ったくせに。」



「邪魔をされたからそれに対応して別の勝ち筋を見つけただけです。貴女がいなければ普通に勝って終わりです。」



 すると二人の会話は少しずつ熱を帯び始め、会話から口論へとシフトチェンジしていく。



「⋯⋯はぁ!?」



 完全に感情の昂り切ったエイルは、叫ぶような声色でそう尋ねる。



「おい、それくらいにしておけ、二人が起きる。」



 その瞬間、それまで荷台で読書をしていたアデルがひょっこりと顔を出して二人に注意する。



見ると彼女の後ろの席では、セリアとマリーが首をコテンと倒しながら、夢の世界へと旅立っているのが見えた。



「⋯⋯っ、ああもう!」



 そしてそれ以上なにも言えなくなってしまったエイルは、アデルの注意を不服ながらも受け入れ、荷台の方へと下がってしまう。



「随分と仲が悪いのだな。」



そしてその様子を見ていたアデルは、エイルに聞こえない様な小さな声で、コウタにそう問いかける。



「⋯⋯否定はしません。」



「⋯⋯が、少しは振り回される身にもなれただろう?」



 不機嫌そうに答えるコウタに対して、アデルは珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべながら首を傾げる。



「⋯⋯っ、ええ、そうですね。これまで以上に貴女には頭が上がりそうにないです。」



 その問いに面食らったコウタは、小さく息を飲んだ後に、小さく笑みを浮かべ、俯きながらそう答える。



「はははっ、そうか、それは面倒だな!」



「⋯⋯全くです。」



 愉快そうに笑うアデルの声を聞いて、コウタもまた穏やかな表情で笑みを返すのであった。


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