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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第一章
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十九話 小休止


 時刻は朝六時、コウタはその日、ベーツの街からほんの少しだけ離れた場所に位置する、トトマ村の宿屋に訪れていた。


「よろしくお願いします!!」


「今日は来てくれて本当にありがとうございます。こんなに少ない報酬なのに。こちらこそよろしくお願いしますね。」


 爽やかな笑顔と共に発せられるコウタの挨拶にお手伝いの少女マリーは元気よく返事をする。



「大丈夫ですよ。それで、今日は何をすればいいのでしょうか?」



 コウタはこの日、彼女の両親が募集したとある依頼を受けにこの村に来ていた。



 依頼内容は〝一日宿屋のお手伝い〟報酬はアルバイト並ではあったものの、それでもこのクエストを受けた理由は三つあった。


 一つは、数少ない知り合いが出した依頼に純粋に興味があったから。


 二つ目は、金銭的な理由。


 コウタは先日の臨時収入のおかげで預金額に大いに余裕ができた為、報酬にこだわる事なく依頼を選ぶ事が出来たのであった。


 そして三つ目は、単純に討伐依頼に飽き始めたからである。


 グランドボアやワイバーンクラスのモンスターが出れば別だが、そんなボスクラスのモンスターはそうそう出るものではない。


「そうですね。今日は客室の掃除と、昼と夜の時間にホールで注文を受けて欲しいです。」


 コウタがそんな依頼を受ける経緯を思い出していると、マリーは少し考え込んだ後に、大まかな仕事内容を伝える。


「分かりました。⋯⋯ところで今日はなぜこんな依頼を?」


 コウタは素直に返事をすると、一瞬遅れてふと頭に浮かんだ疑問を投げかける。


「ああ、そのことですか。今日はお父さんが街へ決算報告をしに行くので私とお母さんの二人で店を回さなくちゃいけないんですよ。」


「母で〜す。」


「⋯⋯だからお手伝いを頼んだんですね。」



 厨房からひょっこりとマリーのお母さんが包丁を持ちながら顔を出して手を振ってくると、コウタは苦笑いで手を振り返しながらマリーに問いかける。


「そゆことです。私は食事の下処理や受付の仕事をするので、コウタさんには私の代わりをやって欲しいです。」


「了解しました!」


 少女が貧相な胸を張ってそう言うと、コウタはニッコリと笑みを浮かべて敬礼をしながら答える。



「じゃあまず、注文の受け方なんですけど、この紙に頼まれた品を書いて厨房にあるクリップボードに張り付けておいて下さい。」


「そしたら私たちが作って置くのでコウタさんはそれをお客様にお出ししてくれればオッケーです。」


 いざ仕事の話となると、マリーはスラスラと慣れた様子で説明を始める。それと同時に、見た目とは違いデキる女の雰囲気を醸し出し始める。どこぞの騎士見習いとは大違いだ。


「分かりました。ちなみに接客はどのようにすれば良いですか?」


「私がいつもやってるみたいにで良いですよ。あんまり緊張しなくて大丈夫ですからね。」


「初めてなのでそこは、ご容赦下さい。」


 優しくて微笑みながらそう言うマリーに対して、コウタはニッコリとはにかみながら答える。


「よしです!それではそろそろ朝食の時間なのでお願いしますね。」


 そうこう言っているうちに、早速一人目の客が二階の客室から降りてくる。


「スンマセーン、注文いいっすか。」


「はい、ただいま!」


 眠たげな呼び出しの声に応じてコウタが駆け寄っていく。



「ん?コウタじゃねぇか。なんでこんなところに?」



 注文を取りに行くとそこにはワイバーン戦で共に戦った冒険者、セシルが木製の椅子に腰掛けていた。



「ああ、セーフティバントさんおはようございます。貴方こそなぜここに?」



「セシルな!?俺は今から隣町に護衛のクエストこなしに行くんだよ。」



「ああ、失礼。それよりも大変ですね。こんなに朝早くから。」


 全く反省していない様子でニコニコと笑みを浮かべながら、コウタは同情の混じった言葉を送る。


「全くだぜ。新しい武器買ったら金がなくなっちまってよぉ。」


 同情の言葉に反応したセシルは訪ねてもいないのにそんな事を言い出し、机にぺたりと伏せると深くため息を吐く。


「あれ?龍殺しの剣(ドラゴンスレイヤー)はどうしたんですか?確かあれも新品だったはずじゃ⋯⋯。」


 セシルの腰にかかる剣が以前とは別の物になっているのを見てコウタは以前の会話を思い返しながらそう問いかける。


「ギルドのロッカーの中だぜ。俺、すぐ新しいのが欲しくなるからさ。」


「へぇ、⋯⋯それをやめたらもう少し余裕ができるのでは?」


 いわゆる無駄遣いである事に気づくと、コウタは冷たい視線を送りながら、呆れたように言い放つ。


「それをやめたら楽しくねぇだろ。つか、お前は何してんだよ。バイトか?」


 そんなことなど気にせずセシルはケラケラと笑いながらそう返す。どうやらやめる気は全くないようだ。



 「まぁ、そんな感じです。」



 無理やり着されられたエプロンの端をひらひらとつまみ上げながら、鼻を鳴らすようにそう答える。



「まぁ、いいや。注文いいか?」



「はい。何にしますか?」


 そうして会話は冒険者仲間から店員と客の会話へと帰結していく。







 ——その後の仕事は朝から昼までほとんど休む暇がなかった。



「ふい〜、疲れたぁ。」



 昼を過ぎようやく落ち着き始めると、コウタは客のいなくなったテーブルにグッタリと座り込む。


「お疲れ様です。はいこれ飲んで下さい。」


 そう言ってマリーは両手で二つのコップを持ち、そのうちの一つをコウタに差し出す。


「ありがとうございます。⋯⋯これは?」


 礼を言いながら受け取ったコップの中からは、独特な甘い香りが漂っていた。


「ハニーミルクです。私の大好物なんですよ。」


 コウタはそれを一口飲むと、口の中いっぱいに蜂蜜の香りが広がっていく。


「⋯⋯ふぅ、甘くて美味しいです。」



 ゆっくりと口に含んだミルクを飲み下すと、白い息が漏れると同時に表情が緩み出す。


「⋯⋯っ?」


 そしてふと、マリーに視線を向けると、コウタの動きがピタリと止まる。


「ですよねー、っと。」


 そう言いながらマリーは自分のコップに大量の蜂蜜をぶち込んでいく。


「えっと、マリーさん?一体何を?」


「はい?ハチミツを入れてるだけですよ?」


 何言ってんだこいつ?と言わんばかりの視線を向けながらマリーは蜂蜜を入れる手を止める事なく首を傾げる。


「量が尋常ではないのですが⋯⋯。」


「ああ、私は多い方が好きなので。」


 マリーは笑顔でコップをかき混ぜていくが、そのコップの中身はもはや、蜂蜜が多いとか少ないとかのレベルではなく、蜂蜜メインの別の飲み物と化していた。


「そ、そうですか⋯⋯。」


「コウタさんも追加しますか?ハチミツ。」


「遠慮しておきます。」


 笑顔で放たれる問いかけを、コウタは即答で拒否する。


「⋯⋯宿屋の仕事って大変なんですね。」


 そうして一息つきながら二人揃って椅子に掛けると、天井を眺めながらコウタはそう呟く。


「そうですかね?いつものことだからよくわかんないや。」


 何気無く発せられたコウタの言葉に対して、マリーは小さな笑みをこぼしながら答える。


 コウタにとって大変な労働でも、彼女とってはこれが普通であり、日常なのだろう。



「それにこの仕事好きですし、将来はここを継ぎたいなって思ってるんですよ。そしてゆくゆくは世界一の宿屋に、みたいな。」


 マリーは空になったテーブルに目を向け、そしてぐるりと宿屋の中を見渡しながらそう続ける。



「⋯⋯凄いですね。マリーさんは。」


 コウタはそんな彼女の姿を見て、ニッコリと微笑みながら呟くようにそう言う。


「へっ?」


「こんなに大変な仕事を毎日して、こんなに真面目に頑張って、将来やりたいことまで決まってるなんて、少し⋯⋯羨ましいです。」


「い、いや、別にこんなの慣れれば誰でも出来ますし⋯⋯それに⋯⋯それに、コウタさんの方がよっぽど凄いですよ。」


 コウタが伏し目がちに呟くと、謙遜と自信のなさからか、マリーは徐々に声のトーンを落としながら答える。


「仕事だってなんでも器用にこなしてたし、ワイバーン倒せるくらい強いし、ただの村人の私よりよっぽど凄いですよ。」


 そしてうつむきがちにそう続ける。



「でも、僕は何をしたいのか決まってません。」


「⋯⋯⋯⋯?」


 自分を卑下するマリーに対して、ハッキリとした口調で淡々と答える。


「誰かの為に、何かの為に頑張れる。それって出来る人には普通かもしれないけど、実はすごく難しい事だと思うんです。」


 少なくとも、今現在なんの目的も目標も無いコウタにとっては、彼女の在り方がとても羨ましかった。



「なんか、そんなこと言われると照れますね。えへへ。」



 すると少女は少しだけ顔を赤くして、はにかみながら笑みを溢す。


「よし、ではそろそろ仕事をしましょうか。依頼では確か、今日の夜まで、でしたよね。」



「はい。もう少し頑張ってもらいますからね。コウタさん!!」


 切り替えるようにコウタが立ち上がると、それに合わせてマリーがそんな声を掛ける。








——その後も色々大変な作業はあったがコウタは夜までの仕事をつつがなくこなした。


 そして外は少しずつ薄暗くなり、怪しい雰囲気を醸し出し始める。


「さて、今日の仕事はこれで終了です。ありがとうございました。これをギルドに渡せば依頼達成になりますから。」


 全ての仕事が終わり、マリーは一枚の書類のようなものをコウタに手渡す。


「もう終わりでいいんですか?」


「はい。残りの仕事は事務作業だけですので。」


 紙を受け取りながら首を傾げるコウタに対して、マリーは笑顔を返しながら作業を続ける。


「それは手伝わなくていいのですか?」


「これは私の仕事ですから。」


 コウタが指差しながら尋ねると、少女は作業を止めてそう答える。


「そうですか、では頑張って下さいね。僕はこれで失礼しますか。」


「ちょっと、何言ってるんですか!今日はもう遅いから泊まっていって下さい。宿泊費は取りませんから。」


 そう言ってコウタは荷物の支度をして宿を後にしようとするが、マリーが慌てた様子でそう引き止める。


「いえ、別に大丈夫ですよ。」


「ダメです!夜の道は危険がいっぱいなんですから!」


「⋯⋯じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて。」


 コウタは軽い調子で手を振って拒否をするが、断れる雰囲気でもなかったので素直に言うことを聞くことにした。


「うんうん、よろしい。じゃあこっちの部屋です。」


「はい。今行きます。」


 返事を返すと、マリーは腕を組みながら嬉しそうに首を縦に振り、案内を始める。


 コウタもそれを見て小さく笑うと、言われるがままに少女の後に付いていく。








 マリーに案内された部屋に着くとコウタはすぐにベッドに飛び込む。


 そして仰向けに寝返りを打ち天井を眺めながら、色々なことを考える。


「⋯⋯目的、か。」


 誰に言うでもなく呟いたのは、先程とのマリーの会話で引っかかっていた言葉であった。


(そういえば、こっちの世界に来てから毎日戦いばっかりだったな。)


 自分の手のひらを眺め剣をイメージしながらその手を開いたり、閉じたりと動かす。


(随分慣れたな、剣を持つのも。)


「⋯⋯あれ?」


 するとコウタの手は小刻みに震え出し、それはやがて大きくなっていく。


 いかに現実からかけ離れた世界にいたとしても、彼は確かに自らの命を危険に晒し、なんの感情も持たずに魔物を殺した。


 既に彼の心は壊れていたのだ。


 それを自覚した瞬間に、心の内側から恐怖にも似た感情が溢れ出す。


 進む方向も分からぬまま、目の前の敵を切り倒し、やがてどう進めばいいか分からなくなってしまった。


「⋯⋯っ、大丈夫、大丈夫。」


 そんな震えを抑える為に両手を組むと、ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせる。


 気づくとコウタの意識はいつの間にか途切れ、暗い闇の中へと落ちていた。


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