百八十七話 暴走する悪意
「貴様、何故ここに?」
突如現れた乱入者に対して、真っ先に口を開いたのは、彼女から最も近い位置にいたアデルであった。
「おーおー、気持ち悪りぃ見た目になってんな。」
「⋯⋯アレ、使用人でいいんだよな?」
少女はアデルの問いかけを無視してマイペースに魔物と化したヘッジを眺めていると、振り返ってそんな問いを投げかける。
「答えろっ⋯⋯!何しに来た!」
叫ぶように繰り返される問いかけには、小さな焦りと怒りが込められていた。
「落とし前付けに来たんだよ。やってもいねえ事でっち上げられて、誰かさん達に手酷くやられたからな。」
口調が激しくなり、徐々に熱を帯びていくアデルに対して、アマネルは至って冷静にそう返す。
「⋯⋯⋯⋯。」
「それとも今ここで再戦するか?頼りのチビはあの様子だけどな。」
それを聞いてアデルが黙り込んでしまうと、今度はそれに続けて挑発をするようにそんな問いを投げかける。
彼女の指差す方へと視線を向けると、魔王軍の幹部に苦戦を強いられているコウタの姿が見えた。
「⋯⋯っ、何をするつもりだ。」
そこで喧嘩を受けるほどアデルも無謀ではなく、仕方なく口調を抑えて改めてそう尋ねる。
が、それでも彼女への不信感は拭う事が出来ておらず、敵意の籠もった鋭い視線だけは変わらずアマネルの肌を突き刺していた。
「アレ、倒していいんだよな?」
自身の思い通りの態度になって機嫌を取り戻したのか、アマネルはニヤリと歯を見せて笑みを浮かべながら顎を使って魔物となったヘッジを指し示す。
「⋯⋯殺すなよ。」
「約束しかねる。」
なるべく刺激をしないようにとアデルが説き伏せるようにそう言うが、アマネルはそれを一蹴して一歩、また一歩と歩みを進める。
「⋯⋯アアッ!!」
そんな彼女らのやり取りなど最早耳を傾ける余裕すらないヘッジは、誰と戦っているかも分からないままアマネルに向かって剣を突き立てる。
「⋯⋯遅ぇ。」
が、相手は勇者候補、そんな何の考えも無い雑な攻撃など当たるはずもなく、振り下ろされた念力によってはじき返される。
「⋯⋯ガァ!?」
「ほら、反応くらいしやがれ。」
直後に発せられる呻き声と同時にもう一度手を振るうと、二度目の念力がヘッジの体を襲い激しく吹き飛ばす。
「⋯⋯ッ!?」
「次ィ!」
「⋯⋯ラッシュメテオ。」
そして最後にゴロゴロと地面を転がるヘッジに向かって念力で無数の瓦礫を持ち上げながら手を伸ばす。
皮肉にもアデルには、その光景がコウタの使う〝剣戟乱舞〟によく類似しているように見えた。
「⋯⋯ガハッ!?」
一つ目の瓦礫がヘッジの腹部に突き刺さる。
「ウウぅ、アアアア⋯⋯。」
それに続くように、二つ目、三つ目の瓦礫が雪崩のように迫り、近くにいたアデルの視界を覆い尽くすほどの質量で面に広がっていく。
「⋯⋯⋯⋯。」
怒涛の連撃が止まり、土煙が上がると、その先にはボロボロになりながらも未だ五体満足で立ち尽くすヘッジの姿があった。
「⋯⋯意外とタフだな。気絶しないぞ。」
「剣を狙え、アレを壊せば元に戻る。」
呆れたようにアマネルがため息を吐きながらそう言うと、傍観していたアデルがそんな助言を与える。
「断る、アレは私が貰ってく。」
「持ち主を壊せば、アレも丸裸だろ?」
アマネルはそんな提案を一蹴すると、殺意を剥き出しにして構える。
「⋯⋯っ、やめろ!!」
「——ストライクメテオ!!」
そんなアデルの叫びも虚しく、無数の瓦礫の流星は一点に集中し、容赦無くヘッジの身体へと迫っていく。
「⋯⋯っ、爆裂斬!!」
瓦礫の流星がヘッジへと迫り、その命を断ち切ろうとした瞬間、真横から割り込んだアデルが、瓦礫に向かって爆発を叩き込み、強引にその進路を変更する。
「⋯⋯なんで邪魔した?」
「⋯⋯やり過ぎだ。」
攻撃を止め、顔だけを振り向かせると、アマネルは射殺すような視線でアデルを睨みつける。
「まだ助けるつもりだったかよ。もう無理だろ。完全に魔物だぞアレ。」
アマネルの言う通り、呪剣を持つヘッジの姿は紫色の肌に、背中から突き破るように飛び出した無数の蔦と、最早人間であった時の面影は無く、その外見は魔物というにふさわしい形相であった。
「⋯⋯それは、そうかもしれないが⋯⋯⋯⋯。」
「アア、アアアアァァァァ!!」
「⋯⋯アデルさん!!」
アマネルの言葉に再び感情が揺れ動き、動揺で動きを止めてしまうと、そんな彼女の隙をついてヘッジが蔦の塊で作られた巨大な腕を振り回してくる。
「⋯⋯くっ、そ。」
「ヒートキャノン!!」
咄嗟に振り返り、受け止めようとした瞬間、真横から飛び出した炎の塊が、蔦の腕に衝突して弾き上げる。
「⋯⋯っ、マリー!」
「アデルさん!助けに来ました!」
その魔法の主を即座に言い当てると、アデルは魔法が飛来した方向に振り返る。
「⋯⋯アアアアアアアアァァァァ!!」
(考えろ、私が、今すべきことを!!)
「フレイムダンス!!」
すでに異形と化したヘッジを見て躊躇いながら動きを止めるが、その感情を理性だけで強引に動かして攻撃のスキルを発動させる。
「⋯⋯邪魔すんな。」
「⋯⋯なっ!?」
螺旋を描きながら突き進む炎の帯は、直後に聞こえたアマネルの声と共に見えない力によって封殺される。
「そんなクソみたいな攻撃じゃ意味ねえよ。邪魔するなら退がってろ。」
「⋯⋯っ、私は!!」
言い返そうとした、けれどそんなことを言う資格が無いのは彼女自身が一番良く分かっていた。
誰よりも彼女自身が自分の弱さを理解していたからこそ、今まで言われる事の無かったストレートなその言葉に言い返す事が出来なかった。
「邪魔だって言ってんだよ。仲間を殺したいのか?」
口を開いたまま何も言えずにいた少女の姿を見て、苛立ちを募らせていくアマネルは、そんな問いかけと共に地面に落ちる瓦礫の一欠片を能力を拾い上げて撃ち放つ。
「⋯⋯マリー!!」
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
迫り来る瓦礫の流星に何もできずにいると、彼女の目の前にアデルが飛び出し、無防備な彼女の身体に衝突する。
「⋯⋯っ、アデルさん!!」
強い衝撃音と共に意識を取り戻すと、マリーはすぐさま遥か後方に吹き飛ばされた赤髪の騎士の名を叫ぶ。
「さて、邪魔者も消えたし、殺すか。」
「⋯⋯ダメ、ダメです!!」
叫ぶ事すら出来なかった。
自身の攻撃は呆気なく叩き潰され、そして自分のせいで味方は倒れた。
頭を支配する無力感は、全身の筋を弛緩させ、震える身体からは掠れた声を出すことしか出来なかった。
「もう遅い。」
「両断しろ。」
そして最後の一撃はあっけないほどに容赦なく、躊躇いなく執行される。
「ジ・リベリオン!!」
「⋯⋯ッ!?」
「グッ、アアアアアアアアァァァァ!!」
次元すらも断ち切りながら突き進む断罪の一撃は、罪を背負った咎人を打ち貫き命の灯火すらも断つ。
「⋯⋯駆除、完了!」
「後は剣!!」
溢れ出し、全体に広がる紫色の煙に包まれながら、アマネルは息切れで肩を揺らしながらキョロキョロと周囲を見渡す。
「⋯⋯っ、コレは?」
その瞬間、何もできず呆然と立ち尽くしていただけのマリーの目の前に剥き出しの剣が飛翔し、地面に突き刺さる。
「⋯⋯っ、そっちか!」
「⋯⋯ちぃ!」
真っ先に反応したのは、最もそこから近かったアマネルと、最も遠くからその様子を見ていたコウタの二人の勇者候補であった。
「——させないよ。」
「⋯⋯しまっ!?」
マリーの元へと向かおうとした瞬間に耳に響いたそんな声に反応して振り返ると、右手を手刀のように構えて振りかぶるルキの姿があった。
「⋯⋯召喚!」
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
咄嗟に白霞の剣を召喚して抗戦しようとするが、その剣が白から蒼へと染まり切る前にその右手に打ち砕かれる。
(くそっ、砕かれた!)
「貰った⋯⋯!!」
「⋯⋯ちぃ!!」
武器を砕かれたことでバランスを崩したコウタは体制を整えるために大きく目を見開きながら口元を歪ませるルキから咄嗟に大きく距離を取る。
「⋯⋯⋯⋯ッ!?」
(力が⋯⋯⋯⋯消えっ⋯⋯!?)
そして再び白霞の剣を召喚し、改めて蒼剣モードで対抗しようとするが、その純白の剣は一切の変化を生じさせることもなく、ただコウタの掌の中で沈黙を貫いていた。
「⋯⋯くそっ、なんで!?」
「悪いね、今回は僕の勝ちだ。」
「⋯⋯っ!?」
その剣に視線を移した瞬間、一瞬だけ生じた隙を突いて一気にルキが距離を詰める。
「⋯⋯⋯⋯ぐっ!?」
硬度も切れ味も落ちた剣ではその攻撃に対応できず、ルキの右腕は容赦なく魔剣ごとコウタの腹部を貫く。
一瞬遅れて、貫いた腕を中心に、周囲に強烈な衝撃波が迸る。
「⋯⋯コウタさん!!」
コウタの敗北を悟ったセリアは、即座に思考を巡らせる、今何をするのが最善か、どう動くのが正解なのか。
「⋯⋯っ!」
(⋯⋯なら、私が!)
しかし追い詰められた状況下で完璧な答えが出せるほど彼女もまた冷静では無く、思考が完結する前に地面を蹴り、マリーの元へと向かっていた。
しかしその判断は案の定マイナスに働き、墓穴を掘る事となってしまう。
「⋯⋯ベレッタ!」
「ダークネスショット。」
「⋯⋯ぐっ!?」
その場でフリーになったベレッタは、ルキの指示を受けてガラ空きになったセリアの背中に、先程とは違う紫色で作られた弓矢のような魔法を撃ち放つ。
「行かせるわけがないでしょう?」
(⋯⋯しまった。)
涼しい表情でそう言い放つベレッタの顔を睨みつけながら、セリアは苦々しい表情で地面に倒れ伏す。
「——ネクロフレイム。」
「⋯⋯ッ!!」
崩れ落ちる聖女の姿を見届けると、即座にベレッタはターゲットを切り替えてアマネルへと魔法を放つ。
「ちっ、こっちにも来たか。」
降り注ぐ強烈な炎を群れを回避しながらアマネルは庭園を駆け抜けていく。
「⋯⋯甘い。」
「⋯⋯ちっ、はぁ⋯⋯⋯⋯!!」
それでも数を増やす攻撃に耐えかねて、アマネルは一度その場に立ち止まり自らの能力を用いて強引にそれを掻き消す。
「このっ、うぜえなぁ!!」
「⋯⋯っ、マリーさん!それを持って逃げて下さい!」
激昂するアマネルを見てセリアは倒すことも諦めさせることも不可能であると察してマリーに指示を出す。
「⋯⋯わ、私が!?」
「貴女しか出来ないんです!」
戸惑う少女に喝を入れるように、セリアはハッキリとした口調でそう言い放つ。
「⋯⋯っ!」
それを聞いた瞬間、マリーはまるで雷に打たれたような表情で目を見開き、ふらふらと目の前に突き刺さる呪剣に手を伸ばす。
「⋯⋯貰った!」
「⋯⋯いいや、私が貰う!!」
足止めされながらも進行を止めぬアマネルと、その隙に追いついたルキがほぼ同時にマリーに向かって手を伸ばす。
「⋯⋯くっそ、身体⋯⋯動け⋯⋯!」
(アデルさん、セリアさん、コウタさん⋯⋯!)
そんな中、激痛と疲労、蓄積したダメージによって動けずにいたコウタを見て、マリーは無意識に呪剣を手にする。
「私しか⋯⋯できない⋯⋯だったら!」
覚悟を決めたマリーは、剣を握り締める手に力を込め、迫り来る二人の敵をまっすぐに見据える。
「⋯⋯っ、ダメです!マリーさん!!」
彼女の意図に真っ先に気が付いたのは、皮肉にも彼女が最も憧れる勇者であった。
「⋯⋯⋯⋯私が守る!!」
されど少女は止まる事はなく、制止を促す少年の言葉を無視して低い声でそう叫ぶ。
「⋯⋯⋯⋯ッ!?」
その瞬間、周囲に強力な闇の力が溢れ出す。