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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第三章
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百八十五話 極まる混沌


 コウタ達から離れたマリー、エイルの二人は、手負いの領主であるリンブを連れて街の中を駆け抜けていた。



「⋯⋯ったく、もう!アイツら本当に勝てるんでしょうね?」



 先頭を走るエイルは、軽く息を切らしながらそんな愚痴を吐き出す。



「呪剣使いならアデルさんは二回戦闘経験がありますし、魔族の男もコウタさんは一度戦って勝利してます。けど、もう一人の魔族の女性は私も見たことないです。」



 マリーはその後ろを走りながらこれまでの自身の見た事、聞いた事をエイルに伝える。



「つまり、よくわかんないってわけね!」



「そうなります。⋯⋯ところでどこに向かってるんですか?」



 断言するようなエイルの言葉に同意すると、ふとそんな疑問を口にする。



「街の入口よ。私の知ってる限り街の機関はあそこしかないし、何より万が一の時は馬車で逃げれる。」



 そう答えるエイルの表情に迷いは無く、不思議とマリーもそれが最善であると思わされるような求心力があった。



「って、⋯⋯おじさん、早く走って!」



 そんなエイルは、くるりと振り返ると、二人の少し後方でフラフラになりながら走るリンブへ声をかける。


「ま、待ってくれ⋯⋯⋯⋯ん?」



「アンタ、どこかで⋯⋯。」



 出血と打撲、そして慢性的な運動不足の影響でろくに動くことも出来ないリンブは、フラフラになりながら二人の後を追っていく。



 すると頭を上げてエイルの顔を真正面から見た瞬間、リンブは眉を潜めながらそんな言葉を口にする。



「気のせいでしょ!喋ってないでさっさと走る!」



「わ、分かった。」



 正体を隠しておきたいエイルは、そんな言葉に一瞬息を飲むが、即座に誤魔化すように声を張る。


「さっさと戻って助けに行くわよ!マリー!」



 誤魔化せた事に心の中で安堵すると、表情を切り替えて指示を出す。



「はい。」



 マリーは少しだけ安心したような表情で答えると、その瞬間、ピタリと立ち止まってしまう。



「⋯⋯あれ?」



(何で私⋯⋯。)



 突如頭の中から湧き上がる、違和感とも言えぬ不安、それは瞬く間に広がっていき、彼女の思考を支配する。




「⋯⋯なんで私、逃げてるの?」



(⋯⋯これで⋯⋯いいの?)



 くらりと身体がふらつき、視界が歪み、息が荒くなる。



「⋯⋯っ、マリー!急いで!」



 後ろを走っていたリンブが横を抜ける。同時に彼女の違和感に気がついたエイルが余裕のない声を上げる。



(これじゃ、私⋯⋯また⋯⋯⋯⋯。)



 置いていかれる。そんな思考が頭を過った瞬間、彼女の腕は無意識に強い震えに襲われていた。



「⋯⋯っ!?」



 視界がブラックアウトしそうになった瞬間、両頬に強い痛みが走り、強引に意識を引き戻される。


 一瞬遅れてエイルが平手で自身の両頬を叩いた事を理解する。



「余計な事考えない!アンタが今するべきは何!?」



 茫然とするマリーの目をまっすぐに見据えながら、エイルは両頬に触れる手に力を込めて叫ぶように喝を入れる。



「今、すべき事⋯⋯。」



 その言葉が頭の中に響くと、彼女の頭の中を支配していた余計な思考が少しずつ小さくなっていくのを感じる。



「⋯⋯っ、もう大丈夫です。」



 そして切り替えるように深い深いため息を吐き出すと、震えた声のままそう答える。



「さっさと行くわよ。」



 その表情を見たエイルは、優しい視線を向けたまま、呆れたようにため息をついて再び走り出す。








 そして街の中心にあるリンブの屋敷では、中庭の庭園、屋敷の屋根、そして少し離れた住宅街の三つの戦場が広がっていた。


 その中の一つ、屋敷の屋根の上では、コウタが単身魔王軍の幹部であるルキとの戦いを繰り広げていた。



「加速。」



「⋯⋯甘いよ。」



 コウタがスキルを使って急接近し、剣を突き立てると、対するルキは余裕のある笑みを浮かべながら完璧なタイミングで剣を振り下ろして迎え撃つ。



「⋯⋯っ!!」



(剣が、重いっ⋯⋯。)



 火花と共に金属音が響くと、即座に鍔迫り合いになり、コウタの身体がゆっくりと後方に押し込まれる。



「確かに強くなってるね。力も速度も。」



「けど軽いな。」



 一瞬距離を取り、期待外れだと言わんばかりに剣を張り上げると、そのままコウタの剣を弾き上げる。



「⋯⋯しまっ!?」




「膂力自体は上がってるのに、圧を感じられない。多彩さも無いし、攻撃が軽すぎるよ。」



 一瞬、弾かれた剣に視線を奪われると、そこに生じた隙を突いて、ルキは一気にコウタの懐に踏み込む。



「⋯⋯っ、加速!!」



「ぐっ⋯⋯。」



 直前に反応する事が出来たコウタは、反射的に距離を取ろうと後方に飛び退くが、額が薄らと裂けて紅い血が宙を舞う。



「掠っただけか、惜しいね。」



「大分疲労が溜まってるのかな?動きが悪いし、戦い方も君らしくない。」



 剣を軽く振って鋒に付いた血を払うと、乾いた表情を浮かべたまま、屋根の上を転がるコウタに視線を送る。



「僕らしさって、貴方が僕のなにを知ってるって言うんですか?」



 皮肉っぽく笑い流してはいるものの、連戦に次ぐ連戦によって、集中力すらも切れかかっているコウタにとってはルキの発言は的を得たものであった。



「知ってるよ、遠目から二回、直接戦闘一回、他の記録も全部見た。」



「少なくとも君の戦闘スタイルくらいは把握してるつもりだ。」



 そう言い放つルキの表情には余裕こそあれど油断は無く、以前ブリカで戦った親衛隊と同様、彼を本気で相手にする為の準備に抜かりは無かった。



「⋯⋯なら、知らない技には対応できませんよね?」



 それを聞いたコウタは、ニヤリと笑みを浮かべながら立ち上がる。



「大したことない技なら簡単に弾いてやるけどね。」



「⋯⋯召喚!」



 態度を変える事なく言葉を返すルキを無視しながら、左手に武器を召喚して投げ飛ばす。



「⋯⋯っ、ロックチェイン!!」



 一瞬遅れて右手を伸ばすと、その先から黄金色の光が伸びて投擲した剣を掴み取る。



 光り輝く鎖に繋がれた剣は、螺旋状の軌道を描きながらルキの元へと迫っていく。



「⋯⋯だから軽いって。」



 呆れたように呟くルキは、ため息まじりに剣を振ってその剣を弾き飛ばす。



「⋯⋯ん?」



 弾き飛ばした剣を見上げた瞬間、剣を持った腕に引き付けられるような重みを感じて声を上げる。


 見ると直前に弾き上げた剣に繋がっていたはずの鎖が自身の左腕に巻きついていた。



「⋯⋯捕まえた。」



「ああ、うん。捕まった、ねっ!」



 右手から伸びる鎖を握り締めて、不敵に笑うコウタを見て、ルキは態度を崩す事なく、その鎖を力一杯引き付ける。



「⋯⋯っ!?」



 コウタの身体は急激な勢いで鎖を掴むルキの元へと投げ出される。



「斬波!」



 咄嗟にコウタは空中で体勢を立て直してルキの方を見据えると、彼の手には先程まで握られていた武器とは違う長刀が納められていた。



「召喚!」


 迫り来る衝撃波に対して、複数の武器を盾代わりに召喚して防ぐと、間を開けずに今度はその長刀で直接斬りかかってくる。



「⋯⋯っ、加速!」



 コウタは咄嗟に足元に武器を召喚し、直後にそれを踏みつけて加速のスキルを発動させて上空に飛び上がる事でルキの剣を回避する。



「⋯⋯⋯⋯はぁ、はぁ⋯⋯。」



 ルキを飛び越えて着地をすると、直後に拘束のスキルが泡のように弾けながら消えていく。



「上手く避けたね。」



「そちらこそ、回避がお上手で。」



 嫌らしい笑みを浮かべながら尋ねるルキに対して、コウタは同じように笑みを浮かべながら皮肉を返す。



「⋯⋯っ、掠ってたか。」



 コウタの手に握られた剣を見て眉を潜めると、直後にルキは自身の頬が小さく裂けているのを見つける。



「⋯⋯⋯⋯。」



(強い、実力差が縮まってる気がしない。やっぱり前に戦った時は相当手を抜かれてたってことか。)



 ダメージを入れることは出来た、が、それでもコウタの頭の中には、目の前の敵との戦力差のことしか存在していなかった。



「で?もう終わりかい?」



 現に今、傷を負ったばかりのルキはそれを対して気にする事もなく開き直ったかのように首を傾げていた。



「⋯⋯まさか。」



「⋯⋯召喚、付与!」



 挑発するような彼の態度に、若干の苛立ちを覚えながら笑うと、右手に一本の杖、そして左手と自身の目の前に二本の白い剣を召喚して、最後に自らの身体に付与魔法を発動させる。



「⋯⋯蒼剣モード。そして!」



「ロックチェイン!」



 最後に杖を持つ右手から先程の光る鎖を発動させ、目の前にある白い剣に接続させる。



 蒼剣モードに加えて、ロックチェインを用いた遠距離攻撃を加えた新形態、これが今のコウタに出来る最高戦力であった。



「強化状態に更に飛び道具か、益々隙の無いスタイルになってきてるね。」



「の、割には余裕そうですね。」



 それを見て冷静に分析するルキに対して、コウタは不満げに呟きながら右手から伸びる鎖を自在に操ってみせる。



「ビビって欲しいなら霊槍くらい出してみなよ。出さない時点で全力じゃ無いのは分かり切ってるんだよ。」



 全力を出してこない、その時点でルキから言わせれば興の乗る戦いになり得ることは無かったのだ。



「前にも言ったでしょう?使わずに倒すって。」



 冷たい視線を投げながらコウタはハッキリとそう宣言して武器を構える。



「前ので理解して欲しかったよ。それは無理だって。」



 同じように武器を構え直すと、ルキは呆れたようにそう呟きながら距離を詰める。







 そしてその下の空間では、セリア、アデルが各々別の敵を相手に苦戦を強いられていた。




 特に、魔王軍幹部ルキの部下であるベレッタの相手をするセリアは遠距離攻撃を主体に戦う彼女の戦法を前に苦戦を強いられていた。



「ネクロフレイム。」



「ちぃ⋯⋯。」



 降り注ぐ青色の炎の群れを全て回避すると、セリアは軽く舌打ちをしながら一向に動きの少ないベレッタの姿を見上げる。



(思った以上に踏み込んで来ない、最初から倒す気は無い?)



 そうして思考を展開すると、屋根の上で戦闘を繰り広げるコウタの姿を視界に収める。



(あちらも膠着状態、となるとやはり行く先は、彼女に託すしかありませんわね。)



 自身も決め手が無く、コウタも大きな動きはない、それ故にセリアは、一番下の庭園で剣を交えるアデルに視線を飛ばす。







 コウタ、セリアの視線を受けながら戦うアデル、ヘッジの戦いは、他の二つの戦いとは違い、明確な力量差が出ていた。



「⋯⋯邪魔だ!!」



「白光剣!!」



 がむしゃらに斬りかかるヘッジに対して、アデルはそれに合わせるように剣を振るう。



「⋯⋯なっ!?⋯⋯ぶっ!?」



 火花が散り、剣を弾き上げられると、ガラ空きになったヘッジの胴体に一瞬遅れて光の刃が突き刺さる。



「くっそ!」



「どいつもこいつも、俺の邪魔ばかりしやがって!!」



 攻撃が直撃したにも関わらず、ほとんどダメージの入っていないヘッジは、あからさまに機嫌が悪そうに立ち上がって再びアデルに斬りかかる。



「⋯⋯⋯⋯。」



 が、アデルはそんな彼の剣を冷や汗一つかくことなく余裕を持って回避する。



「なぁ⋯⋯!?」



「斬空剣。」



「⋯⋯ぶはっ!?」



 声を上げるヘッジの体に、今度は風の刃を撃ち放って後方に吹き飛ばす。



「悪いが話し合いに付き合う気は無いぞ、会話が成立しないのは経験済みだからな。」



 ゴロゴロと地面に転がる男の姿を冷たい目で睨みつけながら、アデルはハッキリと宣言する。



「フーッ、フーッ、殺す!コロス!!」



 それでもなおヘッジは、興奮を抑える事が出来ず、荒れ狂ったまま子供のように滅茶苦茶な太刀筋でアデルに剣を突き立てる。



「⋯⋯隙だらけだ。」



「ガッ⋯⋯!?」



 アデルは冷静に腰を低く落とすと、剣を握るヘッジの腕を無駄のない動きで切り上げる。



「てめぇ、俺の腕を!」



 腕から力が抜け、呪剣を落とすと、ヘッジは斬られた腕を押さえながら喚き散らすようにそう叫ぶ。



「⋯⋯さて、後はこれを砕けは終わりか。」



「⋯⋯ヤメロぉおおおお!!」



 そして落ちた呪剣をアデルが拾い上げた瞬間、ヘッジはそれまでに無いくらい大きな声で絶叫する。



「⋯⋯っ!」



 その瞬間、ヘッジの声に呼応するように呪剣から紫色の雷が迸りアデルの手から離れる。



「⋯⋯くっ、なんだ!?」



「コイツは、俺のもんだ⋯⋯!」



 アデルが思わず呻き声を上げて視線を前方に移すと、転がった呪剣がまるで意思を持ったかのようにヘッジの元へと戻っていく。



「俺が、俺の!!おおおお!!」



 そしてブツブツと言葉を呟きながらヘッジが剣を手に取ると、その瞬間、彼の身体から紫色の光と、大量の茨が溢れ出す。



「⋯⋯へぇ、そうなるか。」



 それを見たルキは、冷たい視線のまま興味深そうに小さく呟く。



「⋯⋯っ、アデルさん!」



 妖しい光に包まれるヘッジと、その正面に立つ少女を見て、コウタは思わず彼女の名を叫ぶ。



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