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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第三章
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百八十三話 目醒める悪意



 陽が傾き始め、周囲の光景が徐々に橙色に変化してくる中、赤髪の騎士が手綱を引く一台の馬車が荒野を駆け抜ける。


 そんな馬車の中では、一人の少年と三人の女性が疲労感を露わにしながら一定のリズムで揺れる馬車に身を預けていた。



「ふぅ、いっそがしいわね。日も暮れてきたって言うのに、休む暇がないし。」



 外に広がる陽光と同じ色をした髪の少女は、ゆったりと壁にもたれかかりながら天井を見上げて息を吐き出す。



「ええ、流石に疲れも出てきましたわ。」



 その隣ではセリアが自らのステータスと睨みつけながらMP酔いの影響もあって、珍しく険しい表情でそう答える。



「街に戻るのはいいけどさ、みんなどのくらい温存してるの?」



 それを見たエイルは、他の三人にふとそんな質問を投げかける。



「体力面は問題ありませんが、MPは半分程度、ポーションも既に一度使っていますし、せいぜい後一戦が限界ですわね。」


「私は怪我も治りましたしポーションも飲みましたから全快です。」



 するとセリアは険しい表情のまま、そしてマリーは苦々しい表情のままそれぞれ答える。



「僕はMPは三分の二くらいです。まあ数値としてはセリアさんよりも少ないですけど。」


(⋯⋯徐々に回復はしてるけど、180、か。選択肢が大分限られてくるな。)



 コウタはエイルの問いかけに答えた後、すぐに自身の戦力の分析を始める。



「アデルさんは⋯⋯。」



 そして一度意識を切り替え、唯一馬車を操縦しているために会話に参加したいなかったアデルの方に振り向き、彼女のステータスを見ると、彼女のMPはコウタよりもさらに低い104という表記があった。



「⋯⋯っ、半分切ってる。当然か。」


 けれど、その結果は予想がついていた。職業の関係上、パーティーの中では最もMPが低いうえ、彼女の切り札であるトランスバーストは確定でMPの半分を持っていくため、どうしても温存は難しかったのである。



「ならこれ以上トランスバーストには頼れないって事ですか?」



 コウタが小さく呟くと、それを聞いたマリーは不安そうな表情で首を傾げる。



「ああ、悪いがそういうことになる。」



 すると一連の会話を聞いていたアデルは、ボソリと小さな声でそう答える。



「聞こえてたんですか?」



「⋯⋯まあな。」



 コウタが改めて問いかけると、アデルも疲れているのか、特に変わった反応も示すことなく短くそう返す。



「⋯⋯一つ、よろしいですか?」



 ある程度、残存戦力の確認を終えると、今度はセリアが手を挙げて発言をする。



「どうしました?」



「彼女らは呪剣を盗んでいない、その言葉に嘘はなかったのですよね?」



 コウタが問いを返すと、セリアは改めて事実と彼の考えを理解する為に質問をする。



「ええ、一通り宝の山もその周辺も確認しましたけど、それらしいものは一つもありませんでした。」


 当然観測のスキルも使用したが、そもそもあれほど禍々しい力を持っているのならば、近付いただけで不快感が伝わるはずなので、少なくともあの森に目的の呪剣は存在しないことは嫌という程思い知らされた。



「ではつまり、剣を盗まれたというリンブ様の言葉が嘘となるわけですね?」



 セリアは受け取った情報を整理しながら改めて確認の意味も込めて問いを投げかける。



「状況的にはそうだな。」



「ではコウタさん、リンブ様の言葉に嘘があると感じましたか?」



 アデルの答えを聞き、再びコウタに視線を向け直すともっとも疑問に思っていたことを訪ねる。


 もし仮にリンブが嘘を付いていたならば、何故気付かなかったのか、気付いていたのなら何故そのことを言及しなかったのか、セリアはそれだけが分からなかった。



「⋯⋯嘘はありませんでした、だからこそあの森まで行った訳ですし。」



 けれど、コウタの発言は、そんな違和感を払拭できるようなものではなく、明確な矛盾が存在するものであった。



「⋯⋯ん?それおかしくない?」



 それを聞いて、他の三人は初めてセリアが抱いたものと同じ違和感を感じる。



「盗んだ側も、盗まれた側も嘘ついてないって事になりますよね?」


 コウタ達の会話をそのままに受け止めると、どちらも嘘をついていないのに、呪剣だけが姿を消しているという事となる。



「はい、僕たちからすればそうなります。けど、本人が本気でそう思ってるなら、それは本当の言葉になります。」



 エイルやマリーが難しい表情を浮かべているのを見て、コウタは彼女らの違和感を払拭する為の言葉を選び口を開く。



「どっちかが勘違いしてる、って事ですか?」



 それを聞くとマリーはコウタの発言を自分にも理解しやすいように噛み砕いて改めて聞き直す。



「ええ、主張の食い違いはそれが原因でしょう。」


「盗賊達の発言にはある程度裏が取れている。となると、勘違いしているのはリンブ殿になるな。」



 マリーに答えるように結論を出したコウタの意見を、アデルがさらに言葉を付け加えて補強する。



「じゃあ勘違いの理由は?」



「それは簡単です。所定の場所に呪剣が無いのを確認したか、若しくはそれを伝え聞いた場合の二択でしょう。」



 そしてコウタは、街を出る前のリンブとのやりとりから、答えは前者であると予想していた。



「あの混乱に乗じてそれができた人を考えれば犯人も分かるはずです。」



「いや、もう犯人は一人でしょう。盗賊達の襲撃を受ける直前まで、呪剣を手にしていた人です。」


 セリアは未だ状況をはっきりと把握出来ていない者の為に考える時間を与えようとするが、コウタはそんな彼女の考えとは裏腹に、すぐに結論を出す。



「⋯⋯誰?」



「リンブ様の使用人、ヘッジという男だ。」



 エイルの短い問いかけに対して言葉を返したのは、三人の中で唯一彼の姿を見たアデルであった。



「⋯⋯それってまずくない?」



 エイル自身、ヘッジのことはよく知らないが、使用人が呪剣を握っていると聞いて思わずそんな言葉を漏らす。



「ええ、だいぶマズイですわ。」


 言葉を返すセリアの表情もかなり深刻なものであると理解すると、途端にエイルの心の中にも大きな不安が生まれる。


「街につき次第すぐに屋敷に行きましょう、彼が悪意を持って隠しているのなら、暴れ出すのはもう時間の問題です。」



「————!!」



 次の瞬間、コウタの全身に稲妻に打たれたようなとてつもない圧力が降り注ぐ。



「⋯⋯⋯⋯っ!?」



 突然過ぎる感覚に思わず背中を震わせると、一度周りを見渡し、それを感じているのが自分だけであると理解する。



(この⋯⋯感覚はっ!?)



 全身に痺れるような寒気が走り、指先が弱々しく震え、冷たい汗が頬を通じて床に落ちる。



「⋯⋯コウタさん?」



 突然青ざめた表情に変わったコウタに真っ先に気がついたのは、マリーであった。



「⋯⋯誰だ?アレ。」



 そんなマリーの問いかけを無視して窓の外に視線を向けると、そこから遥か離れた所にはフードを被った人影がゆっくりと歩いていた。



「⋯⋯どうしたのだ?」



 遅れて他の三人もコウタの異変に気が付き、アデルが真っ先にそんな問いを投げかける。



「⋯⋯⋯⋯いいえ、なんでもないです。」



(今は構ってる暇はない。)



 そう答えながらもたれかかるコウタの表情は未だ青ざめ、額には玉のような汗が滲んでいた。










 同時刻、チクパの街では呪剣の監視を一任されていたベレッタが薄暗い路地裏からリンブの屋敷を眺めていた。



「⋯⋯⋯⋯。」



 延々と続く静寂の中、彼女は一言も発する事無く、上司であるルキに預けられた仕事をこなしていた。



「お疲れ、ベレッタ。」



 そんな中、彼女の背後から気配すらなくその名を呼ぶ声が聞こえてくる。



「⋯⋯っ、ルキ様。」



 一瞬肩を小さく震わせて反応すると、クルリと振り返って声の主の名前を呼ぶ。



「呪剣の様子はどうだい?」



「現在は沈黙中、このままでは勇者候補が帰還するのも時間の問題かと。」



 すでに呪剣のありかを把握し、その動向までも一部始終見逃すことのなかったベレッタは、淡々とした口調で上司であるルキに報告をする。



「⋯⋯彼らとの戦闘は必至か。」



「ええ、恐らく⋯⋯⋯⋯?そういえばリルフェン殿は何処へ?」



 ベレッタはルキの問いに答えると、通信での会話を思い出して、ふと周囲を見渡しながらそんな疑問を投げかける。



「ああ、彼は別の仕事をお願いしたよ。あの方の戦闘は街中での白兵戦には向かないからね。」



「まあ、向かないと言っても簡単に滅ぼせちゃうって意味なんだけどさ。」



 軽い調子で放たれた何気ないその言葉が、魔王軍四天王の実力を嫌という程に表していた。



「流石に被害が広がれば他勢力からの妨害や介入が厳しくなる。勇者候補達は勿論、中立派や周辺諸国、最近では〝災宵禍〟なんていう面倒な組織まであるみたいだし⋯⋯。」



 リューキュウの件で人間側は五千人を超える被害を出した。が、その一方で魔族側にもまた別の方向性での痛手を負っていた。


 現状、一勢力としての魔王軍は他の勢力と比べても圧倒的な力を有している。が、それ故に他勢力からの監視や嫌がらせレベルの妨害は何度も受けてきた。


 が、例の事件によって魔王軍が明確に一つの国を危機に陥れた結果、その介入はさらに露骨に数や質を増やしていた。



「つまり、影響力の強い四天王の方々の力は容易に借りる事は出来ない、ということですか?」



「そ、ただでさえあの件で僕らの悪名は世界中の知るところになったからね。」



 それ故に彼らの有する最高戦力である四天王の動向は過剰とも言えるほどの警戒を敷かれており、下手に彼らの力を振り回すことも出来ない状況になってしまったのだ。



「だから実質彼らの相手をするのは僕一人、結局四対一だし、全力でやらなくちゃ厳しいかな。」



「いえルキ様、それが⋯⋯。」



 黒い手袋を嵌められた右手を開いたり閉じたりしながら至極面倒そうに呟くルキに対して、ベレッタは言いづらそうに口を開く。



「⋯⋯⋯⋯ん?」



「恐らく相手は五人かと⋯⋯。」



「⋯⋯誰か増えたの?」



 新たに付け加えられた情報を聞いて、ルキは即座に表情を真剣なものに切り替えて続きを促す。



「はい、ですが素性が分からなくて⋯⋯。」



「⋯⋯特徴は?」



 煮え切らない答えを聞いて、ルキは少しだけトーンを下げて再びそんな問いを投げかける。



「橙色の短い髪に白い鎧、身長はやや小柄で体型は普通、戦闘スタイルは不明ですが長剣を所持していた為、騎士ナイトもしくは戦士ソルジャー系統かと思われます。」



「⋯⋯へぇ。」



(⋯⋯この特徴、どこかで⋯⋯⋯⋯。)



 ルキはその情報を聞くと、さらに険しい表情で思考を巡らせ、自身の記憶を掘り起こす。



「どうかなさいましたか?」



「いいや、なんでもない。」



 そんな彼の様子を見て首を傾げるベレッタに対して、ルキは貼り付けたような笑みを浮かべてそう答える。



「それよりほら、『鍵』の担い手が動いたよ。」



 そして最後ににそう言って視線を屋敷の方へと飛ばすと、彼の顔は乾き切った無表情に切り替わる。



「⋯⋯っ!?」



 直後、屋敷の窓から強烈な紫色の光が溢れ出す。

 





 同じ場所、彼らの視線の先ではとある一人の男が苦痛に表情を歪ませながら狂気の狭間を彷徨っていた。



「はっ、はっ⋯⋯⋯⋯づうぅ⋯⋯ああああ!!」



 その男の名はヘッジ、案の定、コウタ達が推理した通り、リンブを騙して呪剣を持ち出した張本人であった。



「⋯⋯ああ、あ、ううぁ⋯⋯⋯⋯。」



 紫色の光に包まれながら、悶え苦しむヘッジは溢れ出す悪意のオーラに飲まれながら悲鳴にも似た呻き声を上げる。



「⋯⋯⋯⋯。」



 剣から溢れ出す力を飲み干すと、それまで絞り出すように漏れ出ていた声は消え失せ、一転して沈黙する。



「⋯⋯くっ、クハハッ!!」



 そして直後にヘッジの口元がグニャリと歪み、こもった声が漏れ出す。



「ハハハハハハハハハハッ!!」



 なんとか抑え込んでいた理性は、湧き上がる愉悦に耐えきれず、決壊するように高らかな笑い声をあげる。



「イイ!イイなコレ!!最ッ高の気分だ!!」



 そう言って無造作に振り回される剣は、美しくも妖しい引き込まれるような光を放っていた。



「⋯⋯ヘッジ!?」



 直後、彼の耳に聞き慣れた老人の声が聞こえてくる。



「⋯⋯ああ?」



「貴様、その剣⋯⋯ど、どういう事だ!?」



 吐き捨てるように呟きながら振り返ると、案の定視線の先には、屋敷の主人であるリンブが立ち尽くしていた。



「⋯⋯ちっ、ああ⋯⋯やっぱ、うるせえなぁ。」



「前々からアンタの態度は気に食わなかったんだ。巻き上げた金でバカみたいに肥えて、そのくせ態度ばっかデカくて当たりは強い。」



 めんどくさそうに小さく呟くと、溜め込んだ感情を乱暴なまでに吐き出していく。



「返せ!それは私のものだ!」



「うっぜーんだよ!この豚野郎!」



 そんな言葉を無視して叫ぶリンブに対して、ヘッジは青筋を立てながら恫喝するような声を上げる。



「⋯⋯ひっ!?」



「丁度いい、まずはお前からコロすわ。」



 先程までの歪んだ笑顔を消すと、ヘッジは死んだような乾いた表情で歩み寄っていく。



「や、やめ⋯⋯。」



「やめねえよ、ブタ野郎。」



 乾いた無表情のまま、闇を纏った青年は無慈悲にその剣を振り下ろす。

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