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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第三章
183/287

百八十二話 そう思ったよ



 二つの剣戟が幾度となく交わる。



「はぁ!!」



 繰り返される度に加速する女騎士の剣は、一撃、また一撃と積み重なる度、アマネルの身体を後方へと押し込んでいく。



「⋯⋯ちっ!」



(この女、思ってたより強い?)



 アマネル自身も気が付いていた、目の前の少女の剣と、その技量は、間違いなく自身のそれを超えていると。



「だが、剣の腕だけだな。」



「ラッシュメテオ!!」



 だからこそ、彼女は即座に戦略を切り替え、距離を取りながら土塊と岩石の流星群を撃ち放つ。



「⋯⋯召喚、加速!」



 が、その攻撃は次の瞬間には飛翔する数多の剣によって打ち砕かれる。


 高速で宙を突き抜ける二本の剣をかろうじて視界に捉えると、直後にその剣は四本、六本ととめどなくその数を増やしていく。



「⋯⋯っ!?」



(全部撃ち落としやがった!?)



 土煙と砂塵が宙を漂う中、薄目に開いた瞼の先には黒髪の少年が苦々しくも挑戦的な笑みを浮かべていた。


 そんな少年を忌々しく睨みつけていると、今度はその一瞬で意識の外へと消えた赤髪の騎士が目の前に現れる。



「——爆裂ざ⋯⋯っ!?」



「させるかよ。」



 咄嗟にアマネルが手を伸ばすと、振り下ろされるはずであった刃は、すんでのところでその動きを使い手であるアデルの身体ごと停止させる。



「召喚!」


 進行を止めてふと顔を上げると、視界の上端から下端まで無数の剣が迫ってきているのが見えた。



「⋯⋯っ、くそが!」



「はぁ!!」



ノンストップで次々と襲い来る敵を前に、再び集中力を切らされたアマネルは、不機嫌そうな態度で乱暴に腕を振り回す。


 すると雨のように降り注いでいた剣の群れと、剣を構えたまま動きを止められたアデルの身体は強力な見えない力によって押し返される。



「シャットアウト!」



「⋯⋯ぐっ!?」


 強烈な引力によって空中に投げ出されると、アデルは着地に備えてスキルを発動させ、その勢いのまま近くの木に衝突する。



(⋯⋯また雑になった。)



「アデルさん!畳み掛けます!」



 そんな中コウタは、アマネルの余裕の無い対応をみてそんな判断を下し、アデルに合図を送る。



「⋯⋯っ、させるかよ!」



 が、自身のそんな弱みなど百も承知であったアマネルは、とめどなく迫る攻撃を前に、一歩も退くこと無く前に出る。



「⋯⋯させますよ、その為に僕がいる。」



「⋯⋯なっ!?」



 そう答えるコウタの手には、金色に輝く長い鎖が握られていた。




「新技、ロックチェイン!」




 鎖の端を持ちながらアマネルに向かって投げつけると、その鎖はまるで自我を持った動物のように複雑な動きで迫っていく。




〝ロックチェイン〟付与術師の専用スキル。高い高度を持つ鎖を用いた拘束魔法。鎖は使用者の任意で生物や周囲の物に付着させることが出来る。




「⋯⋯っ!?」



(魔法の、鎖?拘束魔法か!)



「喰らうかよ!!」



 アマネルは即座にそのスキルの正体を看過すると、自らのオリジナルスキルを用いて乱暴にそれを弾き飛ばす。



「⋯⋯ちっ!」



(⋯⋯やっぱりレベルが足りないか。)



「⋯⋯なら!!」



 覚えたて、しかも初めて使用する技であった為、コウタも防がれるのは読んでいた。だからこそ、一度弾かれたからといってすぐに技を中断することは無かった。


 鎖を持つ手にいっそう強く力を込めると、体の前で弧を描くように腕を振るう。



「はっ、知ってるか!?付与術師の魔法は、隙が出来やすいんだぜ?」



 波打つ鎖を再び回避すると、アマネルは隙だらけのコウタに向かって駆け出す。



「ええ、知ってますよ!」



「⋯⋯なに!?」



 その瞬間、彼女の目には悪戯っぽい笑みを浮かべるコウタが、後方に一回、鎖を強く引く姿が見えた。



「加速!」



 自身の後方に投げ出されたはずの鎖を未だ手に取っていることに違和感を覚えたのとほぼ同じタイミングで、コウタはその鎖を今度は上下に激しく振るう。



「⋯⋯っ!?」



 直後、完全なる死角から飛び出した剣が、無防備であったアマネルの左の下腿の後方を掠めて地面に突き刺さる。



(なんで、加速!?アイツ、剣には触れて⋯⋯っ!?)



 明らかに通常ではありえない速度で飛んできた剣を睨みつけながら思考を巡らせていると、その答えは剣そのものに存在していた。



「⋯⋯なるほどな。」



(拘束魔法で間接的に触れてたのか。)



 剣の柄の頭から飛び出す光、それを目で追うとそれは真っ直ぐにコウタの手にまで伸びていた。



「死角から高速で飛んでくる剣か、めんどくせえ。」



 コウタのスキルによって召喚された武器は、基本的に殺傷能力は武器そのものの性能によって決まるが、それらを直接触れること無く射出する場合、そのスピードはコウタ自身のスピードのステータスに依存していた。


 それに加え、加速のスキルは、物体の投擲や歩行の踏み出し時に起こる進行方向への加速度を増加させるスキルの為、その性質上加速させる物体に直前まで腫れていなけれはならない。


 だがしかし、今回本来触れていなければ加速の恩恵を受けることの出来ない武器を、鎖状の拘束魔法を介して間接的にその効果範囲に入れた。


 それによってコウタの攻撃はより高速、かつ多角的に進化した。


 それこそが発案者であるセリアとコウタの考えた新たな戦法であった。



「斬空剣!!」



「だが、そんなんで崩れるかよ!」



 足をやられ、一瞬だけ動きの止まったアマネルに風の刃を撃ち放つが、再び放たれた強烈な衝撃波によってかき消される。



「⋯⋯ちっ。」



「⋯⋯くっそ、やっぱり後一歩届かない。」



 同時に二人はその攻撃によって距離を取らざるを得なくなり、歯噛みしながらそう呟く。



「だが機動力は削った、このまま畳み掛けるぞ。」



「ええ、分かってます。」



 それでも確かに自分たちが有利であることを理解すると、二人は再び武器を構えて突撃の為に地面を強く踏み締める。



「コウタ、アデル!」



 その瞬間、二人の耳に聞き覚えのある声が聞こえてくる。



「⋯⋯っ!?」



「⋯⋯エイルさん、マリーさん!」



「手伝います!」



 二人が同時に振り返ると、コウタが名前を呼んだ二人に少し遅れてセリアが武器を構えて少し離れた場所で武器を構えているのが見えた。



「逃げて、コイツは危ないです!」



 目の前の敵の強さを嫌という程見せつけられたコウタは、マリーやエイルでは歯が立たないと思い咄嗟にそう叫ぶ。



「⋯⋯はっ、うぜえなぁ!!」



 同時にアマネルは彼女達の登場によって完全にストレスが限界に達し、思考を放棄してエイルに向かって襲い掛かる。



「⋯⋯っ!!」



「ルナ・アーチ!」



 エイルはそれでも一切退くことなく武器を構えると、自身の得意とする剣技で対抗する。



炸裂フラッシュ!」



「甘い!」



 光の斬撃が弾け、衝撃波が周囲に広がる瞬間、アマネルは左手を振り上げてその衝撃を真上に弾き上げる。



「⋯⋯っ、受け流された?」



「まずはお前からだ!」



「⋯⋯しまっ!?」



 スキルの発動直後という事もあり、大きな隙が出来てしまったエイルに向かって、アマネルは真っ直ぐに剣を突き立てる。



「⋯⋯加速!」



 その瞬間、アマネルの速度に対抗できるコウタが二人の間に割り込むように飛び出す。




「⋯⋯コウタ!」





「——来ると思ったよ。キドコウタ!」




 それを読んでいたアマネルは、防御に入るコウタの腕を最大限の火力を以って強引に弾き上げる。



「⋯⋯っ!?」



 元より手負いであった彼の右腕は内出血によって真っ赤に染まりながら、あらぬ方向に曲がって鮮血を吹き出す。



「⋯⋯ぐうっ!?」



 追い付くので精一杯、かつ体勢を崩されたコウタは、突き立てられる剣に抵抗も出来ず、腹部を容赦無く貫かれる。




 

「——ああ、私も来ると思った。」




「⋯⋯な、に!?⋯⋯っ!」




 突如聞こえてくる声に振り返り、咄嗟に迎撃しようと構えるが、その瞬間、少年の腹部に突き刺した剣が重くなるのを感じる。



「剣が、抜けねぇ!?」



(⋯⋯ここで、さっきの拘束魔法かよ!)



 視線を戻すと、剣を握る右腕には金色に輝く鎖が巻き付けられており、少年の身体に突き刺さったまま固定されていた。



「⋯⋯っ、クソが⋯⋯!!」



「白光剣!」



 絞り出すような声を切り裂くように振り下ろされる刃は、光を纏いながらアマネルの身体に直撃する。




「⋯⋯がはっ!?」



 光の斬撃を受け、ノーガードで地面に叩きつけられると、アマネルはそんな声を吐き出した後、意識を暗い闇の中に手放す。



「⋯⋯悪いな、この勝負、我々の勝ちだ。」










 戦いが終わり、その場にいた全員が集結すると、パーティー内を代表してアデルが真っ先に口を開く。



「——さてと、早速本題に入るか。」



「⋯⋯ちっ。」



 アデルゆっくりと前に出てそう尋ねるが、過剰とといえるほど身体を拘束されているアマネルは不満そうに舌打ちする。



「率直に尋ねよう、呪剣はどこだ?」



「⋯⋯⋯⋯。」


「⋯⋯⋯⋯。」



 アデルの質問の直後、彼女らの間に少し長めの沈黙が流れる。



「⋯⋯⋯⋯呪剣ってなんだ?」



「⋯⋯はぁ?」



 返ってきた答えにもならぬ答えを聞いて、アデルは思わず間の抜けた声を上げる。




「この期に及んでしらを切る気ですか?」



「ちょ、コウタさん!?」



 アデルの背後でセリアの治療を受けていたコウタは、その答えを聞いて激しく表情を強張らせながらアマネルに詰め寄る。



「知らねえよ。なんなんだそれ。」



「呪剣です。あの屋敷にあった剣で、観測系のスキルがほとんど通らないものです。」



 アマネルが不機嫌そうに返すと、コウタも一切不機嫌な態度を隠す事なく説明する。



「んなもんねーよ。奪った武器は全部鑑定済みだ。しっかり売値まで分かるレベルで管理してる。」



「⋯⋯っ、ふざけないで下さい、こっちは遊びで来てるんじゃないんです。」



 アマネルがハッキリとその意思を示すと、そこでコウタは更に強い口調で睨みつける。




「そんなに信用出来ねえなら好きなだけ探せよ。どこ探したってねえから。」



「⋯⋯気に食わないなら殺せよ、戦いに負けたんだから文句は言わねえよ。」



 はっきりとそう言うアマネルの表情はどこか冷めきっており、乾いた笑みが彼女のあだ名である〝厭世の義賊〟を表していた。



「⋯⋯っ、嘘はついていない。か。」



 そしてそれを見たコウタは彼女の言葉に嘘は無いと確信し、深刻な表情で考え込んでしまう。



「ではつまり⋯⋯。」



「ええ、おそらく僕たちは騙されたんでしょう。」



 セリアが答えを求めて小さく呟くと、コウタはそれに繋がるように言葉を紡ぐ。



「どうします?」



 それを聞いたマリーは不安そうにコウタやアデルの顔を覗き込んでそう尋ねる。



「街に戻りましょう。彼を問いただす必要があります。」



「⋯⋯なら私は馬車の準備しておきますね。」



「私も行くわ。」



 セリアが彼らに変わって答えを出すと、マリー、そしてエイルが自分達の馬車のある方角に向かって走り出す。



「先に行っている、セリアはそのままコウタの治療を続けてくれ。」



「了解しました。」



 最後にアデルが二人の後をついて行こうと踵を返すと、その場にはコウタとセリア、アマネルのみが留まる。



「⋯⋯くそ、どういう事だ?何が起こってる?」



 改めて思考を展開するが、コウタは現在の状況を一つ一つ整理し、そこで結論が出ないまま同じ情報を頭の中で反芻する。



「あのクソジジイの事だ、どうせ私達を潰したかっただけだろ。お前らを利用してな。」



「⋯⋯それはない、彼の焦りようは本物だった。」



 アマネルが皮肉っぽくそう返すと、コウタはバッサリとそれを否定する。



「へぇ、随分と信用してるんだな。」



「別に、信用はしてません。貴女とさして変わりませんよ。」


 さらにアマネルが責め立てるように尋ねると、コウタは先程の彼女と同じような冷めた視線でそう返す。



「なら何故奴に肩入れする?やってる事は大して変わらんだろ。」



「肩入れしているつもりはありません、呪剣の存在が無ければ間違いなく無視します。」



「貴女も、あの人も僕からすれば悪である事には変わりません。」


 かたや犯罪者、かたや民衆から財産を巻き上げる独裁者、コウタから言わせれば、どちらが正しいのかなど、どうでも良いことであった。



「コウタさん、治療、終わりましたわ。」



「⋯⋯っ、マジか。」



 その会話を断ち切るようにセリアがそう答えると、コウタは立ち上がろうとした瞬間にその動きを止めて、誰にも聞こえないような声でそう呟く。



「⋯⋯どうかなさいました?」



「いいえ、ありがとうございます。先に戻ってて下さい。少し装備を整えるので。」



 セリアが不思議そうに首を傾げると、コウタは即座にその顔に笑みを貼り付けてそう返す。



「分かりました。」



「⋯⋯⋯⋯。」



 そうしてセリアも立ち去り、その場にコウタとアマネルのみが取り残されると、二人は目も合わせることなく黙り込む。



「⋯⋯殺していかないんだな。」



 そして着崩れた装備を直してその場から立ち去ろうとするコウタの背中に向かって、アマネルは小さくそう声をかける。



「⋯⋯理由がありませんから。」



「生かしておく理由も無いだろ。」



 コウタが答えると、アマネルは食い気味にそう返して呆れた様にその背中を眺める。



「殺す理由が無い、その時点で生かす理由として充分です。」



 その返しに辟易したように溜息をつくと、彼女にも納得のいくように言葉を返す。



「⋯⋯⋯⋯ああ、なるほどな。」



「⋯⋯お前、人殺した事無いだろ?」



 小さな沈黙の後、納得したように声を上げるアマネルは意地の悪い笑みを浮かべながら見えるはずもない彼の顔を覗き込むように問いかける。



「⋯⋯っ、何のことですか?」



 彼女に背を向けたまま小さく振り返ると、コウタはその動揺を悟らせぬように問いを返す。



「殺した事がないから抵抗がある、魔族はサクサク殺す癖に、相手が人間になると途端に剣が鈍る、よくあるパターンだ。」



 まるでそんな人間を見てきたかのような問いを投げかけるアマネルの表情は、先程までの不機嫌そうなものとは違って愉悦の混じった性格の悪い笑みで塗り重ねられていた。



「⋯⋯随分と面白い仮説ですね。何か根拠でもあるんですか?」



 そんな彼女の態度、表情がたまらなく気に食わなかったコウタは見下すような視線で皮肉っぽくそう問いかける。



「⋯⋯あの拘束魔法とオリジナルスキルの組み合わせ、やろうと思えば首や背中も狙えたはずだ。それをしなかったって事は、殺す気はハナから無かったって事だ。」



「あれだけの殺気を受けておきながらな。」



「あいにく初めて使う技でしてね、当てるので精一杯でした。」



 ごもっともな彼女の仮説を聞くと、コウタは最後まで表情を一切変えることなく納得のいくような答えを出す。




「そうか、なら最後に一つ、教えといてやる。」



「人間が相手なら大丈夫、なんて思わない方がいいぞ。世界には、お前の敵になるであろう人間も確かにいる。悪意の有無に関わらずな。」



「甘さは捨てとけ、本当に仲間を守りたいならな。」



 蔑むような視線を真っ向から受けながらそう忠告をするアマネルの表情は、先程までのどの表情とも違う真剣さがあった。



「⋯⋯忠告、ありがたく受け取ります。」



 最後にそれを聞いたコウタは、黙って彼女に背を向けると、小さくそう呟いて歩みを進める。



「⋯⋯⋯⋯?」



「コウタ!急ぐぞ!」



 アマネルはそんな彼の対応に違和感を覚えるが、次の瞬間、彼女らの耳に赤髪の女騎士の声が響き渡る。



「はい、今行きます。」



 コウタは即答で返事をすると、最後までアマネルの方を振り返ること無く森の奥へと消えていく。



「⋯⋯随分と素直だったな。まあいいや。」



 取り残されたアマネルは彼の最後の態度を思い返して一人そんなことを呟きながら、自らの能力を使って自身を拘束する縄を一瞬で破り捨てる。



「さて、これからどうすっかな。」



 そしてポキポキと全身の骨を鳴らしながら、沈みゆく太陽を眺めて小さくそう呟く。


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