百八十一話 一撃必殺
王女と盗賊の斬り合いが始まると、すぐに援護を入れたのは聖人であるセリアであった。
「光芒の聖槍」
二人の間を縫うように光の槍を撃ち放つと、その攻撃は銀髪の女性が持つ剣を弾き飛ばす。
「ちぃ⋯⋯。」
「はあ!!」
それに続くようにエイルが剣を振るうが、女性は腰に刺した短剣を取り出して受け止める。
「⋯⋯くっ!⋯⋯浅い!」
「うわっ!?」
「フレイムダンス!」
「⋯⋯っ、鬱陶しい!」
剣を弾き、反撃する為に前に出るが、今度は炎の帯に侵攻を阻まれてやむなく後方に飛び退く。
(聖人以外は一対一でも充分に殺せるレベルだが、流石に三対一では分が悪い。)
「一度撤退するか⋯⋯?」
「ヒート・キャノン!」
木々を飛び移りながら距離を取るユーリスは冷静に戦力差を分析し、撤退しようとするが、その行動を読んでいた魔法使いの少女によって妨害される。
「⋯⋯ぐっ!」
「さあ、次行くわよ!」
「調子に乗るな!」
更に追撃を加えるエイルに向かって、ユーリスは歯を食いしばりながらそう叫ぶ。
「あら、余裕無いわね?」
(⋯⋯逃げる素振りを見せればあの女の牽制を中心に畳み掛けてくる、か。)
自身の行動が完全にコントロールされている事を理解すると、その表情が激しく変化する。
「⋯⋯いいです、その調子でお願いしますわ。マリーさん。」
「今重要なのは敵を倒す事ではなく、敵をボスの元へ行かせない事、時間を稼げれば我々の勝敗は二の次でいいです。」
「分かりました!」
セリアが戦況コントロールと指示を行うと、それに応じるようにマリーは迷いのない表情で答える。
(⋯⋯そういう腹か。)
「だったら、一人ずつ潰していけばいい!」
それを聞くとユーリスは、侵攻方向を変え、弾かれた剣を拾い上げながらマリーに向かって走り抜けていく。
「やってみなさいよ!」
その行動を読んでいたエイルは、回り込んで二人の間に入る。
「ああ、ブレイクダガー!」
「きゃっ!?」
その挑発になるようにユーリスが短剣を振り降ろすと、力づくでその体を吹き飛ばす。
「貴様らを倒して、私もボスのところへ行こう。」
「聖域」
妨害を跳ね除けてもう一度マリーに接近しようとするが、今度はセリアが筒状に召喚した壁に閉じ込められる。
「⋯⋯っ、また障壁か!」
「⋯⋯エイルさん!下がってください!」
忌々しそうにその壁を殴り付けるユーリスを見るエイルの耳に今度はそんな言葉が聞こえてくる。
「え、わ、わかった!」
「フレイムダンス!」
エイルが障壁から離れると、マリーは炎の帯を呼び出して障壁に纏わせるように操る。
「これは⋯⋯!?」
「解除します。」
即座にその意図を理解したセリアは自らが召喚した障壁を解除する。
「はあ!!」
同時に炎の帯を狭めると、それは帯では無く炎の檻となってユーリスを襲う。
「エスケープワルツ!」
「⋯⋯づぁぁ!!」
逃げ場すら無くなったユーリスは苦し紛れに防御系のスキルを発動させてその攻撃を辛うじて受け切る。
「まだまだ行くわよ!」
「⋯⋯っ、エイルさん!」
隙をついて更に距離を詰めようとエイルが飛び出した瞬間、彼女の背後から銀色の刃が迫る。
「⋯⋯ぐっ!?」
声に反応してギリギリのところでその刃を弾くと、エイルの口から篭った声が漏れる。
「ちっ、外した!」
「あ、危なかった⋯⋯。」
剣を弾かれ、少し離れた場所で着地する茶髪の少女は悔しそうに呟く。
「大丈夫ですか!ユーリスさん!」
そして即座にユーリスを守るように彼女の前に立って短剣を構える。
「カイース、お前も無事だったか。」
「はい、あの二人、ほとんど私のことはスルーでしたから。」
ユーリスにそう問われると、少女はセリア達に警戒を向けたまま短くそう返す。
「姐さんは?」
「その二人とやってると思います。」
「分かった、なら私達はここで足止めするぞ。」
「了解!」
情報交換の末、彼女達が至った結論は、皮肉にもセリア達と全く同じものであった。
一番重要な戦局を大将に任せ、自分達はそれを邪魔しないように他を抑える。
自分達の仲間を信用しているからこそ、その強さを誰よりも知っているからこそ打てる策を奇しくも互いに打つこととなる。
「⋯⋯全く、めんどくさいわね。」
敵が二人になり、これまで通りにはいかない事を理解すると、エイルはため息混じりにそう答える。
「⋯⋯エイルさん、セリアさん。あの二人のうち、どちらか動きを止める事って出来ますか?」
そんな矢先に口を開いたのは、その場で最も小さな少女、マリーであった。
「⋯⋯何か策があるの?」
「あります。一撃食らわせる隙があれば、片方落とせます。多分。」
エイルが不思議そうに尋ねると、少しだけ躊躇いながらもハッキリとした口調でそう答える。
「⋯⋯⋯⋯マジで?」
「マジです。」
にわかに信じることができないエイルが少しだけ間を開けた後に短く尋ねると、マリーは表情を変えぬままそう答える。
「分かったわ、なら私がなんとかする。」
「セリア、銀髪の方からやるわ。手伝って。」
改めて確認を済ませると、エイルはそれ以上深く聞くことも無く溜息をつき、覚悟を決めたような表情でセリアにそう言い放つ。
「ええ。」
彼女のそんな対応にどこか既視感を覚えながら、セリアは小さくそう答える。
「⋯⋯っ、突っ込んできた!」
緊張状態を破って真っ先にエイルが飛び出すと、盗賊の二人は面食らったように武器を構える。
「迎え撃つぞ。」
「はいな!⋯⋯っ!?」
カイースは指示を受けるまま迎撃しようと飛び出すが、エイルはそれを無視して彼女の横をすり抜ける。
「⋯⋯はっ、狙い撃ちか!露骨過ぎるぞ!」
「ええ、そうね。」
ユーリスは大きく目を見開きながら剣を構えると、その瞬間、エイルはニッコリと笑みを浮かべながら真横に飛び退く。
「⋯⋯光芒の聖槍」
「⋯⋯なっ⋯⋯ちぃ!」
「ルナ・アーチ!」
彼女と入れ替わるように飛び出してくる光の槍を回避すると、今度は距離を取ったはずのエイルの方向から、光の斬撃が飛び込んでくる。
「⋯⋯炸裂!!」
「⋯⋯ぐっ!」
斬撃を受け止めた瞬間、その光が炸裂して強烈な衝撃波が彼女を襲う。
「もう一度!」
「舐めるな!」
「セーフティドロップ!」
再びエイルが光の斬撃を放つと、銀髪の女性は高速で回転しながらその姿を消す。
「⋯⋯消えた、いや、上!」
「甘かったな!王族!」
即座に消えた女の姿を捕捉し直し、エイルが顔を上げると、女性はニヤリと笑みを浮かべながらそう叫ぶ。
「⋯⋯いいえ、空中に飛び出した時点で貴方の負けよ。」
「⋯⋯なに?⋯⋯っ!?」
エイルの言葉に疑問を浮かべながら声を上げた瞬間、彼女のはるか後方から隠しきれぬ程の強烈な圧力と熱を感じ取る。
「イグニッション・ブロッサム!!」
イグニッション・ブロッサム、それは、たった一つの魔法しか持たないマリー・ノーマンの最強にして最高の一撃。
その威力は、コウタの霊槍の一撃を除けば、パーティー最高峰の威力を誇り、彼女の主砲としての存在を支えるとっておきの切り札。
それはつまり——
「エ、エスケープワル——」
「⋯⋯ッ!?」
並みの守りならば、防御の上から強引に撃ち抜くのは容易であった。
「がっ、はぁ!?」
黒焦げになり、黒煙を吐き出しながら、ユーリスは後方の木を叩き折るほどの勢いで吹き飛ばされる。
「ユーリスさん!!」
「ほら、よそ見しない方が良いわよ。」
「しまっ!?」
目の前の仲間がやられ、動揺したカイースの背後からエイルが飛び出す。
「ルナ・アーチ!」
「聖域」
エイルが斬撃を放つと同時に、セリアはカイースと斬撃を纏めて障壁の中に閉じ込める。
(⋯⋯また閉じ込められた!)
「炸裂」
逃げ場の無い空間の中で炸裂する斬撃は容赦無く少女の身体に降り注ぐ。
「⋯⋯ぷはっ!」
障壁が砕け、そこから飛び出してくる少女は、ボロボロになりながらも、未だ意識を保っていた。
「⋯⋯ちっ。」
(倒し切れなかった。)
「マリー!」
自身の火力の無さに歯噛みしながらもエイルはマリーに顔を向けて追撃を要求する。
「フレイムダンス!」
「⋯⋯っ!」
(スキル、使えない⋯⋯。)
襲いくる炎の帯に対応して防御のスキルを発動しようとするが、直前に使用していた影響で、思うようにスキルは発動してくれなかった。
「くそぉ⋯⋯!」
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
ノーガードの中で攻撃を受けた少女は、最後に小さく声を漏らし、そして地面に沈み込む。
「——ふう、凄いわね。」
戦闘が終わり、自分達の勝利を確信して小さく溜息をつくと、エイルはくるりと振り返ってそう呟く。
「彼女の魔法もまた、我々のメイン火力の一つですから。」
その背後から、セリアはゆっくりと歩み寄りながらそう返す。
「よし、ならコウタ達と合流しましょう!人数は多い方がいいでしょ?」
達成感を見せながら笑顔でそう言うと、エイルは二人にそんな提案をする。
「ええ、ですがその前に、治療を致しましょう。」
「⋯⋯治療?⋯⋯って、マリー!その怪我⋯⋯!」
傷を負ったつもりの無いエイルは不思議そうに自らの身体を探るが、目の前に立つ少女の身体を見てすぐにセリアの言葉の意味を理解する。
「え?あー、あはは、私まだ合体技苦手で⋯⋯どうしてもこうなっちゃうんです。」
両手を激しい熱傷で爛れさせながら、マリーは苦笑いを浮かべてそう返す。
「⋯⋯見せて、私が治療するから。」
自らが大怪我を負っているのにもかかわらず、そんな対応をするマリーを見て、エイルは呆れたように頭を掻いた後、マリーに歩み寄ってそう言い放つ。
「⋯⋯ふぇ?エイルさん、回復魔法使えるんですですか?」
突然自らの両腕に流れ込んでくる暖かい光を受けて、マリーは不思議そうに尋ねる。
「ええ、任せなさい!大得意よ!」
「治療なら私がやりますよ?」
はにかみながら答えるエイルに対して、セリアはそれを覗き込みながらそう尋ねる。
「貴女は休んでて。アデルから聞いたわ。セリアのスキルはどれも強力だけど、消耗が大きいって。」
「多少時間はかかるけど、貴女は連戦で疲れてるでしょう?」
「⋯⋯ではお言葉に甘えさせて貰いますわ。」
彼女なりの考えと意見を聞いて納得すると、セリアはそれ以上何も言うこと無くその提案を受け入れる。
「治療が終わったらコウタ達と合流、でいいでしょ?」
「ええ、そうしましょう。」
そしてその頃、彼女らに託された側である、二人の勇者候補と女騎士の戦いは、更に加速していた。
「ラッシュメテオ!!」
「⋯⋯加速!!」
視界いっぱいに広がる土塊や岩が容赦無く襲いくる中、コウタは自分の脳のリソースが許す限りの剣を召喚して一本ずつ投擲することでそれに対処する。
「斬空剣!!」
そして隣に立つアデルも風の斬撃を放ちながら、彼女の攻撃を消し飛ばす。
「⋯⋯ちぃ!」
「召喚、加速!!」
そしてその隙を突いてコウタは先程彼女の頬に傷を付けた時と同じ手段で攻撃を放つ。
「喰らうかよ!」
「白光剣!!」
アマネルがその攻撃を自らの能力を使って受け止めるが、それに合わせてアデルが光を纏った剣で斬りかかる。
「⋯⋯っ、くそが!!」
「あああぁぁぁぁぁ!!」
「「⋯⋯っ!?」」
処理能力に限界が近づいて来たのか、アマネルは強引に能力を振り回して周囲の木々ごとアデルとコウタの放った剣を吹き飛ばす。
「⋯⋯あっ、ぶな。」
「⋯⋯随分と雑になって来ましたね。」
二人が同時に着地をすると、コウタはゆっくりと顔を上げてそんな言葉を呟く。
「⋯⋯はあ?何がだよ?」
「守り方、明らかに大雑把になってます。」
「これならこっちが押し勝つのも時間の問題ですかね?」
苛立ちながらアマネルがそう返すと、コウタはニヤリと笑みを浮かべながら挑発するようにそう呟く。
「⋯⋯は、はははっ!!そうか!攻略は難しく無いか!」
「だったら、コイツはどうだ?」
その挑発を受けて、アマネルは青筋を浮かべながらそんな言葉を呟いて、拳を構える。
「「⋯⋯っ!?」」
(さっきの奴か?⋯⋯いや、違う!)
その構えを見てコウタは咄嗟に自身が受けた攻撃を警戒するが、すぐにその考えを改める。
彼女の後方で、空間が歪む。けれどその空間の歪みの質は明らかに先程とは異質なものであった。
「せいぜい急所に当たらないように祈れよ?この技は、私も制御出来ないから。」
「アデルさん!逃げて!」
すぐにそれが危険なものであると本能で理解すると、咄嗟にアデルに向かってそう叫ぶ。
「両断しろ。」
「——ジ・リベリオン!」
先程よりも遥かに早く突き進む空間の歪みは周囲の木々を寸分のズレもなく両断しながら二人の元へと迫る。
それは正に、次元すらも断ち切る反逆の一撃。
「⋯⋯っ!?」
(早っ、回避⋯⋯出来な——)
反応は出来た、視界で追うことも出来る。けれど、どうしても身体が反応してくれなかった。
「コウタ!!」
「⋯⋯うおっ!?」
最早どうする事も出来なかったが、その瞬間、彼の身体は強引に真横に引きつけられる。
「⋯⋯っ!?」
視界の端で自らの腕を引っ張るアデルの姿が見えた直後、反対側の手に持っていた青色の剣が、音すらも立てずに真っ二つに両断されたことに気がつく。
「⋯⋯マジか⋯⋯⋯⋯。」
あまりに馬鹿げた破壊力を前に、コウタはそんな言葉を呟く事しか出来なかった。
「⋯⋯はぁ、はぁ⋯⋯。」
「⋯⋯ちっ、くそが、外したか。」
対するアマネルは肩で息をする程に疲弊しながら苛立ちを隠す事もなく舌打ちをする。
「⋯⋯危なかった。」
自らの手の中で虹色の光を放ちながら霧散していく剣を眺めて、コウタはそんな言葉を呟く。
「⋯⋯やはり強いな。」
そしてその横ではアデルも冷や汗をかきながら同じように驚いた表情でそう呟く。
「⋯⋯ええ、彼女のオリジナルスキル、厄介過ぎる。どうやって攻略するか⋯⋯。」
「しかもあの技、冗談みたいな切れ味ですし。」
たった今見せつけられた彼女の全力を前に、コウタは少しばかり頬を引き攣らせながらそう答える。
「なら私が前衛が張ろう。貴様はサポートを頼む。」
そんなコウタ見て、アデルはふとそんな提案を持ちかける。
「⋯⋯いけるんですか?」
「あの消耗を見る限り、あの技は連発も速射も不可能だろう。」
「それにあの女のスキル、見た所本人の情報処理能力に強く依存するタイプだ。」
「貴様と同じでな。」
コウタが尋ねると、アデルはこの戦闘で得た情報を一つ一つ口にし、最後に得意げにコウタを見てそう答える。
「⋯⋯っ、まあそれは薄々感じてました。」
「つまり奴の処理能力を上回る程の手数で仕掛ければ自然とその守りは崩れてくれる筈だ。」
そしてその処理能力はコウタの方が上であるとアデルは確信していた。
「だから僕がサポート、ですか。」
「ああ、そうだ。系統が近いのであれば、崩し方も心得ているだろう?」
だからこそ、負けているステータスと火力を自身が補い、コウタには集中力の削り合いに専念してもらおうと考えていたのだ。
「それに、新技もあるようだしな。」
「⋯⋯っ、話、聞いてたんですか?」
最後に、アデルが付け加えるようにそう呟くと、コウタは驚いたような表情でそう問い返す。
「いいや、ただ、貴様ならそのくらい用意しているだろうと思っただけだ。」
「⋯⋯分かりました。やってやりましょう。」
それを聞いてコウタは小さく口元を吊り上げると、いつもの強気な表情でアマネルの方へと向き直る。
「決まりだな。私はどう動けばいい?」
それを聞いたアデルは一歩、また一歩と前に出てコウタの前に立ち、指示を仰ぐ。
「ご自由に、何も考えずに動いてくれて大丈夫です。」
「僕が貴女の行動も予測してサポートします。」
サラリと難易度の高い事を言いながら、コウタは自信満々の様子で大胆不敵に笑ってみせる。
「⋯⋯分かった、行くぞ。」
「ええ!」
改めて作戦が決まると、コウタは自身の周囲に大量の剣を召喚し、アデルは迷う事なく前へと駆け出す。