百八十話 お披露目
シューデの森、それはかつて強力な魔物が蔓延る危険地帯であった。
熾烈な弱肉強食の生存競争が日夜行われるその森は、一度人間が立ち入ればその全てが命の灯火を消すために容赦無く襲い掛かる。
だがある日、一人の少女がその全てを変えてしまった。
圧倒的な力を持つ少女は、かの森に棲まう全ての魔物を駆逐し、そこを自らが治める盗賊達の隠れ家へと変えてしまった。
そんな盗賊達のホームとも言える戦場において現在、彼等は二人の戦士によって翻弄されていた。
「来たぞ!二人だ!」
「とにかく止めろ!」
「む、無理だ、うあああ!!」
目にも留まらぬ速さで森を駆け抜ける二人を前に、盗賊達はそんな情けない叫び声を上げることしか出来なかった。
「ちょっと、あの二人、早すぎるんだけど!」
前を行く黒髪の少年と赤髪の少女の背中が徐々に遠くなるのを見つめながら、エイルは苦々しい表情でそう叫ぶ。
「無理に追い付く必要はありません、我々はあの二人の露払いですから。」
パーティーの中でややステータスの低いマリーとエイルに合わせた速度で走るセリアは、余裕のある態度でそう答える。
そして前を行く二人は、そんな会話など気にする事もなく突き進んでいく。
(止まるな。)
(止まるな。)
二人の意思はすでに統一され、思考は同じ答えに達していた。
(ノンストップで、大将まで。)
(駆け抜ける!)
「加速!」
それまで二人で並びながら駆け抜けていたが、コウタが先導の為に加速のスキルを使用して少しだけ前に出る。
「そこまでだ!剣戟の!」
直後、スキルの効果が切れて速度が緩やかになった瞬間、彼の死角から一人の少女が飛び出す。
「⋯⋯っ!」
(早いっ、ターゲット?じゃない。)
振り下ろされる刃に咄嗟に反応してみせるが、振り返った瞬間にその少女が目標の相手ではないことに気がつく。
「⋯⋯爆裂斬!」
コウタが少女の刃を受け切ると、一瞬の間も開ける事なくアデルがカウンターを仕掛ける。
「⋯⋯っ、ぐうっ!?」
少女は咄嗟に防御系のスキルを発動させるが、そのダメージは彼女の想定を超えたものであり、思わず呻き声をあげる。
「アデルさん!」
「⋯⋯駆け抜けるぞ!」
コウタが名前を叫ぶと、アデルは真剣な表情でそう返す。
「⋯⋯はい!」
「逃すか!⋯⋯っ!」
少女は自身を無視して駆け抜ける二人をすぐに追いかけようとするが、その足はすぐにピタリと止まっている。
「⋯⋯移動阻害っ!?」
(⋯⋯ダメだ、間に合わない。)
追いつくのはもはや不可能であるという思考が頭を過ぎった瞬間、視線の先で少年が一本の剣を召喚しているのが見える。
「召喚、斬波!」
身動き一つ取れなくなった少女に向かって、無属性の衝撃波が襲い掛かる。
「⋯⋯うっそ、で⋯⋯しょ?」
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
無慈悲な一撃が少女の身体に直撃すると、周囲に土煙を巻き上げて爆発する。
「⋯⋯見えるか?」
「いいえ、まだ見つけられません。」
(⋯⋯盗賊は所々にいる、という事は本拠地はここら辺にあるはず、なんだけど。)
そんな少女の姿を横目にアデルがコウタにそう尋ねると、コウタは〝観測〟のスキルを発動させ続けながら周囲を見渡してそう答える。
「⋯⋯っ、コウタ!あれじゃないか?」
アデルはコウタに倣って周囲を見渡すと、ある方向に視線を固定してそんな言葉を口にする。
「⋯⋯沢山の宝石⋯⋯ええ、多分そうです。」
「いくぞ。」
二人は乱雑に積み上げられた宝の山を見つけると、進行方向を変えて突き進む。
「⋯⋯っ、いや、待ってください!」
「⋯⋯どうした?」
(宝はあるのに、誰もいない。てことはもしかして⋯⋯。)
コウタはその光景に違和感を感じてそう叫ぶと、二人はピタリと立ち止まる。
「——調子に乗り過ぎだぞ、勇者候補。」
コウタが思考を巡らせていると、その瞬間、彼らの後方からそんな声が聞こえてくる。
「⋯⋯っ、アデ——」
「シャット・ア——」
二人は同時に振り返ると、それぞれ咄嗟に対処しようとするが、黒髪の少女は二人の間をすり抜けてアデルの頭を鷲掴みにする。
「遅え⋯⋯!!」
「⋯⋯⋯⋯ッ!?」
そして何一つ抵抗する暇もなく、少女の身体を強引に投げ捨てる。
「⋯⋯アデルさん!!」
「⋯⋯ほら、また気を抜いた。」
巨大な爆発音と共に近くの木に衝突するアデルの姿を見て声を上げた瞬間、黒髪の少女が目の前に現れる。
「⋯⋯ちぃ!」
自身の真横から突き抜ける岩を身体を反りながら回避すると、先程と同様に正面から岩の塊が迫る。
「二発目。」
「⋯⋯二度は、通じない!」
その攻撃が来る事を読んでいたコウタは、先程の失敗を考慮して、自らの目の前に剣を召喚してその攻撃を防御する。
「⋯⋯なら三発目だ。」
コウタが対処出来る事を予想できていたアマネルは、召喚した剣の影から飛び出して攻撃を仕掛ける。
「⋯⋯っ!」
回避、そして防御の手段を潰されるが、コウタはもう一つだけ回避の手段を持っていた。
——異世界体術。
振り上げられるアマネルの刃はコウタの身体をすり抜けて空を切る。
「⋯⋯へぇ?」
「加速!」
アマネルが興味深そうに声を上げると、コウタは速度を上げた蹴りでカウンターを仕掛ける。
「⋯⋯っ、ほら、さっきと同じだぞ。」
が、その蹴りは先程と同じように片手で受け止められる。
「⋯⋯加速!」
「⋯⋯ぶっ!?」
それでもコウタの攻撃は止まらず、一瞬遅れてもう一つの足から蹴りが放たれ、彼女の頬に突き刺さる。
「⋯⋯おんなじな訳ないでしょう?」
蹴りの衝撃で足を掴む手が離れ、ヒラリと着地すると、苦々しい表情で挑発する。
「て、めえ!」
「ほら、気を抜いてると、もう一人来ますよ?」
挑発に乗って再び少女は飛びかかるが、コウタはニヤリと笑ってそんな言葉を呟く。
「⋯⋯っ、まさか!」
「ああ、そのまさかだ。」
それを聞いて背後に振り返ると、目の前には先程投げ飛ばしたばかりの赤髪の騎士が迫っていた。
「⋯⋯ちぃ!くそが!」
「⋯⋯っ!」
(見えない力?これは、オリジナルスキルか?)
咄嗟にアマネルが手を伸ばすとアデルの身体は空中でピタリとその動きを止める。
「⋯⋯っ、コウタ!」
「加速!」
「しまっ⋯⋯がふっ!?」
が、アデルは即座にその奥に顔を向けると、視線の先にいたコウタが大きく身体を回転させながら、アマネルの腹部へ蹴りを叩き込む。
「最初の一撃でやれたと思いましたか?残念。」
「僕の相棒はそんなヤワじゃないので。」
「ごほっ、何がヤワじゃねえだ。一人じゃまともに戦えねえくせに。」
吹き飛ばされ、近くの木に衝突するアマネルに対して、コウタが挑発すると、少女は小さく咳き込みながら挑発を返す。
「⋯⋯今更ですが、見逃すので盗んだ物返して頂けませんか?」
それを見たコウタは、一度大きく息を吐き出して冷静になると、諭すような口調でそう切り出す。
「断る。」
だがアマネルはそれを即答で拒否する。
「貴女達の盗んだ物の中には、一つだけ危険な物が入ってるんです。だから、それだけでも返して欲しいんです。」
「知るか、私達には関係ない。」
その返しを予想していたコウタは、丁寧に説明して説得を試みるが、アマネルはそのやり取り自体を拒否してしまい、会話が成立しない。
「全員死ぬかもしれないんですよ!?」
「だったら何か起こる前に売ればいいだろうが。」
苦々しい表情でコウタが叫ぶが、アマネルは不快感を露わにして淡々とそう返す。
「⋯⋯コウタ。」
アデルはそのやり取りを見て説得は不可能であると理解すると、コウタの肩に手を乗せて彼を止める。
「⋯⋯っ、分かりました。だったら、貴女達と同じやり方で奪わせてもらいます。」
アデルに促され、説得を止めると、コウタは再び息を吐き出して、小さく舌打ちした後にそう呟く。
そして同時に、彼の身体から青色の光が舞い上がる。
(⋯⋯蒼剣モードか。)
いつの間にか彼の手に握られた剣と杖を見て、アデルは彼が戦闘モードに入った事を理解する。
「さっさと始めましょう、アマネル・カエサル。あんなもの、すぐにぶっ壊して終わりにする。」
アデルとコウタのコンビが、敵大将であるアマネルとの戦闘を繰り広げている中、森の別の場所では、エイルを含めた三人が盗賊達を相手に大立ち回りを演じていた。
「⋯⋯コウタさん達、戦闘を始めたみたいですね。」
「ええ、こちらも仕事を続けましょう。」
次々に襲い来る男達を身体能力と魔法で圧倒しながら、三人は敵の数を減らしていく。
「⋯⋯させると思うか!」
敵の数が目に見えて少なくなってきた頃、突然マリーの背後に剣を構えた銀髪の女性が飛び出す。
「⋯⋯っ!?マリー!」
全く反応出来ていなかったマリーに、エイルは咄嗟に声をかける。
「フレイム・ダンス!」
マリーはその声を聞いた瞬間、咄嗟に自身を覆うように炎の帯を展開する。
「⋯⋯っ、火属性魔法?」
「⋯⋯エイルさん!」
「任せろ!」
意識外の反撃に対して、女性が距離を取ると、エイルはその隙を逃すことなく斬りかかる。
「⋯⋯ぐっ!?」
(コイツ、何者だ?)
「はぁい?近接は私がお相手するわ。」
先程の戦闘では見かける事のなかった二人を前に銀髪の女性が動揺していると、エイルはニヤリと笑って挑発を仕掛ける。
(⋯⋯こいつは王族?)
「舐めるな、甘ったれの王族が!」
即座に女性はエイルのステータスを覗き見ると、不快感を露わにしてそう叫ぶ。
「舐めるな、はこっちのセリフよ!」
「ルナ・アーチ!」
女性の叫びに答えながら剣を振り下ろすと、剣閃をなぞるように光が現れる。
「⋯⋯なっ!?」
「炸裂!」
エイルの叫びと同時に光が大きく広がると、女性に向かって強烈な衝撃波が発生する。
「⋯⋯ぐっ!?」
真正面から衝撃波を食らった女性は大きく後方に吹き飛ばされて地面に倒れる。
「⋯⋯何ですかあの技?」
「王族の専用スキル、ですわ。」
それを見ていたマリーは不思議そうに尋ねると、セリアは真剣な表情でそう返す。
「ラフカの王族に代々遺伝するスキルとは聞いていましたが、まさか本当に所持しているとは⋯⋯。」
「どう?私だってそこそこやれるでしょ?」
セリアの説明を聞いていたエイルは、得意げに笑みを浮かべながら二人にそう尋ねる。
「それと、早く立ちなさいよ。動けるんでしょ?」
そしてすぐに表情を切り替えて銀髪の女性に視線を戻す。
「⋯⋯くっ、バレてたか。」
「まあね、炸裂の瞬間に防御系のスキルを使うのが見えたし。」
女性がゆっくりと立ち上がると、エイルは冷たい視線を彼女に送ったままそう答える。
「油断した隙をついて首を落としてやろうかと思ったが、まあいい。真正面から倒すとしよう。」
「そう来ると思った。まあこっちもそのつもりだったし⋯⋯。」
改めて殺気を全開にする女性に対して、呆れたようにため息をつくと、エイルは再び武器を構えて彼女を見据える。
「⋯⋯こっちもさっさと始めましょうか!」
エイルはニヤリと笑みを浮かべながらも、目の前の女性と同じように殺気を放つ。
誠に勝手ながら次回の更新はお休みさせて頂きます。
次回の更新は九月の十四日になります。