百七十九話 相入れぬモノ
それからコウタ達一行は、出発の準備を整えると、すぐさま馬車へと乗り込む。
「⋯⋯さあ、出発するぞ。全員準備はいいか。」
御者台に座るアデルは、手綱を手に取りながら後ろに座る三人に問いを投げかける。
「⋯⋯はい。」
「いつでも大丈夫です!」
「⋯⋯⋯⋯ん?」
セリア、マリーが返事をする中、コウタは一人、外の景色を見てそんな声を上げる。
「どうしたコウタ?」
「⋯⋯あ、エイルさん。」
アデルが問いかけると、コウタの隣に座るマリーが彼のその視線の先をたどりながら声を上げる。
「⋯⋯何しに来たんですか?宿屋にいて下さい。」
コウタは黙って馬車から飛び降りると、ゆっくりと歩み寄ってくる少女に向かって強い口調でそう言い放つ。
「嫌よ。アンタに従って大人しくしてるとか、凄く癪だし。」
すると少女は、幼稚極まりない理由を口にしながら、ハッキリと彼の言葉を拒否する。
「⋯⋯これから戦う相手は王族相手に手加減してくれるような生温い奴らじゃないんです。死にたいんですか?」
「死ぬ気なんかサラサラないわよ。」
正論混じりに毒づく少年の言葉に対して、エイルはため息混じりにそう返す。
「じゃあ、何を⋯⋯っ!」
精神的に余裕がなくなってきたコウタが苛立ちながら口を開いた瞬間、エイルは自らの剣を抜いてその場で真っ直ぐに振り下ろす。
「——炸裂」
「⋯⋯っ!?」
剣を納めながら、エイルがそう呟くと、コウタに向かって強い烈風が吹き荒れる。
「確かに私は貴方達よりレベルは低いけど、盗賊に遅れを取るほど弱くは無い。」
「王女ナメんな。」
驚くコウタ達の表情を見て、得意げに笑みを見せると、エイルは中指を立てながらそう宣言する。
「⋯⋯分かりました。なら文句は言いません。」
この少女は引く気はない、と察すると、コウタは特大のため息を吐き出しながらあきれた様子でそう答える。
「ただし、何があっても自分の身は自分で守って下さい。」
「当然よ。」
最後に、付け加えるようにコウタが警告すると、エイルは嬉しそうに答えて舌を出す。
「⋯⋯出発するぞ。全員準備はいいか!」
「ええ!いつでも!」
アデルの問いに答えながらエイルがその隣に飛び乗ると、コウタは再び荷台に飛び乗る。
「⋯⋯行きましょう。目指すはシューデの森です。」
街を出てしばらくの間馬車の中で揺られていると、マイペースな態度で本を読んでいたセリアがふと声を上げる。
「よろしかったのですか?」
「⋯⋯?なにがです?」
突然投げかけられる質問に対して、コウタは自らのステータスに目をやりながら片手間で返事をする。
「彼女、確かにそこそこ腕は立つと思いますが⋯⋯やはり役不足だと思います。」
「⋯⋯でしょうね。レベル30、普通に考えれば盗賊を相手にする程度なら十分ですが、一筋縄ではいかないのが数名、しかも戦場は相手の得意な場所となると、彼女に出来るのはせいぜい露払い程度でしょう。」
セリアの抱いていた評価は、コウタも同じように持っており、淡々とした態度で自らの考えを述べていく。
「では何故、連れてきたのですか?」
「⋯⋯たとえ露払いしか出来なくとも、いないよりマシです。本人がやりたがってるなら、なおの事。」
「それに、街にいるのが必ずしも一番安全であるとは限りませんし。」
セリアが不思議そうに首を傾げると、コウタはそう言って最後に俯きがちに視線を外す。
「可能な限り手が届く範囲で守りたい。と言うことですか?」
「⋯⋯⋯⋯。」
それを聞いたマリーは、表情を暗くさせながら同じように視線を外して俯く。
「大雑把に言えばそうです。」
「⋯⋯少々傲慢な気はしますが、分かりました。では我々は彼女と共に行動すればよろしいのですね?」
セリアはコウタの言動から感じた違和感を隠すことなく口にした後、文句を言うことなく自らのすべき事を確認する。
「お願いします。二人掛かりとはいえ、相手は勇者候補、負けるとは思いませんが他に手を回せるほど余裕もない。」
「随分と消極的ですわね、貴方も同じ勇者候補でしょう?」
コウタから返ってきた答えを聞くと、セリアは更に違和感を感じながら問いを投げかける。
「⋯⋯僕と彼女は同じではないです。例え僕と彼女の間に共通項があったとしても、僕らは互いに互いの事を認めることが出来ない。」
価値観、正義感、経験、そして同族嫌悪。様々な要素を統合した上で、コウタは最後にそんな結論を導き出す。
「⋯⋯そうですか。」
「あの、コウタさん。」
セリアが納得したように短く返事をすると、それまで黙って話を聞いていたマリーがふとコウタに声を掛ける。
「なんです?」
「さっきから何してるんですか?」
自らのステータスから目を離して反応するコウタに対して、マリーは苦笑いでそう答える。
「スキルを見てます。何か作戦立てられないかな、と思って。」
「珍しいですわね。普段はあまりそのようなことはしませんよね?」
セリアの言う通り、これまでコウタは仲間の前で自身のスキルやステータスの話をする事が少なく二人からしてれば確かに珍しい光景であった。
「そりゃまあ、戦う相手が予め分かっている場面が少ないですからね。」
するとコウタは、その事実を自覚しつつも照れ臭そうに素っ気ない返事をする。
「でもスキルを見てるって事は、何か新しい技を習得するつもりなんですよね?」
そんなコウタのことなど気にする事もなく、マリーは目を輝かせながら興味深そうに彼のステータス画面を覗き込む。
「はい、さっきの戦闘ではオリジナルスキルを中心に戦闘を組み立てていたので、今度は付与術師のスキルで撹乱しながら戦おうと思ってます。」
のしかかるように覗き込んでくる少女に押し倒されそうになりながら、ゆっくりと顔を退けると、自らの大雑把な作戦を二人に伝える。
「どのようなスキルが欲しいというのは決まっているのですか?」
「なるべく相手の動きを妨害するもの、かつ味方の行動を制限しないものが欲しいです。設置型だと味方に踏まれる可能性もありますから。」
「セリアさん、そういう類のスキルとか知りませんか?」
具体性のある条件を問われると、共に戦う予定であるアデルの事も考えている事を伝えながら彼女の知識を頼りにアドバイスを求める。
「私も付与術師のことはあまり詳しくはありませんが⋯⋯⋯⋯ふむ、ならばこのスキルはどうですか?」
セリアは珍しく明確に頼られている事に驚きながらも、それに報いるため、彼の隣に腰掛けると、一通り習得可能なスキルに目を通して、一つの解答を提示する。
「⋯⋯これは⋯⋯⋯⋯?」
「⋯⋯なるほど、これはいい。」
反対側でマリーが不思議そうな表情をしている中、コウタはそのスキルの情報を読み込むとニッコリと悪戯っぽい笑みを浮かべながら小さく呟く。
荷台の中でコウタの新スキルの話が盛り上がってる最中、御者台に座る二人はまた別の話が展開されていた。
「——すまないな。」
不均一な地面に揺られるだけの退屈な空気を断ち切って口を開いたのは、アデルの方であった。
「⋯⋯なにが?」
突然の謝罪に戸惑いながら、エイルは不思議そうに首を傾げて問いを返す。
「コウタの事だ。さっきはきつい当たり方をしていただろう?」
「それは貴女が謝る事じゃないわ。それに、私も少し無神経過ぎたし。」
アデルが仕方なさそうな表情で先ほどの件の事であると説明すると、エイルは凛とした表情でハッキリとその謝罪を突っぱねた後、少しだけ申し訳なさそうな視線を外す。
「許してやってくれ、今のアイツは、少しだけ壊れているんだ。」
「壊れてる?」
アデルが付け加えるように言葉を紡ぐと、そのうちの一つの単語にエイルは反応する。
「ああ、二人は少し違和感を覚えている程度だが、今のアイツは私と始めて出会った時のアイツに似ている。」
「突き通すべき信条は消え去り、積み重ねてきたものも崩れ、たった一つ残った自分の居場所を守る為にがむしゃらに戦い続けている。」
そしてただひたすらに周囲に心を開く事なく我儘な自分を演じている少年を、彼女は知っていた。
「⋯⋯だから少しだけピリついてるんだ。」
知っているからこそ、諫める事も気遣う手段も持ち合わせておらず、黙って見ている事しか出来なかったのだ。
「なにそれ、周りが見えなくなってるだけじゃない。大体⋯⋯⋯⋯。」
それを聞いたエイルは、苦虫を噛み潰したような表情でコウタを否定するが、振り返った先にいるアデルの悲しそうな表情を見て、その言葉を止めてしまう。
「それでもアイツは守りたいんだ。仲間と共に笑い合えるような日常を。」
壊れてしまった瞬間を知っているのに、その原因が分からない彼女に出来ることなど何一つありはしない。
彼女に出来るのは、隣で笑っている事、そして、隣に立って共に戦う事だけであった。
「その日常を守るのに、私は邪魔って事か。」
彼女の話を書き終えたエイルは、日常と言う言葉に反応し、悲しそうな目で俯くと、口元だけを小さく吊り上げてそう呟く。
「いいや違う、アイツは一度やると言ったことは相当なことがない限り貫き通す男だ。きっと、きつい当たり方をしているのは心配の裏返しなんだろう。」
「⋯⋯私は嫌よ。守られてるだけなんて。」
守りたいからこそ、戦場に出て欲しくない。心配だからこそ、危険なことはさせたくない。
そんな気遣いは、エイルにとっては余計なお世話であった。だからこそ、はっきりとそう宣言する。
「ああ、私もだ。だから強くなる。」
そしてその考えは、アデルも同じであった。
だからこそ、それ以上は何も言うことなく、二人は同じ覚悟を胸に、再び馬車を進めるのであった。
そして彼らが目指す先、シューデの森の中心では盗賊達の宴が開かれていた。
「うはははは!!」
「たいりょー、大量!」
「これでしばらくは暮らしていけるぜ!」
大量の金銀財宝に囲まれながら、その場にいる男達、そして一際小さな少女が、高らかな笑い声を上げていた。
「盛り上がってますね。」
そんな盛り上がる宴を一歩離れた位置から眺める銀髪の女性は、リーダーである黒髪の少女にそう尋ねる。
「まあ久々にデカイ盗みだったからな。」
黒髪の少女は呆れた様子でそう呟くと、巨大な骨つき肉を頬張り、逆の手に持った酒樽の中に入った水をゴクゴクと豪快に飲み込む。
「今夜は宴だーい!」
「カイースも、いつにも増して元気ですし。」
視線の先で、一際大騒ぎしている少女を見て、銀髪の女性は苦笑いでそう続ける。
「ありゃいつも通りだろ。ったく、お前ら!はしゃぎ過ぎだ!宴の前に売り手を探せ!」
その言葉に呆れたように返すと、リーダーである少女はその場から立ち上がって明るい声色で周囲に指示を出す。
「それと食料班、スラムへの援助は出来たのか。」
「押忍!いつも通り配り切りました!」
少女に問いかけられた男は、ピシリと背筋を伸ばしながらハキハキと返事をする。
「よろしい、反応はどうだった。」
「物資量は安定してますし、足りないって意見はありませんでしたが。」
「そりゃ貰ってる立場で不満は言えねえだろ。そうじゃなくて物資は人数的に足りそうなのか?」
返ってきた答えを聞いて呆れたようにそう返すと、真剣な表情のまま更に追求する。
「正直少し足りてないです。領主にバレないようにやるには隠密行動しなくてはいけないですし、そうすると一度に運べる物資はやっぱ少なくなります。」
「⋯⋯だろうな。さて、どうするべきか。」
予想出来た答えを受け取ると、少女は周囲から視線を受けたまま小さく呟きながら思考を展開する。
「どうする、とは?」
それを真横で聞いていたユーリスは、首を傾げながら彼女の言葉の意図を尋ねる。
「物資量を増やすか、回数を増やすか⋯⋯。」
「それに、いくら栄養価が高くても固パンだけじゃ味気ねえしなぁ。」
言葉に出しながら問題点を上げていくうちに、少しずつ彼女の身体は険しくなっていく表情と共に後方に反っていく。
「アマネル様!」
その瞬間、彼女の耳にむさ苦しい男の慌てたような声が聞こえてくる。
「⋯⋯ん?なんだ?」
「さっきの、チクパの街で戦った奴らが、来ました。」
少女が少しだけ険しい表情で問い返すと、声を上げた男が情け無い表情で途切れ途切れにそう答える。
「ちっ、しつけえな。」
「⋯⋯どうします姐さん。」
その瞬間、彼女の部下達が少しずつザワザワと落ち着きのない挙動を見せ始める。
「戦闘態勢に入れ!全員捕獲、抵抗するなら殺しちまっても構わねえ!」
「目的が何かは知らんが、全力で迎え撃つぞ。」
戸惑う部下達とは違い、少女は一切の迷いを見せることなくその場にいる全員に指示を出す。
「「「「「おう!」」」」」
その迷いない態度によって、盗賊達に一気に統制と結束が生まれる。
「⋯⋯姐さん。」
その場にいた全員が自らの持ち場へと移るため散り散りになっていく中、ユーリスは真横にいる少女の表情を伺う。
「お前らも行け、出来るだけ他の奴らと固まって動け。」
「了解。」
少女が改めて指示を出すと、銀髪の女性と、少しだけ離れた位置にいた茶髪の少女も自らの持ち場へと消えていく。
「——ちっ、面倒くせえ。」
最後に一人、その場に残された黒髪の少女は苛立ちを隠すことなく舌打ちをする。
「まあいい、アレを食らってまだ戦いを挑むって事は、殺される覚悟はあるって事でいいんだよなぁ?」
「来いよ剣戟の付与術師!お前は私が叩き潰してやる。」
自らに迫る明確な〝敵〟を見据えながら、勇者候補アマネル・カエサルは高らかにそう宣言する。
来週の更新はお休みさせていただきます。
次回の更新は八月三十一日になります。